第76話 惑星を帰す条件が『元の場所から呼ぶこと』だったので、星一個の帰宅を手伝うことになりました
惑星を通常空間から避難させたらしい装置。
その古い制御端末には、
『帰還条件』
という文字が残されていた。
問題は、その先が汚れて読めないことだった。
「削ったり拭いたりする前に、映像をいろんな角度から撮ってもらおう」
俺が言うと、現地の保全技師たちから八分ほど遅れて了承が返ってきた。
『了解しました。照明角度を変更し、表面走査も行います』
「無理に汚れ落とさなくていいです。文字まで削れたら困るから」
『了解』
《ルメア》とは普通の通信経路がつながっていない。
百年以上前の旧式探査機ES―44017に残っていた、精度の低い非常通信器。そのわずかな位相のぶれだけが、通常空間から外れた《ルメア》まで偶然届いている。
だから一つ質問して答えが返るまで、どうしても時間がかかる。
急げない。
でも今は、それでよかった。
《ルメア》には空気も水も食料もあり、住民一万八千四百四十人は全員生存している。すぐに惑星そのものが壊れる兆候もない。
なら焦って古い装置を触るより、ちゃんと読む方がいい。
「ユウト」
アルカが隣から俺を見る。
「何?」
「以前なら、現場にいた場合はすでに端末を開けていたと思います」
「……そうかな」
「はい」
ベルまで頷いた。
「『見るだけだから』とおっしゃって工具を取り出しておりますわね」
「そこまで具体的に再現しなくてもいいだろ」
「そして十分後には分解しています」
ディナが付け足す。
「そんなに早くない」
「五分?」
「時間の話じゃないよ」
七人に完全に昔の行動を把握されていた。
俺だって少しは学習している。
何しろ今回、相手は船でも基地でもない。
間違えて壊した時に困るのが惑星一個だ。
「さすがに今回は触らないよ」
「『今回は』」
グレイスが拾った。
「そこ重要?」
「重要です」
最近、家族全員から俺への安全管理が厳しくなった気がする。
◇
表面走査の結果が届いたのは二十分ほど後だった。
汚れだと思っていた黒い部分の大半は、実際には経年劣化した保護膜だったらしい。
現地の技師はそれを剥がさず、光の反射と深度走査から、その下に刻まれた文字だけを復元してくれた。
「出た」
エリスが中央に拡大する。
『緊急惑星退避装置』
『帰還条件』
一。
『外界危険消失』
二。
『原座標帰還標識受信』
三。
『居住側帰還承認』
最後。
『全条件成立後、帰還処理実行可能』
「……意外と普通だな」
俺が言うと、クレアが首を傾げた。
「星一個を別空間に隠す装置を普通って言うの?」
「装置じゃなくて条件が」
危険がなくなる。
帰る場所を確認する。
中にいる人が帰りたいと決める。
それだけだ。
「一番目から確認しよう。そもそも《ルメア》は何から逃げたんだ?」
「解析を進めています」
グレイスが、惑星消失時に集まった十二億件以上の観測記録から必要なものを抽出していた。
《ルメア》が消えた瞬間。
惑星全体を包んだ重力歪曲。
その十二秒前に地下装置が起動している。
なら、何かを検知したはずだ。
「地下端末に警報記録は?」
八分後。
現地から答えが来る。
『存在します。ただし使用言語が現在標準語ではありません』
「映像送って」
さらに八分。
古い文字列が届く。
エリスと七艦隊の言語解析が始まり、数秒もしないうちに仮訳が表示された。
『外界位相破断接近』
『予測到達 十一・九秒』
『地表生存率――許容値以下』
『緊急退避実行』
俺は表示を見た。
「地表生存率って」
「この装置が動かなければ、《ルメア》住民が重大な危険にさらされていた可能性があります」
フィアの声が少し低くなる。
「何が来たの?」
「現在調査中です」
ただし、手掛かりはもうあった。
惑星が消える直前、近くを通っていた民間貨物船の観測映像。
あの映像には、《ルメア》周辺の星々が一瞬だけ歪んでいた。
その歪みを、七艦隊の現在技術でもう一度解析する。
今度は《ルメア》そのものではなく、周囲の空間を見る。
「……ありました」
エリスが星図の一点を示した。
肉眼では何もない。
だが超高精度の重力観測へ切り替えると、細い線のような歪みが恒星系を横断していた。
「これが危険?」
「空間断層と呼ぶのが最も近いです」
