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きらきらの物語

きらきらしない星の願いごと

作者: 早野 茂
掲載日:2026/01/01

 冬(ふゆ)の夜空(よぞら)は、

宝石箱(ほうせきばこ)をひっくり返(かえ)したようでした。

凍(い)てつく空気(くうき)がレンズとなって、

星(ほし)たちはいつもより鋭(するど)く、

美(うつく)しく瞬(またた)いています。


「見(み)て、ぼくの光(ひかり)を!」

「わたしの方(ほう)こそ、きれいでしょう?」


 一等星(いっとうせい)も、

小(ちい)さな星(ほし)くずたちも、

みんな競(きそ)い合(あ)うように

「きらきら」と輝(かがや)いていました。

けれど、その輝(かがや)きの輪(わ)の中(なか)に、

ひとつだけ、

まったく光(ひか)らない星(ほし)がありました。

それは、夜空(よぞら)のすみっこにある、

古(ふる)びた石(いし)ころのような星(ほし)でした。


 仲間(なかま)の星(ほし)たちが、

命(いのち)を燃(も)やして流(なが)れ星(ぼし)になり、

誇(ほこ)らしげに地上(ちじょう)へ降(ふ)り注(そそ)いでいくのを、

ただ見送(みおく)るだけ。

自分(じぶん)には、あの輝(かがや)きも、

願(ねが)いを叶(かな)える力(ちから)もありません。


(ぼくは、夜空(よぞら)のただのシミだ)


 光(ひか)らない星(ほし)は、

かじかむように身(み)を縮(ちじ)め、

暗(くら)い闇(やみ)に身(み)を潜(ひそ)めていました。


 ある、とても寒(さむ)い夜(よる)のことです。

地上(ちじょう)で、ひとりの男(おとこ)の子(こ)が泣(な)いていました。

厚(あつ)いコートを着(き)ていますが、

心(こころ)の中(なか)まで冷(つめ)たい風(かぜ)が

吹(ふ)き荒(あ)れているようです。


 今日(きょう)、誰(だれ)かが自分(じぶん)の名前(なまえ)を

呼(よ)んでくれただろうか。

そんな行(い)き場(ば)のない寂(さび)しさが、

胸(むね)の奥(おく)で凍(こお)りついていました。

男(おとこ)の子(こ)は涙(なみだ)をこらえようと、

夜空(よぞら)を見上(みあ)げました。


「……お願(ねが)い」


 消(き)え入(い)りそうな声(こえ)でした。

すると、夜空(よぞら)の星(ほし)たちは色(いろ)めき立(た)ちました。

願(ねが)いごとは、星(ほし)たちにとって最高(さいこう)のご馳走(ちそう)であり、

出番(でばん)だからです。


「ぼくに願(ねが)って! 一番明(いちばんあか)るいよ!」

「わたしの光(ひかり)を見(み)て! こんなにきれいよ!」


 星(ほし)たちは男(おとこ)の子(こ)を励(はげ)まそうと、いつもより強(つよ)く、

激(はげ)しく瞬(またた)きました。

夜空(よぞら)はまるで遊園地(ゆうえんち)のパレードのように、

きらきら、ちかちかと着(つ)いたり消(き)えたりします。


 けれど、男(おとこ)の子(こ)は顔(かお)をしかめました。

あまりに眩(まぶ)しすぎたのです。

あまりに騒(さわ)がしすぎたのです。

あふれる光(ひかり)の激(はげ)しい流(なが)れは、

悲(かな)しみに暮(く)れる心(こころ)には、

少(すこ)し強(つよ)すぎました。


「……どこを見(み)たらいいか、わかんないや」


 男(おとこ)の子(こ)は、

疲(つか)れた目(め)をふっと逸(そ)らしました。

彼(かれ)が視線(しせん)を向(む)けたのは、

きらきらした星(ほし)たちの隙間(すきま)。

光(ひかり)のない、

ぽっかりと空(あ)いた暗(くら)い場所(ばしょ)でした。


 そこには、光(ひか)らない星(ほし)がいました。


(あ……)


