表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われし魔術師  作者: ツバキルイ
第四章「戦争」
PR
12/20

第12話「魔術師団隊長」

馬の脚は想像以上に速かった。

半日も経たないうちに、ルクシルへ辿り着いた。

馬を休ませるため、俺は小休止を取ることにする。

水を与え、簡単な食事を口にした。


その時だった。


「あっ。この前来た魔術師の人だ」


子供の声が聞こえた。

振り向くと、ルクシルの子供たちがこちらを見ている。

そういえば、リアはここで楽しそうに村人と話していた。

あの時の光景が、ふと頭に浮かぶ。


「ねーねー。一緒にいたお姉ちゃんは?」


子供が無邪気に聞いてきた。

俺は子供が苦手だ。

どう答えればいいのか分からず、言葉に詰まる。

すると奥から男が歩いてきた。


「これはこれは、エルブランシュの魔術師殿」


村長だった。


「王都がロアノアールに攻め込まれているそうですな」


「ああ……」


俺は短く頷いた。


「ここにはロアノアールの兵士は来なかったのか?」


そう尋ねると、村長は意外そうに答えた。


「いえ、来られましたよ」

「ただ……何もせずに休憩したら、すぐに出ていかれました」


「何もせずに……?」


思わず聞き返す。

ルミエールでは、あれほど凄惨な戦いがあった。

それなのに、この村には一切手を出していない。


ロアノアールの目的が――見えない。

何を狙っているのか、はっきりしない。

胸の奥に不気味な違和感が残った。


短い休憩を終え、俺は再び出発した。

出発間際、村人たちがあのリンゴに似た果実をいくつか分けてくれた。

礼を言い、俺はルクシルを後にする。


エルブランシュは――どこまで侵攻されているのだろうか。

正直、俺一人が加勢したところで戦況が大きく変わるとは思えない。

それでも。

戻るしかない。

ただひたすら、馬を走らせた。


やがて――。

エルブランシュ城下町の入口が見えてきた。

俺は馬を止める。

ここから先は、徒歩で進むしかない。


ゆっくりと門へ近づいた。

城下町入口の衛兵は――すでに倒れていた。

息はない。

その光景を見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。


戦争の匂いだ。

この先に待っているのは――紛れもなく戦場。

俺は城下町へ駆け込んだ。


だが、すぐに奇妙なことに気づく。

街は焼かれていない。

住民の死体も見当たらない。

……避難しているのだろうか。

倒れているのは、ほとんどが抵抗したであろうエルブランシュの衛兵たちだった。


俺は足を速める。

戦いの中心は――おそらく魔法学院だ。

エルブランシュ魔法学院へ向け、全力で走り出した。

やがて学院の入口が見えた。


そして、その光景に思わず足を止める。

巨大な門が――破壊されていた。

まるで巨人に叩き潰されたかのように、無惨に崩れている。

この門を破壊するなんて……。

相当な手練れがいる証拠だ。


そもそもこの魔法学院には、侵入者を許さない鉄壁の防衛魔法が張り巡らされている。

索敵と結界維持を兼ねた巨大な魔法陣だ。

侵入者は即座に検知され、業火によって排除される。


だが――。

その魔法陣すら突破されている。

いや、それどころか。

防衛システム自体がまともに機能しているかすら怪しい。


俺は慎重に門をくぐり、学院内へ身を潜めながら進んだ。

そして――目にした。

そこには、まさしく戦場と呼ぶべき光景が広がっていた。


エルブランシュの衛兵。

学院の生徒。魔術師。

そしてロアノアールの兵士。


双方の兵が、あちこちで倒れている。

遠くからは、魔法が激突する轟音が響いていた。

まだ戦いは続いている。

その時だった。


