第75話 惑星ごと遭難した一万八千人と通信を繋いだら、帰り道を知っていたのは廃棄寸前の旧式探査機でした
『救難を要請します』
『惑星ごと、遭難しました』
普通なら。
聞き間違いを疑うところだと思う。
でも、目の前には《ルメア》から届いた通信記録がある。
住民一万八千四百四十人。
全員生存。
惑星そのものにも、現時点では致命的な異常は確認されていない。
ただし。
空を見上げても、知っている星が一つもない。
現在位置も分からない。
帰る方向も分からない。
「……まず」
俺は少し考えた。
「惑星一個って、食料どれくらい持つの?」
七人がこちらを見る。
「何?」
「いや、救助するにしても、何日以内にどうにかしないと危ないのか分からないと順番決められないだろ」
船なら。
酸素。
水。
食料。
電力。
船体。
その辺を見る。
惑星でも。
たぶん考え方は同じだ。
「確認します」
エリスが《ルメア》から届いた情報を解析する。
「大気組成、正常。地表重力、変化なし。気温分布にも現時点で異常なし」
「海は?」
「存在します。潮汐周期には軽微な変化がありますが、衛星二基を失った影響ではありません」
「衛星は元の場所に残ってるんだよな?」
「はい」
「じゃあ向こうの《ルメア》には月がない?」
「その状態です」
それは後で影響が出るかもしれない。
「食料生産は?」
「農業惑星ですので、自給能力は高いです。少なくとも短期的な食料不足は発生しません」
「水」
「問題ありません」
「電力」
「惑星内発電設備が正常稼働しています」
「医療」
「主要医療機関すべて稼働中」
「じゃあ」
俺は少し安心した。
「今すぐ星を元に戻せなくても、何日かで全滅する状況じゃないんだな」
「その認識で問題ありません」
それなら。
慌てて変なことをする必要はない。
「まず通信だな」
「通信?」
「向こうから一方的に聞こえるだけじゃ困るだろ」
ミナに。
母親が生きていることを教えたい。
《ルメア》側にも。
こっちで探していることを知らせたい。
「帰す方法を探すのと同時に、ちゃんと話せるようにしよう」
エリスが頷く。
「同意します」
その直後。
七艦隊の通信部門。
銀河帰還支援協定。
複数の大学。
民間通信事業者。
旧共同捜索網。
全部が。
一つの通信経路を探し始めた。
俺としては。
電話をつなぎたいだけだった。
◇
《ルメア》からの信号を受け取っていたのは、旧共同捜索網の探査機一基だった。
識別番号。
ES―44017。
百年以上前。
エリスが俺を探すために飛ばしたものらしい。
「エリスの?」
「正確には、当時私が運用していた第三次広域探索群に属します」
「まだ動いてるの?」
「はい」
「百年以上?」
「途中で部品交換は受けています」
「誰が?」
「通過船です」
「また通りすがり整備か」
十二番が使っていた通信ブイと同じような話だった。
銀河の外れ。
誰も管理しなくなった古い設備。
でも。
そこを通った誰かが。
アンテナを替え。
電池を替え。
姿勢制御器を直し。
完全に止まるのを防いできた。
「何で残してたの?」
「ユウトの捜索用識別が残っていたため、正式廃棄対象から除外され続けました」
「俺のせい?」
「結果的には」
百年間。
俺を探していた機械が。
今。
惑星一個を見つけた。
「じゃあES―44017から返信を送れない?」
「試行済みです」
「駄目?」
「通常通信では応答がありません」
「向こうからは届くのに?」
「はい」
変だ。
片方だけ通る。
「受信した時、探査機は何してた?」
「待機中です」
「本当に?」
「……確認します」
エリスの周囲に大量の記録が開く。
百年以上使われた探査機。
当然。
内部は新旧の部品が混在している。
「一つあります」
「何?」
「主通信装置は現在規格へ交換済みですが、旧式非常送受信器が残っています」
「それ使ってた?」
「いいえ。公式記録上は停止しています」