「通ったらどうなる?」
「通常物質が直接接触した場合のデータがありません」
「分かりやすく」
エリスが少し考える。
「惑星の一部だけが、別の位置へずれる可能性があります」
「……それはまずいな」
「極めて」
もし《ルメア》の右半分と左半分で、存在する空間がずれたら。
考えるまでもない。
「装置、ちゃんと仕事したんだな」
「はい」
フィアが答える。
「少なくとも今回、一万八千四百四十人を救ったことになります」
百年以上。
いや、おそらくもっと長い間。
誰にも知られず惑星内部に埋まっていた設備。
使われたことすら忘れられていた。
それが。
必要になった瞬間だけ起きて。
星一個を丸ごと避難させた。
「捨てられてなくてよかったな」
俺が言うと、七人は誰も否定しなかった。
◇
一つ目の条件。
『外界危険消失』
これは確認できた。
空間断層はすでに《ルメア》の元軌道を通過し、恒星系外へ抜けている。
再接近の兆候もない。
「じゃあ条件一は?」
「成立しています」
古い地下装置側でも同じ判断らしい。
現地から届いた映像で、三つ並んでいた表示灯の一番左が点灯している。
『外界危険消失――確認』
「残り二つ」
俺は二番目を見る。
『原座標帰還標識受信』
「帰還標識って何?」
「避難した惑星が、戻るべき位置を確認するための外部信号と推定されます」
「元の場所から誰かが呼ばないと帰れない?」
「概念的には」
それは理にかなっている。
惑星を避難させた後。
外の宇宙で何が起こったか、避難先から完全には分からない。
元の軌道が危険なままかもしれない。
恒星そのものが消えている可能性だってある。
だから。
外に残った誰かが、
「ここは安全だ」
と知らせるまで戻らない。
「帰る場所から呼ぶんだな」
何となく。
七人の共同帰還監視系を思い出した。
百十七年間。
俺がどこにいるか分からなくても。
帰る場所だけは残してくれていた。
仕組みは違う。
でも考え方は少し似ている。
「問題は、その帰還標識の規格です」
エリスが表示した。
現地端末に仕様が残っている。
周波数。
位相。
符号化方法。
全部。
古すぎる。
「現在の通信設備から送れる?」
「信号そのものの再現は可能です。ただし」
「ただし?」
「通常空間から退避空間まで届く保証がありません」
やっぱりそこだった。
《ルメア》と通信できているのは今のところ、ES―44017の旧式非常通信器だけだ。
「じゃあ、あれで送れば?」
「送信地点が違います」
「元の座標じゃないと駄目?」
「帰還標識の仕様に、位置情報そのものが含まれています」
ES―44017は銀河外縁。
《ルメア》がいた恒星系とはかなり離れている。
「だったら同じ古い送信機を、《ルメア》があった場所へ持っていけばいいんじゃない?」
部屋が静かになった。
エリスが俺を見る。
「理論上は、その通りです」
「ある?」
「確認します」
検索。
百年前の非常通信器。
同型機。
現役。
なし。
保存機。
三基。
「あるじゃん」
「すべて博物保存品です」
「借りよう」
「うち一基は国宝指定です」
「それはやめよう」
「二基目は個人博物館」
「お願いできる?」
「三基目は」
エリスが止まった。
「何?」
「廃棄予定です」
俺は反射的に聞いた。
「何で?」
「電源系故障。送信部も劣化しており、保存価値なしと判定されています」
「場所は?」
「銀河保全管理機構、第十二部品再資源化施設」
七人の視線が。
一斉に俺へ集まった。
「何?」
ベルが深く息を吐く。
「ユウト向けの案件すぎますわ」
◇
一時間後。
第十二部品再資源化施設に保管されていた旧式非常送信器の現物映像が届いた。
ひどい状態だった。
外装は錆びている。
電源端子も焼けている。
アンテナ接続部には亀裂。
現場判定。
『修復費用が部品価値を上回るため再資源化予定』
「普通なら正しいな」
俺が言うと、ベルが少し驚いた。
「残せとはおっしゃらないのですね」
「必要なければ」
でも。
今回は必要になった。
「送信部そのものは?」
「保存されています」
現場技術者の検査結果が届く。
「周波数生成器も?」
「誤差があります」
「その誤差、どれくらい?」
数値が出る。
俺には詳しい意味までは分からない。
だが。
エリスの反応で分かった。
