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東京グラヴィティ  作者: parupuntist
第七章 この姿で逢うのは最後

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37/50

1 夜が明ける

 朝の五時十分に、太陽が出た。


 東京湾のほうから、ゆっくりと。


 わたしたちは、五十階のフロアの端に並んで座って、それを見ていた。


 鉄骨は全部、下に降ろしてあった。


 クレーンのマストは、空き地の真ん中に横たわっていた。


 昨日の夜、ここで三百四十七トンが落ちたなんて、朝の光のなかでは、まるで嘘みたいだった。



 わたしの右腕は、まだぶら下がっていた。


 動く。曲がる。痛みもある。


 ただ、そこに重さがなかった。


 自分の腕なのに、世界から切り離されたまま、腕だけが、ぽつんと残っていた。


 (――治らないかもね)


 (千早)


 (だってさ、あの鋏、そういうのでしょ)


 (……うん)


 (()()()()()()()


 千早は、頭のなかで、あっさりそう言った。


 わたしは、笑ってしまった。


 この子は、いつもそうだ。


 取り返しのつかないことを、取り返しのつかないまま、平気で隣に置いておく。



「――そろそろ、下りましょう」


 夜鷹さんが言った。


 彼女は、少し離れたところに立っていた。


 ()()()()()


 三グラムぶんの重さで、ちゃんと床を踏んで。


 右腕はもう無くて、左腕も肘から先が透けていた。


 髪は、肩に落ちたままだった。


 朝日が、その黒い服の輪郭を、白く縁取っていた。


「ここにいると、そのうち誰か来るわ」


「……はい」


「事情を説明できる?」


「無理です」


「でしょうね」



 仮設階段を、五十階ぶん下りた。


 昨日、上るのに四十分かかった道を、下りるのに一時間かかった。


 膝が笑って、途中で二回座り込んだ。


 三十階の踊り場で、千早が言った。


「ましろ、おんぶする?」


「無理でしょ」


「わたし力あるよ」


「わたし四十六キロだよ」


()()()()()()()()()()


 ――ああ、そうか。


 わたしは、自分の重さを、五キロにした。


 千早が、わたしを背負った。


 残り二十階、わたしは背中で運ばれた。


 一つの体しかないのに、二人で背負ったり背負われたりしているのは、ものすごく変な感じだった。


「これ、意味ある?」


「気分の問題」


「気分かあ」



 地上に出ると、柏木さんが、仮囲いのところで待っていた。


 缶コーヒーを三本、持っていた。


「飲む?」


「いただきます」


「あんたら、ひどい顔してるよ」


「柏木さんも」


「うるさい」


 わたしたちは、資材置き場のブロックに座って、缶コーヒーを飲んだ。


 朝の五時半に、工事現場で、四人で。


 夜鷹さんは、コーヒーを一口飲んで、ものすごく嫌な顔をした。


「……苦い」


「ブラックですから」


「なんでこんなものを飲むの」


「安いからです」


 柏木さんが、真顔でそう言った。



 そのときだった。


 わたしは、()()に気づいた。



 千早の重さを、見た。


 いつも見ているものだ。


 四十九キロ。


 三ヶ月前から、ずっとその数字だった。


 ――()()()()()



 缶が、手から落ちた。


 コンクリートの上で、コーヒーがこぼれた。


「ましろ?」


「――」


「どうしたの」


「千早」


 わたしは、自分の手を見た。


 この手が、ずっと、千早に触れていた。


 昨日の夜から、ずっと。


()()()()()()()

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