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呪われし魔術師  作者: ツバキルイ
第三章「呪われし炎の魔術師」
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第10話「激戦、リアの叫び」

炎の魔術師は、依然として暴走していた。

その力を制御できていない。

イフリートは咆哮を上げると、周囲に炎を撒き散らした。

味方であるはずのロアノアール兵士にさえ、容赦なく襲いかかる。

炎が兵士の鎧を包み込む。


「ぐあああっ!」


悲鳴が上がる。

完全に制御不能だ。


「おいおい……こんなの俺たちには手が負えないぞ」


シュプリムが呆然と呟いた。

だが、リアは違った。

彼女は一歩前へ出ると、きっぱりと言い放った。


「私が足止めするから――」


その視線は、炎の怪物をまっすぐ見据えている。


「ルロイたちは、村の人と一緒に逃げて」


その言葉に、俺は思わず目を見開いた。

リアは――すでに覚悟を決めていた。

そう言うと、彼女は杖を構え直す。


そして――

水魔法の詠唱を始めた。

何故そこまでする……?

村人のためか?

戦争を止めるためか?

俺には、わからなかった。


正直に言えば。

俺は、リアと一緒にどこか遠くへ逃げられれば、それでよかった。

それだけで、十分だった。


それなのに――。

リアの詠唱が、静かに響く。


「深き蒼海よ――」

「すべてを呑み込み、静寂の底へ沈めよ」


大気中の水分が、一斉に収束する。

空間が軋む。

巨大な水柱が地面から噴き上がり、激流となって渦を巻いた。

深海のような水圧が空間を覆い、すべてを押し潰そうとする。


「――《オーシャン・アビス》」


放たれた魔法は、炎の魔術師とイフリートをまとめて包み込んだ。

巨大な水牢。

炎が水に飲み込まれ、暴れていた炎の魔術師の動きが止まる。

足止めには――成功した。


だが。

この封印が持つのは、ほんの数秒だ。


――俺は覚悟を決めた。

リアが逃げないのなら――俺が守る。

絶対に守る。


「シュプリム。そこのロアノアール兵は任せる」


「おい……何する気だ、ハーヴェス……」


シュプリムの声には疲労が滲んでいた。


「お前が行っても、どうにもならんぞ」


俺は答えない。

刀を鞘へ戻し、深く息を吐いた。

力を込める。


俺には……あるはずだ。

あの力が。

同じ――呪われし者の力が。


リアを守るためだ。

たとえこの身が壊れても構わない。

暴走してもいい。

俺にできることは――

持てるすべてを出し尽くすことだけだ。


水牢が崩れる瞬間。

俺は迷いなく飛び込んだ。


「――《雷瞬》!!」


雷光が弾ける。

一瞬で懐へ踏み込む。

溜めていた刀を、鞘から抜き放つ。


「ルロイ!」


リアの叫びが聞こえる。


「牙狼!!」


抜刀雷鳴剣。

だが――

刃は炎に飲み込まれた。

まるで空を斬ったように、手応えがない。

それでも俺は止まらない。


「《雷撃》!!」


左手から雷を叩き込む。


だが。

イフリートには、ほとんど効いていない。

次の瞬間。

イフリートが反撃に出た。

炎の塊が形を変え、巨大な剣となる。

それを――

俺へ振り下ろした。


「――っ!」


俺は空中に雷の足場を作る。

雷を踏み台にし、空を駆ける。

炎の斬撃を紙一重で回避する。


「リア、いまだ!!」


「うん!」


一瞬の隙をつき、リアの魔法陣が瞬時に展開される。


「《アクアランス》!」


水の槍。

高速で射出された水流が、炎を貫いた。

防御を突破し――

少年の胸元へ直撃する。


「ぐおおおおおお!!」


悲鳴のような咆哮が響いた。


今だ。

この瞬間しかない。

俺は次の魔法を詠唱する。

ロックゴーレムすら撃ち抜いた――

俺の最強魔法。


「我が示す座標へと集束せよ」

「その威をもって――敵を穿て!!」


俺は両手を前に突き出した。

ゆっくりと、指を閉じていく。

掌の内側で――雷が暴れた。

圧縮された雷が逃げ場を失い、軋むような音を立てる。


バチ……バチ……。


白い火花が、指の隙間から漏れ出した。

閉じ込めていた雷光が、ゆっくりと姿を現す。

俺は両手を静かに広げた。

雷は引き裂かれることなく、そこに留まり続ける。


そして――再び両手を閉じる。

力を込め、そのまま腰へと引き絞った。

全身の魔力が、一点へ収束する。


空気が震えた。

空間が悲鳴を上げる。


……詠唱限界だ。


これ以上は溜められない。

――すべてを、解き放つ。


俺は両手を突き出した。


「――《ライトニングボルト》!!」


雷光が爆発した。

閃光が一直線に走る。

その一撃は――少年へ、直撃した。


「これで……どうだ?」


雷光が消えたあと。

少年は――その場に立っていた。

微動だにせず、仁王立ちのまま。

焦げた大地の上で、ただ静かに佇んでいる。

俺は息を呑んだ。

……これで、制圧できたのか?

