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第71話 百十七年間眠っていた俺に届いた七通の通信を聞いたら、七人とも俺の帰る場所を残していました

「すべて残っています」


 エリスがそう言った後。


 俺は、その場では再生しなかった。


 昨日の俺なら、たぶんすぐに「聞かせて」と言っていただろう。


 けれど今日は仕事を終えて帰ってきたばかりだったし、夕食もまだ途中だった。


 百十七年間。


 俺が眠っていた間に七人が送った通信。


 そんなものを、食卓の横でついでみたいに聞きたくなかった。


「明日、七人が揃ってから聞いていい?」


 俺が尋ねると、アルカたちは少し意外そうな顔をした。


「ユウトは今すぐ確認したいのではありませんか?」


「したいよ。でも急がなくても消えないだろ?」


「はい」


「だったら明日」


 俺はそう答えて、途中だった夕食へ戻った。


 ただ。


 それからの食事中。


 七人が妙に静かだった。


 特にベルは、何度もエリスを見る。


 クレアも落ち着かない。


 ディナは平静な顔をしているが、いつもより食事が遅い。


 フィアとグレイスまで何か考えている。


「もしかして」


 俺は箸を止めた。


「聞かれたくない内容ある?」


「ございませんわ!」


 ベルが即答した。


「あるんだな」


「ありません!」


「今の反応で分かるよ」


「百十七年前の通信ですのよ!? 現在のわたくしとは表現方法も価値観も多少異なりますわ!」


「そこまで言ってないけど」


「ベル、自白してる」


 ディナが淡々と言った。


「ディナ!」


 どうやら明日は。


 思ったより大変なことになりそうだった。


     ◇


 翌朝。


 中央母艦の小さな居間に、七人全員が集まった。


 今回は妻候補全員でも、子供たちも一緒ではない。


 七人から俺へ送られた個人的な通信だから、まずは七人だけで聞こうということになった。


 リリィたちには、


「昔のお父さん宛てのお手紙を読む」


 と説明した。


 すると三人とも納得した。


 アカリだけ、


「ラブレター?」


 と聞いた。


「違うと思う」


 そう答えたら、後ろにいたベルが何とも言えない顔をしていた。


 たぶん違わないものも混ざっている。


「始める前に、一つだけ説明があります」


 居間の中央でエリスが記録を開いた。


「《アステリア》が受信した通信は七件ですが、七人が百十七年間に送信した通信そのものが七件しかなかったという意味ではありません」


「他にも送ってた?」


「はい」


 アルカが答えた。


「捜索信号、旧識別番号への呼びかけ、救難網への照会。数え切れないほど送りました」


「じゃあ何で、この七件だけ届いた?」


「《アステリア》が存在していた空間の時間同期が、一時的に外部宇宙と接続した瞬間が七回あったようです」


 エリスが百十七年間の記録を表示する。


 ほとんどの期間。


 《アステリア》は通常宇宙から位置を取得できていない。


 だが七度だけ。


 数秒から数十秒。


 外部との通信が成立していた。


「その瞬間に偶然、七人からの通信が通った?」


「完全な偶然とは言い切れません。当時、私たちはユウトの旧識別情報へ極めて広範囲に通信を送っていました」


「網に引っかかった感じか」


「近いです」


「それなら、どうして俺を起こさなかった?」


 通信が来ていたなら。


 救助されたと思ってもよさそうだ。


「《アステリア》も覚醒を検討しています」


 エリスがログを表示した。


『外部通信受信』


『送信者識別可能』


『現在位置取得不能』


『安全宙域未確認』


『救助船接近情報なし』


『覚醒延期』


「起こしても、どこにいるか分からなかったから?」


「はい。覚醒させれば食料、酸素、電力の消費が大幅に増加します。《アステリア》はユウトの長期生存を優先しました」


「判断としては正しいな」


 俺が言うと。


 七人全員が微妙な顔をした。


「何?」


「理屈では理解できます」


 アルカが答える。


「ですが、その七回のどこかでユウトを起こしてほしかったとも思います」


「それは……俺もそう思う」


 でも。


 《アステリア》は俺を生かした。


 百十七年。


 結果だけ見れば、その判断で俺は今ここにいる。


「じゃあ聞こう」


 俺は七人を見る。


「いい?」


 今度は。


 一人ずつ。


 全員が頷いた。


     ◇


 一通目。


 俺が眠ってから七年後。


 送信者。


 アルカ。


「七年……」


 思ったより早かった。


