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談話室の中は沈黙に包まれていた。
ヴィオレッタは言葉を失って固まっているアシュレイを眺めながら、扇子を指先で軽く叩いた。微かな音に意識が現実に戻ったアシュレイは再び話し出した。
「……そう、か。そうだったな。社交界はそんな場所だしな。噂にならないほどに上手いことしていたつもりだったのだが、僕もまだまだだったようだね」
余裕を失い、自嘲しているような酷く疲れた声だった。普段の彼ならば、どれほど面倒な女に執着されようとも、ここまで疲れた様子は見せないだろう。
――なるほど、随分と厄介な相手なのですね。まぁこの場合、私の相手をするのが厄介なのかもしれませんが。
ヴィオレッタは内心ため息をつきながら今回の依頼内容について考えた。
――それにしても、“依存”ですか。
たしかに、社交界において執着とは大して珍しいものではない。愛情、嫉妬、虚栄心、独占欲……。この世界の人間は皆、何かに縋らなければ生きていけない。だから、大なり小なり執着という感情を持っている。しかし、それを表に出す人間は殆どいない。なぜなら、それが非常に醜くて厄介な感情だと知っているからだ。執着は一度向けられれば最後、愛情は簡単に狂気へ変わる。
――私以上にそのことを理解している人はいないでしょうね。嫌というほど、見てきましたから。
考えていたことに少し嫌気をさし、小さく息を吐く。ヴィオレッタはこれ以上考えるのをやめ、アシュレイへ視線を戻した。
「それで、そのご令嬢のお名前は?」
ヴィオレッタの問いに、アシュレイは一瞬だけ口を閉ざした。その僅かな沈黙の意味に気づきながらも、ヴィオレッタは何も気づかなかったふりをした。
「……オフィーリア、オフィーリア・レイヴン公爵令嬢だ」
その名前を聞いた瞬間、ヴィオレッタは僅かに目を細めた。
「よりにもよってレイヴン公爵家ですか……」
――これは思っていた以上に厄介ですね。しかし、厄介であるほど大金が手に入りますもの。依頼の達成条件次第ですが、受けるのはありかも知れませんね。
ヴィオレッタはそう言うと口元から扇子を外し、パチンと小気味よい音を立てて閉じた。今まで浮かべていた全てを見透かしたような余裕の笑みを消し、瞳に鋭い光を宿した。
オフィーリア・レイヴン。
社交界でその名を知らぬ者はいない。彼女はレイヴン公爵家の一人娘であり、“社交界の薔薇”と称されるほどの美貌を持つ令嬢だ。少々奔放な性格ではあるものの、その美しさと愛らしさから周囲に甘やかされて育ってきた。特に、レイヴン公爵家は彼女へ惜しみなく愛情を注ぎ、欲しがるものは何でも与えてきたと言われている。
だからこそ、彼女は信じて疑わないのだ。
――“この世界に、自分が手に入れられないものなど存在しないのだ”と。




