第74話 『帰る星がなくなった』二人を迎えに行ったら、惑星そのものが消えていました
『助けてください。船は無事です。私たちも無事です。でも、帰る星がなくなりました』
銀河帰還支援網へ接続したばかりの旧共同捜索網が拾った最初の新規案件は、今までの救難信号とは少し違っていた。
船体に損傷はない。推進器も生命維持装置も正常で、食料と水は二人なら三週間以上持つ。医療上の緊急事態もなく、現在位置すら正確に取得できている。
普通の救難局なら、少なくとも最優先案件にはしないだろう。
「発信者と話せる?」
「可能です。通信遅延〇・八秒」
エリスが接続すると、居間の中央に小型船の操縦席が映し出された。
乗っていたのは男と少女だった。
男は三十代半ばくらい。作業用の上着を着ていて、目の下にかなり濃い疲労が見える。その隣に座る少女は十三歳。後で分かった名前は、父親がレオン・カーヴァー、娘がミナ・カーヴァーだった。
『……つながった』
レオンが安堵したように息を吐く。
「相良ユウトです。救難信号を受け取りました。まず確認しますけど、二人とも怪我は?」
『ありません』
「船に異常は?」
『ありません。燃料もあります』
「じゃあ今すぐ死ぬような状態じゃないんですね」
『はい』
そこで俺も少しだけ安心した。
「だったら、順番に聞かせてください。帰る星がないって、どういう意味です?」
レオンは答えようとして、一度口を閉じた。
代わりにミナが言った。
『消えたんです』
「消えた?」
『星が』
少女は操縦席の前方を指差した。
『ここにあったのに』
エリスが彼らの船から航行記録を受信する。
目的地。
第三辺境星系、第四惑星。
人口一万八千四百四十二人。
大国に属さない小規模な自治惑星で、農業と鉱物精製を中心に暮らす、ごく普通の有人世界だった。
「二人はどこに行ってたんです?」
『衛星工廠です。農業用機械の制御部品を受け取りに』
《ルメア》から出たのは十二時間前。
工廠へ到着し、荷物を受け取り、そのまま帰路へついた。
往復で半日もかからない。
出発した時。
《ルメア》は、ちゃんとそこにあった。
「帰ってきたのは?」
『六時間前です』
「その時には?」
レオンが前方を見る。
『何もありませんでした』
◇
最初は航法装置の故障を疑ったという。
座標を再取得した。
恒星位置を確認した。
近隣衛星と航路標識から三角測量も行った。
間違いなく。
そこが《ルメア》の軌道だった。
しかし。
惑星がない。
爆発した形跡もなかった。
惑星一つが破壊されれば、破片や高温ガス、放射線、重力変動など、何かしら残る。
それがない。
月だった二つの小型衛星だけが、主惑星を失って元の軌道から外れ始めていた。
「衛星は残ってるの?」
『はい』
「じゃあ《ルメア》だけ?」
『……はい』
レオンの声が掠れた。
『家も、町も、全部です』
人口一万八千四百四十二人。
全員。
消息不明。
俺はアルカを見る。
「七艦隊側で何か把握してる?」
「現在照合中です」
それまで黙っていたグレイスが、すでに防衛監視網を開いていた。
「惑星規模の破壊現象は観測されていません。軍事攻撃の痕跡もありません」
「転移技術は?」
宗一郎や未来の家族評議会に関わる件で、星どころか時間そのものを扱う技術まで見てきた。今さら「あり得ない」で切る気にはなれない。
「現在銀河で実用化されている空間転移技術では、惑星質量を一度に移動させることは不可能です」
「不可能じゃなくて、今の技術ではできないってことだな」
「はい」
その答えで十分だった。
分からないなら、分からないまま確認すればいい。
「まず二人を迎えよう」
俺が言うと、レオンが慌てた。
『待ってください。俺たちは大丈夫です。それよりルメアを――』
「探します」
『でも』
「二人を回収するのと、星を探すのは同時にできます」
以前なら俺自身が現地へ行こうとしたかもしれない。
でも今は違う。
「近くの救難艇は?」
「銀河帰還支援協定へ参加した民間救難船が十一分で到達可能です」
エリスが答える。
「じゃあお願い。七艦隊からは惑星捜索に必要な分だけ」
「すでに七艦隊すべてが広域観測を開始しています」
「早いな」
「惑星一個が消失していますので」
「それはそうか」
今回は過剰とは言えなかった。
ただし。
「艦隊全部を現地に集めないでね」
七人が一瞬黙った。
「……集めるつもりだった?」
「観測能力の集中は合理的です」
エリスが言う。
「周辺宙域に七艦隊が集まったら、二人が別の意味で怖いだろ」
通信画面を見る。
レオンとミナがこちらの会話を聞いていた。
『あの』
レオンが遠慮がちに言った。
『七艦隊というのは……』
「あ」
そういえば自己紹介が足りなかった。
「今、銀河帰還支援協定の調整を手伝ってまして」
アルカが横から訂正する。
「相良ユウトは七艦隊最高司令官です」
『……』
「アルカ」
「事実です」
