↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

ハイカラ探偵団調査開始!

第六章 幽霊の館


幸炬と佐姫代を乗せた徳田の車は、横浜へと入った。

やがて車は、滝川園子の奉公先である、エドワード・ベネット家の商館の前で止まった。

徳田が先に車を降り、商館の入口へ向かう。その後を、幸炬と佐姫代が続いた。

エドワード・ベネットはイギリス人の貿易商で、主に東南アジアの香辛料や、日本の絹織物などを扱っていた。ドイツとの交易にも力を入れており、日本の絹織物をドイツへ輸出していた。

妻のクララ夫人はドイツ人で、両親はドイツ政府の要人だった。もともと日本の絹織物を好んでおり、夫の仕事を通じて日本との交易にも深い関心を持っていた。

夫妻には、以前から日本で暮らすことに不安があった。

とりわけ、妊娠中のクララ夫人は、日本の医療事情に強い不安を感じていた。

そこで、通訳を務めながら身の回りの世話をしてくれる、夫人と年齢の近い女性を探していたところ、知人を通じて園子を紹介されたのである。

あらかじめ事情を聞いていた夫妻は、三人を快く迎え入れた。

商館は、日本に来てまだ間もないこともあり、家具や調度品も必要最低限しか置かれていなかった。

けれど、飾り立てない空間には、どこかドイツらしい端正な気品が漂っていた。

「ソノコ……アナタノ、Frau Gōda」

クララ夫人は、まだたどたどしい日本語で園子を呼んだ

「郷田先生……」

園子は思わず声を詰まらせ、佐姫代を見つめた。

「園子さん……」

佐姫代もまた、園子の姿を見つめた。

「ソノコ、ユックリ、ハナシナサイ。ワタシタチ、ムコウデニイマス」

ベネットはそう言って、徳田と幸炬を別の部屋へ案内した。

佐姫代と園子は、応接間に残った。

しばらくすると、園子はぽつりぽつりと、ここでの暮らしを話し始めた。

夫妻は園子をとても頼りにしてくれていた。

日本語だけでなく、英語やドイツ語も話せることを喜ばれ、通訳としても、クララ夫人の身の回りの世話役としても、大切にしてもらっているという。

それを聞いて、佐姫代はようやく胸を撫で下ろした。

「そう……。それなら、先生も安心しました」

佐姫代は微笑んだ。

「学校のみんなも、あなたのことを心配しています。ここでの暮らしのことを、みんなに話してもいいかしら?」

「はい。もちろんです」

園子は素直に頷いた。

そして少し考えてから、静かに口を開いた。

「先生……学校のみんなに、伝えていただきたいことがあります」

「何でしょう?」

「私のように、恵まれた環境にいる子ばかりではありません。家の事情で学校へ通えなくなったり、望まない場所へ行かなくてはならない子もいます」

園子は一度、言葉を止めた。

「私は、そういう子たちを助けられる人になりたいと思っています。でも、今の私には、まだ何の力もありません」

そして、佐姫代をまっすぐに見つめた。

「だから……みんなには、勉強を続けてほしいと伝えてください。しっかり学んで、いつか、誰かを助けられる人になってほしいって」

佐姫代は、しばらく何も言えなかった。そして退学してしまったことを、もったいないと思っていた。

けれど、目の前にいる園子は、以前にも増してしっかりしているように見えた。

入学した時から同じ年頃の少女たちと比べても、物事を自分の頭で考え、自分の言葉で話す生徒だった。

「園子さん……」

佐姫代は、優しく微笑んだ。

「あなたは、もう立派に人のことを考えているのね」

「えっ?」

「先生は、少し安心しました。あなたなら、ここでの経験もきっと、これからの人生の力にできると思います」

園子は、少し恥ずかしそうに笑った。

佐姫代は思った。

学校を辞めてしまったことは、確かにもったいない。

けれど、この横浜での出会いが、滝川園子の未来への新しい足がかりになるのかもしれない。

そう信じた。


一方、その頃――。