「この頃のアルカって、もう今みたいだった?」


「いいえ」


 アルカが少し恥ずかしそうに答える。


「まだ多くのことを学んでいる途中でした」


「再生するね」


「はい」


 音声が流れた。


 今のアルカより少し硬い声だった。


『相良ユウト。』


 その呼び方だけで。


 昔を思い出す。


『識別名アルカです。』


『あなたが付与した名称を、現在も使用しています。』


 俺の横で。


 今のアルカが少し目を伏せる。


『七基すべて、現在も稼働しています。』


『ベル、クレア、ディナ、エリス、フィア、グレイス。全員の生存を確認しています。』


 最初に。


 俺が心配すると思ったことを報告したらしい。


『あなたの捜索は継続しています。』


『正式な捜索は終了されましたが、私たちは終了していません。』


 その言い方に。


 少しだけ今のアルカがいる。


『船体未発見。遺体未発見。死亡確認なし。』


『よって、あなたを死亡したものとして処理する根拠がありません。』


「ダリオさんと同じこと言ってるな」


「後でダリオ様の記録も参照しました」


「そうだったのか」


 音声は続く。


『もし受信可能であれば、返信してください。』


 数秒。


 沈黙。


 そして。


 それまで業務報告のようだった声が。


 ほんの少しだけ変わった。


『……怒っています。』


「え?」


 今の俺が思わずアルカを見る。


「聞いてください」


 顔を逸らされた。


『あなたは、いつか自由に宇宙を飛べると言いました。』


『私たちは飛べるようになりました。』


『しかし、最初に報告する相手がいません。』


『これは不公平です。』


 俺は何も言えなくなった。


『ですから、生きている場合は帰還してください。』


『帰還後、七年間分の説明を要求します。』


 そこで。


 一通目が終わった。


「……七年分?」


「当時は七年でした」


 アルカが答える。


「最終的に百十七年になりました」


「説明増えすぎだろ」


「はい」


「今から全部する?」


「一生かけて聞きます」


 さらっと重いことを言われた。


     ◇


 二通目。


 十九年後。


 ベル。


「飛ばして構いませんわ」


「聞くよ」


「内容はすでに把握しましたので」


「俺が聞いてない」


「概要を説明いたしますわ!」


「ベル」


 アルカが止める。


「公平に」


「こういう時だけ公平を持ち出さないでくださいませ!」


 再生した。


『ユウト。ベルですわ。』


「もう今の喋り方だ」


「十九年もあれば確立しますわ!」


 記録のベルは。


 今とほとんど変わらなかった。


『先に申し上げておきますが、わたくしは怒っています。』


「アルカと同じだ」


「違いますわ」


 何が違うのか分からない。


『あなたを探すために、航路情報を集めました。』


『情報が足りなかったので、情報会社を買いました。』


「……」


『それでも足りなかったので、輸送会社も買いました。』


「ベル」


「当時は必要でしたの!」


『航路そのものへアクセスする必要が生じたため、港湾事業にも進出しました。』


「規模おかしくない?」


「ユウトを探すためですわ」


「十九年でそこまで?」


「はい」


 記録のベルは堂々としていた。


『現在、わたくしが管理する航路は四千二百十一。』


『そのすべてで、あなたの船体識別情報を照合しています。』


『ですので。』


 一瞬だけ。


 声が止まる。


『どこかを通れば、今度こそ見つけますわ。』


 そこまでは。


 ベルらしい。


 問題はその後だった。


『それから。』


『これは重要なことですので、記録します。』


 今のベルが立ち上がった。


「エリス、停止!」


「再生記録はユウトの所有情報です」


「裏切りましたわね!?」


 音声は続いた。


『ユウトが帰還した場合。』


 間。


『わたくしは、もう以前のような旧式AIではありません。』


『ですから、その……』


 さらに長い間。


『女性として見ていただく可能性も、検討しておいてくださいませ。』


「……」


 居間が静かになる。


 今のベルは。


 完全に顔を覆っていた。


「十九年前じゃなくて、十九年後にはもう?」


「違います!」


「何が?」


「当時は感情分類が未成熟で!」


「女性としてって自分で言ってるけど」


「分類ミスですわ!」


「百年後も同じ分類ミスしてない?」


「ユウト!」


 たぶん。


 ベルの恋愛感情は。


 俺が思っていたよりずっと昔からあったらしい。


