第10話 またね、父さん、母さん、先生
「あー、いい汗かいたわねぇ!」
試合後のスタジアムに、聖子の明るい声が響いた。
彼女は、戦いを終えたばかりとは思えないほどケロリとして、エプロンの埃をパンパンと払っている。
対する道たちは、芝生の上に大の字になって、荒い息を吐いていた。 勝った。
確かに勝ったが、体力の消耗は激戦だった虚無王戦に匹敵するほどだった。
「……信じられん。我々は魔法なしで、あの『怪物』たちから一本取ったのか」
ノワールが、震える手で空を見上げて呟く。
「自信を持ちなさい、将軍」
ヴィクラムが、ノワールに手を差し伸べて引き起こした。
「君たちの連携は完璧だったヨ。
個の力では勝てなくても、繋がれば世界を動かせる。
……それがカバディだろ?」
「……ふっ。貴男に言われると、悪い気はしないな」
ノワールが口元を緩める。
巌もまた、腕を組んで道を見下ろしていた。
その表情は穏やかだ。
「……道」
「……うん」
道が体を起こす。
「お前は、この世界で生きていくのだな」
問いかけではない。
確認だった。
巌は、道が日本に帰りたがっているのか、それともこの世界に残るべきか、迷っていたことを知っていたのだろう。
その上で、今日の試合を通じて「答え」を受け取ったのだ。
「ああ。……俺は、ここで生きるよ」
道は、仲間たち――レア、ライラ、リィナ、バルド、ノワールを見渡した。
「俺を必要としてくれる奴らがいる。
俺が守りたいと思う奴らがいる。 ……ここが、俺の『家』だ」
「そうか」
巌は短く頷き、そしてニヤリと笑った。
「なら、もう何も言うまい。……精々、励めよ」
「オス!」
道が、空手道場の頃のように、背筋を伸ばして返事をした。
「さて! 汗もかいたし、感動もしたし!」
聖子がポンと手を叩いた。
「そろそろ帰って夕飯の支度しなきゃ!
今日の特売、タイムセールに間に合わなくなるわ!」
「……えっ? もう帰るの?」
レアが目を丸くする。
「ええ。長居したら、こちらの世界の『バランス』が崩れちゃうしね(主に食費とか)。
それに、子離れも親の務めよ」
聖子はそう言って、買い物袋を拾い上げると、レアの方へスタスタと歩み寄った。
「レアちゃん」
「は、はいッ! お母様!」
レアが直立不動になる。
聖子は、レアの両手を優しく包み込んだ。
「あの子を……道を、よろしくね。
不器用で、カバディ馬鹿で、危なっかしい子だけど……根は優しいから」
「……はい。任せてください。
私の命に代えても、彼を支えます」
「命に代えちゃダメよ。一緒に生きるの」
聖子はウインクした。
そして、別れ際に――レアの耳元で、爆弾を投下した。
「……あ、そうそう。孫の顔、楽しみにしてるからね?
あの子に似て筋肉質でも、あなたに似て美人さんでも、どっちでも可愛いと思うわぁ」
「へっ……?」
レアの思考が停止した。
孫。
マゴ。
まご……?
「~~~~ッッ!!??」
ボォォォォォッ!! レアの顔が、熟れたトマトのように真っ赤に爆発した。
頭から湯気が出ている。
「お、お母様!? ま、まだそのような段階では……いえ、その、努力はしますが……あわわわわ!」
「あらあら、ウブねぇ。 ライラちゃんも、リィナちゃんも、遠慮しなくていいのよ? うちは大家族歓迎だから!」
「えっ、あたしも!?」
リィナが尻尾をピンと立てる。
「わ、わかった! 道の子供なら、強い子が産まれそうだしな!」
「ちょ、リィナ!? 何言ってるんですか!」
ライラも顔を赤らめて慌てふためく。
「母さん!! 何変なこと吹き込んでるんだよ!」
道が抗議するが、聖子は「あらー? 聞こえないわー」と笑って空を見上げた。
ピキリ。
空に、再び亀裂が入る。
帰りの「扉」が開いたのだ。
「じゃあね、道ボーイ! 困ったら深呼吸するんだヨ! 答えはいつも、自分の中にある!」
ヴィクラムが手を振る。
「……達者でな」 巌が背中を向ける。その背中は、来た時よりも少し小さく、そして温かく見えた。
「ご飯ちゃんと食べるのよ! 野菜も摂りなさい! 夜更かししない! ……愛してるわよ、道!」
聖子が叫ぶ。
3人の姿が、光の中へと吸い込まれていく。
まるで、通り雨の後の虹のように。
鮮烈で、騒がしくて、でも何よりも眩しい「家族」の時間が、終わりを告げる。
「……ああ」
道は、光が消えるその瞬間まで、大きく手を振り続けた。
「ありがとう……!! 元気で! ……行ってらっしゃい!!」
パァァァァァァァン……。
光が弾け、空の亀裂が修復される。
後には、澄み渡るような青空だけが広がっていた。
スタジアムに、静寂が戻る。
だが、それは寂しい静けさではなかった。
「……行っちゃいましたね」
まだ顔の赤いレアが、道の隣に並ぶ。
「ああ」
「……凄いご両親と、師匠でした」
ノワールが、しみじみと言う。
「彼らが残した『姿勢』と『呼吸』……我々のカバディを、さらに進化させる種になるだろう」
「うむ。肉じゃがの作り方も教わったしな! 今夜は宴会じゃ!」
バルドが豪快に笑う。
道は、仲間たちの顔を見た。
みんな、笑っている。
かつては敵だった者も、種族が違う者も。
今はこうして、同じ空の下で、同じ未来を見ている。
(俺は、一人じゃない)
胸の奥に、確かな熱がある。
父から受け継いだ強さ。
母から受け取った優しさ。
師から学んだ知恵。
そして、仲間と育んだ絆。
それらが全て混ざり合い、今の「我波 道」を作っている。
道は、空に向かって、深く、静かに息を吸い込んだ。
「スーッ……」
肺いっぱいに満ちる、この世界の空気。
もう、毒ではない。 美味しくて、愛おしい、日常の匂いだ。
「……よし!」
道は振り返り、ニカっと笑った。
「帰ろうぜ、みんな。 ……腹減った!」
「ええ、帰りましょう。今日の夕飯はカレーですよ」
「肉じゃがも追加じゃ!」
「あたしはお肉ー!」
騒がしくも温かい声が、風に乗って空へ舞い上がる。
英雄の物語は、ここで一旦幕を閉じる。
だが、彼らの「日常」は、これからもずっと続いていくのだ。
第一部 完
嵐のように現れ、嵐のように去っていった最強の家族。
でも、彼らが残したものは、道たちをさらに強くしてくれるはずです。
「カバディ、カバディ……」 空へ消える彼らを見送るラストシーン。
これにて、『異世界カバディ』本当の完結です!
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
道たちのカバディは、これからもこの世界で続いていきます。
今日の夕飯はカレーと肉じゃがで決まりですね!
それでは、またどこかで! カバディ!!




