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呪われし魔術師  作者: ツバキルイ
第五章 「闇の少女」
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19/20

第19話「奴隷館の戦い」

最初の標的は、門前に立つ二人の衛兵。

迅速に、静かに。

他の連中に気付かれる前に、確実に仕留める。


俺は門の陰、石壁に背を押し当てるようにして身を潜めた。

呼吸を整え、魔力を一点へと収束させる。


――《サンダーボルト》。


詠唱を開始する。

同時に、二人の頭上へ魔法陣を展開した。


「ん……?」


片方の衛兵が違和感に気づき、顔を上げる。

だが、遅い。


詠唱が完成する。

次の瞬間――雷鳴。

圧縮された雷が、真上から叩き落とされる。

二人の頭部へ、寸分違わず直撃した。


バリバリと空気を裂く音。

断末魔すら許さず、二人はその場に崩れ落ちた。


……まず二人。


俺は短く息を吐く。

魔力は――問題ない。

思った以上に回復している。


すぐさま門の影へ移動する。

異変を感じたのか、敷地内の衛兵の一人がこちらへ歩み寄ってくる。

俺は息を殺し、気配を消す。

足音が近づく。

視界の端に、鎧の影。


――来た。


衛兵は倒れた仲間の前で膝をつき、様子を確かめようとする。

その瞬間。

俺は飛び出した。

躊躇は、ない。

刀を振り下ろす。

刃が、首を断ち切る。

血が噴き出すよりも早く、体が崩れた。


……三人目。


静寂が戻る。

――いつからだろう。

こんなにも簡単に、躊躇いなく人を殺めるようになったのは。

自嘲が、胸の奥で微かに揺れる。

だが、今は立ち止まるわけにはいかない。


残りは――二人。

俺はひそかに敷地内に《伏雷》をしかけていた。

一人でも罠にかかれば…。

そう思った刹那、少し離れた場所で雷が爆ぜる音がした。


――かかった。


俺は即座に駆け出す。

現場に辿り着くと、衛兵の一人が膝をつき、痺れた体を押さえていた。

視界が揺れているのだろう、こちらに気付く様子もない。


迷わず、斬る。

刃が走る。

首が落ちる。


……四人目。


残るは、あと一人。

一対一ならばもう隠れる必要はない。

俺は堂々と歩みを進めた。


最後の衛兵も異変に気付いたのか、周囲を見回している。

俺は背後へ回り込む。


一歩。

また一歩。

気配を消し、距離を詰める。


そして――。


首筋へ、刃を滑らせた。

音もなく。

確実に。

その体は、力なく崩れ落ちた。


……五人目。


これで、外の衛兵は全て排除した。

静まり返る敷地。

風の音だけが、わずかに木々を揺らしている。

俺はゆっくりと視線を上げた。


――ポチェティーノの館。


薄暗く、重苦しい空気を纏った建物。

まるで、生き物のようにこちらを見返してくる。


ここからが本番だ。

俺は近くの窓へと移動する。

音を殺し、刃でガラスを最小限に割る。


静かに侵入。

館の内部は、外以上に異様だった。

光が少ない。

空気が重い。

どこか、湿った気配がまとわりつく。


――気味が悪い。


床板を踏む音を殺しながら、慎重に進む。

ポチェティーノがいるとすれば――最上階。

一番奥の部屋だろう。


俺は身を潜めながら、慎重に足を進めた。

床板が軋む音すら、やけに大きく感じる。


もし手練れの用心棒がいるのだとしたら――

すでに俺の侵入に気付いているはずだ。

それでも、妙に静かだった。

不気味なほどに。


慎重に館を散策していると――

ひとつ、明らかに異質な扉が目に入った。

重厚な造り。

他の扉とは違う、装飾のない無機質な鉄扉。


……上階へ続くものではない。


だが――。

胸の奥で、何かが警鐘を鳴らしていた。

この先に、“何かがある”。

俺は、無視できなかった。

静かに、扉へ手をかける。

ゆっくりと、押し開く。


――軋む音。


その先にあったのは、地下へと続く石の階段だった。

ひんやりとした空気が、足元から這い上がってくる。

嫌な予感しかしない。

だが、足は止まらなかった。


一段、また一段と降りていく。

暗闇が、じわじわと視界を侵食する。

やがて――

地下室へと辿り着いた。

その瞬間。


「……っ」


鼻を突く、異様な臭い。

腐敗。

血。

そして――。


「……これは……死臭か?」


思わず、声が漏れる。

視線を巡らせた、その時だった。


部屋の奥。

並べられた、棺のような箱。

その中に――子供たちが、収められていた。

一人や二人ではない。

何人も。


小さな体。

動かない。

息をしていない。


中には――

すでに腐敗が進み、原型を留めていないものすらあった。


「……っ」


喉が詰まる。

視界が、揺れた。

俺は思わず顔を背けた。


……なんだ、これは。

何が行われていた。

ここで――何をしていた。

胸の奥で、怒りとも嫌悪ともつかない感情が渦巻く。


その時、ふと目に入った。

部屋の片隅。

机の上に置かれた、一冊の手記。

俺はゆっくりと、それに近づく。

手が、わずかに震えていた。

恐る恐る、手に取る。


