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呪われし魔術師  作者: ツバキルイ
第一章 「雷の魔術師」
3/10

第3話「対決、シュプリム・ローディ」

やがて、シュプリムが生徒たちの輪から離れ、こちらへ歩いてきた。

石畳を踏む足音は落ち着いていて、焦りも、緊張も感じられない。

そして、俺の目の前で足を止める。

見下ろすような視線。

感情の読めない、薄く細められた目。


「――よく生きていたな。落ちこぼれが」


その言葉は、怒気も嘲笑もない。

ただ事実を述べただけのような、乾いた声音だった。

周囲の空気が、一瞬で凍りつくのを感じる。

ヴァンが息を呑み、他の生徒たちも言葉を失った。

俺は、反射的に拳を握りしめそうになるのを堪え、視線を逸らさずに受け止める。


――生きていた、か。


まるで、俺が生き残ること自体が想定外だったかのような言い方。

胸の奥に言いようのない違和感が残った。

この男は俺たちが洞窟で何と遭遇したのか――

最初から、知っていた。

そう確信した、その瞬間だった。


「この俺と、勝負しろ」


――耳を疑った。

一瞬、シュプリムの言葉の意味が理解できず、思考が停止する。

ざわり、と周囲がどよめいたのが遅れて耳に届いた。


「は…?」


間の抜けた声が、思わず漏れる。


勝負?

誰が?

俺と?

――この男が?