画面の向こうでレオンが完全に止まった。
ミナだけは少し違った。
『偉い人?』
「らしいです」
『星、見つけられる?』
俺は少し考えた。
「俺一人じゃ無理です」
少女の表情が曇りかける。
「でも、探せる人がたくさんいるから。みんなで探します」
それなら嘘ではない。
ミナは少しだけ頷いた。
◇
救難船が二人の船へ到着するまで。
俺たちは《ルメア》の直前の記録を集めた。
最後の惑星通信は、レオンたちが戻ってくる七時間十三分前。
つまり。
彼らが《ルメア》を出てから、五時間近くは普通に存在していた。
「最後の送信内容は?」
「一般気象情報です」
クレアが読み上げる。
「北半球第三農業区へ降雨予報。南方港の貨物便が十二分遅延。学校、病院、行政網、すべて正常」
「避難警報は?」
「ありません」
「異常観測も?」
「現在まで確認できていません」
一万八千人が、何の前触れもなく星ごと消えた。
そこで。
通信画面のミナが聞いた。
『お父さん』
『何だ?』
『お母さん、まだ家にいたよね』
レオンの顔が固まった。
『……ああ』
『おばあちゃんも』
『ああ』
さっきまで必死に状況を説明していた男が、初めて父親の顔になった。
レオンの妻。
ミナの母親。
祖母。
友達。
近所の人。
学校の先生。
全部。
消えた星にいる。
俺は何も言えなかった。
簡単に「大丈夫」とは言えない。
無事だという証拠がないからだ。
かといって。
死んだという証拠もない。
「ミナ」
『はい』
「お母さんたちがいなくなったって、まだ決めなくていいよ」
少女が俺を見る。
「星が壊れた証拠もない。死んだ証拠もない。今分かってるのは、元の場所にいない。それだけだから」
『……うん』
「だから探そう」
百年以上前。
ダリオさんたちが。
七人が。
俺に対してやってくれたことと同じだ。
見つからない。
だから終わりではない。
◇
《カナリア》が到着した。
レオンたちは船を放棄する必要もなく、救難船の誘導で近くの有人中継基地へ向かうことになった。
「うちに来てもいいけど」
俺が言った瞬間。
背後の気配が変わった。
「ユウト」
アルカの声だ。
「何?」
「中央母艦へ民間人を受け入れる場合、安全確認その他の手続きが必要です」
「別に今すぐって話じゃないよ」
「それから居住区の空き室はあります」
フィアが続ける。
「あるんだ」
「七室」
「何でそんなちょうどよく?」
妻候補十四人とは別の来客用らしい。
ベルまで通信へ入る。
「わたくしの管理星系であれば、居住地は即日用意できますわ」
「ベル」
「仮住居ですわよ」
「まだ本人たちに聞いてないだろ」
クレアも手を挙げる。
「私のところなら家だけじゃなく仕事も――」
「だから待って」
七人が黙る。
俺はレオンを見る。
「今のは気にしないでください」
『気にするなという方が無理なんですが……』
「住む場所を決めるのは後でいいです」
『でも、帰る場所が』
「なくなったかどうかも、まだ決まってません」
一番大事なのはそこだ。
「仮に《ルメア》が戻らなかったとしても、次に住む場所を俺たちが勝手に決めることはしません。二人で選んでください」
《オルフェウス》の人たちと同じ。
昔の権利を押し付けない。
今の国家へ勝手に所属させない。
本人の意思を確認する。
それだけだ。
『ありがとうございます』
レオンが頭を下げる。
ミナは少し考えてから言った。
『私は帰りたい』
「うん」
『新しい家じゃなくて、あの家がいい』
「うん」
『壁に身長の線があるから』
「身長?」
『毎年、お母さんが書いてた』
少しずつ。
線が高くなる。
たぶん。
そんな家だったのだろう。
『今年の分、まだ書いてないから』
俺は。
「じゃあ、まず探そう」
それしか言えなかった。
◇
通信を切った後。
リリィたち三人が居間の入口にいた。
「聞いてた?」
「少しだけ」
リリィが答える。
どうやら途中から来ていたらしい。
「星なくなったの?」
「今のところ、見つからない」
「お家も?」
「うん」
三人とも静かになる。
それからアカリが俺の服を掴んだ。
「うちの星なくなったら?」
「中央母艦?」
「うん」
少し考える。
「みんなで別のところ探すかな」
「お父さんも来る?」
「もちろん」
すると。
「じゃあ、そこがお家になる」
アカリは簡単に言った。
ハルも頷く。
「家は一緒にいるところでもいいと思う」
リリィだけは少し考え込んでいた。
「でも、ミナは今のお家に帰りたいんだよね」
「うん」
「じゃあ探さないとだめ」
「そうだな」
二つとも正しい。
家族がいれば、新しい場所で暮らせることもある。
でも。
だからといって。
失った場所を「別の家があるからいいだろ」と言っていいわけではない。
帰りたい人には。
帰れるかどうか確認するところまで付き合えばいい。
◇
《ルメア》消失から八時間。
七艦隊だけではなく、銀河帰還支援協定へ参加した各国の観測設備がデータ提供を始めた。