「おい!ここにもエルブランシュの魔術師がいるぞ!!」


ロアノアールの兵士が叫んだ。

三人。

同時に俺へ向かってくる。

俺は即座に魔力を練り上げた。


「――《雷瞬》」


体が雷のように弾ける。

同時に刀を抜く。

抜刀雷鳴剣――《牙狼》。


「牙狼……連撃!!」


雷光が走った。

それは、まさに一瞬だった。

三人のロアノアール兵士は、抵抗する暇すらなく斬り伏せられる。


「は……はやい……」


かすれた声を残しながら、兵士はその場に崩れ落ちた。

俺は倒れた兵士を横目に、そのまま奥へ進む。


やがて食堂の近くまで辿り着いた。

その時――。

視界の端に、見覚えのある姿が映る。

倒れている生徒。


ヴァン・トニーだった。


「おい! ヴァン、大丈夫か!!」


俺は駆け寄り、肩を揺すった。

ヴァンはゆっくりと目を開ける。


「……ルロイか……」


かすかに笑った。


「へへ……戻ってきてくれたんだな……」


どうやら致命傷ではない。

だが、傷は深い。

このままでは長く持たないかもしれない。

ヴァンは震える手で俺の服を掴んだ。


「頼む……!」


必死の声だった。


「エルブランシュを……救ってくれ……」


その言葉を残して――。

ヴァンの手から、力が抜けた。

そして、静かに意識を失う。

俺は一瞬だけ目を閉じ、彼の体をそっと持ち上げた。

できるだけ安全そうな場所へと運び、壁にもたれさせる。


荒れ果てた食堂を見渡しながら、ふと考えた。

あの、面倒で。

けれど穏やかだった日々は――もう戻らないのだろうか。

騒がしい昼休み。

くだらない会話。

そんな何気ない時間が、どれだけ大切だったのか。

今になって、思い知らされる。

……俺にも、この学院への愛着があったのだろう。


だが。

すでに、俺は何人もの命を奪っている。

もう、元には戻れない。

そう簡単な話ではないことも、分かっていた。


俺はヴァンに背を向ける。

そして、再び奥へと進んだ。

そこかしこで、戦いが続いている。


エルブランシュとロアノアール。

魔法がぶつかり合い、

悲鳴が響き、

次々と人が倒れていく。


その光景を横目に、俺はただ前へ進む。

やがて――。

俺は足を止めた。

見覚えのある男が、そこに立っていたからだ。


大きな体躯。

短く刈り上げられた髪。

魔術師というよりは、兵士のような風貌。

だが、その実力は誰もが知っている。

魔法学院エルブランシュ。

王直属、魔術師団隊長。


ベクトリア・ナーガ。


氷、雷、水――三属性を操る強者。

中でも氷魔法は群を抜いており、その精密さと威力は他の追随を許さない。

手にしているのは、蛇腹状の鞭。

先端には槍の穂先のような刃が取り付けられている。

しなやかにしなり、弾き、突き刺す。

巨体に似合わぬ、繊細かつ凶悪な武器だ。


だが――様子がおかしい。

ベクトリアの周囲には、倒れたエルブランシュの魔術師や衛兵が転がっている。

中には氷漬けにされた者もいた。

まるで――彼にやられたかのように。


それだけではない。

ロアノアールの兵士を攻撃する素振りが、一切ない。

俺は一歩前へ出て、問いかけた。


「Cクラス3組所属、ルロイ・ハーヴェスです」


視線を真っ直ぐに向ける。


「これは一体どういう状況ですか――ベクトリア隊長」


ベクトリアは、わずかに口元を歪めた。


「見ての通りだ、ハーヴェス」


低く、淡々とした声。


「俺はエルブランシュを裏切り、反旗を翻した」


……謀反。

言葉が、胸の奥に重く沈む。


なぜだ。

なぜ、これほどの男が――。


「……これは計画されていたということですか」


俺は問いを重ねる。


「ギアは……S級魔術師、ギア・ファントムはどうしたんですか」


だが――返答はない。

沈黙。

嫌な予感が、脳裏をよぎる。


――まさか。

すでに処分されたのか?