別室では、幸炬たちがクララ夫人の話を聞いていた。

クララ夫人は、日本の医師に診てもらうことに、どうしても不安があるという。

それを聞いた幸炬が、静かに口を開いた。

「それでしたら、よろしければ芦沢先生に往診をお願いしてみましょうか?」

徳田も頷いた。

「そうだね。芦沢先生なら安心していただける。」

夫妻は顔を見合わせ、嬉しそうに頷いた。

こうして、クララ夫人の医師探しも、一つの糸口を見つけることができた。

園子に別れを告げ、三人は再び車へ乗り込んだ。

車がゆっくりと走り出す。


しばらく黙っていた幸炬が、ふと徳田を見た。

そして、いたずらっぽく微笑んだ。

「叔父様……例の商館にも、寄ってみませんこと?」

徳田は幸炬の顔を見ると、思わず苦笑した。

「やっぱり、そう来たか」

車内に、小さな笑い声が響いた。

「サチさん、この商館だよ」

「叔父様、降りてもよろしい?」

幸炬はそう言うと、車から降りた。

商館の窓から中を覗いてみると、徳田が話していたとおり、誰もいない。留守のようだった。

幸炬は建物の裏手へ回ってみた。

人の気配はない。

「……?」

幸炬は、何かに気がついた。

「叔父様。ここ、地下室への入口のようですが……この南京錠、以前から掛かっていました?」

「いや。この前来たときは、まったく気がつかなかったな」

幸炬は南京錠をじっと見つめた。

「この入口も、周りのブロックも、ずいぶん古くなっていますのに……この南京錠だけは綺麗で新しいですわ」

「そういえば、そうだね」

徳田も南京錠を覗き込んだ。

「叔父様、間違いなく、ここには誰かが出入りしていますわ」

幸炬は、にっこり笑った。

「もちろん、幽霊は南京錠なんて使いませんもの」

「そりゃそうだ」

徳田は思わず苦笑した。

「それに、ほら!」

幸炬は足元を指差した。

「この付近だけ、草が踏みつぶされていますわ。最近、誰かがここを通った跡です」

「サチさん、素晴らしいね。その観察力」

徳田は感心しながら、あたりを見回した。

「でも、一体誰が出入りしているんだろう。この家の持ち主は海の中だというのに……。いったい、どういうことなんだ?」

「そうですわね……」

幸炬もあたりを見渡した。

すると、少し離れたところにある喫茶店に目を留めた。

「あっ!」

「ん?」

「叔父様、あそこの喫茶店のマスターに聞いてみませんこと?」

「でも、この前も聞いたけど、あまり手がかりはなかったよ」

徳田は少し渋い顔をした。

すると幸炬は、

「それでは、私が行って参りますわ。叔父様は車でお待ちになって」

そう言うと、返事を待つこともなく、スタスタと喫茶店へ向かっていった。

「……元気だねえ」

徳田は苦笑しながら車へ戻った。

車では、佐姫代が不安そうな顔で待っていた。

しばらくすると、幸炬がニコニコしながら戻ってきた。

「叔父様!」

「何かわかったのかい?」

「ええ!」

幸炬は嬉しそうに車に乗った。

「この商館、最近、夜になると人魂がゆらゆらと現れるそうですわ」

「人魂?」

「ええ。亡くなった持ち主の魂が、夜になると館へ戻ってきているんじゃないかって、町では噂になっているそうですわ」

「サチさん……なんだか楽しそうだね」

「ええ、もちろんですわ!」

幸炬は目を輝かせた。

「人魂なんて、そうそう見られるものではありませんもの。改めて、夜に出直しましょう!」

「なんと……」徳田は絶句した。

娘のやんちゃぶりには、日頃から手を焼いている。

しかし――。

**それ以上のやんちゃ娘が、ここにいた。**

「これはこれは……」

徳田は呆れたように首を振った。

「だれと出直すつもりなんだい?」

そう言って、幸炬の顔を覗き込む。

幸炬は、いつものいたずらっ子のような目をして、にやりと笑った。

「だれって……」

「おいおい。君たちは大人とはいえ、女性だ。夜に4人だけで来るなんて、駄目だよ」

徳田は、先回りするように言った。

すると幸炬は、まったく動じる様子もなく、

