第13話「ギア対国王」
視界の端では、まだ戦いが続いている。
エルブランシュとロアノアール。
魔法が飛び交い、
叫びが響き、
命が次々と消えていく。
これが戦争か…。
そのすべてを振り切るように。
俺は、前へ進んだ。
痛みも。
疑問も。
胸の奥に渦巻く不安も――すべて置き去りにして。
やがて――。
俺は、王の間へと辿り着いた。
入口を守っていたはずのエルブランシュの衛兵たちは、すでに倒されていた。
無残な姿で。
床には血が広がり、濃い鉄の匂いが鼻を刺す。
ここで何が起きたのか――。
想像するまでもなかった。
俺は、ゆっくりと扉に手をかける。
重い。
その感触が、嫌でも現実を突きつけてくる。
そして――押し開けた。
静寂。
王の間には、人の気配がなかった。
広大な空間に、ただ沈黙だけが満ちている。
あまりにも不自然な、空白。
その中で――。
視線が、自然と床へと落ちた。
玉座の前。
そこに、血が付着している。
一筋。
まるで何かを引きずったかのように、奥へと続いている。
俺は、無意識にその痕を追った。
視線が、導かれる。
血はさらに、奥の扉へと伸びていた。
……ここでも、戦闘があったのか。
誰の血だ。
王か。
近衛兵か。
それとも――別の誰かか。
分からない。
ひとつだけ確かなことは、王はここにはいないという事だ。
ロアノアールの襲撃を受け、奥へ逃れたのか。
あるいは――連れ去られたのか。
答えは、この先にある。
その扉の先は――。
エルブランシュ魔法学院、屋上へと続いている。
俺は、ゆっくりと歩き出した。
警戒は解かない。
呼吸を整えながら、一歩ずつ。
体の痛みを押し殺し、意識を前へと集中させる。
そして――扉に手をかける。
軋む音。
静かに、押し開けた。
その先にあったのは――螺旋状の階段。
上へと続く、ただ一つの道。
逃げ場はない。
引き返すことも、もう考えなかった。
俺は、足を踏み出す。
一段。
また一段。
重い体を引き上げるようにして、登っていく。
傷が、悲鳴を上げる。
呼吸が、乱れる。
それでも――止まらない。
やがて――最上段。
最後の扉が、目の前に現れた。
俺は、息を潜める。
わずかな音さえ、命取りになりかねない。
手をかける。
そして――ゆっくりと、押し開けた。
その瞬間だった。
視界に飛び込んできた光景は――。
あまりにも、おぞましい光景だった。
エルブランシュ国王――ダムド・ブランシュ。
その喉元に。
冷たい刃が、突きつけられている。
今まさに――首を落とされようとしていた。
そして――。
その剣を握っているのは。
エルブランシュが誇る、最強のS級魔術師。
――ギア・ファントムだった。
数刻前。
王の間。
「これは一体どういう事だ、学院長!」
ダムド・ブランシュの怒声が、広間に轟いた。
「このエルブランシュが誇る魔法防御結界は、そうやすやすと破られるものではない!」
「なぜだ!なぜ、こうも容易くロアノアールの侵入を許している!」
言葉は止まらない。
焦燥と怒りが、混ざり合い、制御を失っていた。
「教官や精鋭たちはどうした!なぜこれほど手薄なのだ!」
「こんな報告、私は受けておらんぞ!」
王の激情。
だが――その前に立つ男は、微動だにしない。
アダムス・ハーパー。
学院長は、ただ静かに、そのすべてを聞いていた。
数秒の沈黙。
そして――。
「……それは、こういう事ですよ。王」
その声は、あまりにも穏やかだった。
だからこそ――異様だった。
次の瞬間。
鈍い音が響く。
アダムスの手にあった短剣が、ためらいなく王の腹部へと突き刺さっていた。
「――ぐっ!」
息が詰まる。
遅れて襲う激痛。
王の呻きが、広間に響いた。
「き、貴様……!」
血を吐きながら、王は目を見開く。
信じられないものを見るように。
「この余を……エルブランシュを……裏切ったのか……!」
アダムスは答えない。