いや、ありえない。

あのギアが、そう簡単にやられるはずがない。


それに――。

ここまで容易に学院内部へ侵攻されている。

内通者がいると考えるのが自然だ。


あの日。

ギアを任務に出したこと。

呪われし魔術師討伐へと向かわせたこと。

すべてが――仕組まれていたのだとしたら。

まだ他にも、裏切り者がいる。

そう考えた瞬間だった。


ベクトリアが動いた。

空気が裂ける。

しなる鞭が、鋭い音を立てて迫る。

先端の刃が閃き――一直線に、俺の喉元を狙っていた。


俺は即座に《雷瞬》を発動した。

視界がぶれる。

体が浮く。

後方へ宙返りしながら――かろうじて、その一撃をかわす。


「……っく!」


頬をかすめる風圧。

あと一瞬、反応が遅れていれば――確実に喉を裂かれていた。

だが、息をつく暇すらない。

着地の直前。

すでに次の魔法が放たれていた。


「《アイスバインド》」


足元に魔法陣が走る。

氷が這い上がる拘束魔法。

俺はそのまま空中へ跳び、辛うじて回避する。


――だが。

背後にいたエルブランシュの魔術師二人は、逃げきれなかった。

瞬時に足を氷に封じられる。

動けない。

その瞬間を――ベクトリアは逃さない。


「《サンダーボルト》」


雷が落ちた。

頭上から、正確無比に。

一瞬。

それだけで、二人は沈黙した。

詠唱速度。精密性。威力。

どれを取っても――規格外。

魔術師隊長の名は伊達じゃない。


「さすがだな、ハーヴェス」


ベクトリアが言う。


「よく俺の攻撃をかわした」


……さすが?

この男も――俺の“力”を知っているのか。


「お前は複数魔法を使えない。それだけでBクラスに上がれなかっただけだ」


低い声が続く。


「だがな。その資質は……俺は最初から見抜いていた」


――何を言っている。


「お前はこの学院に“守られていた”んだ」

「下位に置くことで、その存在を隠すためにな」


戦闘の最中だというのに。

なぜ、こんな話をする。

あの寡黙な男が――。


「この学院…いや王都は腐っている」


ベクトリアは静かに言い放った。


「一度壊さなければならない」


破壊。 それが――この男の選択か。

理解はできない。

だが。

俺には――エルブランシュを守る理由がある。


俺は刀の柄を強く握り込む。

そして。 《雷瞬》――発動。

一気に間合いを詰める。

反動を乗せ、そのまま抜刀。


「牙狼!」


雷を纏った斬撃。

だが――。


「《アイスシールド》」


氷の障壁が展開される。

弾かれた。 刃が――通らない。

C級防御魔法のはずだ。

だが、精度が違う。 まるで鉄壁。


その瞬間、背筋が冷える。

――背後。 振り向くよりも早く。 鞭が迫る。


「……っ!」


咄嗟に《雷瞬》で飛び退く。

だが、わずかに遅かった。

刃が脇腹を裂いた。

熱と痛み。 血が溢れる。

膝が崩れた。


ベクトリアが、ゆっくりと歩み寄る。

だが――。


(そのまま来い……)


