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きらきらの物語

きらきらを落とした雪だるま

作者: 早野 茂
掲載日:2026/01/01

ある冬(ふゆ)の朝(あさ)のことです。

町(まち)の小(ちい)さな公園(こうえん)に、雪(ゆき)だるまが生(う)まれました。

作(つく)ったのは、近所(きんじょ)の子(こ)どもたちです。

鼻(はな)は小枝(こえだ)で、ちょっと右(みぎ)に曲(ま)がっています。

目(め)は小石(こいし)で、右(みぎ)と左(ひだり)で大(おお)きさがちがいます。

頭(あたま)には、誰(だれ)かが忘(わす)れていった古(ふる)い毛糸(けいと)の帽子(ぼうし)が、ちょこんと乗(の)っていました。

「できた! ちょっとへんてこだけど、かわいいね」

「うん、ぼくたちの雪(ゆき)だるまだ!」

子(こ)どもたちは真(ま)っ赤(か)なほっぺで笑(わら)い合(あ)うと、手(て)を振(ふ)って帰(かえ)っていきました。

その夜(よる)。

月(つき)がのぼり、公園(こうえん)が青白(あおじろ)く照(て)らされる頃(ころ)、雪(ゆき)だるまは目(め)を覚(さ)ましました。

そして、自分(じぶん)の胸(むね)の奥(おく)に、不思議(ふしぎ)なものを見(み)つけたのです。

(なんだろう。とってもあたたかい)

それは、小(ちい)さな小(ちい)さな「きらきら」でした。

昼間(ひるま)、子(こ)どもたちが向(む)けてくれた「楽(たの)しかったね」「大好(だいす)きだよ」という笑顔(えがお)が、雪(ゆき)だるまの真(ま)っ白(しろ)な体(からだ)の中(なか)に染(し)み込(こ)んで、あたたかな光(ひかり)になっていたのです。

冷(つめ)たい雪(ゆき)でできているはずなのに、胸(むね)の奥(おく)だけはポカポカしています。

雪(ゆき)だるまは、自分(じぶん)がとても幸(しあわせ)せな生(い)き物(もの)のように思(おも)えました。

(ぼくは、きらきらしてるんだ)

雪(ゆき)だるまは嬉(うれ)しくて、体(からだ)を揺(ゆ)らそうとしましたが、動(うご)きません。

ふと、冷(つめ)たい夜風(よかぜ)が通(とお)り過(す)ぎました。

そのとき、雪(ゆき)だるまは気(き)づいてしまいました。

(ぼくは雪(ゆき)だから、いつか溶(と)けてしまう)

春(はる)が来(く)れば、体(からだ)は水(みず)になり、地面(じめん)に吸(す)い込(こ)まれて消(き)えてしまうでしょう。

そうしたら、この「きらきら」も、一緒(いっしょ)に消(き)えてしまうのでしょうか。

(せっかくあたたかいのに。誰(だれ)かにあげられたらいいのになあ)

雪(ゆき)だるまは、夜(よる)の公園(こうえん)を見渡(みわた)しました。

ベンチには、マフラーに顔(かお)を埋(う)めて、ひとりぼっちで座(すわ)っている子(こ)がいます。

公園(こうえん)のわき道(みち)を、重(おも)そうな鞄(かばん)を持(も)って、急(いそ)ぎ足(あし)で通(とお)り過(す)ぎる大人(おとな)がいます。

ブランコに揺(ゆ)られながら、星(ほし)を見上(みあ)げて深(ふか)いため息(いき)をついている誰(だれ)かもいます。

みんな、寒(さむ)そうです。 そして、みんな、少(すこ)しだけ寂(さび)しそうです。

(ぼくの、このきらきらを渡(わた)せたら、あの人(ひと)たちは寒(さむ)くないかもしれない)

雪(ゆき)だるまは毎晩(まいばん)、そう願(ねが)いました。

けれど、雪(ゆき)だるまには足(あし)がありませんから、誰(だれ)かのそばへ駆(か)け寄(よ)ることもできません。

そんなある日(ひ)。

いつもより少(すこ)し強(つよ)い、南(みなみ)からの風(かぜ)が吹(ふ)きました。

それは、春(はる)を告(つ)げるあたたかい風(かぜ)でした。

雪(ゆき)だるまの体(からだ)は、じわり、じわりと汗(あせ)をかきはじめました。

背中(せなか)は小(ちい)さくなり、お腹(なか)のあたりも細(ほそ)くなっていきます。

胸(むね)の奥(おく)の「きらきら」も、心(こころ)なしか弱々(よわよわ)しくまたたいています。

(どうしよう。ぼく、もうすぐいなくなっちゃう)

焦(あせ)った雪(ゆき)だるまは、力(ちから)を込(こ)めました。

ぎゅっ、ぎゅっと力(ちから)を込(こ)めると、丸(まる)い体(からだ)がゴロリと動(うご)きました。

(いそがなきゃ。消(き)えてしまう前(まえ)に)

