↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

きらきらの物語

きらきらを売らない店 ~あなたが本当に探しているものは、棚の空き瓶の中に~

作者: 早野 茂
掲載日:2026/01/01

 一年(いちねん)でいちばん夜(よる)が長(なが)い、冬(ふゆ)の時期(じき)のことです。

華(はな)やかな大通(おおどお)りから一本(いっぽん)外(はず)れた路地裏(ろじうら)に、ひっそりと佇(たたず)むお店(みせ)がありました。

 看板(かんばん)はありません。

レンガ造(づく)りの壁(かべ)に、小(ちい)さなショーウィンドウがあるだけ。

しかも不思議(ふしぎ)なことに、そのショーウィンドウには何(なに)ひとつ飾(かざ)られていませんでした。

ただ、店(みせ)の中(なか)から漏(も)れる琥珀色(こはくいろ)の光(ひかり)が、雪道(ゆきみち)を四角(しかく)く照(て)らしているだけです。

 カラン、コロン。

古(ふる)びたドアベルを鳴(な)らして、ひとりの紳士(しんし)が入(はい)ってきました。

立派(りっぱ)なコートを着(き)て、両手(りょうて)にはデパートの紙袋(かみぶくろ)をたくさん提(さ)げています。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの奥(おく)から、上品(じょうひん)な老紳士(ろうしんし)の店主(てんしゅ)が顔(かお)を出(だ)しました。

店(みせ)の中(なか)には、壁一面(かべいちめん)に棚(たな)が並(なら)んでいます。

そこには、形(かたち)も大(おお)きさも様々(さまざま)な、無数(むすう)のガラス瓶(びん)が並(なら)んでいました。

どれも空(から)っぽで、ラベルすら貼(は)られていません。

「……ここには、きらきらしたものは売(う)っていないのかね?」

 客(きゃく)の紳士(しんし)は、少(すこ)し疲(つか)れた声(こえ)で尋(たず)ねました。

彼(かれ)は街(まち)でたくさんの買(か)い物(もの)をしました。

宝石(ほうせき)、時計(とけい)、最新(さいしん)のおもちゃ。

どれも美(うつ)しく輝(かがや)いていましたが、手(て)に入(い)れた瞬間(しゅんかん)から、なぜか輝(かがや)きが失せて見えるのです。

もっと、心(こころ)から満(み)たされるような「きらきら」が欲(ほ)しい。

そう思(おも)って、この店(みせ)にたどり着(つ)いたのでした。

「ええ、ございますとも」

 店主(てんしゅ)は穏(おだ)やかに目(め)を細(ほそ)めました。

「当店(とうてん)には、とびきりの『きらきら』が揃(そろ)っております。どうぞ、お好(す)きなものをお選(えら)びください」

 紳士(しんし)は半信半疑(はんしんはんぎ)で棚(たな)の前(まえ)に立(た)ちました。

ただの空(あ)き瓶(びん)ばかりです。

けれど、視線(しせん)を巡(めぐ)らせているうちに、ふと、棚(たな)の隅(すみ)にあるひとつの小瓶(こびん)から目(め)が離(はな)せなくなりました。

何(なん)の変哲(へんてつ)もない、小(ちい)さな瓶(びん)です。

なぜだか、懐(なつ)かしい匂(にお)いがするような気(き)がして、紳士(しんし)は思(おも)わずそれに手(て)を伸(の)ばしていました。

「おや。それを選(えら)ばれますか」

 店主(てんしゅ)の声(こえ)と同時(どうじ)でした。

じっと見(み)つめていると、瓶(びん)の底(そこ)の方(ほう)から、淡(あわ)い光(ひかり)がぽっと灯(とも)りました。

 ――大丈夫(だいじょうぶ)。

 懐(なつ)かしい声(こえ)が聞(き)こえた気(き)がしました。

次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)、紳士(しんし)の脳裏(のうり)に、古(ふる)い記憶(きおく)があふれ出(だ)しました。