「ES―44017と非常に近いです」
「それが必要なんだろ?」
「はい」
最新機器なら誤差として修正される部分。
昔の装置では。
製造精度が低かったせいで残っている。
そして、その不正確さこそが《ルメア》のいる空間へ届く。
「直しすぎたら駄目なんだな」
「その可能性があります」
俺は少し笑った。
「難しいな。壊れてるところは直して、壊れてない古さは残すのか」
「ユウト」
「何?」
「楽しそうです」
アルカに言われた。
「こういう修理、嫌いじゃない」
「知っています」
◇
ただし。
俺が工具を持つことは許可されなかった。
「何で!?」
「今日は勤務日ではありません」
「そこ?」
「資格再認定前です」
グレイスがさらに正しいことを言った。
「……それ言われたら何も言えないな」
「遠隔助言だけにしてください」
「はい」
現地には。
銀河保全管理機構の旧式設備専門技術者がいる。
俺より今の安全基準を知っている。
向こうが作業し。
俺は昔の機械で知っていることがあれば言う。
それでいい。
修復作業は三時間かかった。
交換したのは電源回路。
断線した配線。
アンテナ端子。
送信周波数を作る古い発振器だけは。
触らない。
「それ動く?」
『精度保証外です』
現場責任者が答える。
「保証外でいいんです」
『普通は初めて言われる要求ですね』
「俺も仕事で言ったことないです」
故障を直すのに。
精度を上げないでほしい。
変な注文だった。
でも。
必要だった。
◇
送信器は小型無人船へ積まれた。
目的地。
《ルメア》が六時間前まで存在していた軌道。
惑星そのものは消えている。
残された二つの衛星は軌道が崩れ始めているため、別途安定化作業を始めていた。
「衛星も戻すの?」
「《ルメア》帰還後、再捕獲可能であるよう調整しています」
「よかった」
星だけ戻って。
月がどこかへ飛んでいたら困る。
「帰還標識設置完了まで二十七分」
アルカが言う。
「じゃあ三番目も確認しよう」
『居住側帰還承認』
こっちは。
機械の問題ではない。
《ルメア》の人たちが。
帰りたいかどうか。
◇
惑星政府から。
正式な通信が来た。
映像には、《ルメア》の行政代表らしい女性が映っていた。
四十代くらい。
疲れてはいる。
でも声は落ち着いていた。
『相良ユウト最高司令官。まず、通信経路を確保していただいたことへ感謝します』
「俺だけじゃないですよ」
『承知しています。銀河帰還支援協定、七艦隊、民間各組織、そして古い探査機にも』
最後に探査機まで入っている。
そこが少し嬉しかった。
『帰還承認について相談があります』
「何か問題が?」
『法的な問題です』
俺は少し身構えた。
『緊急惑星退避装置は、現在の《ルメア》政府成立よりはるか以前に建造されたものです。そのため、誰に帰還を決定する権限があるのか分かりません』
「端末には?」
『「居住側代表承認」とだけ』
行政代表一人が押せば。
たぶん動く。
でも。
星一個。
一万八千人全員の生活がかかっている。
『私個人が決めていいとは思えません』
「じゃあ聞けばいいんじゃないですか?」
相手が止まった。
『誰に?』
「住んでる人に」
俺としては。
それしか思いつかなかった。
「今すぐ危険じゃないんですよね?」
『はい』
「だったら、一万人全員に聞くのが難しいなら、今の《ルメア》の制度で決めればいいと思います。議会でも投票でも、普段みんなで大事なことを決める方法があるでしょう?」
『……住民投票制度があります』
「じゃあそれで」
『しかし、惑星帰還という事例は想定されていません』
「普通は想定しないですよ」
俺だって今日初めて聞いた。
「でも、帰るか帰らないかでしょう?」
『はい』
「それなら決めるのは住んでる人だと思います」
行政代表は少し考えて。
頷いた。
『分かりました』
◇
投票には。
長い時間はかからなかった。
住民一万八千四百四十人。
通信設備は惑星内で普通に動いている。
十八歳以上の住民を対象に。
緊急住民意思確認。
質問は一つ。
『現在確認されている元の恒星系へ帰還することを希望しますか』
賛成。
反対。
保留。
三択。
「反対する人いるかな」
ハルが隣で画面を見ていた。
いつの間にか。
リリィたち三人も居間へ来ている。