「大丈夫ですわ。さすがに女性だけでは危険ですもの。こういうときこそ、頼りになりそうな幼馴染がおりますの」

そう言って、意味ありげに笑った。

「……なるほど」徳田はため息をついた。

このままここにいたら、幸炬は本当に夜まで待って、人魂を見に行きかねない。

徳田は、やんちゃ娘の勢いにすっかり呆れながらも、気を取り直した。

「さあ、まずは佐姫代さんを送り届けないと」

そう言って、運転手に車を出すよう伝えた。

佐姫代も、徳田も、もはや幸炬には呆れるばかりだった。

やがて車は佐姫代の自宅に到着した。

「ありがとうございました」

佐姫代が車を降りると、幸炬も続いて降りようとした。

「私もここで……」

「駄目だよ」

徳田はすかさず幸炬を車内へ押し戻した。

「君は自宅まで送る」

「まあ、叔父様ったら……」

幸炬は不満そうに頬を膨らませた。

しかし徳田は聞く耳を持たなかった。

幸炬がこのあと何をやらかすか、心配で仕方がなかったのだ。

結局、徳田は幸炬を自宅まで送り届けた。

門まで出てきた幸炬のばあやが、深々と頭を下げる。

「徳田様、わざわざお送りいただき、ありがとうございます」

「いえいえ」

徳田はそう答えると、ばあやの耳元にそっと顔を寄せ、

「……やんちゃ姫に、ご注意を」

とだけ囁いた。

「まあ……」

ばあやは幸炬を振り返った。

そこには、何か面白いことを思いついたような顔をしているお嬢様がいる。

ばあやは、またお嬢様がとんでもないことを考えているのだろうと察した。

そして、半ば諦めたような眼差しを幸炬に向けるのだった。


徳田が家に着くと、待ってましたとばかりに、もう一人のやんちゃ姫が飛び出してきた。

「お父様、横浜ではいかがでしたの?」

徳田は思わず苦笑した。

「おいおい……ここにもやんちゃ姫がいるじゃないか。君たちは、もう少しレディとしての身だしなみも身につけたほうがいいね」

「君たち?」瑞穂が首をかしげる。

「幸炬ね! なにか面白いことがあったのね。ああ……お母様たちとのチャリティーバザーなんて、断ってしまえばよかったわ!」

瑞穂は悔しそうに唇を尖らせた。

「おいおい。今日の横浜の目的は、佐姫代さんの生徒さんの様子を見に行くことだったんだよ」

徳田がたしなめる。

「そうでしたわね。ごめんなさい、お父様。私、少しはしゃぎすぎましたわ」

瑞穂は素直に頭を下げる。

「それで……いかがでしたの?」

「ああ。エドワードさんたちは、とても素晴らしいご夫婦だったよ。日本に来たばかりで、しかも夫人はご懐妊中だ。不安も多いらしくてね。病院へ行くときや外出の際の通訳、それに話し相手になってくれる、年の近い奉公人を探していたそうだ」

徳田はそこまで話すと、

「そこで紹介されたのが、佐姫代さんの生徒さんだったというわけだ。よくしていただいているようだったよ」

と、さらりと締めくくった。

「まあ……それはよろしかったですこと。佐姫代も安心したことでしょうね……」

そう言いながらも、瑞穂の目は明らかに物足りなそうだった。

「お父様……それだけですの?」

「ああ。それだけだ……よ」

徳田は瑞穂と目を合わせようともせず、そのまま自室へ向かった。

「……」

瑞穂は、その背中をじっと見送った。

そして――

「絶対、何かあるわ」

瑞穂の勘が、ぴんと働いた。

お父様があれだけ早く話を切り上げるときは、決まって何か隠している。

でも、ここで追及しても、お父様は絶対にしゃべらない。

瑞穂は腕を組んだ。

「となると……」

頭の中に、ひとりの顔が浮かんだ。

「幸炬ね」

しかし、そこで瑞穂は考え込む。

「でも……どうやって聞き出そうかしら?」

瑞穂の頭の中で、さっそく作戦会議が始まった。

――もう一人のやんちゃ姫は、にやりと笑った。



















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。