ただ、滴る血を静かに眺めていた。
その瞳に宿るのは――狂気。
「裏切り……?」
低く、歪んだ声。
「私の主は、最初から貴方ではない」
ゆっくりと短剣を引き抜く。
血が床に滴り落ち、広がっていく。
「さぁ――我が主よ。お姿を」
その言葉に応じるように。
奥の扉が、静かに開いた。
そこから現れたのは――
「……ギア……」
王の瞳が、恐怖と理解で歪む。
「王、ダムド・ブランシュよ」
その声は静かだった。
だが、その奥には底知れぬ怒りが沈んでいる。
「私の怒りが分かるか」
一歩、踏み出す。
「貴様に封じられた力――今、返してもらう」
「……っく、ふざけるな!」
王は残された力を振り絞り、杖を掲げる。
次の瞬間。
眩い光が、王の間を塗り潰した。
視界が白に焼かれる。
その隙を突き――王は逃げる。
屋上へ。
そして。
戦場は、エルブランシュ魔法学院の屋上へと移る。
「愚かな魔術師、ギアよ」
屋上にて、王は嗤った。
「この杖に、貴様の魔力が封じられているのを忘れたか」
杖が、脈打つように輝く。
封印が――解き放たれる。
それは、かつてギアが持っていた力。
呪われし光の魔力。
空中に、幾重もの魔法陣が展開される。
重なり、回転し、輝きを増す。
やがて――。
一斉に解き放たれた。
「《ディバイン・ジャッジメント》!!」
天より、裁きの光が降り注ぐ。
空間そのものが焼けるような閃光。
すべてが、ギアを呑み込んだ。
「ははははは!!どうだ!」
王は高らかに笑う。
「自分の力で滅する気分は!」
光が、収まる。
――だが。
そこに立っていたのは。
無傷の、ギアだった。
「……ばかな……」
王の声が震える。
「直撃したはずだ……!」
再び魔法陣を展開する。
「《ディバイン・ジャッジメント》!!」
光が奔る。
何度も。
何度も。
だが――届かない。
「なぜだ……!」
王の顔が歪む。
「なぜ効かぬ!この力は最強のはずだ!」
その問いに。
ギアは、静かに答えた。
「……貴様に力を奪われた時」
一歩、近づく。
「私は、少しだけ安堵した」
「呪われた力から解放されたと――そう思った」
だが。
その瞳に宿るのは、深い怒り。
「だが現実は違った」
「貴様はその力を使い、この国を腐らせた」
さらに距離が詰まる。
王は後退る。
足がもつれる。
「来るな……来るなぁ!!」
光が乱射される。
だが――意味をなさない。
当たっている。
それでも、効かない。
「――元は、私の力だ」
静かな声。
それだけで、場の空気が凍りつく。
「その防ぎ方を構築することなど、造作もない」
淡々とした響き。
そこにあるのは、絶対の確信。
そして――。
ギアは、王の目前で足を止めた。
「貴様が、まともな王であれば……」
低く、押し殺された声。
「このままでもよかった」
沈黙。
わずかな間。
だが次の瞬間――。
「だが――」
わずかに顔を上げる。
その瞳には、もはや何も残っていない。
ただ、冷えきった怒りだけがあった。
「貴様は万死に値する」
空気が、震える。
「我が母を――」
剣が、わずかに軋む。
「己の保身のためだけに殺したことを、私が知らないとでも思ったか」
抑え込まれていた感情が、溢れ出す。
その声には、確かな憎悪が宿っていた。
ギアの手が伸びる。
王の胸ぐらを掴む。
逃げ場はない。
剣が、ゆっくりと持ち上がる。
「――終わりだ」
冷たい宣告。
「この国の行く末は……地獄で見届けろ」
刃が、喉元に当てられる。
「や、やめろ――!!」
断末魔が、空を裂いた。
その瞬間――。
一閃。
首が、宙を舞う。
血が、弧を描いて空へ散る。
そして――。
転がる。
鈍い音を立てて。
王の首が、床を滑り――やがて止まった。
目は見開かれたまま。
そこに宿るのは、恐怖だけではない。
――憎悪。
その表情のまま。
エルブランシュ国王、ダムド・ブランシュの首は無残に転がっていた。