 それは、子供(こども)の頃(ころ)の冬(ふゆ)の日(ひ)。

自転車(じてんしゃ)の練習(れんしゅう)をしていて、何度(なんど)も転(ころ)んで、膝(ひざ)を擦(す)りむいた日(ひ)のこと。

痛(いた)くて、悔(くや)しくて泣(な)いていた自分(じぶん)。

そんな自分(じぶん)を、夕焼(ゆうやけ)けの中(なか)で抱(だ)き起(お)こしてくれた、母(はは)の温(あたた)かい手(て)。

「大丈夫(だいじょうぶ)、次(つぎ)はきっと乗(の)れるよ」

その時(とき)、涙(なみだ)で滲(にじ)んだ視界(しかい)に映(うつ)った夕日(ゆうひ)は、どんな宝石(ほうせき)よりもきらきらと輝(かがや)いていました。

 また、別(べつ)の光(ひかり)も浮(う)かびます。

仕事(しごと)で失敗(しっぱい)して、夜(よる)の公園(こうえん)で落(お)ち込(こ)んでいた若(わか)い頃(ころ)。

何(なに)も言(い)わず、ただ隣(となり)に座(すわ)ってくれた友人(ゆうじん)の、白(しろ)い息(いき)。

その時(とき)見上(みあげ)げた星空(ほしぞら)の、突(つ)き刺(さ)さるような美(うつく)しさ。

「あぁ……」

 紳士(しんし)は、小瓶(こびん)を両手(りょうて)で包(つつ)み込(こ)みました。

空(から)っぽに見(み)えた瓶(びん)は今(いま)、彼(かれ)の涙(なみだ)で反射(はんしゃ)して、黄金色(おうごんいろ)に輝(かがや)いていました。

それは、ショーケースに並(なら)ぶどんな高価(こうか)な商品(しょうひん)よりも、熱(ねつ)を帯(お)びていました。

「これらはすべて、勇気(ゆうき)、安心(あんしん)、誰(だれ)かを思(おも)うぬくもりです」

 店主(てんしゅ)の声(こえ)が、優(やさ)しく響(ひび)きます。

「お客様(きゃくさま)は、きらきらしたものを探(さが)して外(そと)ばかり見(み)ておられましたが……もしかすると、ご自身(じしん)の手(て)の中(なか)に、ずっと持(も)っておられたのかもしれませんな」

「……これは、いくら支払(しはら)えばいい?」

 涙(なみだ)を拭(ぬぐ)いながら尋(たず)ねる紳士(しんし)に、店主(てんしゅ)は首(くび)を振(ふ)りました。

「ご自身(じしん)の持(も)ち物(もの)に、値段(ねだん)をつけることはできませんよ。どうぞ、そのままお持(も)ち帰(かえ)りください」

***

 カラン、コロン。

店(みせ)を出(で)ると、外(そと)は相変(あいか)わらず冷(つめ)たい風(かぜ)が吹(ふ)いていました。

紳士(しんし)の手(て)には、あの小瓶(こびん)はありません。

店(みせ)を出(で)た瞬間(しゅんかん)、それは温(あたた)かい光(ひかり)となって、彼(かれ)の胸(むね)の奥(おく)へと溶(と)け込(こ)んでいったからです。

 持(も)ち物(もの)としては、何(なに)も増(ふ)えていません。

けれど、彼(かれ)の足取(あしど)りは来(く)る時(とき)よりもずっと軽(かる)く、温(あたた)かく感(かん)じられました。

 ふと振(ふ)り返(かえ)ると、路地裏(ろじうら)にはただ古(ふる)いレンガの壁(かべ)があるだけで、店(みせ)の明(あ)かりも、ドアも消(き)えていました。

そこは、本当(ほんとう)に必要(ひつよう)な人(ひと)にしか開(ひら)かないお店(みせ)だったのです。

 紳士(しんし)は夜空(よぞら)を見上(みあげ)げました。

それに気(き)づいた人(ひと)の瞳(ひとみ)は、冬(ふゆ)の星(ほし)のように澄(す)んでいました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 価格のつけようのない煌めきや思い出、あたたかみを届ける手助けをする不思議なお店のお話、素敵でした。
お店なのに売らないというタイトル。どういうことかな?と思い読んでみた。 立派りっぱなコートを着きて、両手にはデパートの紙袋をたくさん提さげている1人の男性。宝石、時計、最新のおもちゃなど、どんな「キラ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。