第六話 内向きの銃
その日は、朝から空気が重かった。
掲示板の前には、いつも以上に長い列ができていた。
配給と検査結果の掲示が、たまたま同じ時間に重なったのだ。
左側の列は食料の配給。右側の列は掲示板。
列と列のあいだで、人の肩と肩が擦れ合う。
「押すなよ」
「お前が下がれよ」
些細な言い合いが、あちこちで起きていた。
それでも、いつもの小競り合いと同じだと、誰もが思っていた。
今日の配給は、缶詰と乾パン、それに少量のスープ。
昨日より、缶詰の数が少ない。それだけで、列の苛立ちは増幅される。
「一家に一つずつって言っただろ!」
「赤ラベルの家は優先だって聞いたぞ!」
「優先って、お前、グレーのくせに何言ってんだ」
声と声が高くなっていく。
ユウは、掲示板の列の少し後ろにいた。
ミオの検査結果が、今日も“グレー”でいてくれるかどうか。
それだけが気がかりだった。
「落ち着いて並んでください!」
配給係の声は、ほとんど効果を持たなかった。
缶詰の箱が一つ空になるたびに、前の方で舌打ちが聞こえる。
掲示板の方では、新しいラベルが貼られているところだった。
白、グレー、赤。
今日は、赤が一枚増え、グレーが二枚増えていた。
「また赤かよ……」
「名前は?」
「見ろよ、自分で」
誰も自分からは近づかない。
誰かが貼り出された名前を読み上げる。そのたびに、どこかで小さな悲鳴が上がる。
「すみません、もう二列じゃ無理です。列を離れて」
配給係の若い男が、半ば叫ぶように言った。
その肩を、後ろから別の手が掴む。
「今日、缶詰減ってるだろ」
掴んだ男の顔は青黒く、目が血走っている。
「俺たちのブロック、昨日から配給の量がおかしいんだ。お前らだけこっそり余らせてんじゃないだろうな」
「そんなこと、してません」
「じゃあ、倉庫見せろよ。保管庫」
「勝手に入るのは禁止です」
「禁止禁止って、そればっかりだな」
掴んでいた手が、ぐいと強くなる。
男の周りに、同じブロックの者たちが何人か集まり始めた。
霧島が、掲示板の方から歩いてきた。
いつものように、淡々とした表情で。
「配給に関する不満は、後ほどまとめて聞きます。今は列を――」
「まとめてじゃ遅いんだよ!」
青黒い顔の男が、霧島の声を遮った。
「今、腹が減ってるんだ。今、ここで何がどうなってるか、はっきりさせろ」
「保管庫には、軍の管理物資も含まれています。全員を入れるわけにはいきません」
「じゃあ俺一人でいい」
男の目は、もう配給係ではなく、霧島を睨んでいた。
「俺が見てくる。余りがあるかどうか、見てくる」
「それも、できません」
「何でだよ!」
男が一歩前に出る。
周りの人間も、つられるように詰め寄った。
誰かが背中を押した。
押された誰かが、前の人とぶつかる。
缶詰の箱がひっくり返り、床に転がる。
反射的に、それを拾おうと手が伸びた。
「勝手に取るな!」
「落ちたやつは誰のものだよ!」
怒鳴り声と罵倒が混ざる。
争う手が、缶詰ではなく腕を掴み始める。
「やめてください!」
アヤが飛び出した。
医務ブロックから駆けつけてきたのだろう、白衣の裾が揺れている。
「ケガ人が出たらどうするんですか!」
「もう出てるよ、心に!」
誰かが吐き捨てる。
瞬間、空気が変わった。
銃声がした。
一発目かどうか、誰も数えていなかった。
乾いた音が、タレットのものとは違う角度から響いた。
タレットは沈黙したまま外を向いている。
撃ったのは塔ではない。
音のした方に、視線が一斉に向いた。
掲示板の前。
さっきまで配給係の肩を掴んでいた男の、少し後ろ。
避難民の一人が、拳銃を握って立っていた。
手は震えている。