そして――ページをめくった。


「試験体42番……失敗」

「試験体43番……失敗」

「試験体44番……適正あり、しかし数日で暴走。失敗」

「試験体45番……失敗」

「試験体46番……適正あり、奴隷として監視中」


……試験体。

その言葉が、頭の中で反響する。


「……何だ、これは……」


生き物を扱う記述ではない。

まるで道具か何かのように、淡々と切り捨てられている。

実験のために。

使い捨てられた。


……そして。


「適正あり……奴隷として監視中……」


俺は、最後の一文をなぞるように読み上げる。

――試験体46番。

その言葉が、頭の中で反響する。


奴隷。

適正あり。


……リュネス。


脳裏に、あの少女の姿が浮かんだ。

波打ち際で、ただ静かに座っていた背中。

感情の薄い、あの瞳。

そして――あの闇。


「……そういうことか」


ぽつりと、言葉が零れる。

あいつは。

リュネスは――

この実験の“成功例”の一つ。


だからこそ、生かされている。

だからこそ、あの館に縛られている。


「ふざけるな……」


声が、低く沈む。

手にしていた手記を、無意識に強く握り潰していた。

紙が軋む音が、やけに大きく響く。

胸の奥で、何かが決壊した。


あの静かな海岸。

何も言わず、ただ食料を差し出してきた少女。


あの小さな体で。

何も求めず。

ただ――生きていた。


その裏で。

こんな地獄が、あったのか。

胸の奥で、何かが軋む。

怒りが、静かに――だが確実に膨れ上がっていく。


その時だった。

気配。

背後から、ゆっくりとこちらへ近づいてくる“何か”。

反射的に身を隠そうとする――が、遅い。

もう、目の前まで来ていた。


「……随分好き勝手に暴れまわっているようですねぇ」


聞き覚えのある声。

俺は顔を上げ、その人物を睨みつける。


「ルロイ・ハーヴェス君」


――カティ・リーリック。

エルブランシュ魔術師団、副隊長。


長い黒髪を後ろで束ね、細身の体躯。

眼鏡の奥には、冷静で鋭い理知の光が宿っている。

飄々とした空気。

だがその裏には――底知れない実力。

武器は刀。

扱う魔法は、主に雷。


――俺と、同じ。

そうだ。

俺はこの男に、戦い方を叩き込まれた。

刀の握り方。

魔力の練り方。

そして――戦場で、生き残る術。


師匠。

そう呼んでも、差し支えない存在だった。


「……何故、あなたがここに。副隊長」


問いかける。

声は抑えているはずなのに、わずかに震えていた。


「ふふ……分かっているでしょう?」


カティは肩をすくめ、薄く笑う。

その仕草は、昔と何も変わらない。


「私こそが、ここの用心棒というわけですよ」


――やはり。

胸の奥で、確信が沈む。

これほどの人間を配置する。

それだけで、この場所の“価値”が分かる。


「あなたは長期遠征中と聞いていた」

「今のエルブランシュの状況を、分かっているのか?」


問い詰める。


「ええ……すべて」


あまりにも、あっさりと。

カティは答えた。


「私はギア様の指示で動いていますからね」


静かに。

迷いなく。

その言葉を、口にする。


……ギア。


やはり、そこに繋がるのか。

胸の奥に、冷たいものが沈んでいく。


「この館は……何を研究している?」


問うた瞬間。

脳裏に、あの光景が蘇る。

並べられた棺。

動かない、小さな身体。

腐敗している肉体。


「あなたは、そこの手記を読んだんでしょう?」


カティの声が、現実へ引き戻す。


「ならば、もう解っているはずです」


一歩。

静かに、近づいてくる。


「ここが――闇の魔術師を、人工的に作っている場所だということを」


やはり、そうか。

闇の魔術師。

今や、絶滅危惧種とすら呼ばれる存在。

それを人為的に生み出す。


もしそれが成功すれば――

国家の均衡すら、容易く崩せる力。


「こんな非人道的な事をして……何も思わないのか」


低く、吐き出す。

怒りが、滲む。


だが。

カティは――揺るがない。

微動だにせず。

眼鏡の奥の瞳は、ただ静かにこちらを見据えている。


迷いも。

後悔も。

一切、ない。


「これも、この世界を救うためです。ルロイ君」


あまりにも淡々とした声。

そこには、狂気すら感じられない。

ただ“正しい”と信じきった者の、揺るぎない響きだけがあった。


――話にならない。

百歩譲って。

仮に、こいつの言う“救い”が本物だったとしても。


それでも。

罪もない子供たちが、犠牲になっていい理由にはならない。

認められるはずがない。


ゆっくりと、刀に手をかける。

柄を握る指に、力がこもる。

震えはない。

迷いも――もう、なかった。


「……それなら」


低く、言い放つ。


「俺はあなたを倒さなければならない――副隊長」


静寂が、二人の間に落ちた。

カティは、わずかに口角を上げた。


「やれるものなら……やってみなさい」


――パチン。

カティが指を鳴らした。

乾いた音が、地下に響く。

その瞬間。

空間に、魔法陣が展開した。

次の刹那――雷。

一直線に、俺へと奔る。


速い――!