シュプリム・ローディ。

魔法学院エルブランシュAクラスに名を連ねる実力者であり、教官も務める。

風魔法を極め、数多の実戦任務を生き抜いてきた男だ。


万年Cクラスの落ちこぼれである俺とは、

実力も、立場も、積み重ねてきたものも――

比べるまでもなく、隔絶している。


そんな相手からの、名指しの勝負。

あり得ない。

常識で考えれば、ただの公開処刑だ。


ざわ、と空気が揺れた。

周囲の視線が、一斉に俺へ突き刺さる。


困惑。

戸惑い。

そして――隠しきれない好奇の色。


落ちこぼれは、どこまで惨めに負けるのか。

そんな無言の期待すら、混じっている気がした。

俺は無意識のうちに、奥歯を噛み締めていた。

そんな張り詰めた空気を切り裂くように――

第一演習場の扉が勢いよく開いた。


「ルロイー!」


耳に馴染んだ声。

思わず視線を向けるより早く、駆け足の気配が迫ってくる。

次の瞬間、柔らかな衝撃が胸元に飛び込んできた。


「――っ!?」


リアだった。

心配と混乱がないまぜになった表情のまま、俺に飛びついてくる。


「大丈夫だった!? 怪我はない? 本当に無事!?」


顔を近づけ、あちこちを確かめるように覗き込んでくる様子は、どう見ても過剰だ。

周囲の視線が一斉にこちらへ向くのを、嫌でも感じる。


「なんだ、あいつ。リアちゃんに優しくしてもらって…いいなぁ」


ヴァンがぽつりと独り言つ。

リアはエルブランシュ最年少のAクラス生として、学院内でも憧れの存在だ。

その笑顔と実力に、自然と視線が集まるのも無理はない。


「……落ち着けって。見ての通り、生きてる」


そう言うと、リアはようやく少しだけ安堵したように息を吐いた。


「よかった……。洞窟でロックゴーレムが出たって聞いて……嫌な予感がして……」


どうやら、先の討伐任務の噂を耳にして、いても立ってもいられず駆けつけてきたらしい。

相変わらず、俺のことになると無駄に行動が早い。

その光景を、腕を組んだまま眺めていたシュプリムが、ようやく口を開いた。


「ちょうどいい。リア――そいつの傷を癒してやれ」


リアは偉そうな態度を取る人間を、露骨に毛嫌いしていた。

その視線には冷ややかな鋭さが宿り、少しでも傲慢な振る舞いを見せる者には容赦がない。

それも、スラム街の孤児院での過酷な暮らしが、彼女の性格に深く刻み込まれた結果なのだろう。


「……アンタに言われなくても、もうやってるよ」


リアはぴしゃりと言い返すと、俺の前に立ち直した。

彼女の足元に淡い青色の魔法陣が広がり、澄んだ水の気配が満ちていく。

水の回復魔法アクアヒール

柔らかな水流が光となって俺の体を包み込み、

洞窟で蓄積した痛みや疲労が、ゆっくりと溶けていくのが分かった。


「……っ」


さっきまで重く張り付いていた倦怠感が、嘘みたいに引いていく。

さすがはAクラスの上級魔法だ。回復速度も、精度も段違い。


「相変わらず無理しすぎなんだから……」


リアは俺の傷を見て小さく呟きながら、魔力の流れを丁寧に制御している。

その横顔は、さっきまでの不安そうなものではなく、

孤児院の頃から何度も見てきた、世話焼きの幼馴染そのものだった。


その様子を、シュプリムは腕を組んだまま、つまらなさそうに眺めていた。

視線には、微塵の関心も、労わりもない。

まるで俺を回復させ、万全の状態にしてから、

完膚なきまでに叩き潰すつもりだとでも言わんばかりに。


「…終わったか」


回復魔法が終わり、空気が変わった。

シュプリムの目が鋭く光り、臨戦態勢へと移行する。


「ちょっと何!?何するつもり!?」


リアの声には、はっきりとした驚きが混じっていた。

眉間に皺を寄せ、目を大きく見開いたまま、俺を見つめている。

無理もない。

目の前に立つ教官――シュプリム・ローディが、まさか生徒に

果たし合いを挑むなど、誰が予想できただろうか。


空気は一瞬で張り詰めた。

第一演習場は、静寂と緊張の渦に包まれる。


「心配するな。殺しはしない。致命傷を負ったとしても――お前が回復すればいい」


シュプリムは淡々と、まるで実験の手順を説明するかのように言った。

その言葉に、リアは顔色を変えたまま、その場を動こうとしない。

俺の前に立ち、庇うように一歩踏み出している。

だから――俺の方から、声をかけた。


「……下がっていろ、リア」


できるだけ、落ち着いた声で。


「こいつには、聞きたいことがある」


リアは一瞬、信じられないというように俺を見た。

だが、俺の目を見て何かを察したのか、視線を伏せる。


「……絶対、無理しないで」


それだけ言い残し、ゆっくりと後ろへ下がった。

演習場の中央。

俺とシュプリムの間に、張り詰めた沈黙が落ちる。

逃げ道はない。

けれど、不思議と恐怖はなかった。


洞窟で感じた違和感。

シュプリムの不自然な不在。

そして、あの見下すような視線。


全部――ここで確かめる。

俺は深く息を吸い、腰の刀に手をかけた。

同時に、体内の魔力を静かに巡らせる。


戦闘開始だ。


シュプリムは得物の槍を突き出すと、得意の風魔法を展開し始めた。

その魔法は――《風影》。自分の姿を幻影のように揺らめかせ、

回避能力を飛躍的に高める魔法だ。

彼の体は、ゆらゆらと揺れ動き、まるで空気の中で分裂しているかのように見える。

余裕の表情を浮かべたまま、シュプリムは俺を目がけて一気に加速した。


だが――

シュプリムが踏み出したその瞬間、雷が唸るように発動した。

そこには、事前に仕掛けておいたトラップ雷魔法、《伏雷》が潜んでいた。

リアに回復をしてもらっている間に、密かに仕込んでいたのである。

雷が足元で炸裂し、地面から鋭い電流が彼の足首を包む。


「っ…!?」


思わず声を漏らし、シュプリムの姿が一瞬よろめく。

風魔法《風影》で幾重にも重ねた幻影も、この突然の罠には対応しきれない。

俺は心の中で静かに息を整える。


(よし…これで、隙が作れた)


