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呪われし魔術師  作者: ツバキルイ
第四章「戦争」
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14/20

第14話「ルシファー対ゼウス」

……何が、起きた。


俺はゆっくりと視線を上げる。

足元に転がる王の首。

その現実を、無理やり意識の外へ押しやり――。

傍らに立つ学院長を一瞥する。

そして、その先にいる男へと視線を向けた。


「……これは、一体どういう事だ」


喉の奥から、かすれた声が漏れる。


「ギア・ファントム……」


ギアは、ほんの一瞬だけ俺を見た。

感情の読めない、冷えきった視線。

それだけで、何も語らない。

そして、足元に転がっていた杖を拾い上げた。


次の瞬間――。

その杖を、自らの胸へ突き立てるように掲げる。


「その杖は……」


思わず、言葉が漏れた。

ギアは、静かに答える。


「これは封魔の杖。魔力を封じる器だ」


淡々とした声。


「……そして、私の力を封印していたものだ」


一拍。

わずかな間。


「――今、返してもらう」


その言葉と同時に。

光が――爆ぜた。

視界が、白に塗り潰される。

圧倒的な光量。

熱すら伴うような輝きが、空間そのものを支配する。

目を開けていられない。


やがて――。

荒れ狂っていた光が、ゆっくりと収束していく。

暴威のようだった輝きは、次第に静まり。

空間には、淡い残光だけが漂った。


その中心に――。

ギアは、立っていた。


否。

浮かんでいた。


地を離れ、静かに宙へと佇むその姿。

背中から、光の羽根が広がる。


――十二枚。

一枚一枚が純白の輝きを放ち、粒子となって舞い散る。

幻想的な光景。


だが、その美しさは――明らかに異質だった。

触れれば焼き尽くされると、本能が告げている。

神聖であるはずの光が、どこか侵してはならない領域を思わせる。


その姿は――まるで天使。

神聖。

荘厳。

畏敬すら覚える光景。


だが――。

その瞳に宿るものは。

慈悲ではない。

救済でもない。

ただ、底冷えするような――怒り。

深く沈んだ、凍てついた感情。

静かであるがゆえに、なお恐ろしい。

触れれば砕け散る氷のように、冷たく、鋭い。


その視線に射抜かれた瞬間――理解した。

――これは、人ではない。

エルブランシュの救世主などでは、決してない。

人の理から外れた、異質な存在。


そして。

その背後に揺らめく光の奥。

確かに感じ取る。

あの時――炎の魔術師が纏っていたものと同じ気配。


空間が歪む。

存在の輪郭が揺らぐ。

現実そのものが、書き換えられていくような圧。


“召喚”。


禁じられた領域。

本来、人が触れてはならないはずの力。

その力が――今。

ギアの内に、確かに宿っていた。


「……やはり」


ギアが、静かに口を開いた。


「ここに辿り着いたのは――貴様だったか」


その視線が、まっすぐに俺を貫く。

逃げ場は、どこにもない。


「ルロイ・ハーヴェス」


名を呼ばれた瞬間。

背筋に、冷たいものが走る。

すべてを見透かされているような感覚。


「さあ――」


ギアは、ゆっくりと封魔の杖を構える。

宝玉に、淡い光が集束していく。


「貴様の力を、この中へ封じてやろう」


封印――。

その言葉に、思考が止まる。

俺の魔力を、封じる。


それは――。

この呪われた力を、失うということか。

それとも。

もっと、取り返しのつかない“何か”を奪われるのか。


「……っ」


胸の奥が、ざわつく。

理解が、追いつかない。


だが――。

それでも。

俺は、口を開いた。

震えそうな声を、押し殺して。


「お前は王を殺した。それは紛れもない大逆罪だ」


言葉を、吐き出す。


「見過ごすわけにはいかない」


――本当に、そうか?