反応が、わずかに遅れる。

詠唱の“間”がない。

思考する前に、すでに撃たれている。


その精度、その速度。

中級魔法サンダーボルトに匹敵する威力。


「――っ!」


身体を捻り、ギリギリで回避する。

頬を掠めた雷が、壁を焼き裂いた。


「まだですよ」


カティの声。

視線を上げた瞬間――両手が交差するのが見えた。


――パチン、パチン。


二重の音。

正面と、真上。

同時に浮かび上がる、二つの魔法陣。

縦と横。

逃げ場を潰す、波状攻撃。


「――くっ!」


即座に《雷障壁》を展開。

後方へ飛び退く。

だが、間に合わない。

衝撃が、全身を打ち抜いた。


「がっ……!」


内側から焼かれるような痛み。

視界が揺れる。

足に力が入らない。

そのまま――膝をついた。


「おやおや。もっとやれると思ってましたが、そんなものですか」


カティが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

余裕の表情。

眼鏡の奥で、冷たい光が一瞬だけ鋭く閃いた。


――隙がない。


この男の実力は、嫌というほど知っている。

誰よりも近くで、その強さを見てきた。

まともに戦っては到底かなわない。

それでも……やるしかない。


柄を握る。

力を込める。

その重みが、現実を突きつけてくる。


その様子を見て、カティもまた静かに刀へ手を添えた。

構えに無駄はない。

まるで最初から、この展開を予測していたかのように。


「良いでしょう」


わずかに口元が歪む。


「刀でも――力の差を見せてあげましょう」


空気が、張り詰めた。


――その瞬間。

《雷瞬》を発動。

一気に間合いを詰める。


だが。

カティの目の前で――雷が弾けた。


「……っ!」


閃光。

衝撃。

視界が歪む。

足元に仕込まれていたのは――《伏雷》。

俺が得意としていた戦術。


「ふふ…迂闊ですねぇ。ルロイ君」


頭上から、落ちてくるような声。


「準備は周到に、と教えたはずですが」


膝が折れる。

力が、入らない。

動けない。


「さあ――終わりです」


カティの刀が、静かに振り上げられる。


――死ぬ。

そう理解した、その瞬間。

俺は、持っていた刀を投げつけた。

一直線に、カティの顔面へ。


「……!」


カティは、わずかに首を傾けた。

刃が届く直前。

最小限の動きで――それを躱す。


刀は、そのまま軌道を変えず、一直線に飛ぶ。

背後の壁へ突き刺さった。


「――《天雷遷移》!」


詠唱と同時に、雷が奔る。

刀へと、稲妻が絡みつく。

次の瞬間。

俺の身体が――弾けた。


視界が裂ける。

音が消える。

空間が歪む。


そして。

一瞬で。

刀の元へと、引き寄せられる。


雷を纏いながら、超高速で移動する。

それが――雷魔法《天雷遷移》。

得物に雷の印を刻み、

その地点へと自らを跳躍させる、上級移動魔法。


カティの背後を取る。

間合いは、完全に支配した。

迷いはない。

俺は、そのまま刀を振り下ろした。


刃が走る。

肉を裂く感触。

――捉えた。

そう、確信した――その瞬間。


「甘い!」


視界から、カティが消える。


《雷瞬》。


一瞬で、さらにその背後へと回り込まれていた。

気づいた時には、もう遅い。


カティは静かに腰を落とし――構える。

抜刀の姿勢。

雷が、刀に宿る。

空気が震えた。


「――《牙狼》!」


刀から閃光が走る。

視界が、白に塗り潰される。


そして――


何かが、宙を舞った。

スローモーションのように。

ゆっくりと、回転しながら。


一拍遅れて。

現実が、叩きつけられる。


「……?」


理解が追いつかないまま、視線を落とす。