「いるかもしれない」
「帰りたくないの?」
「急に星ごと変な場所に飛ばされたんだぞ。怖くて今は動きたくない人もいるだろ」
「そっか」
結果。
賛成。
九十四・八パーセント。
反対。
一・一パーセント。
保留。
四・一パーセント。
「全員じゃない」
アカリが言った。
「うん」
「帰っていいの?」
「向こうの制度では、過半数なら決められるみたい」
大事なのは。
全員が同じ気持ちになることではない。
違う意見があることも含めて。
自分たちの方法で決めた。
《ルメア》政府から正式通知。
『居住側帰還承認』
三つ目。
成立。
◇
残るのは。
二番目。
帰還標識。
無人船が。
《ルメア》の元軌道へ到達した。
「位置誤差?」
「四十七メートル」
「星の大きさ考えたら誤差みたいなもの?」
「十分です」
古い送信器。
電源投入。
発振器起動。
百年以上前の。
少しずれた信号が出る。
『帰還標識送信開始』
俺たちは。
八分待った。
《ルメア》側。
地下端末。
現地技師たちが見守る。
最初。
何も起きない。
十六分。
まだ。
二十四分。
「届かない?」
「もう少し待ちます」
そして。
二十五分四十一秒。
現地映像で。
二番目の表示灯が点いた。
『原座標帰還標識――受信』
「来た」
リリィが声を上げた。
三つの条件。
全部。
点灯。
『外界危険消失――確認』
『原座標帰還標識――受信』
『居住側帰還承認――確認』
その下。
新しい表示。
『帰還可能』
やった。
と思った。
でも。
「待って」
俺が言った。
七人がこちらを見る。
「帰るボタン押す前に、元の場所ちゃんと空いてる?」
「確認済みです」
エリスが答える。
「衛星、船舶、人工構造物をすべて退避させています」
「帰った時の軌道は?」
「装置仕様に従えば、消失時の速度・自転・公転状態を復元します」
「大気とか海は?」
「帰還処理中も惑星全体を保護します」
「人は?」
「地下端末側から、住民に屋内待機勧告が出ています」
「じゃあ」
もう。
俺が言うことはない。
「《ルメア》の人に押してもらおう」
自分たちの星だ。
帰るのも。
自分たちで。
◇
地下端末の前。
《ルメア》の行政代表。
保全技師。
地質研究者。
そして。
住民投票で選ばれた一般住民代表が二人。
一人は農家。
もう一人は学校の教師だった。
『帰還処理を実行します』
通信越し。
八分遅れ。
それでも。
俺たちは全員。
画面を見ていた。
実行。
地下装置。
起動。
《ルメア》全体で。
空が光った。
青。
白。
そして。
映像が切れる。
「通信断絶」
エリスが言う。
「予定通り?」
「はい」
あとは。
こちら側。
《ルメア》が消えた軌道。
無人観測機。
七艦隊。
銀河帰還支援協定。
十二億件の記録を提供した観測者たち。
みんなが。
同じ場所を見る。
十秒。
二十秒。
一分。
何もない。
三分。
「……遅くない?」
「惑星規模の処理です」
五分。
七分。
俺は。
少し落ち着かなくなった。
八分十二秒。
旧式探査機から。
最後の通信。
『帰還処理開始』
そこから。
さらに。
三十秒。
無人観測機の重力計が振れた。
「反応」
エリスが立ち上がる。
空間。
歪曲。
《ルメア》が消えた時と。
逆。
何もなかった宇宙が。
少しだけ暗くなる。
星が歪む。
そして。
最初に。
大気の上層が見えた。
青い弧。
次。
海。
陸地。
雲。
「戻った……」
クレアが呟く。
惑星。
消失から。
十六時間十一分。
元の軌道へ。
帰還。
◇
居間で。
リリィたちが歓声を上げた。
七人も。
それぞれ違う形で息を吐いた。
俺は。
ただ。
「よかった」
それしか出なかった。
一万八千人。
全員。
星ごと。
帰ってきた。
「生命反応は?」
「確認中」
フィアが最優先で医療情報を見る。
「大規模な負傷報告なし。インフラ設備も順次復旧しています」
「地震とかは?」
「軽微な振動のみ」
「衛星は?」
「再捕獲作業開始」
「帰還装置は?」
「待機状態へ移行」
問題ない。
本当に。
帰ってきた。
◇
その時。
居住区の入口から。
ミナが走ってきた。
レオンも後ろにいる。
二人はまだ中央母艦ではなく、近くの有人中継基地にいるはずだったが。
「映像接続です」
アルカが教えてくれた。
立体映像だった。