理由は単純だった。
俺が、
「星一個って、そんな簡単に見失うものなの?」
と聞いたからだ。
聞いただけ。
ところが。
その発言が、
『最高司令官より惑星ルメア所在確認要請』
として共有された。
「違うよ!」
「所在を確認したいという意味では同一です」
エリスが冷静に答える。
「でも最高司令官命令みたいになってる!」
「命令ではなく要請と明記されています」
結果。
恒星観測所。
民間航路会社。
大学。
惑星測量企業。
個人所有の天体望遠設備。
果ては趣味で古い恒星写真を集めている人まで。
銀河中から《ルメア》の観測記録が集まり始めた。
「何件?」
「現時点で十二億七千万件」
「集まりすぎ!」
「惑星一個が消失した事例ですので、学術的関心も非常に高いようです」
「二人の救助だったよな?」
「現在は一万八千四百四十二人の所在確認事案です」
規模が増えている。
でも。
必要なら仕方ない。
◇
最初の重要な発見は。
天文学者でも。
七艦隊でもなかった。
「ユウト」
エリスが一つの記録を開く。
「民間貨物船から提供された航行映像に異常があります」
「どんな?」
「《ルメア》消失の三分前。偶然、遠距離背景として惑星を撮影しています」
画質は悪かった。
貨物船は別の目的地へ向かっていて、《ルメア》そのものを撮影したわけではない。
それでも。
小さな青緑色の点がある。
《ルメア》。
「三分前にはあった」
「はい」
映像が進む。
一分。
二分。
そして。
消失の直前。
「待って」
俺にも分かった。
《ルメア》の周囲。
一瞬だけ。
星が歪んでいる。
「爆発?」
「違います」
エリスの解析が走る。
「重力歪曲です。ただし惑星から発生したものではありません」
「外から?」
「惑星全体を覆うように形成されています」
アルカが別の観測記録を重ねた。
「ユウト。これを」
《ルメア》が消えた瞬間。
周囲の小型衛星。
塵。
微細隕石。
全部。
わずかに内側へ引かれている。
「爆発なら外に飛ぶよな」
「はい」
「これって」
「《ルメア》の質量が、一瞬で別の位置へ移動した場合に近い反応です」
つまり。
壊れたのではない。
消滅したのでもない。
「星ごと移動した?」
「可能性があります」
◇
問題は。
どこへ移動したのか。
通常の空間転移なら。
出口側にも何か痕跡がある。
だが。
見つからない。
「銀河内で同規模の重力出現は?」
「ありません」
「近隣銀河?」
「現在照合中」
「別の時間?」
誰もすぐには否定しなかった。
それだけ。
俺たちは変なものを見てきている。
「でも」
エリスが言う。
「一つだけ、不自然な情報があります」
「何?」
「旧共同捜索網です」
七人が俺を探すため。
百年以上前から銀河中へ置いてきた探査機。
今日。
帰還支援網へ転用した。
「その中の一基が、六時間前から異常な通信を受信しています」
「《ルメア》?」
「まだ断定できません」
探査機の場所が表示される。
銀河外縁。
通常航路から大きく離れた、ほとんど何もない宙域。
「何でそんなところに?」
「ユウトを探していたためです」
「俺、どこまで探されてたの……」
「可能性がある場所はすべて」
嬉しいような怖いような話だった。
「通信内容は?」
「解読中です。距離に対して信号到達時刻が合いません」
「どういう意味?」
「仮に《ルメア》から発信されたのであれば、光速を超えて到達しています」
「通信技術ならあるんじゃない?」
「現在の銀河通信規格とは異なります」
エリスの解析が完了する。
表示。
『音声記録復元率 六三パーセント』
「再生します」
雑音。
激しいノイズ。
その奥から。
人の声が聞こえた。
『――こちら――惑星ルメア――』
全員が。
動きを止めた。
「もう一回」
エリスが再生する。
『こちら……惑星ルメア……』
間違いない。
通信は続く。
『住民……全員……』
ノイズ。
聞こえない。
俺は画面を見た。
「続き、復元できる?」
「試みます」
数秒。
十秒。
そして。
途切れていた部分がつながった。
『住民一万八千四百四十名――全員生存』
一万八千四百四十。
レオンとミナを除いた。
《ルメア》に残っていた全員。
「生きてる」
アルカが呟いた。
「うん」
まず。
それだけで十分だった。
死んでいない。
星ごと。
どこかにいる。
通信の最後。
さらに一文。
『現在位置――不明』
「向こうも分からない?」
「そのようです」
『恒星観測――一致なし』
『既知銀河――確認できず』
居間が静かになる。
そして。
最後に。
《ルメア》から。
とても困ったような声が届いた。
『救難を要請します』
『惑星ごと、遭難しました』
俺は。
しばらく何も言えなかった。
三百八十四件の帰還支援案件を整理していたはずなのに。
とうとう。
救助対象が。
一人でも。
一隻でもなく。
星一個になった。




