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東京グラヴィティ  作者: parupuntist
終章 面影

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5 もうひとり

 泣きやむのに、十五分かかった。


 その人は、そのあいだ、隣に座っていた。


 草の上に。


 背中をさすったりはしなかった。


 ただ、隣に座っていた。


 ――()()()()()()()()()()()


 その座りかたを、わたしは知っている。


 三年間、泣いている子の隣に座ってきた子の、座りかただ。



 落ち着いてから、わたしは、いちばん先に、殴った。



 左手で、肩を。


 力いっぱい。


 拳が痛くなるくらい。


「いって」


「うるさい」


「暴力は」


()()()()


 わたしは、もう一回殴った。


 その人は、避けなかった。



「八ヶ月!」


「……ええ」


「八ヶ月だよ!?」


「ええ」


「わたし、ノート三冊書いたんだけど!」


「三冊」


()()()()()やってたんだけど!」


 わたしは、立ち上がって、怒鳴った。


 河川敷の家族が、こっちを見た。


 どうでもよかった。


「本人が来たら、意味ないじゃん!」



 その人は、うつむいた。


 膝の上で、手を重ねていた。


 そして、ひどく小さな声で、言った。


「――()()()()()()



 わたしは、そこで、言葉を失った。


 あの魔女は、謝らない。


 ましろは、謝りすぎる。


 ――いま、目の前の人は、()()()()()()()()いた。



「……なんで、来なかったの」


 わたしは、座り直した。


「来たわ」


「え」


()()()



「九月に二回。十月に三回。十一月に一回。一月に二回。二月に一回。三月に二回」


 彼女は、指を折りながら数えた。


「全部、そこの坂の下まで来て、帰った」


「――()()()


「会いかたが、分からなかったのよ」



 わたしは、柏木さんの言葉を思い出した。


 ――会いかたって、たぶん、練習しないとできないんだよ。



「三年間、私は誰とも会わなかった」


 彼女は言った。


「手の出しかたを、自分で切り取ってしまったから。三年ぶんの錆は、八ヶ月では落ちなかったわ」


「……」


()()()()()()()



「あなたに会って、」


 彼女は、そこで一度、言葉を切った。


「あなたに、『あんたは誰?』と言われるのが、怖かった」


 わたしは、うつむいた。


「――言っちゃった」


「ええ」


「さっき、言っちゃった」


「ええ」


「……ごめん」


()()()()()()()()



 わたしは、しばらく黙っていた。


 それから、訊いた。


「あのさ」


「なに」


「確かめたいことが、一個ある」


「どうぞ」


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()



 その人は、少し笑った。


「消しゴム」


 わたしの息が、止まった。


「二年生の、最初の週。あなたが落とした消しゴムを、あの子が拾って、机に置いた」


「……」


「音を立てずに」


 彼女は言った。


「あなたは、こう思った。『()()()()()()()()()()()()?()』」



 わたしは、両手で口を押さえた。



 ――誰も知らない。


 誰にも言っていない。


 わたしは、その理由を、誰にも話したことがない。


 あまりにもくだらないからだ。


 同情でも、善意でもなく、消しゴムの置きかたが気になっただけだなんて。


 それを知っているのは、この世に一人しかいなかった。


 八月一日の夜に、わたしの頭のなかを見た、あの子だけだ。



「――()()()


 わたしは、そう呼んだ。



 その人の肩が、震えた。



「……そうね」


「そうね、じゃなくて」


「そうね、としか」


「――()()()()()()


()()()


 彼女は、そう言った。


 そして、すぐに、こうつけ足した。


()()()()



 二つの語尾が、続けて出た。


 わたしは、また泣いた。


 この日、わたしは人生でいちばん泣いた。

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