 星(ほし)は驚(おど)きました。

何億年(なんおくねん)も空(そら)にいて、

人間(にんげん)と目(め)が合(あ)ったのは初(はじ)めてだったからです。

もちろん、男(おとこ)の子(こ)にこの星(ほし)は見(み)えていません。

男(おとこ)の子(こ)が見(み)ているのは「暗闇(くらやみ)」です。

でも、光(ひか)らない星(ほし)は、

確(たし)かに見(み)つめられていました。


 男(おとこ)の子(こ)の瞳(ひとみ)から、

一筋(ひとすじ)の涙(なみだ)がこぼれ落(お)ちます。

その涙(なみだ)は、どの星(ほし)よりもきらきらと光(ひか)っていました。


 その時(とき)、光(ひか)らない星(ほし)の胸(むね)に、

熱(あつ)いものがこみ上げてきました。

それは光(ひかり)ではありません。

もっと静(しず)かで、強(つよ)い意志(いし)でした。


(ぼくは、きらきらしていない。だからこそ、できることがある)


 他(ほか)の星(ほし)たちのように、

派手(はで)に輝(かがや)いて励(はげ)ますことはできない。

流(なが)れ星(ぼし)になって、

奇跡(きせき)を起(お)こすこともできない。

けれど、この子(こ)が安心(あんしん)して涙(なみだ)を流(なが)せる

「静(しず)けさ」になることはできる。


 星(ほし)は初(はじ)めて、自分(じぶん)のために願(ねが)いを持(も)ちました。


(この子(こ)が、ひとりじゃないと気(き)づけますように)


 星(ほし)は、力(ちから)を込(こ)めました。

光(ひか)るためではありません。

そこに「在(あ)る」ために。

広大(こうだい)で不安(ふあん)な夜空(よぞら)に飲(の)み込(こ)まれないように、

杭(くい)のようにその場(ば)に留(とど)まり、

静(しず)かに、じっと、男(おとこ)の子(こ)を見守(みまも)り続(つづ)けました。


 ――きみは、ひとりじゃないよ。

 ――ぼくも、ここにいるよ。光(ひか)らずに、ここにいるよ。


 声(こえ)にはなりません。

光(ひかり)にもなりません。

ただの暗闇(くらやみ)として、

星(ほし)はそこに在(あ)り続(つづ)けました。


 しばらくして。

男(おとこ)の子(こ)の呼吸(こきゅう)が、

ゆっくりと深(ふか)くなりました。

きらきらした光(ひかり)の隙間(すきま)にある、

何(なに)もないけれど、確(たし)かな闇(やみ)。

その静寂(せいじゃく)が、

男(おとこ)の子(こ)の心(こころ)を優(やさ)しく包(つつ)み込(こ)んだのです。


「……大丈夫(だいじょうぶ)だ」


 男(おとこ)の子(こ)は小(ちい)さくつぶやくと、

手袋(てぶくろ)で涙(なみだ)をぬぐいました。

その顔(かお)には、微(ひそ)かな強(つよ)さが戻(もど)っていました。


 やがて朝(あさ)が来(き)ました。

太陽(たいよう)が昇(のぼ)ると、

自慢(じまん)げだった星(ほし)たちの光(ひかり)も薄(うす)れていきます。

もちろん、光(ひか)らない星(ほし)の姿(すがた)など、

誰(だれ)にも見(み)えません。


 それでも、彼(かれ)は満(み)たされていました。

心(こころ)の中(なか)には、

昨日(きのう)の男(おとこ)の子(こ)の涙(なみだ)のきらめきが、

宝物(たからもの)のように残(のこ)っています。


(ぼくは、このままでいいんだ)


 誰(だれ)かに見(み)つけてもらわなくても。

きらきらと輝(かがや)かなくても。

誰(だれ)かの安(やす)らぎになれるなら、

闇(やみ)の一部(いちぶ)であることも悪(わる)くない。


 澄(す)み渡(わた)る青空(あおぞら)の向(む)こうで、

光(ひか)らない星(ほし)は今日(きょう)も静(しず)かに浮(う)かんでいます。

世界(せかい)でいちばん地味(じみ)で、

けれど誰(だれ)よりも誇(ほこ)らしげに。


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― 新着の感想 ―
「キラキラ星」という曲もあるのに…、冬の星は、空気が澄んで夏よりも一層キラキラして輝くのに、あえて「キラキラしない星」を主人公にしたお話。その視点がとてもいい。 キラキラしている自分をアピールして困っ…
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