雪(ゆき)だるまは、少(すこ)し無理(むり)をして転(ころ)がりました。

ゴロリ、ゴロリ。

雪(ゆき)だるまは自分(じぶん)の体(からだ)を削(けず)りながら、泣(な)き声(ごえ)のする方(ほう)へ、一生懸命(いっしょうけんめい)に進(すす)みました。

公園(こうえん)の入(い)り口(ぐち)にある街灯(がいとう)の下(した)で、男(おとこ)の子(こ)がひとり、うずくまっていました。

学校(がっこう)で嫌(いや)なことがあったのでしょうか。

膝(ひざ)に顔(かお)をうずめて、肩(かた)を震(ふる)わせています。

雪(ゆき)だるまが男(おとこ)の子(こ)の目(め)の前(まえ)で止(と)まったときには、もう、体(からだ)は半分(はんぶん)の大(おお)きさになっていました。

(泣(な)かないで)

声(こえ)をかけたくても、雪(ゆき)だるまには口(くち)がありません。

冷(つめ)たい手(て)で涙(なみだ)を拭(ふ)いてあげることもできません。

自分(じぶん)に残(のこ)された時間(じかん)は、あと少(すこ)しだけ。

(きみになら、きっと似合(にあ)うよ)

雪(ゆき)だるまは、最後(さいご)の力(ちから)を振(ふ)り絞(しぼ)りました。

自分(じぶん)の胸(むね)の奥(おく)にある、一番大切(いちばんたいせつ)なあたたかさを、体(からだ)の外(そと)へ押(お)し出(だ)したのです。

ポロリ。

鈴(すず)が鳴(な)るような小(ちい)さな音(おと)を立(た)てて、 雪(ゆき)だるまの胸(むね)から「きらきら」がこぼれ落(お)ちました。

それは男(おとこ)の子(こ)の足元(あしもと)へ、静(しず)かに転(ころ)がっていきました。


男(おとこ)の子(こ)はふと泣(な)くのをやめ、足元(あしもと)の光(ひかり)に気(き)づきました。

「なんだろう、これ」

そっと指先(ゆびさき)で触(ふ)れると、じんわりとしたあたたかさが、指(ゆび)から胸(むね)へと伝(つた)わってきました。

それは、誰(だれ)かが「大好(だいす)きだよ」と言(い)ってくれた時(とき)のような、優(やさ)いぬくもりでした。

昨日(きのう)の悲(かな)しい気持(きも)ちが、雪解(ゆきど)け水(みず)のように流(なが)れていきます。

「……そっか。だいじょうぶだ」

男(おとこ)の子(こ)は涙(なみだ)を拭(ふ)いて立(た)ち上(あ)がりました。

そして、あたたかくなった胸(むね)を抱(だ)いて、家(いえ)へと帰(かえ)っていきました。

男(おとこ)の子(こ)の背中(せなか)を見送(みおく)りながら、雪(ゆき)だるまは思(おも)いました。

(ああ、よかった。ちゃんと渡(わた)せた)

雪(ゆき)だるまの体(からだ)はもう限界(げんかい)でした。

けれど、心(こころ)はこれ以上(いじょう)ないほど満(み)たされていました。

翌朝(よくあさ)。

男(おとこ)の子(こ)がもう一度(いちど)その場所(ばしょ)へ行(い)ってみると、そこにあったはずの雪(ゆき)だるまは、もういませんでした。

ただ、地面(じめん)に小(ちい)さな水(みず)たまりと、古(ふる)い毛糸(けいと)の帽子(ぼうし)が残(のこ)されているだけでした。

「ありがとう」

男(おとこ)の子(こ)は、誰(だれ)にともなくつぶやきました。

やがて本格的(ほんかくてき)な春(はる)が来(き)て、町(まち)から雪(ゆき)はすっかり消(き)えました。

あの水(みず)たまりも乾(かわ)き、帽子(ぼうし)もどこかへ片付(かたづ)けられました。

けれど、あの子(こ)の胸(むね)の中(なか)には、今(いま)でも小(ちい)さな光(ひかり)が残(のこ)っています。

辛(つら)いことがあって心(こころ)が凍(こごえ)えそうな日(ひ)も、その光(ひかり)がポッと灯(とも)ると、体(からだ)の中(なか)からあたたかくなるのです。

それは、溶(と)けてなくなった雪(ゆき)だるまが、確(たし)かにそこにいた証(あかし)。

雪(ゆき)だるまは消(き)えてしまったけれど。

きらきらは、ちゃんと、届(とど)いたのです。


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― 新着の感想 ―
誰かがくれたあたたかい気持ち=「キラキラ」 大きいものではなくてもいい。小さい「キラキラ」でいい。 辛い思いをしている誰か、悲しい思いをしている誰か、孤独を感じている誰かete……に渡すことが出来れば…
切なくも綺麗な、心温まるお話でした。 素敵な作品をありがとうございました。
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