ミナは。
俺たちの前で止まる。
『戻った?』
「戻ったよ」
『ほんと?』
「うん」
ミナは。
泣かなかった。
代わりに。
『お母さんに電話したい』
「今つなげる」
旧式非常通信器は。
もう必要ない。
《ルメア》は通常空間へ戻っている。
普通の通信網。
普通の映像通話。
遅延。
ほとんどなし。
母親が映る。
『ミナ!』
『お母さん!』
それからは。
俺たちは見ないことにした。
家族の時間だ。
◇
一時間後。
《ルメア》政府から。
銀河帰還支援協定へ。
正式な救難終了通知が届いた。
『惑星ルメア』
『住民一万八千四百四十名』
『帰還完了』
その下。
『救難案件――完了』
「星一個でも一件なんだな」
「制度上は」
エリスが答える。
「人数で分けると一万八千件になる?」
「希望であれば」
「一件でいい」
絶対そっちの方がいい。
そして。
もう一つ。
「ES―44017は?」
「現在も稼働中です」
「旧式送信器の方」
「帰還標識として使用した機器ですか?」
「うん」
「任務完了後、再資源化施設へ返却予定です」
「……」
俺は少し考えた。
「壊れてる?」
「今回の使用で発振器の劣化が進行しました。今後の実用性は低いです」
「直せる?」
七人が俺を見る。
「何?」
ベルが笑いを堪えている。
「やはりおっしゃいましたわね」
「いや、必要ないなら捨ててもいいんだけど」
「本当ですの?」
「本当」
今回。
役目は果たした。
無理に残す必要はない。
「ただ」
俺は思った。
「送信部の一個くらい、記念に残してもいい?」
「なぜです?」
「星一個帰した部品だろ」
百年以上。
古いからと放置され。
六回も交換対象になり。
最後は廃棄予定。
でも。
その不正確さが必要になった。
「全部保存しなくていい。写真と記録と、発振器だけ」
アルカが少し笑った。
「それでしたら、所有者である管理機構へ申請します」
「お願い」
「展示名は?」
「展示するの?」
「保存するなら」
「じゃあ普通でいいよ。旧式非常送信器の発振器」
「『惑星ルメア帰還に使用』を追記します」
「それくらいなら」
たぶん。
百年後。
誰かが見た時。
何でこんな古い部品を残したんだろうと思う。
それでいい。
◇
夜。
やっと仕事らしいものが全部終わった。
俺は食堂で。
リリィたちと夕食を食べていた。
「星って帰れるんだね」
アカリが言う。
「普通は出かけないけどな」
「《ルメア》はお家?」
「住んでる人には」
「中央母艦も?」
「俺たちには」
「じゃあ」
アカリは満足そうにご飯を食べる。
「みんな帰れてよかった」
「そうだな」
簡単な結論。
でも。
今日はそれでいい。
「ユウト」
アルカが。
食卓の端末を持っている。
「仕事の話?」
「明日でも構います」
「なら明日」
「分かりました」
端末を置いた。
最近。
俺たちも。
少しずつ上手くなっている気がする。
仕事は終わったら置く。
帰ったら。
家族と飯を食う。
昔の俺には。
それが一番難しかったのかもしれない。
◇
翌朝。
アルカが昨日の端末を持ってきた。
「昨日の続き?」
「はい」
「何だった?」
「《ルメア》地下装置の記録です」
帰還後。
惑星深部の緊急退避装置は。
再び休眠状態へ入った。
その直前。
現地の技師が。
装置の管理領域から一つの情報を読み出していた。
「今回の起動原因?」
「それも含まれます」
「他に?」
アルカが表示する。
『緊急惑星退避装置』
『稼働記録』
一件目。
『今回――惑星ルメア』
二件目。
古い。
はるかに。
記録年。
六百四十一年前。
「前にも動いてる?」
「はい」
「《ルメア》で?」
「いいえ」
対象惑星名が。
違った。
『退避対象――第二居住惑星セレネ』
帰還欄。
『未完了』
俺は。
もう一度見た。
「六百年前から?」
「はい」
一つ。
まだ。
帰っていない星がある。
「住民は?」
アルカは。
すぐには答えなかった。
「当時の人口記録を照合しています」
表示。
『推定人口――約三億一千万人』
俺は黙った。
《ルメア》を帰したことで。
古い装置は。
もう一つの遭難記録を出してきた。
六百四十一年前。
惑星一個。
三億人。
帰還。
未完了。
どうやら。
今回見つけた帰り道は。
《ルメア》だけのものではなかったらしい。