銃口は、外ではなく、完全に内側――同じ避難民の胸元を向いていた。
撃たれた男が、ゆっくりと膝をつく。
胸を押さえ、息を吸おうとして、うまく吸えない。
その顔には、驚きと、理解できないという色が混ざっていた。
アヤが駆け寄る。
白衣が血で染まる。
「止血! 布! 何でもいいから!」
彼女の叫びが、呆然とした空気を切り裂いた。
「やめろ!」
兵士の一人が、撃った男に体当たりした。
銃が床に落ちる。
誰かがそれを遠くへ蹴り飛ばした。
今度は、人の叫び声が一斉に上がる。
「銃を持ってたぞ!」
「どこから持ってきた!」
「保管庫からだろ!」
「やっぱり隠してたんじゃないか!」
怒りの矛先が、配給係から保管庫、そして兵士へと移っていく。
「静かに!」
霧島が拡声器を掴んだ。
声が、いつもより荒く響いた。
「今すぐ撃った者を拘束しろ! 拳銃は軍の管理下に移す! 保管庫の全物資を再点検する!」
兵士たちが素早く動き、撃った男に手錠をかける。
男は抵抗しなかった。
ただ、虚ろな目で自分の血の付いた手を見ている。
「俺は……俺は、脅しただけで……」
呟きは、誰にも届かない。
「避難民の中に武装者が出た。以後、緊急収容体制に移行する」
霧島の声には、切迫した硬さがあった。
「武装解除を徹底する。今、武器を持っている者は、すべて申告しろ。ナイフでも、工具でもだ」
「ふざけるなよ!」
どこからか、怒鳴り声が飛ぶ。
「武器なんか持ってなきゃ、生き残れないだろ!」
「誰が誰を縛るんだよ! 兵士だけが武器持ってて、俺たちは丸腰でいろってか!」
「撃ってるのはそっちじゃないか!」
言い返した誰かに、別の誰かが噛みつく。
「さっき撃ったのは避難民だろ! 内側を撃ったのは、俺たちの中の誰かだ!」
「だからって、全部取り上げられてたまるか!」
誰が誰を縛るのか。
兵士が避難民を縛るのか。
避難民同士で縛り合うのか。
その線引きが分からないまま、混乱だけが長引いていく。
銃は、外ではなく内側を撃った。
その事実だけが、広場全体の胸の奥に冷たい穴を開けていた。
◇
医務ブロックは、すぐに満杯になった。
撃たれた男は、胸を貫通した弾で出血していた。
致命傷かどうかは、まだ分からない。
「圧迫! ここ押さえて!」
アヤは、避難民の中から手の早そうな青年を引っ張ってきて、止血を任せる。
自分は血圧と呼吸を確認しながら、必要な薬剤を指示する。
銃声に驚いて転んだ子どもの膝。
騒ぎの中でぶつかって捻った腕。
殴られた頬。
小さなケガも、まとめて押し寄せてくる。
「順番! 重症から!」
叫びながら、アヤはふと入口の方を見る。
ユウが、扉の前で立ち尽くしていた。
顔色は青白く、拳を握りしめている。
「邪魔なら出て行って!」
怒鳴ると、ユウははっと我に返り、深く頭を下げた。
「ごめん。でも、手伝えることがあれば」
「あるよ」
アヤは少しだけ声を落とした。
「ここで立ち尽くさないこと。ミオちゃんのところにいてあげること。それが一番の手伝い」
「それだけでいいの?」
「それが一番難しいんだよ」
アヤは、処置を続けながら言葉を継いだ。
「あなた、さっき撃った人をずっと見てたでしょ」
「……うん」
「どう思った?」
「どうって……」
言葉が出てこない。
怒りか、恐怖か、軽蔑か、同情か。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、口の中で固まっている。
「あの人が、悪い人だって思った?」
「撃ったから、悪い。でも……」
「でも?」
「撃たせたものが、ここにたくさんある気がした」
自分で言って、自分で驚いた。