「公式記録上?」
嫌な言い方だ。
「実機ログを確認します」
数秒。
エリスの表情が変わった。
「動作しています」
「やっぱり」
「ただし、主通信系からの命令ではありません」
「何で勝手に?」
古い配線図が表示される。
ES―44017。
建造当時。
今から百年以上前の探索機。
その頃の通信機には。
主通信装置とは別に。
事故や通信障害時だけ動く、低速の非常通信器が積まれていた。
「この型、知ってる」
俺が言うと。
七人が同時にこちらを見る。
「ユウト?」
「ノア・ポートでも使ってたよ。故障船の非常ビーコンに似てる」
俺は配線図を拡大する。
「これ、完全停止しないんだよ」
「仕様上は停止可能です」
「でも、ここの保護リレー残ってない?」
指差す。
「旧式だと、主通信が死んだ時に整備員が気づかなくても非常波だけ拾えるよう、最後の一系統だけ独立してるやつ」
エリスが解析する。
「……存在します」
「たぶん受信したの、こっちじゃない?」
再確認。
結果。
「一致しました」
エリスが答えた。
「《ルメア》からの信号を受信したのは、百年以上前の非常通信器です」
「新しい方じゃなくて?」
「はい」
「何で?」
「分かりません」
現在の最新通信機は。
何も聞こえない。
百年前の旧式通信機だけが。
惑星の声を拾っている。
「……捨てなくてよかったな」
俺が言うと。
エリスが何とも言えない顔をした。
「この非常通信器は、過去六回、交換対象に指定されています」
「六回?」
「はい」
「何で残ったの?」
「部品撤去に必要な費用が、新しい装置を上から追加する費用より高かったためです」
「ただの放置じゃん」
「結果としては」
使わない。
古い。
邪魔。
でも。
外す方が面倒だから残された。
そんな機械が。
百年後。
一万八千人の声を拾っている。
「こういうのあるんだよな……」
「嬉しそうですね」
アルカに言われた。
「古い機械が役に立つとちょっと嬉しい」
「知っています」
◇
問題は。
受信できても送信できないことだった。
「非常通信器の送信機能は?」
「動作可能です。ただし《ルメア》へ到達する経路がありません」
「受信だけ何か変なところ通ってる?」
「その可能性が高いです」
エリスが信号波形を出す。
「受信信号には、通常空間では発生しない位相差があります」
「分かりやすく」
「距離が存在しません」
「もっと分からなくなった」
クレアが笑う。
「ユウト向け翻訳すると?」
エリスは少し考えた。
「《ルメア》は遠くへ移動したというより、同じ場所から少しずれた可能性があります」
「場所がずれた?」
「通常空間から」
つまり。
別の銀河まで飛んだ。
というより。
今いる宇宙から。
ほんの少し横へ外れた。
そんな状態かもしれない。
「だから最新通信機だと届かない?」
「現在規格は通信効率を上げるため、使用する空間位相を厳密に固定しています」
「古いのは?」
「精度が低いです」
「……雑だから拾った?」
「極端に言えば」
なるほど。
最新型は。
狙った場所へ正確に飛ばす。
旧式は。
少しぶれる。
そのぶれた一部が。
《ルメア》のいる場所へ届いた。
「じゃあ返信も、同じぶれ方させればいい?」
俺が言う。
エリスが止まった。
「理論上は」
「やってみよう」
「待ってください」
グレイスが止める。
「送信によって《ルメア》側へ影響を与える可能性を確認する必要があります」
「そうだな」
昔の俺なら。
たぶん先に送っていた。
「じゃあ確認してから」
アルカが少しだけ笑った。
「成長しました」
「最近よく言われる」
◇
安全確認。
出力制限。
送信波形。
非常通信器そのものの耐久性。
全部調べた。
結果。
ごく弱い送信なら。
《ルメア》にも探査機にも危険はない。
「最初何送る?」
「同期信号が適切です」
エリスが答える。
「文字送れない?」
