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東京グラヴィティ  作者: parupuntist
第三章 切り出されたもの

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17/50

5 三年前の仕事

「――やめなさい」


 背後から、夜鷹さんの声がした。


 いつのまにか、すぐ後ろに立っていた。


 右手を、左手で隠すようにして。


「その女から離れなさい。何も聞かなくていい」


「なんでですか」


「話は、私がする」


「じゃあ、してください」


 わたしは、立ち上がって、振り返った。


「今、ここで」


「――真白」


「二週間、待ちました。今夜、全部話すって言ったのは、あなたです」


 雨の音が、やけに大きかった。


 夜鷹さんは、口をひらいて、閉じた。


 そして、また、ひらいた。


 何も出てこなかった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「……知らないんですか」


 柏木さんが、地面に座ったまま、ぽつりと言った。


「あんた、自分が何なのか、()()()()()()()んですか」


「柏木」


 夜鷹さんの声が、鋭くなった。


「黙りなさい」


「――ああ、なるほど」


 柏木さんは、ギプスの腕を抱えて、乾いた笑いをもらした。


「そういうことか。だから『値がついてない』なんて言えるんだ」


「黙れと言っている」


「あんた、()()()()()()()()()



 夜鷹さんが、手を上げた。


 わたしは、その腕を掴んだ。


 初めて、自分から、この人に触れた。


 冷たかった。


 そして、()()()()()()()()


 人間の腕の重さが、していなかった。


「夜鷹さん」


「離しなさい」


「言わせてください」


「真白」


()()()()()()


 わたしは、彼女の目を見た。


 夜鷹さんの黒い目が、揺れていた。


 初めて見る揺れかただった。


 そして、彼女は、腕を下ろした。



「――三年前の、七月です」


 柏木さんは、話しはじめた。


「うちに、依頼が来ました。()()()()()()()()()()()()()()、っていう」


 雨が、彼女の声を、半分くらい流していった。


「珍しいんですよ、そういうの。ふつう、こっちが刈りに行くんです。自分から持ってくる人なんて、まずいない」


「……」


「依頼人は、女の人でした」


 柏木さんは、夜鷹さんのほうを、ちらりと見た。


()()()()()()()()()()そうです」


 わたしの心臓が、一度、大きく鳴った。


「詳しいことは、下っ端のわたしには分かりません。でも、上の人が言ってました。()()()()()()()()()()()だったって」


「――」


「その人は言ったそうです。『この力を、私から切り離してください。二度と戻らないように』って」



「そもそも、うちが何なのかって話ですけど」


 柏木さんは、ギプスの腕を抱え直した。


 濡れた前髪が、目にかかっていた。


「剪定会は、()()なんですよ」


「農家?」


「異能持ちを、うちでは『株』って呼びます。株が実らせたものが、『実』。うちはそれを刈って、集めて、欲しがる人に売る。それだけの商売です」


「……売る」


「買う人がいるんですよ。世の中には」


 彼女は、自嘲するように笑った。


「圃場っていうのは、その作業場です。第一から第六まであります。第四は、()()()()でした」


「大物」


「切り出すのに、三日かかる株です」



「依頼人のときのこと、先輩から聞きました」


 柏木さんは続けた。


「ずぶ濡れで来たそうです。夜中に。傘も差さずに」


 わたしは、息を詰めた。


「何があったのかは、一切喋らなかったって。名前も言わなかった。ただ、『()()()()()()()()()』って」


「全部」


「うちの人が訊いたそうです。『全部とは?』って。異能っていうのは、どこまでが異能で、どこからが本人なのか、はっきりしないことがあるんです。木の枝と幹の境目みたいなもんで」


 彼女は、雨に濡れた顔を上げた。


「そしたら、その人、こう言ったそうです」


「『()()()()()()』って」


「……これ、って」


「分かりません」


 柏木さんは、首を振った。


「何を指さしたのかは、記録に残ってません。ただ、うちの人も、そのときはよく分からないまま、言われたとおりにしたって」


 わたしは、夜鷹さんのほうを見た。


 彼女は、雨のなかで、石みたいに動かなかった。



()()()()は、湾岸の第四圃場でやりました」


 圃場。


 わたしは、その言葉を知らなかった。


 あとで調べて、畑のことだと知った。


「白い部屋です。窓がなくて、壁も床も天井も真っ白の」


 ()()()()()()()


「異能っていうのは、背骨に沿って通ってるんです。木でいう、幹の芯みたいなところに」


 柏木さんは、自分の背中を、指でなぞった。


 うなじから、腰まで。


 まっすぐに。


「だから、()()()()()()()()



 わたしの視界の端が、暗くなった。


 夢だ。


 三年間、何十回も見た夢。


 白い部屋。


 誰かの、細い、白い背中。


 まっすぐな、赤い線。


 そして。


「――じょき、って」


 わたしの唇が、勝手に動いた。


 柏木さんが、びくりとした。


「音がするんです。大鋏が、湿ったものを切る音」


「……なんで」


 柏木さんの顔から、血の気が引いていった。


「なんで、あんたがそれを知ってるんですか」



「切り出した異能は、ふつう、実みたいなものになります」


 柏木さんの声は、震えていた。


「動かない。喋らない。ただの、収穫物です。うちはそれを保管して、売る。それが仕事です」


「……」


「でも、三年前のは、違った」


「違った?」


()()()()()()


 彼女は、雨に濡れた顔を上げて、わたしを見た。


「切り出された力が、そのまま、()()()()()()


「――」


「保管庫のなかで、形を作りはじめて。手ができて、足ができて、顔ができて。そして、扉を開けて、自分の足で、出ていった」


「うちは総出で探しました。監視カメラの記録も、全部消しました。手違いが表に出たら、まずいですから」


「でも、見つからなかった」


「三年間、ずっと」



 柏木さんは、わたしを見ていた。


 まっすぐに。


「あんたですよ」


「――」


「湊真白さん。()()()()()()()()()()()()()()



 雨の音が、遠くなった。


 わたしは、自分が立っているのかどうか、分からなくなった。


「記憶がないとか、そういう話じゃないんです」


 柏木さんは言った。


 たぶん、残酷にするつもりは、なかったのだと思う。


 彼女はただ、事実を言っていた。


「失くしたんじゃない」


()()()()()()んですよ」



 ――埠頭で見つかった。


 ――裸足で、白いワンピース一枚で。


 ――どの防犯カメラにも映っていなかった。


 ――行方不明者届は、どこにもなかった。


 ――名前は、三年前に、家庭裁判所が作った。


 ()()()()()()()


 わたしを探している人が、この世に一人もいなかったのは、当たり前のことだった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

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