アヤは、ふっと笑う。
「正義は、方向じゃないよ」
「え?」
「“外を守るための銃口”とか、“内側を撃つな”とか。そういう“どっちを向いているか”の話だけじゃない」
アヤは止血している手を別の人に交代させ、短く息をついた。
「正義は密度だよ。自分の中でどれくらい濃く持っているか。薄く薄く伸ばして“みんなに効くように”なんてしようとすると、結局誰にも効かなくなる」
ユウは、その言葉をしばらく飲み込めなかった。
「……じゃあ、濃く持ってる人は、誰かを撃ってもいいの」
「そうは言ってない」
アヤは首を振る。
「濃く持ってる人は、それだけ重くなる。自分の正義で誰かを押しつぶしてしまったとき、その重さを丸ごと背負う覚悟が要る。さっきの人には、その覚悟があったかどうか分からない。でも、空っぽのまま撃ったわけじゃないと思う」
ユウは、自分の拳を見た。
爪が食い込むほど強く握りしめている。
「僕の正義は……姉の体温にだけ効けばいい」
口からこぼれた言葉に、自分で驚いた。
でも、止められなかった。
「ミオが笑ってくれて、熱が下がってくれれば、それでいい。誰が得して誰が損しても、どうでもいい」
「ひどいこと言うね」
アヤはあっさりと返した。
「自分でも分かってる。身勝手だって」
「うん。身勝手だよ」
彼女は、少しだけ笑う。
「でも、そういう“濃さ”がないと、誰も救えないこともある。……ただし、それで誰かを撃ったら、その重さを背負う覚悟も、一緒に持っときなさい」
ユウは、何も言えなかった。
その沈黙を、アヤは責めなかった。
「今は、とりあえず。自分の正義の範囲を、自分で自覚しておきなさい。『どこまでなら守りたいと思うのか』『どこから先は切り捨てるのか』。その線引きが曖昧なまま動くのが、一番危ない」
ユウは、ゆっくりと頷いた。
「……ミオのところに戻る」
「うん。行って」
背を向けたとき、自分の中の“濃度”が少しだけ変わった気がした。
世界全部を守ろうとする気持ちは最初から持っていない。
でも、“ミオだけ”という言葉に、アヤや志織、砂原の顔が薄く重なって見えた。
◇
夜。
狙撃塔の上は、いつも以上に風が強かった。
照明は落とされ、塔の上の狭いスペースだけが薄暗い。
砂原は、銃を肩から外し、塔の縁に立てかけた。
視認装置から、少し距離を取る。
背後から、階段を上ってくる足音がした。
「ここは、勤務時間外だ」
上官の声は、普段より低かった。
「はい。申し訳ありません」
砂原は敬礼した。
その手の震えは、隠しようがない。
「休憩が欲しければ、申請すればいい。勝手に塔を離れたり、持ち場を変えたりしていい場所じゃない」
「分かっています」
「分かっていないから、何度も言わせるんです」
上官は塔の縁まで歩き、外を一瞥した。
「昼の騒ぎで、避難民同士が銃を撃ち合った」
「はい」
「外ではなく、内側を」
「……はい」
「どう思う?」
問われて、砂原は言葉に詰まった。
「銃は、本来、外の脅威に向けられるべきです。感染源や外敵に対して」
「教科書通りの答えですね」
上官は、短く笑った。
「だが実際にはどうだ。昔から、銃は内側も撃ってきた。反乱、暴動、処刑。『正義』の名のもとに」
言葉が、風に乗って塔の上を巡る。
「あなたは、優しすぎる」
昼間も言われた言葉だった。
今度は、そこに別の意味が乗っている。
「優しさは、時に反乱だ」
「反乱……」
「規則は“均一”を求める。例外なく適用することで、最低限の秩序を維持する。だが、そこに“個人的な優しさ”が入り込むと、均一は崩れる」
上官は、塔の床を足先で軽く叩いた。