「同期成立後です」
「じゃあそれ」
ES―44017。
百年以上前の非常送信器。
出力開始。
弱い。
本当に弱い信号だった。
普通なら。
近隣宙域へ届くだけ。
それが。
通常空間から少しだけ外れた場所へ。
探りながら送られる。
十秒。
三十秒。
一分。
返事がない。
「駄目?」
「継続します」
三分。
五分。
七分。
そして。
八分十二秒。
受信。
『同期信号……確認』
俺は立ち上がった。
「届いた?」
「はい」
『こちら惑星ルメア』
『送信元を確認できません』
エリスが返信を組む。
「待って」
「ユウト?」
「最初だけ俺が言っていい?」
通信速度は遅い。
音声だとかなり崩れる。
だから。
文字にした。
『こちら銀河帰還支援協定』
一度止まる。
何となく。
それだけでは足りない気がした。
追加。
『レオン・カーヴァー、ミナ・カーヴァーを保護しています』
送信。
八分。
返事。
『確認』
その次。
すぐではなかった。
文字が。
一文字ずつ復元される。
『二人は』
『無事ですか』
「無事だって送って」
今度はエリスがすぐ送る。
『二名とも負傷なし』
『現在安全な施設へ移動中』
八分後。
『ありがとうございます』
たったそれだけ。
でも。
向こうの一万八千人に。
初めて。
こちらから返事が届いた。
◇
次は。
レオンとミナだった。
通信遅延が長すぎるので。
リアルタイムの会話はできない。
短い映像メッセージを圧縮して送る。
「何話せば?」
ミナが緊張している。
レオンも同じだった。
「普通でいいんじゃない?」
俺が言う。
「でも八分かかるよ?」
「お母さんに話すんだろ?」
「うん」
「じゃあいつも通りで」
ミナは何度か撮り直した。
最初は。
「お母さん、私は無事です」
と妙にかしこまっていた。
本人も違うと思ったらしい。
二回目。
『お母さん』
少し止まる。
『ちゃんと帰ってくるから』
それから。
思い出したように。
『身長の線、まだ書かないでね』
『私が帰ってからだから』
そこで。
ミナが泣いた。
でも。
止めなかった。
そのまま送った。
レオンも。
妻と母親へ。
自分たちは無事だと。
短く話した。
送信。
圧縮した映像なので。
今度は二十分近くかかった。
そして。
返事。
最初に映ったのは。
一人の女性だった。
『ミナ』
それだけで。
ミナが泣いた。
『大丈夫。』
『壁の線は待ってるから。』
『帰ってきたら、今年の分を書こうね』
「お母さん……」
画面は録画だ。
相手には聞こえない。
それでも。
ミナは何度も頷いた。
レオンの肩も震えていた。
俺は。
少し離れた。
家族だけで見た方がいい。
そう思った。
◇
「ユウト」
アルカが小声で呼ぶ。
「何?」
「ありがとうございます」
「俺、何もしてないよ」
「通信をつなごうと言いました」
「普通だろ」
「はい」
アルカは笑った。
「ユウトにとっては」
またそれだ。
でも。
今回は本当に。
電話をつないだだけだ。
◇
《ルメア》側とも情報交換が始まった。
向こうも。
ただ救助を待っていたわけではない。
天文学者。
地質学者。
通信技師。
行政職員。
普通の住民。
全員で。
自分たちがどこにいるのか調べていた。
その中で。
一つ面白い記録が出た。
「転移直前?」
「はい」
《ルメア》の地下観測所が。
惑星全体を包む重力歪曲の発生より十二秒前。
極めて古い信号を検知していた。
「古い?」
「規格推定、二百年以上前」
「また古いの?」
「はい」
今度の発信源は。
宇宙ではなかった。
「惑星内部です」
「《ルメア》の中?」
「地下約四十一キロ」
「深いな」
「通常の居住設備や採掘設備は存在しない深度です」
「人工物?」
「可能性があります」
さらに。
《ルメア》側から。
地下探査データが届く。
惑星深部。
巨大な構造物。
直径。
約二百八十キロ。
「……そんなの今まで気づかなかったの?」