心の奥で、何かが問いかける。

ギアの行いは、本当に“悪”なのか。

ベクトリアの言葉。

この国の歪み。

すべてが、頭の中で交錯する。


あの王は。

この国は。

守るに値する存在だったのか。

答えは――出ない。


それでも。

俺は、剣を握る。

迷いを抱えたままでも。

進むしかない。


脳裏に浮かぶのは――リアの笑顔。

あいつが守ろうとしたもの。

ヴァンに託されたもの。

それだけは――裏切れない。


「……お前は、エルブランシュの敵だ」


自分に言い聞かせるように、呟く。

その瞬間。

俺は、刀に手をかけた。

柄を強く握り込む。

全身の魔力が、内側から弾ける。


「――《雷瞬》!!」


視界が歪む。

世界が、一瞬で置き去りになる。

地を蹴った感触すら消え――次の瞬間には、ギアの目前。

そして――抜刀。


「牙狼・連撃!!」


雷を纏った斬撃が、嵐のように叩き込まれる。


一閃。

二閃。

三閃――。


間断なく、畳みかける。

確実に、当たっている。

肉を断つ軌道。

急所を狙った一撃。


だが――。

手応えが、ない。

斬っているはずなのに。

届いているはずなのに。

刃が触れた感覚だけが、虚しく腕に残る。


まるで――。

空を斬っているような感覚。

ギアは、微動だにしない。

ただ静かに、俺を見下ろしている。

その瞳に、揺らぎは一切なかった。


「……っ」


俺は、刀を振るうのをやめた。

このままでは――通じない。

このままでは、何も届かない。


ならば――。

出し惜しみをしている余裕はない。

俺は、深く息を吸い込む。

肺が軋むほどに空気を取り込み、同時に魔力を練り上げる。

全身を巡る雷が、唸りを上げた。

血流と同化するように、魔力が駆け巡る。

筋肉が震え、神経が焼けるように軋む。


詠唱を、開始する。


「我が示す座標へと集束せよ――その威をもって、敵を穿て」


言葉とともに、雷が収束する。

両手に圧縮され、凝縮され、逃げ場を失った雷が、暴れ狂う。


そして――。


《雷瞬》。


視界が、弾けた。

空間が歪み、世界が一瞬遅れる。

次の瞬間には――ギアの懐。

逃げ場など、与えない距離。

俺は腰を落とし、全身に溜め込んだ魔力を一気に解き放つように――

両手を、突き出した。


「――《ライトニングボルト》!!」


轟音。

圧縮された雷が、爆ぜる。

至近距離から解き放たれた雷光は、逃げ場なくギアを呑み込み――

空間ごと、焼き裂いた。


――だが。

ギアは、微動だにしない。

俺の全力の雷を、その身に受けながら――ただ、そこに立っている。

まるで、微風でも受けたかのように。

何事もなかったかのように。


「くそ……っ」


喉の奥から、絞り出すような声が漏れる。

負傷した箇所から、血が溢れる。

熱を帯びたそれが、肌を伝い落ちていく。


視界が、滲む。

歯を、強く食いしばる。

意識を――繋ぎ止める。

崩れるな。

ここで倒れれば、終わる。


しかし、胸の奥で何かが軋んだ。

――俺は、一体何と戦っている?

