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呪われし魔術師  作者: ツバキルイ
第三章「呪われし炎の魔術師」
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第9話 「呪いの召喚」

村は――阿鼻叫喚だった。

炎に包まれた家屋。

逃げ惑う村人。

響き渡る悲鳴。


村の住人たちは外へ逃げ出すこともできなければ、災厄と戦う力もない。

ただ地面にうずくまり、震えながら助けを乞うだけだった。


まさに――地獄。


これは紛れもない。

ロアノアールの反乱。

そして、炎の魔術師による襲撃。

戦争の火種が、いま確かに切られた瞬間だった。

俺たちは怯える住人たちを横目に、村の奥へと走る。


火災の中心。

すべての元凶は――あそこだ。

村の奥へ辿り着いた瞬間、俺たちはその姿を捉えた。


異形。


まさに、その言葉がふさわしい存在だった。

全身に炎を纏い、獣のような形相で村を蹂躙している。


背丈は小柄。

ぼさぼさの赤毛。

得物は持たず、上半身はほとんど裸だった。


骨ばった体に、焼けた煤がこびりついている。

外見だけを見れば、まだ少年のようにも見える。

まるで、山奥で育った野生児だ。


だが。

その目だけは、明らかに異様だった。

赤く濁った瞳。

そこには理性の欠片もなく、ただ狂気だけが渦巻いている。

少年は炎を撒き散らしながら、意味のない叫び声をあげていた。


まるで獣が吠えるように。

いや――

獣ですら、もう少し理性があるだろう。

目の前にいるのは、人の姿をした何かだった。


これが……。

呪われし魔術師が暴走した姿。

こんな存在を、ロアノアールは戦争の火種として送り込んできたのか。

その炎の魔術師の近くには、三人の武装した兵士がいた。

ロアノアールの精鋭。

暴走した力を配下に置き、この村を制圧するつもりなのだろう。


俺たちは建物の陰から様子をうかがう。

その時だった。

炎の魔術師が、雄叫びを上げた。


そして――動いた。


近くにいた村人へ向かって。

炎の魔術師は逃げ遅れた村人の腕を掴む。


次の瞬間。

炎が噴き上がった。

一瞬だった。

村人の体は、黒焦げの塊へと変わり、その場に崩れ落ちる。


また一人。

そしてまた一人。

次々と村人が殺されていく。


……もう、黙って見ているわけにはいかなかった。

最初に動いたのは、リアだった。


「このままじゃだめ……私が水の魔法で彼を止める」


決意の声だった。


「わかった。周りの兵は俺たちに任せろ」


シュプリムが即座に答える。


そして次の瞬間。

俺とシュプリムは、前線へ飛び出していた。

ロアノアールの兵士たちは、俺たちに気づく。


動揺はない。

三人は瞬時に合図を交わし、陣形を組んだ。

その動きは洗練されていた。

俺たちの即席パーティとは、明らかに練度が違う。

それでも――やるしかない。

俺は刀に手をかける。


「――《雷瞬》」


雷光とともに距離を詰める。

一瞬で懐へ潜り込み、ロアノアールの兵士へ斬りかかった。

想像以上の速度だったのか、兵士は一瞬だけ面を食らった。


刃が肉を裂く。

確かな手応え。


だが――

すぐに残りの二人がカバーに入った。


「離れていろ、ハーヴェス!」


その声と同時に。

シュプリムが魔法を放つ。


「《テンペスト》!」


暴風が三人へ襲いかかった。

俺は離脱する瞬間、地面へ魔法を仕掛ける。


設置魔法――《伏雷》。


そして距離を取った。

ロアノアール兵はテンペストを回避した。

だが、その先に待っていたのは――伏雷だった。


雷撃が炸裂する。


「ぐわっ!」


一人の兵士が膝をついた。

俺は迷わずその隙をつき踏み込む。

刀を振り上げ――そして振り下ろした。


首が飛ぶ。


兵士の体は、前のめりに倒れ込んだ。


……人を殺した。


以前、魔法が暴走した時に窃盗団を殺してしまったことはある。


だが。

自分の意思で。

意識を持って。

人を殺めたのは――これが初めてだった。

恐怖が胸を締め付ける。


これが……戦争。


人と人が殺し合う世界。

俺たちは、そんな教育を受けてきたわけでもない。経験もない。

後方からシュプリムの叫び声が飛んだ。


「ハーヴェス、後ろだ!」


その声で我に返る。

振り向いた瞬間。

ロアノアールの兵士が剣を振り下ろしていた。

咄嗟に《雷瞬》を発動し、後方へ跳ぶ。

雷光が弾け、俺の身体は一瞬で距離を取った。


だが――

わずかに、遅かった。

鋭い痛みが右腕を走る。

視線を落とすと、利き腕の袖が裂け、赤い血が滲んでいた。


浅い。

だが確実に斬られている。


「……っ」


歯を食いしばる。

俺とシュプリム。

そして、ロアノアールの兵士。

四者が互いの隙を探りながら睨み合う。


二対二。

単純な構図だが、その均衡はあまりにも危うかった。

戦況は完全な一進一退。

一瞬でも油断すれば、その瞬間にどちらかが命を落とす。

張り詰めた空気が、戦場を支配していた。


……リアは。


リアは無事なのか。

俺は思わず視線を向けた。

炎の魔術師と対峙する、リアの姿へ。


リアは水魔法を展開していた。