距離を取った、その一瞬。

俺は《伏雷》を仕込んでいた。

見えない罠。 地に潜ませた、雷の牙。

一歩。 ベクトリアが、踏み込む。


――その瞬間。 弾けた。

轟音とともに、雷が炸裂する。

地面から噴き上がった雷光が、ベクトリアの全身を呑み込んだ。

白く、激しく。 空間ごと焼き裂くような一撃。

今だ。


「《雷瞬》!」


俺は地を蹴る。 視界が一気に縮まる。

間合いに入り込む。 抜刀。

雷を纏った刃――《牙狼》を叩き込む。

その瞬間。――衝撃。


「――がっ!」


視界が、弾けた。

横殴りの雷。

ベクトリアの《雷撃》が、俺の体を直撃する。

遅れてきたのは、激痛。

体が宙を舞い――そのまま壁へと叩きつけられた。

肺の空気が、一気に押し出される。

息が――できない。


「……っ……!」


かろうじて意識を繋ぎ止める。


……なぜだ。 確かに《伏雷》は発動し直撃したはずだ。

それなのに――ベクトリアは、無傷。

雷の中から、何事もなかったかのように立っている。


……まさか。

常時、防御魔法を纏っているのか。

それも――俺の雷すら通さない密度で。

俺の奇襲は――通じない。


思考が追いつく前に、次の一手が来る。

鞭。 しなる軌道。

空気を裂きながら、一直線に俺へ迫る。


体が、動かない。

壁に叩きつけられた衝撃が、なお全身に残っている。

神経が鈍い。

命令が、届かない。

避けられない。


――ならば。

躱せないのなら、受けるしかない。

俺は歯を食いしばり、衝撃に備えた。

刃が――肩口を射抜く。

焼けるような熱。

次の瞬間、血が弾けた。

視界の端が、赤く染まる。


このまま倒れれば――終わりだ。

俺は、腕を伸ばす。

狙うのは敵の得物、蛇腹の鞭。

それを――両手で、掴む。


その瞬間。

手の肉が裂けた。

鋭い痛みが、脳を焼く。

骨にまで届く衝撃。

血が掌から溢れ出し、滴り落ちる。

足元に、赤が広がっていく。


それでも――離さない。

ここで離せば、すべてが終わる。

だから。

鞭を握り潰すように、魔力を込めた。


「うああああああ!!」


全身全霊で雷を流し込む。

武器を通して――直接。

逃げ場のない電撃が、ベクトリアへと走った。


ついに。

その体が、わずかに揺らぐ。


「くっ……!」


――届いた。

初めての、確かな手応え。


「なんて奴だ……」


ベクトリアは、口元を歪めた。

笑っている。


「肉を切らせて骨を断つ、か」


そして――。

俺はすかさず《雷瞬》を発動する。

地を蹴る。

視界が歪み、距離が一瞬で潰れる。


「牙狼・連撃!」


雷鳴を纏った刃を叩き込む。


一撃。

二撃。


空気を裂く斬撃が、連続してベクトリアへと襲いかかる。

だが――。


「《アイスシールド》」


澄んだ音とともに、氷の障壁が展開される。

斬撃はすべて、そこに阻まれた。

通らない。

どれだけ重ねても、刃は一切届かない。

まるで、絶対の壁。


ならば――。

三撃目。

俺は斬撃と同時に、もう一つの術式を走らせる。

足元に展開する魔法陣。

雷が収束していく。


《サンダーボルト》。


この距離なら、防ぎきれないはず――。

そう確信し、放とうとした、その瞬間。

ベクトリアが――動きを止めた。


ゆっくりと――。

ベクトリアは、両手を上げた。

力の抜けた構え。

張り詰めていた気配が、すっと霧散する。

戦意を捨てたかのような、その仕草。

まるで――降参。


何故だ。

その疑問が、胸の奥に沈む。

直感が、はっきりと告げていた。

もし、あのまま戦い続けていたなら。

俺は――おそらく負けていた。


そこには、埋めようのない差があった。

歴戦を潜り抜けてきた魔術師隊長と

Cクラスに留め置かれた、落ちこぼれの俺。

力量や経験の差は、あまりにも明確だった。


ベクトリアは、静かに俺を見据えている。

その眼差しには、もはや殺気はない。

さっきまで命を奪い合っていたはずの相手とは思えないほどに。


そこには、別の何かが宿っていた。

冷たいだけではない光。

見定めるような。

試すような。

そして――どこか、託すような。

言葉にできない感情が、その瞳の奥で揺れていた。


やがて。

低く、抑えた声で口を開いた。


「この先へ進め、ハーヴェス」


一拍の間。

静寂が落ちる。


「王の間だ」


その言葉は、重く響いた。


「お前の知りたいものが――そこにある」

「未来が、誰の手に渡るのか――」


振り返らずに歩き出す。


「楽しみにしているぞ」


ベクトリアは、そのまま食堂の奥へと消えていった。


……理解が、追いつかない。

何が起きているのか。

なぜ、あの男が道を開いたのか。

答えは、どこにも見えない。


だが――立ち止まっている暇はない。

進むしかない。

王の間へ。

エルブランシュの魔術師として。

そして――呪われし者として。

あの男が口にした“答え”が、そこにあるのなら。

俺は、それを確かめなければならない。


腹部に走る痛み。

肩口から流れる血。

どちらも、決して浅くはない。

急所は外れている。


だが、確実に命を削っている傷だ。

手で押さえても、血は止まらない。

ぬるりとした感触が、指の隙間から滲む。


足取りは重い。

一歩ごとに、意識が揺らぐ。


それでも――。

止まるわけにはいかない。

歯を食いしばる。

視線を前へ。

ただひたすらに。

俺は――歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