雷の輝きの中で、シュプリムの視線が俺を捕らえ、わずかに険しく光る。

だが、俺の体は冷静そのものだった。

伏雷の設置は、奇襲として完璧に決まった。

後は、この一瞬の隙をどう活かすか――

雷の残光に照らされるシュプリムの姿。

その冷徹な表情が、わずかに動揺しているのを、俺は見逃さなかった。


俺はすかさず刀に手をかざし、《雷瞬》でシュプリムへ距離を詰めた。

雷が体を走り、前方へ跳ぶように加速する。


だがシュプリムは、俺の接近にわずかに眉をひそめた程度で、動じた様子はない。

その瞬間、渦巻く風が突如俺を包み込んだ。


「――ッ!」


風魔法テンペスト

シュプリムが放った風魔法の圧力が全身を叩き、俺は後方へ吹き飛ばされた。


衝撃で地面に叩きつけられ、息が詰まる。

周囲の瓦礫が飛び散り、耳を裂くような風の轟き。

凄まじい威力だ……無詠唱でこれを放つのか。

AクラスとCクラス、俺たちの間にある実力差を、身をもって思い知らされる。


「ルロイ!大丈夫!?」


リアの声が、風の轟音を突き抜けて耳まで届く。

必死に駆け寄ってくる足音と共に、青髪の彼女が視界に飛び込んできた。


「……ああ、大丈夫だ」


そう答えると、右手を空に掲げた。

――まだ、勝負は終わっていない。


にやにやと、余裕を崩さぬ表情のまま、シュプリムはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

だが、その目が一瞬だけ揺れた。

視線の端に、わずかな警戒の色が走る。

俺が張った《伏雷》の存在を、完全には無視していないらしい。

尊大な態度とは裏腹に、抜け目のない男だ。


だが、残念ながら。


俺の《伏雷》は、この場全体を覆うほど万能ではない。

設置した位置は限られている。

そして今、シュプリムが踏み込もうとしているのは、その範囲外――完全な死角だ。

つまり。奇策は、もう通じない。


再び、シュプリムが槍を構える。

低く腰を落とし、鋭い穂先を俺へ向けた。

そして、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。


「見せてやるよ。AクラスとCクラスの格の差をな!」


その言葉には、どこか小物じみた鼻を鳴らすような響きがあった。

俺は心の中で、思わずそう呟く。


(なんとも小物めいた台詞だな…)