足元に広がる魔法陣から、激しい水流が噴き上がる。

水の奔流が、炎を押し返していた。

炎の魔術師は、その勢いを削がれ、動きを封じ込められている。


だが――

封じ込めるだけで、精一杯だろう。

リアは必死に詠唱を続けていた。

額には汗が浮かび、呼吸も荒い。

その顔に、余裕は一切ない。


……時間がない。


ロアノアールの兵士を素早く倒し、リアの援護へ向かわなければ。

俺は痛めた右腕を押さえながら、空中へ手をかざした。


魔力が走る。

三つの魔法陣が、空中に展開された。

いずれも中級雷魔法――《サンダーボルト》。

同時詠唱の荒技だ。


そして俺は刀を一度鞘へ納める。

呼吸を整え、腰を落とす。

必殺の抜刀技――《牙狼》。

その構えへ移行した。


ロアノアールの兵士は、変わらず二人で陣形を保っている。

ならば――その中心を叩く。


「――《雷瞬》」


雷光とともに距離を詰める。

一瞬で懐へ踏み込み――

兵士の足元へ、刀を振り抜いた。


「喰らえ――牙狼!!」


鋭い抜刀斬撃が地面を裂く。

ロアノアールの兵士は咄嗟に跳び上がり、これを回避した。


だが――

それこそが、狙いだった。

ロアノアールの兵士が空中へ逃れた、その刹那。

空中に展開していた魔法陣が、光を放つ。


《サンダーボルト》――発動。


唸りを上げた雷撃が、兵士目掛けて一直線に走った。

空中では回避の術がない。


直撃。


バリバリと空気を裂く音とともに、激しい雷光が兵士の体を包み込む。

雷が鎧を走り、肉体を焼き、兵士は苦悶の声を漏らした。


だが、まだ終わらない。

残していた二つの魔法陣が、間髪入れずに輝いた。

放たれた雷撃が、もう一人の兵士へ向かって一直線に奔る。


しかし――

こちらは避けられた。

兵士は俊敏な動きで身を翻し、雷撃をかすめるようにして回避する。

その男は、シュプリムと対峙していた兵士だった。

雷撃を避けたその瞬間、わずかな隙が生まれる。


だが、シュプリムは動かなかった。

いや、動けなかった。


無理もない。

先ほどの魔獣との戦闘からの連戦だ。

しかも、上級魔法を何度も連続で使用している。

その疲労は、相当なものだろう。


「くっ……《ウィンドカッター》!」


シュプリムが歯を食いしばりながら魔法を放つ。

遅れて放たれた初級風魔法。

風の刃が兵士へと飛ぶ。


だが――

ロアノアールの兵士は、冷静だった。

体をわずかに傾けるだけで、それをあっさりと回避してみせた。


一方――

サンダーボルトをまともに受けた兵士は、その場に膝をついていた。

雷撃に焼かれた鎧からは、細く煙が立ちのぼっている。


致命傷ではない。

だが、確実に効いている。

兵士は歯を食いしばりながらも、なんとか立ち上がろうとしていた。

その動きは鈍く、今にも崩れ落ちそうだった。

立っているだけで、精一杯だろう。


……もっとも。

それはシュプリムも同じようだった。

肩で荒く息をつき、槍を支えにしてなんとか体勢を保っている。

魔獣との戦闘から続く連戦。

上級魔法の連発。

その消耗は、隠しきれるものではなかった。


均衡は崩れない。

戦況は――依然として一進一退。

どちらも決定打を欠いたまま、時間だけが過ぎていく。

俺は胸の奥に広がる焦りを押し殺しながら、再び視線をリアの方へ向けた。


そして、違和感に気づく。

状況が、変わっていた。

リアの水魔法が、炎に吸い込まれている。

さっきまで炎を押し返していた奔流が、まるで飲み込まれるように消えていく。


そして――

炎の魔術師の体から、再び凄まじい熱が膨れ上がり始めた。

炎が膨張する。

空気が焼ける。


「ぐぅおおおおおおお!!」


咆哮。


少年は獣のように天を仰ぎ、吠えた。

次の瞬間。

背後に揺らめいていた炎が、突如ひとつに集まり始める。


炎が渦を巻く。

膨れ上がり、空間を歪めながら形を成していく。


やがて――

巨大な炎の影が立ち上がった。

人の姿にも似ている。

だが、それは決して人ではない。

灼熱の塊が、ゆっくりと姿を現していく。


――炎の化身。


「これは……まさか……」


シュプリムが、信じられないものを見るように呟いた。

そして低く言い放つ。


「禁術魔法……召喚か」


次の瞬間、少年の背から炎が噴き上がる。

火柱は渦を巻き、うねり、やがて完全な姿を形作った。


それは――

召喚魔法、《イフリート》。


燃え盛る炎の肉体。

角のように揺らめく炎。

瞳には灼熱の光が宿っている。


人でも魔獣でもない。

その姿は、人と魔獣の狭間に立つ存在だった。


召喚魔法。

それはS級魔術師の領域に匹敵する、伝説の魔法。

そして同時に、禁術でもある。

召喚された存在は膨大な魔力を喰らう。

時には術者の命すら代価として奪う。

その危険性ゆえに、長年研究すら禁じられ、歴史の闇に封じられてきた禁断の術。


そんな魔法が――

いま、俺たちの目の前で現実となっていた。

その場にいた誰もが、思わず息を呑んだ。


もしこれが――

ロアノアールの秘密兵器だとしたら。

俺たちには、とても手が負えない。

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