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東京グラヴィティ  作者: parupuntist
第四章 勝手だ

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6 私は、何なんだ

 階段を、七階ぶん下りた。


 途中の階では、住人が廊下に出て騒いでいた。


 ガラスが割れた、家具が飛んだ、地震だ、いや違う、と口々に言っていた。


 誰も、わたしを見なかった。


 制服の女子高生が階段を下りていくことなんて、この騒ぎのなかでは、何の意味も持たなかった。



 外に出て、しばらく歩いて、公園に入った。


 誰もいなかった。


 砂場のふちに座って、わたしは、膝を抱えた。


 夏の夜だった。


 生ぬるい風が吹いていた。


 どこかで、風鈴が鳴っていた。



 わたしは、考えた。


 わたしは、人間じゃない。


 それは、もう確定してしまった。


 書類の上の湊真白は、三年前に家庭裁判所が作った器だ。中身の説明にはならない。


 じゃあ、魔女なのか。


 ――違う。


 魔女は、あの人だ。


 わたしは、あの人から()()()()()()()()だ。


 力そのものだ。


 鋏で切って、箱に入れて、値段をつけて、売るはずだったもの。


 立ち上がって、歩いて、逃げ出したもの。


 人間じゃない。


 魔女でもない。


 じゃあ、なんだ。



「――()()()()()()



 声に出してみた。


 誰も、答えなかった。


 当たり前だった。


 砂場に、誰かが忘れていったスコップが転がっていた。


 街灯の光が、その黄色いプラスチックを、鈍く照らしていた。


 四十グラム。


 わたしには、それが見えた。


 見えてしまった。


 こんなときでも、わたしはちゃんと、重さを見ていた。


 (――ああ)


 (これだけは、間違いなく、わたしだ)


 この目だけは、貸し借りじゃない。


 わたしがそれだからだ。



 ポケットのなかで、何かが当たった。


 取り出すと、赤い包み紙だった。


 いちごのキャンディ。


 ――いつのまに。


 わたしは、それをしばらく見ていた。


 たぶん、あの部屋を出るときに、押しつけられたのだと思う。


 あるいは、あの人が、最後に投げてよこしたのかもしれない。


 ひなたがあげたキャンディを。


 三グラムの、錘にもならないものを。


 ()()()()()()()()()()()()ものを。



 わたしは、それを握りしめた。


 そして、顔を、膝に埋めた。


 肩が震えた。


 声は、出さなかった。


 風鈴が、鳴っていた。



 顔を上げたとき、東の空が、ほんの少しだけ白んでいた。


 朝が来る。


 誰が何であっても、朝は来る。


 わたしは、手のなかのキャンディを見た。


 三グラム。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()


 ひなたが、夜鷹さんにあげた。


 夜鷹さんは、捨てられなかった。


 そして、わたしのポケットに入っている。


 持ち主は、三回変わった。


 変わっても、これは、いちごのキャンディのままだった。


 中身は、ずっと同じだった。


 (――そういうこともある、のかな)


 わたしは、その考えを、うまく形にできなかった。


 でも、消えもしなかった。


 砂場のふちに座ったまま、わたしは、それをずっと握っていた。



 始発が動く時間になって、わたしは電車に乗った。


 誰もいない車両だった。


 窓の外が、少しずつ明るくなっていった。


 最寄り駅で降りて、若葉園には戻らずに、土手のほうへ歩いた。


 なぜそっちへ行ったのかは、自分でも分からない。


 通学路だ。


 桜並木の下の、いつもの道。


 七月の桜は、花なんて一つもなくて、ただ緑がもさもさしているだけだった。


 朝の四時半で、蝉はまだ鳴いていなかった。


 かわりに、川の音がした。



 土手を上がって、てっぺんに立った。


 河川敷が見下ろせた。


 草が、朝露で白っぽくなっていた。


 二日後、ここに屋台が並ぶ。


 そして、向こう岸の上で、花火が上がる。


 千早は、ここに立って、待つと言った。


 六時に。


 紺色の、金魚の浴衣で。


 ――()()()()


 わたしは、そう思った。


 こんな中身で、あの子の隣に立てるわけがない。


 浴衣を着せてもらって、髪を結ってもらって、それで何食わぬ顔で花火を見るなんて。


 それはもう、()()()()()ですらない。


 ただの、嘘だ。



 わたしは、土手の草の上に座った。


 空が、白から、薄い水色になった。


 鳥が鳴きはじめた。


 ――『待ってるから』


 千早の声が、また、勝手に再生された。


 わたしは、両手で顔を覆った。


「……ずるいよ」


 誰に言ったのか、分からなかった。



 どれくらいそうしていたのか分からない。


 ポケットのスマホが、震えた。


 画面には、通知が一つ。


『ましろ


 浴衣、しつけ糸取っといたから。


 二日、四時。


 うちで待ってる。』


 日付を見た。


 七月三十一日。


 あと、二日だった。

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