頭の片隅で軽く嘲笑しつつも、俺は気を抜かずに身構える。


目の前でシュプリムの槍が振り下ろされる。

光速に近い軌道、無詠唱で叩き込まれる風魔法。

攻撃の一つ一つが精密かつ洗練されており、こちらが手を出す隙など微塵もない。

俺は全身の感覚を極限まで研ぎ澄まし、刀を振るいながら、わずかな綻びを探る。


そして――

シュプリムの一撃が俺の身に降りかかろうとした、その瞬間。

かろうじて《雷瞬》を発動。

閃光のようにその背後へ回り込み、手元へ雷を一点に集中させた。


「――雷撃!」


「遅い!!」


シュプリムは、俺の《雷撃》を軽くかわすと、次で仕留めると言わんばかりに力を込め始めた。

槍先が空気を切り裂く音が、耳をつんざく。

その瞬間だった――


「……え?」


間の抜けた声とともに、シュプリムがその場に倒れ込んだ。

プスプスと、まだ微かに煙を上げる雷の残滓。


一体、何が起きたのか――。


俺はすでに、《サンダーボルト》を詠唱していた。

シュプリムが回避すると予測した、その地点の上空へ。


手を高く掲げた、あの瞬間だ。

案の定。

雷撃をかわしたシュプリムは、想定通りの位置へと身を翻す。


その刹那――

頭上の死角から、雷が落ちた。

閃光が一瞬、視界を白に塗り潰す。

轟音とともに空気が裂け、衝撃が大地を震わせた。


そう――

俺の戦いの真骨頂は、こうした搦め手にある。

正面から打ち合う力は劣る。

だが、読みと布石で上回ればいい。

たとえ格上でも。

油断した相手には、致命的な一撃となる。

すべては、狙い通りだった。


いくらAクラスとはいえ、雷の中級魔法サンダーボルトをまともに脳天へ受けたのだ。

あっけない幕引きにも思えるが、ただで済むはずがない。

シュプリムは顔をこわばらせ、体をふらつかせながらも、どうにか踏みとどまる。

焦げた髪と制服からは焼けた匂いが立ちのぼり、その視線も、わずかに揺らいでいた。


「そうか……やはりお前が……」


シュプリムの声は、わずかに震えを帯びていた。


「――呪われし魔術師か」


意味深に吐き出したその言葉とともに、シュプリムは力尽きるように膝を折れ、足元から崩れ落ちた。


……呪われし魔術師。

その言葉は、重く俺にのしかかった。


「呪われし魔術師」


それは、ただ一属性のみを操る代償として、常理を超越した魔力を振るう存在。

災厄と断じられ、伝承の中にのみ語られることを許された異端のはずだった。

そんなものが、本当にいるのか?


