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東京グラヴィティ  作者: parupuntist
第三章 切り出されたもの

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14/50

2 湾岸線

 最初にぶつかってきたのは、左後方の一台だった。


 どん、と車体が跳ねた。


 セダンが横滑りして、わたしの肩がドアに叩きつけられた。


「うっ」


「舌を噛まないで」


 夜鷹さんは、ほとんど姿勢を崩していなかった。


 片手でハンドルを握ったまま、もう片方の手を、窓の外へ向けて、軽く払った。


 それだけだった。



 左後方のワンボックスが、()()()()()()()()()()


 時速八十キロで走っていた二トンの車が、いきなり十倍の重さになったのだ。


 サスペンションが潰れた。タイヤがバーストした。車体の底が路面を削って、火花が扇みたいに広がった。


 車は、そのまま横を向いて、防音壁に突っ込んで止まった。


 わたしは振り返って、それを見ていた。


「――生きてますか、あの人たち」


「知らないわ」


「夜鷹さん」


()()()()()()()


 彼女は、ちらりとミラーを見た。


「シートベルトを締めていればね」



 残りの三台が、散った。


 一台が前に出る。二台が左右につく。


 挟むつもりだ。


 右の窓の向こうに、作業服の男が見えた。


 窓から身を乗り出して、長い棒のようなものを構えている。


 高枝切り鋏だった。


 柄が三メートル近くある、庭木の高いところを切るやつ。


 その先端の刃だけが、あの、光を吸う黒だった。


「――伏せて!」


 刃が伸びた。


 こちらの窓を突き抜けて。


 いや、()()()()()()()()


 ガラスは割れなかった。


 かわりに、その刃が通った線に沿って、()()()()()()()()()()()()()()()()


 正確には、ガラスの「重さ」が消えた。


 そこに何もない、という感覚だけが、ぽっかりと空いた。


 同時に、雨が入ってきた。


 物理的にはガラスが切られていたのだ。音もなく、綺麗に。


 風が、わたしの髪をめちゃくちゃにした。


「!」


 二撃目が来た。


 今度は、わたしの首を狙っていた。



 わたしは、体が動く前に、手が動いていた。


 助手席の足元。


 鉄くず。


 あの、夜鷹さんが錘に積んでいた金属の塊。


 三キロ足らずのボルトの束を、わたしは掴んで――


 ()()()()


 そして、窓の外へ放った。


 三キロのものが、ぽん、と気の抜けた動きで飛び出して。


 外気に触れた瞬間、わたしはそれを()()()


 三キロが、三キロに戻る。


 時速八十キロで、向かい風のなかを。


 ボルトの束は、隣の車のフロントガラスを、粉々にした。


「ぐあっ」


 高枝切り鋏が、路上に落ちた。


 火花を上げて、後方へ流れていく。


「――やった」


「いま何をしたの」


 夜鷹さんが、前を向いたまま訊いた。


「軽くして、投げて、戻しました」


「教えてないわ、そんなこと」


「卵を浮かせる練習を、六十回やったので」


 彼女は、ふ、と息を吐いた。


 笑ったのかもしれなかった。


()()()()()()


 二週間で、初めての言葉だった。



 残りの二台が、距離を取った。


 前の一台が、急にスピードを落とす。


 ぶつけるつもりか、と思った。


 違った。


 後部のハッチが、上に開いた。


 荷室に、人が三人。


 その手に、バケツのようなものが抱えられていた。


 なかに、白い紙の束が山盛りに入っている。


「――荷札!」


 彼らは、それを、()()()()()


 白い紙吹雪が、雨のなかに炸裂した。


 何百枚、いや、何千枚。


 風に乗って、わたしたちの車に降りかかる。


 フロントガラスに。ボンネットに。切られた窓から、車内に。


 一枚が、わたしの膝に落ちた。


 その瞬間、()()()()()()()()


 痛くはない。動く。


 けれど、自分の脚が何キロなのか、分からなくなった。


 二枚目が、肩に。


 三枚目が、ダッシュボードに。


 世界に、白い穴が、ぼこぼこと空いていく。



「夜鷹さん、これ」


「分かってる」


 彼女の声が、初めて、切迫していた。


 わたしは気づいた。


 荷札は、わたしだけを狙っているのではない。


 ()()()()()に貼りついていた。


 タイヤに。サスペンションに。エンジンに。


 夜鷹さんが操作しようとしても、重さが「見えない」ものは、動かせない。


「――()()()()()


「え!?」


「五秒後に、この車は死ぬ」


 夜鷹さんは、ハンドルを右に切った。


 セダンが、非常駐車帯に突っ込んだ。


 同時に、彼女が手を振り上げた。


 車の()()()()()()()()


 上向きに、軽く。

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