胸の奥に、かすかな希望が浮かぶ。


――だが。

次の瞬間。

再び炎が、少年の体を包み込んだ。


その瞬間――イフリートが咆哮を上げた。

大気が震える。

次の刹那、灼熱のブレスが放たれた。

炎の奔流が、一直線に俺へ迫る。

退路はない。

崖際まで追い込まれ、A級魔術の発動で消耗しきった体では、もう動けなかった。


……回避する術が、ない。

……ここまでか。


被弾を覚悟した、その刹那。

水の膜が、俺の体を包み込んだ。

リアの防御魔法――《アクアヴェール》。

炎の奔流が水の障壁に叩きつけられ、激しい蒸気が噴き上がる。

熱と水蒸気が視界を白く染めた。


「ルロイ!ごめんね、援護してもらって……大丈夫?」


「……ああ」


俺は短く答え、リアの方へ視線を向けた。

だが、胸の内では別の焦りが渦巻いていた。

このままでは――ジリ貧だ。


イフリートの暴走は止まらない。

俺たちの魔力も、体力も限界に近い。

長引けば、確実にこちらが押し切られる。


ならば――

今しかない。

俺は静かに息を整えた。

今こそ、自分の究極奥義を発動する時だ。


「リア。次で最後だ。もう一度、奴を足止めしてくれないか」


「え……? うん。わかった」


戸惑いながらも、リアは俺を信じて頷いた。


杖を掲げる。

足元に魔法陣が展開し、水の魔力が渦を巻く。

空気が震え、周囲の水分が一斉に引き寄せられていく。

やがて奔流は一つに集まり――

巨大な水牢が生まれた。


上級水魔法――《オーシャン・アビス》。


奔流がイフリートを再び包み込み、巨体を押し潰すように拘束する。

激しく暴れる炎の化身を、水の深淵が飲み込んだ。

それを見届け、俺は小さく息を吐いた。


そして――詠唱を始める。


「蒼穹に眠る万雷よ。

天の理を越え、我が呼び声に応えよ」


右手を掲げ、人差し指を空へ突き出す。


「雷霆の王、世界を貫く蒼き閃光。万雷を束ね、この手に集え」


晴れていた空が、瞬く間に淀む。

雲が渦を巻き、黒い雷雲が空を覆っていく。


「ルロイ……その詠唱は……だめ!!」


リアの叫び声が響いた。

彼女は気づいたのだろう。

この魔力の異常さに。


――これは。

雷の究極魔法。S級魔法の詠唱。

俺は、この魔法を一度も使ったことがない。

だが、なぜか知っていた。


あの日。俺に雷の力が発現した、その瞬間から。

この魔法の存在を。

これを使えば、ただでは済まない。

それだけは、本能で理解していた。

だからこそ、これまで試し撃ちすらできなかった。

禁断の魔法。


……もしかしたら。

これこそが、あの炎の魔術師のように暴走の引き金になるのかもしれない。


毛細血管が破裂する。

全身から血が噴き出した。

……やはり、体が持たないか。

だが――もう止まれない。

歯を食いしばり、詠唱を続ける。


「天を裂き、地を砕き、

すべてを滅ぼす終末となれ――」


詠唱が完了した。

見上げれば、空は完全に雷雲に覆われている。

世界が、静まり返った。

風も止まり、音も消える。

俺は突き上げていた右手を――

ゆっくりと、少年へ向けて振り下ろした。


そして叫ぶ。


「――《ラグナ=テスラ》!!」


次の瞬間。


轟音。


天を裂く、超巨大な雷が降り注いだ。

凄まじい雷光が世界を包み込む。

白い閃光が弾け、すべての色を塗り潰した。


圧倒的だった。

まるで、世界そのものが雷に呑み込まれたかのようだった。


そして――。

落雷を受けた少年の膝が崩れる。

そのまま前のめりに、地面へ倒れ込んだ。

同時に彼の背後に立ち上っていた炎の巨影――イフリートも。

音もなく、霧のように消えていく。

炎が――消えた。


「や……やった!!」


シュプリムが思わず叫んだ。

その声には、安堵と驚きが入り混じっている。

彼と対峙していたロアノアールの兵士も、動揺を隠せない様子だった。

炎の巨影が消え、戦場の空気が一変したのだ。


「ふぅ……届いたか」


俺は大きく息を吐き、胸をなで下ろした。

全身が軋むように痛む。

魔力はほとんど使い果たし、体中が悲鳴を上げていた。


そして、何事も起こらなかった。

魔力に飲み込まれることも、暴走することもない。

俺は、まだ俺のままだった。

その事実に気づいた瞬間、全身から力が抜ける。


……勝った。


「ありがとう。ルロイ……また守ってもらっちゃったね」


リアが、こちらへ歩み寄ってくる。

戦いの緊張が解けたように、柔らかな表情だった。

その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


それは――こっちの台詞だ。

そう言おうと、口を開きかけた。

その瞬間だった。


ぴくり。


倒れていた少年の指が、わずかに動いた。

俺は、それを見逃さなかった。


どうして――。

どうして、すぐにとどめを刺さなかった?