「休眠状態では周囲の岩石とほぼ同じ反応だったようです」
「今は?」
「稼働しています」
何かが。
《ルメア》の中で起きた。
それが。
惑星を通常空間からずらした可能性が高い。
「装置を止めれば戻る?」
「不明です」
「じゃあ勝手に止めちゃ駄目だな」
「はい」
まず。
調べる。
◇
問題は。
誰が調べるかだった。
『地下四十一キロ地点へのアクセス経路がありません』
《ルメア》側から届いた。
掘るにしても。
巨大な工事になる。
「装置側から通路ないの?」
「現在探索中です」
そして。
また。
古いものが見つかった。
地表。
今は使われていない小さな観測施設。
百四十年以上前に建てられ。
六十年前に閉鎖された施設。
その地下に。
図面へ載っていない縦穴がある。
「……」
七人が俺を見る。
「何?」
アルカが言う。
「ユウト」
「うん」
「今、行きたいと思いましたね?」
「ちょっと」
「《ルメア》は通常空間に存在しません」
「分かってるよ」
「行けません」
「分かってるって」
さすがに今回は。
俺も現場へ行けない。
「向こうの技術者に見てもらおう」
「それが適切です」
ただし。
図面に載っていない古い保守口。
そういうものなら。
俺にも経験がある。
「映像つないでくれない?」
「遠隔支援ですか?」
「うん。現地の人が判断する。俺は分かるところだけ言う」
「それなら」
アルカも認めた。
◇
《ルメア》側で現地確認へ向かったのは。
保全技師三名。
地質研究者二名。
行政側の安全担当一名。
ちゃんとしたチームだった。
俺一人で古い穴へ入るのとは違う。
「ユウト」
「何?」
「比較対象がおかしいです」
「口に出してないけど?」
「顔で分かります」
七人に顔を読まれすぎている。
通信は遅延が大きい。
そのため。
こちらから送る指示も。
一つずつ。
現地が確認してから進める。
古い観測施設。
閉鎖された地下区画。
錆びた扉。
その奥。
現場から映像が届いた。
『図面上は壁です』
「でも継ぎ目あるな」
俺が画面を見る。
「右下に小さい板ない?」
八分後。
返事。
『あります』
「無理に開けないで。まず危険物と電源確認」
アルカが。
満足そうに頷いた。
「何?」
「先に安全確認と言いました」
「俺だって学習するよ」
さらに。
十八分。
検査。
『危険反応なし』
『微弱電力あり』
「じゃあ板だけ開けてみて」
二十分。
映像。
中に。
古い端子があった。
「これ……」
俺には。
少しだけ見覚えがあった。
「旧救難施設の端子に似てない?」
エリスが比較する。
《ラスティア》。
帰還支援網。
十二番。
百年以上前の設備。
「形状規格に共通部分があります」
「同じ会社?」
「いいえ。年代が合いません」
「じゃあ元になった技術が同じ?」
「その可能性があります」
端子の横。
掠れた文字が。
現地映像から復元される。
『緊急――』
欠けている。
『――避難』
さらに。
『対象――惑星』
俺は。
画面を見た。
「惑星避難?」
エリスも黙っている。
最後。
一番下。
文字。
『帰還条件』
その先は。
汚れて読めない。
「これ」
俺が言う。
「《ルメア》をどこかに飛ばしたんじゃなくて」
たぶん。
逆だ。
「避難させたんじゃない?」
誰から。
何から。
それはまだ分からない。
でも。
惑星深部の装置には。
最初から。
星一個を隠すための機能があった。
そして。
その装置には。
ちゃんと。
『帰還条件』
と書いてある。
「戻せるんだ」
少なくとも。
作った奴は。
戻すつもりで作った。
なら。
「次は、その条件を確認しよう」
惑星一個を引っ張って帰る方法なんて。
俺には分からない。
でも。
帰るための説明書が残っているなら。
話は少しだけ簡単になる。
いつもの仕事と同じだ。
いきなり壊さない。
勝手に切らない。
まず。
書いてあることを読む。
それから決めればいい。