「誰か一人を特別扱いすれば、他の誰かが“不公平”を感じる。それが連鎖すれば、やがて双方向の不信になる。今日の保管庫の件もそうだ。『誰かだけが得をしている』という疑念が、銃を引き金へ向かわせた」
砂原は、昼間の青年の顔を思い出した。
怒りと飢えと焦りが混ざった、あの目。
「あなたは、塔の上から“見なかったことにする”ことができる人間だ」
上官の視線が、砂原の横顔に突き刺さる。
「それは確かに、個人としては優しさかもしれない。だが、組織から見れば、“規則への反乱”になり得る」
砂原は、頭を下げた。
「……申し訳ありません」
「謝罪の問題ではありません」
上官は少しだけ声を柔らかくした。
「あなたみたいな人間が必要な場もある。だが、それはここではない」
彼は、立てかけられた銃に手を伸ばした。
銃を持ち上げ、砂原の前に差し出す。
「あなたの任務は、ここまでです」
砂原は、その銃を両手で受け取った。
しかし、上官は首を振る。
「ここに置いて行きなさい」
銃を、塔の床の上にそっと置く。
その瞬間、肩から何かが降りたように軽くなり、同時に、胸の奥がひどく空洞になった。
「明朝、任務再配置の通達が出ます。あなたは監視線から外れた配置に回される」
「……どこへ」
「補給ルートの護衛、あるいは内部の巡回。いずれにしても、“ここ”ではない」
砂原は敬礼した。
「了解しました」
本当に了解しているのか、自分でも分からなかった。
ただ、塔を降りる足は、思ったよりも軽かった。
背後で、タレットのシステムが小さく唸る音がした。
◇
翌朝、掲示板に、いつもの検査結果とは違う紙が一枚貼られた。
「警備班 任務再配置一覧」
名前と新しい配置場所が、びっしりと並んでいる。
「見て、リョウさん」
掲示板を覗き込んでいた誰かが、指を差した。
「“監視塔担当”から“内部巡回”に」
「塔、外されてるじゃん」
ユウは、その会話を少し離れた場所から聞いていた。
近づいて紙を見ると、確かに“砂原リョウ”の名前が、監視塔から別の欄へ移されている。
塔の担当には、別の兵士の名前。
「……再配置、って」
「左遷だろ、実質」
「優しすぎるんだよ、あの人。塔から目を逸らしすぎた」
誰かがそう言うのを聞きながら、ユウは別のことを考えていた。
塔から、砂原が消える。
赤い線を見張る視線が、一つ減る。
タレットは相変わらず外を向いている。
送電は不安定。
志織は「いつか落ちる」と言っていた。
人の目と機械の目。
二重の壁の片方が、わずかに薄くなった。
胸の中で、何かがざわついた。
「チャンス、だと思ってる?」
背後から声がした。
振り返ると、ヌマが壁にもたれていた。
「……聞いてたのか」
「聞こえたよ。顔に書いてあった」
ヌマは笑った。
「“塔の優しい人がいなくなった。これで外に近づけるかもしれない”って」
「そんなふうには……」
否定しかけて、ユウは言葉に詰まった。
確かに、そんなふうに考えていた自分がいた。
砂原の再配置を「チャンス」と呼んでしまう、自分の身勝手さ。
「正直でいいと思うけどね」
ヌマは肩をすくめた。
「誰かが塔から降りれば、その分、線の上が薄くなる。薄くなったところをどう使うかは、ここにいる誰かの問題」
彼は胸を指で叩いた。
「線を消した青年がいたろ。ああいう“行動”は、感染みたいに広がる。撃たれなかったっていう結果も含めて」
「……撃ってほしかったのかな、あの人は」
「それは本人にしか分からない。でも、“撃たれなかった”という事実は、ここにいる全員の心に弾丸を残した」
ヌマの言葉は、妙に静かだった。
「で、君はどうするの。チャンスだと思うなら、何か動く?」
「分からない」
ユウは正直に言った。