馬鹿げている。

確かに俺は、雷の魔法しか使えない。

だが、単一属性しか扱えない魔術師など、この世界にはいくらでもいる。

ただそれだけで、忌み嫌われる“呪われし魔術師”などと呼ばれていいはずがない。


何より――

俺の魔力は、伝承に語られるような災厄を招く代物ではない。

強大どころか、平凡だ。

少なくとも、自分ではそう信じてきた。


だからこそ。

あの忌まわしい名が自分に向けられるなど、受け入れられるはずがない。


考えていなかったんじゃない。

ただ、考えないようにしていただけだ。

認めた瞬間、何かが決定的に壊れてしまいそうで。

自分という輪郭が、崩れてしまいそうで。

だから俺は、否定し続けるしかなかった。


ふと、過去の出来事が脳裏をよぎった。


――リアと同じ孤児院で暮らしていた頃の話だ。


あの時、窃盗団によって、俺と同じくらいの年頃の子供たちが攫われる事件が起きた。

孤児院は騒然となり、先生たちは必死に俺たちをなだめ、外に出るなと強く言い聞かせた。


だが、俺はその制止を振り切った。


今になって思えば、馬鹿げた行動だ。

当時の俺は、刀を多少扱えるだけの未熟な子供で、魔法など一切使えない――

どうしようもない弱者に過ぎなかった。


それでも、そんなことはどうでもよかった。


攫われた子供たちの中に、リアがいた。

行かない、という選択肢など最初から存在しなかったのだ。

俺は、窃盗団の根城へと真正面から乗り込んだ。

隠れることも、策を弄することもなく、ただ刀を抜き、

目の前に立ちはだかる相手を一人、また一人と自慢の刀で斬り伏せていった。


だが、現実は非情だった。


多勢に無勢。

いくら腕を振るおうと、数の暴力には抗えない。

追い詰められ、全身を殴られ、蹴られ――

次の瞬間、自分は殺されるのだと、はっきり理解した。


その時だった。


体の奥底から、何かが――

雷の属性が、突如として発現した。

まるで、何者かに「認められた」とでも言うように。

理屈も制御もなく、ただ圧倒的な力となって解き放たれたそれは、

窃盗団の根城そのものを蹂躙し、瞬く間に壊滅させた。


その後のことは、ほとんど覚えていない。


気がついた時には、すべてが終わっていて、

俺は地面に倒れ伏したまま、意識を失っていた。


――あれが、最初だった。


あの雷の発現が

本当に“偶然”だったのかどうか、今となっては、もう分からない。

ざわり、と。

心の奥を、何か冷たいものが撫でるような感覚が走った。

理由もなく、不意に胸をえぐられる。

思考の底に沈めていたはずの違和感が、再び顔を覗かせていた。


――だからこそ、俺は。

ここエルブランシュでは、波風を立てずに過ごしたかったのだ。


目立たず、評価も望まず、

昇級も、称賛も、必要なかった。

ただ、静かに、何事も起こらない日々を送れればそれでよかった。

それは怠惰でも、諦めでもない。

自分の中に眠る“何か”に、気づかれたくなかっただけだ。


もしかしたら――

いや、考えるな。


だが、否応なく思考は続いてしまう。

もしかしたら、この俺が――

あの忌まわしい呼び名で語られる存在に、

結び付けられるとしたら。


胸の奥が、ひどく重くなる。

理由のない不安ではない。

それは、過去と現在が一本の線で繋がろうとする、嫌な予感だった。


「あいつが、あの呪われし魔術師……!?」


誰かの声をきっかけに、演習場がざわめき出す。


「おいおい…あのシュプリム教官を倒しちゃったぞ」


ひそひそと、しかし確実に広がっていく噂。

俺はその喧騒に、強引に現実へと引き戻された。


――Aクラスの魔術師、シュプリム。

その実力者を、Cクラスの落ちこぼれである俺が打ち倒した。

その事実は、どれほど取り繕おうと、目の前に突きつけられている。


これを見て、あの忌まわしい呼び名と結び付けない方が無理というものだ。

理解できない出来事は、いつだって“異端”のせいにされる。

俺は…もう忌まわしき存在と認められてしまうのか。

そう思った、その瞬間だった。


「大丈夫だった!? 怪我はない?」


勢いよく胸に飛び込んできたのは、リアだった。

小さな身体が震えていて、瞳は今にも涙をこぼしそうだ。

作り物じゃない。

心の底から、俺の無事を案じている声だった。


――ああ。

さっきまで頭を占めていた絶望的な思考が、嘘みたいに吹き飛んでいく。


俺は、一体どれほどこの子に救われているのだろう。

力でも、言葉でもなく、

ただただ信頼という行為だけで。

その温もりを感じながら、俺はひそかに誓った。


少なくとも――

この手が届く範囲にいる大切なものだけは、

何があっても守り抜こう、と。

そう思いながら、俺は感情を隠すようにぶっきらぼうに答えた。


「俺は大丈夫だ……そこのAクラス様を治療してやれ」


わざと皮肉を込めた言い方だった。

これ以上、心配されるのが気恥ずかしかったのもある。

リアは一瞬だけ俺を見て、それから倒れているシュプリムへと視線を移す。


「……もう」


仕方ないな、とでも言いたげに小さく溜息をつき、

それでも彼女は躊躇なく歩み寄った。

倒れ伏すAクラス教官の前に膝をつき、静かに魔力を巡らせる。


「《アクアヒール》」


澄んだ水の光が、シュプリムの身体を包み込む。

敵意も、優劣もない。

そこにあるのは、ただ“癒す者”としてのリアの姿だけだった。


――やっぱり、敵わないな。


俺はそう思いながら、

彼女の背中を、少しだけ誇らしい気持ちで見つめていた。

次に駆け寄ってきたのは、ヴァンだった。


「お前、本当にすげえな! あの憎たらしいAクラスまで倒しちまうなんてよ!」


興奮を隠そうともせず、肩を叩いてくる。

その笑顔はやけに晴れやかで、少しだけ――いや、かなり煩悩まみれに見えた。


(……こいつ、大丈夫か?)


そう思ったところで、

連戦の疲労が一気に押し寄せてきた。

身体が重い。

魔力も、気力も、底をついた感覚だ。

頭の中に浮かぶのは、ただ一つ。


――早く帰って、眠りたい。

シュプリムに聞きたい事は山々だったが、今はどうだっていい。

ヴァンは早速、ロックゴーレム討伐を口実にした祝勝会を提案してきたが、

俺は曖昧な笑みでやんわりと断りを入れた。


「悪い。今日はもう限界だ」


それだけ告げると、

俺は人混みから離れ、演習場を後にする。

騒がしい声が背後で遠ざかっていく中、

一人、夜の学院を抜けて帰路についた。


――今日の出来事を、

すべて夢であったことにできたら、どれだけ楽だろう。

そんな現実逃避めいた考えを胸の奥へ押し込みながら、

俺は魔法学院エルブランシュの寮へと歩を進めた。


白亜の回廊は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。

灯りの落ちた窓、規則正しく並ぶ扉。

ここは、何事もなかったかのように日常が続く場所だ。


――だが、俺の中では、確実に何かが変わってしまった。


それを認めるのが怖くて、

俺はただ足を動かし続ける。

明日になれば、

また“Cクラスの落ちこぼれ”として過ごせるだろうか。

そう願いながら、

俺は重たい扉を押し開け、寮の中へと消えていった。

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