その疑問が、何度も反響する。

あの炎の魔術師ですら、ここまでではなかった。

比較にならない。

圧倒的な差。


炎、水、氷、土、風、雷――六属性。

その上位に位置する、属性。

――光。


そして。

禁じられたはずの力。

呪われし魔術“召喚”。


……俺ごときが、勝てるはずがない。

その現実が、じわじわと心を侵食していく。

足が、すくみそうになる。

逃げ出したい衝動が、喉元までせり上がる。


それでも。

俺は、その場に立っていた。

指が震える。

しかし、刀を手放さない。


ギアが、ゆっくりと翼を閉じた。

静かに。

確実に。

こちらへと歩み寄ってくる。

逃げ場を、塞ぐように。


その一歩ごとに、空気が沈む。

重く。

深く。

押し潰されるような圧が、全身を包み込む。


「抵抗するな、ハーヴェス」


静かな声。

感情のない、淡々とした響き。


「今、楽にしてやる」


その手に――封魔の杖が掲げられる。

宝玉が、淡く輝いた。


その瞬間。

全身の魔力が――悲鳴を上げた。


「……っ!?」


体の奥が、軋む。

内側から何かを引き剥がされるような感覚。

魔力が暴れ、抗い、そして――奪われていく。

耐えがたい不快感と痛みが、全身を駆け巡った。

視界が、歪む。

景色が崩れ、光が砕ける。


次の瞬間――。

俺は、別の場所にいた。

見知らぬ空間。


足場はない。

重力もない。

上下すら曖昧な空間で、ただ俺は――浮かんでいた。


静寂。

音も、気配もない。

ただ、存在だけがそこにある。


「……このままでは、貴様は取り込まれる」


不意に、声が響いた。

どこからともなく。

頭の内側に直接流れ込んでくるような声。

聞き覚えは――ない。


「貴様は、それでいいのか?」


「……誰だ」


俺は問いかける。

だが、姿は見えない。

あるのは、声だけだ。


「選べ」


短く、冷たい言葉。


「ルシファーに喰われるか――それとも、抗うか」


ルシファー……?

脳裏に、あの光がよぎる。

ギアの背後にあった、あの異質な存在。

光の召喚魔法の名前か。


「……そうか」


理解した。


「お前か」


あの日。

リアが攫われたあの日。

俺に力を与えた、“何か”。


「何故、俺にこんな力を与えた」


問いかける。

この忌まわしい力。

呪われし魔術。

すると、声はわずかに――柔らいだ。


「…決まっている」


淡々とした響き。

だが、その奥には確かな意志がある。


「お前に、守りたい者がいたからだ」


――リア。

その名を思い浮かべた瞬間。

胸の奥が、強く脈打った。


「その者もまた、選ばれし存在」

「我は、それを守るために――お前を選んだ」


……よく、わからない。


選ばれた?

守るため?