「線を越えることが“正義”だとは思えない。でも、何もしないでいることも、同じくらい怖い」
「いいね、その迷い」
ヌマは楽しそうに笑った。
「迷ってるやつが一番、まともだよ。この世界ではね」
◇
礼拝所は、今日も小さな灯りをともしていた。
御子柴は、祭壇の前で膝をつき、祈りを捧げている。
「撃たない者が増えるように」
小さな声が、何度も繰り返される。
「怒りに任せて引き金を引く者が少しでも減るように。恐怖に追い詰められて撃つ者が、ひとりでも少なくなるように。銃口が、外にも内にも向かわない夜が、いつか来るように」
祈りは、線の上をなぞるように長く続いた。
扉が軋む音がして、御子柴は振り向いた。
ミオが、立っていた。
息は少し荒い。
顔色は白いのに、頬だけがうっすらと赤い。
アヤが後ろからそっと支えている。
「無理させないでください」
御子柴は慌てて立ち上がった。
「ここ、段差もありますし」
「大丈夫です」
ミオは、アヤの腕を軽く離した。
「歩けるうちに、ここに来ておきたかったから」
彼女は祭壇の前まで歩き、ゆっくりと膝をついた。
咳がひとつ、喉の奥で跳ねる。
「無理な姿勢は」
「このくらい平気です」
ミオは笑った。
「わたし、たぶん大丈夫だから」
その言葉に、御子柴は少し言葉を失った。
「大丈夫、とは」
「死なないって意味じゃないですよ」
ミオは前を向いたまま言う。
「怖がりすぎてるときの“たぶん大丈夫”じゃなくて、ちゃんと怖いのも分かってて、それでも“たぶん大丈夫”って言えてる感じ」
咳き込みながらも、その目は妙に澄んでいた。
「線の向こう側のことを考えるとこわいけど、線のこっち側のことも、こわいです。でも、どっちもちゃんとこわいって分かった上で、“ここにいる”って言えるのは、結構大丈夫な方だと思うんです」
御子柴は、しばらく彼女を見つめていた。
やがて、静かに膝をつく。
「一緒に祈りましょう」
「いいんですか。わたし、信心深くないですよ」
「信心深さは問いません。ただ、“こうなってほしい”と願う気持ちがあれば、それで十分です」
「じゃあ」
ミオは目を閉じた。
「撃たない人が増えますように。撃たなくて済むように、誰かがちゃんと考えますように。……それと、ユウがあんまり無茶しませんように」
最後の一言に、アヤが吹き出しそうになる。
「いいお願いですね」
御子柴は微笑んだ。
アヤは少し離れた位置から、ミオの横顔を見ていた。
頬の発熱。
目の輝き。
呼吸のリズム。
表面だけ見れば、回復してきているようにも見える。
でも、その“よさ”は危うかった。
身体が頑張りすぎているときの、危うい輝き。
最後の力を振り絞っているとき、人は妙に明るくなることがある。
アヤは、その顔色を“よくない良さ”だと見抜いていた。
「本当は、ベッドで寝ていてほしいんですけどね」
小声で呟くと、ミオが振り返った。
「聞こえてますよ」
「聞こえていいように言ってます」
アヤは肩をすくめる。
「でも、来てよかったと思ってる」
「わたしも」
ミオは頷いた。
「線を引いたのが人間なら、線のそばで祈るのも人間でいたいから」
その言葉は、礼拝所の小さな灯りに溶けていった。
外では、タレットのジャイロが微かに震えている。
塔の上では、新しい狙撃手が無表情で外を見ている。
内向きの銃と外向きの銃。
どちらも、今のところ沈黙していた。
だが、その沈黙は、いつまでも続くものではない。
ユウの中で濃くなりつつある“姉の体温だけを守りたい正義”と、線の上で揺れる祈りと、空になった塔の一角。
それらが、やがて一つの方向へ向かっていく予感だけが、施設の空気をひそかに震わせていた。