S級魔法《ラグナ=テスラ》は確かに直撃した。

だが、魔法の完成度は決して完璧とは言えない。

体は限界で、詠唱もぎりぎりだった。


それなのに。

……俺は、終わったと思い込んでいた。

いや――

考えるのが遅い。


次の瞬間。

少年の体が、跳ね起きた。

炎が再びその身を包み込む。

揺らめく火焔が爆ぜ、空気が焼ける。


そして――

信じられない速度で、少年は俺へ突進してきた。


まずい。

体が、言うことをきかない。

S級魔法の反動で、魔力も体力もほとんど残っていない。

足に力が入らない。


……回避できない。

被弾を覚悟した、その瞬間――


ドンッ。


体が、横へ弾かれた。

視界が大きく揺れる。

何が起きたのか、理解が追いつかない。


――次の瞬間。

俺を突き飛ばした存在が、目に入った。


リアだった。


リアが俺を押しのけ、そのまま前へ踏み出していた。

そして――

炎を纏った少年の前に、立ちはだかっていた。


「――っ!」


少年の手が伸びる。

その腕が、リアの腕を掴んだ。

そして――

炎が噴き上がった。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


断末魔の叫び。

誰の声だ…?


リア……?


思考が、完全に止まる。

炎が、リアを包み込んだ。


爆ぜる火柱。

衣服が焼け落ちる。

肌が、焦げる。

炎が舞い上がり――

リアの体を焼き尽くしていく。


やがて炎が収まった時。

そこに立っていたはずの彼女は、ゆらり、と。

その場に倒れ込んだ。

黒く焼け焦げた体のまま。


少年は、まるで最後の力を振り絞るかのようにその場を離れる。

そして、振り返ることもなく、渓谷の奥へ逃走した。


「リアーーー!!!!」


喉が裂けるほどの叫びが、口から飛び出した。

俺は駆け寄り、リアの上体を抱き起こす。

彼女の長く綺麗だった髪は、ほとんど焼け落ちていた。

皮膚は焼けただれ、今にも剥がれ落ちそうになっている。

あまりにも酷い状態だった。


「……リア……」


意識はない。

だが――

わずかに、息をしている。

かすかな呼吸。

それだけが、まだ彼女が生きている証だった。


だが――。

誰の目にも明らかだった。

リアに残された時間は、ほとんどない。

俺の胸が激しく打ち鳴る。

頭の中が真っ白になる。


「おい……シュプリム! 何をしている! すぐに救護班を呼べ!!」


声が、怒鳴り声のように響いた。


「そこの、ぼさっとしている村人! 彼女の手当をしろ!!」


俺は誰かに縋るように、ただ叫んでいた。

リアの命が、今にも消えてしまいそうだった。

それだけは――絶対に許されない。


「……だめだ、ハーヴェス」


低い声が俺を止めた。

シュプリムだった。


「ここではまともな治療は受けられない。アルティアまで戻るしかない。まともな治癒術師に頼むんだ」


俺を諭すように言う。

そして、戦場を見渡しながら続けた。


「ここは任せろ。お前たちはアルティアへ行け」


その言葉で――俺は、ようやく我に返った。


そうだ。

まだ戦争は終わっていない。

呪われし魔術師は撃退した。

だが、ロアノアールの兵士はまだ残っている。

戦いは、まだ続いているのだ。


俺はリアを抱きかかえたまま、シュプリムを見上げた。

ただ一つの思いが、胸を支配していた。

一刻も早く、リアを安全な場所へ。


「……すまない。後は任せる」


そう言って、俺は立ち上がった。

リアを抱きかかえたまま、踵を返す。

そして、ルミエールを後にした。


向かう先は――アルティア。

戦火に包まれた村を背に、俺は走り出した。

それは、この任務に当たった者として、決して褒められる選択ではないだろう。

戦争の最中に、戦場を離れる。

本来なら、許される行為ではない。


だが――それでも。

俺は本能のまま、この村を離れた。

腕の中でぐったりと力を失ったリアを、強く抱きしめながら。

もう一度。

彼女の笑顔を見られると――そう信じて。

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