言葉の意味は、理解できる。

だが、その本質は――掴めない。


それに。

この力を解放すれば。

あの炎の魔術師のように――。

理性を失い、暴走するかもしれない。


ルロイ・ハーヴェスとしての“俺”が、消えるかもしれない。

そんな不安が、心に絡みつく。


だが――。

それでも。

このままでいいはずがない。

このまま、奪われるだけで終わるなど。

そんな結末は――認められない。


俺は、拳を握る。

強く。

震えるほどに。


「呪われし力よ――」


声を張り上げる。

この空間に、叩きつけるように。


「最後まで、俺に付き合え!」


迷いを、振り切る。


「その力を寄越せ!!」


一瞬の沈黙。

空間が、静まり返る。

そして――。


「……やはりな」


どこか、愉しげな声。

予想していた、と言わんばかりの響き。


「我が名はゼウス。さあ――今こそ解放しろ」


低く、重い言葉。


「呪われし力を!」


その瞬間。

空間が――弾けた。


「がああああああああああああ!!」


喉が裂けるような咆哮が迸る。

魔力が、暴走する。

抑えきれない。

背中から、何かが噴き上がる。


雷だ。

濃密な雷が、意思を持つかのようにうねり、形を成していく。

空が割れる。

雷鳴が轟く。


そして――現れた。


雷の召喚魔法ゼウス

圧倒的な威圧感を放つ存在が、俺の背後に降臨する。

全身に雷が流れ込む。


力が溢れる。

――だが。

意識が削られる。

それでも。


「……まだだ……」


歯を食いしばる。

飲まれるな。

ここで失えば、終わる。


「あああああああああ!!」


暴れ狂う力を、無理やり抑え込む。


「こ……これは……」


アダムス・ハーパーが、愕然と呟く。


「まさか……召喚魔法ゼウスか……」


その時。


「……ならば、排除するのみ」


ギアは冷たくそう告げると、再び翼を広げた。

静寂を切り裂くように、光が脈打つ。

次の瞬間――その体が空へ跳ね上がった。


浮遊ではない。

跳躍でもない。


“支配”。


空を踏みしめるかのように、絶対的な存在としてそこに立つ。


そして――

放たれる。

光。

圧縮された魔力が、奔流となって俺へ叩きつけられた。


「――っ!!」


俺は取り込まれそうになる意識をかろうじて繋ぎ止める。

そして、反射的に体が動く。

雷が応じ腕を振り抜き、迎撃にでる。


激突。


雷と光が衝突し、空間が悲鳴を上げた。

轟音。

爆ぜる衝撃。

空気が裂け、余波が地面を抉る。


俺はさらに魔力を引き絞る。

ゼウスの雷が、俺の意思に呼応する。

これまでの魔力とは桁が違う。

呪われし力――だが今は、なんとか制御できている。

その力が牙を剥く。


「があああああああ!!」


雷撃を叩きこむ。

空間ごと裂くような一撃。


だが、ギアは無表情のまま手をかざした。

光が応じる。

無数の光条が編まれ、一つの巨大な奔流となる。


再び激突。

雷と光が絡み合い、押し合い、削り合う。


空が歪む。

地が震える。

衝撃波が幾重にも重なり、周囲のすべてを拒絶する。

――誰も、近づけない。

この場は、もはや二人だけの戦場だった。

一進一退。

拮抗。


だが――


「……っ!」


ほんの僅かに均衡が、崩れはじめる。

光が、じわじわと雷を侵食してくる。

上位属性――光。

その絶対的な格が、力の差として顕現する。


押される。

削られる。

雷が、削がれていく。


「まだだ……っ!」


なんとか踏みとどまる。

崩れかけた体勢を、意地だけで繋ぎ止める。


だが――。

一歩、後退。

また一歩。

気づけば――背後は絶壁だった。

逃げ場は、どこにもない。

終わりへと追い詰められたことを、遅れて理解する。


ギアが、高度を上げる。

十二枚の光の羽が、大きく広がる。

一枚一枚が刃のように鋭く、世界を切り裂く輝きを放っていた。


神聖さなど、そこにはない。

あるのはただ――絶対的な“死”の気配。


そして。

ギアの口が、静かに開かれた。


「――《ルシファー・レクイエム》」


その瞬間。

世界が、止まった。

音が消える。

風が止む。

色すらも、奪われていく。

すべてが、白に塗り潰される。


――終わる。

本能が、そう告げた。

そして。

解き放たれる。


光。


それは“閃光”などという生易しいものではない。

存在そのものを否定する、絶対の奔流。

回避など――不可能。


直撃。


「――っ!!」


衝撃が、内側から炸裂した。

骨が軋む。

肉が裂ける。

意識が弾け飛ぶ。


体が――浮いた。

いや、吹き飛ばされた。

重力が消え、視界が裏返る。

空と地面が、何度も入れ替わる。

そのまま――。

屋上の縁を越えた。


落下。


風が、咆哮する。

空気が、刃のように肌を裂く。

掴めるものは、何もない。

ただ――落ちる。無力に。

抗えずに。


そして――

水面。

叩きつけられる。


衝撃。


肺の空気が一瞬で奪われる。

冷たい水が、全身を包み込んだ。


沈む。

深く。

どこまでも。


光が遠ざかる。

音が消える。

思考が、ほどけていく。


……負けた。


その事実だけが、やけに鮮明だった。

雷のすべてをぶつけても。

呪われし力を解放しても。

あの光には――届かなかった。


指先から、力が抜ける。

闇が、視界を覆う。

すべてが消えていく。


「……逃がしたか」


冷たい声音。

ギアの声。


「アダムス。奴の行方を追え」


「はっ」


遠くで交わされる、そのやり取り。

やがてそれも、闇に溶けていく。

そして――

俺の意識は、完全に沈んだ。

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