そこにあったのは――


俺の、左腕。


肩から下が、きれいに断たれている。

切断されたそれが、無造作に床を転がっていた。

血が、遅れて噴き出す。


「ぐっ……!!!ああああああああああ!!」


呼吸が乱れる。

意識が揺らぐ。

そのまま、俺は地面に崩れ落ちた。


――強い。

あまりにも。


刀も。

魔法も。

戦いの“間”すらも。

すべてが、俺の上を行っている。

戦闘の練度が、違いすぎる。


このままでは――確実に殺される。


だが。

それでも。

俺の目は、まだ死んでいなかった。

血に濡れたまま、顔を上げる。


視界の先。

カティが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

処刑を確信した者の――静かな足取りで。


「あなたは――何の為に戦っているのですか?」


静かな問い。

処刑の直前だというのに、カティの声には一切の揺らぎがない。

俺は、流血する左手を抑えながら答える。


「……お前が護衛している悪党を、殺すためだ」


それだけだ。

リュネスを救うため。

理由なんて、それで十分だった。


大きく、息を吸い込む。

肺が軋む。

全身が悲鳴を上げる。


だが――止まれない。

こいつを倒すには。

もう、この力に頼るしかない。


「……来いゼウス」


喉の奥から、絞り出す。


「俺に力を!」


その刹那。

空間が、歪んだ。

空気が震え、雷鳴が微かに響く。

雷が、形を持つ。


「こ……これは……!」


カティの表情が、初めて崩れた。

その目が、確かに見開かれている。


意識が――削られていく。

身体はまだ万全ではない。

さらに、左腕は失われている。

この状態で、召喚の力を解放すれば――確実に飲まれる。


可能な限り力を最小限に抑える。

暴走しない、ギリギリまで。


「……くっ……!」


歯を食いしばる。

流れ込んでくる雷を、無理やり押し留める。


そして。

その力を一点に絞る。

右手。

握りしめた刀へと。

雷が収束する。


刃が、軋むように鳴る。

空気が震える。

制御された――異質な雷。


右手に集束した雷が、唸る。

刃が、悲鳴を上げるように震えていた。

抑え込んでいるはずの力が、今にも暴れ出そうとする。

――だが、構うものか。


「……喰らえっ!」


踏み込む。

残された力を、すべて振り絞る。

そして――振り抜いた。


刃から、雷が解き放たれる。

圧縮された高密度の雷撃。

A級魔法ライトニングボルトにも匹敵する、異質な一撃。

一直線に――カティへと叩きつけられる。


轟音。

空気が裂け、空間が震える。


「……っ!」


さすがのカティも――

ゼウスの雷撃に回避も、防御も間に合わない。

雷が――直撃した。


「ぐっ……かはっ……!」


衝撃と共に、カティの身体が弾かれる。

床に叩きつけられ、そのまま膝を折った。


静寂。

焼けた空気の中で、カティがゆっくりと顔を上げる。

その口元に――かすかな笑み。


「……そうですか」


血を吐きながら、呟く。


「あなたが……やはり“呪われし者”でしたか」


その瞳には、恐怖はない。

むしろ――興味と歓喜。


「ふふ……その力を、まさか従えているとは」


やがて、カティは小さく息を吐いた。


「ここまでにしましょう」


戦いを、終える宣言。


「あなたは……もしかすると」


わずかに視線を細める。


「この世界の“救世主”かもしれない」


――何を言っている。

問い返す間もなく。


「また、会いましょう」


その言葉を残し。

次の瞬間、カティの姿は――雷と共に掻き消えた。

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