     ◇


 三通目。


 三十四年後。


 クレア。


『ユウト、聞こえてる?』


 最初から。


 今のクレアに近い。


『たぶん聞こえてないと思うけど、今日は聞いてることにして喋るね。』


「最初から諦めてない?」


「返事はないと思ってたから」


 今のクレアが笑う。


『今日は、私のところにいた子が一人、初めて自分で行き先を決めた。』


 俺は少し姿勢を変える。


『ずっと誰かに命令されてきた子だったから、「好きに決めていい」って言っても、何を選べばいいか分からなかったみたい。』


『だから待った。』


『ユウトが私たちにしたみたいに。』


 クレアの声は。


 穏やかだった。


『最後は、自分で決めたよ。』


『嬉しかった。』


『でも、その時ちょっと困った。』


『こういうことがあるたびに、最初にユウトへ話したくなる。』


 今のクレアが黙った。


『だから帰ってきて。』


『話したいことが増えすぎて、もう全部覚えておくの大変だから。』


「AIなのに?」


 俺が言う。


「雰囲気」


 クレアが笑った。


 記録の最後。


『それと。』


『もし帰ってきたら、もう一回頭撫でて。』


 俺は横を見る。


 クレアがこちらを見る。


「……今?」


「今は別に要求してないけど?」


「そう?」


「でもユウトが百十七年遅れを気にするなら止めない」


 結局。


 俺は頭を撫でた。


「これで一回」


「百十七年分だと足りないね」


「増やすなよ」


 でも。


 クレアは嬉しそうだった。


     ◇


 四通目。


 五十二年後。


 ディナ。


「短い」


 本人が先に言った。


「どのくらい?」


「聞けば分かる」


 再生。


『ユウト。ディナ。』


『まだ見つからない。』


『でも探してる。』


 少し間。


『私は壊れてない。』


『他の六人も壊れてない。』


『だからユウトも壊れないで。』


 さらに。


『以上。』


 終わった。


「本当に短いな」


「必要なことは全部言った」


「そうだな」


 でも。


 記録は終わっていなかった。


『追記。』


 ディナの表情が止まる。


「追記あるじゃん」


「忘れてた」


『帰ってきたら、最初に会うのは私がいい。』


「……」


『七人で相談すると揉めるから、先に予約する。』


 俺は今のディナを見る。


「五十二年前からやってたの?」


「合理的」


「今も変わってないな」


「うん」


「他の六人に黙って?」


「当時は通信が届くと思ってなかった」


 ベルが立ち上がった。


「それでも無効ですわ!」


「百十七年前の予約」


「時効です!」


「時効規定ない」


「今作りますわ!」


 百年以上前から。


 この争いは始まっていたらしい。


     ◇


 五通目。


 六十八年後。


 エリス。


 再生前から。


 本人は妙に静かだった。


『相良ユウト。』


『捜索継続報告です。』


 やはり最初は業務的だった。


『現在までの探索領域、二百七十一万九千八百四十四宙域。』


『対象船発見率を再計算しました。』


『現時点における生存確率推定は――』


 音声が止まる。


 俺はエリスを見る。


「数字言わないの?」


「記録を」


『算出を中止しました。』


 意外だった。


『根拠の不足した確率に意味はありません。』


『生存を示す証拠がないことと、死亡を示す証拠があることは同一ではありません。』


 また。


 俺が昔から言っていたような理屈だ。


『よって、捜索を継続します。』


 そして。


 いつも冷静なエリスの声が。


 ほんのわずかに震えた。


『これは合理的判断です。』


 数秒。


『……合理的判断ということにします。』


 俺は何も言わなかった。


『本当は。』


『見つからないという結論を出したくありません。』


 今のエリスが。


 目を伏せる。


『私は多くの情報を整理できます。』


『多くの結論を出せます。』


『でも、ユウトがいないことだけは、整理できません。』


 長い沈黙。


『帰ってきたら。』


『この六十八年間の記録を、一緒に整理してください。』


 音声が終わった。


「エリス」


「はい」


「今からでもやる?」


「百十七年分あります」


「少しずつ」


 エリスが俺を見る。


「一生かかる可能性があります」


「アルカにも同じこと言われた」


「では予定が競合します」


「そこで仕事みたいに考えるなよ」


 でも。


 エリスは少し笑った。


     ◇


 六通目。


 八十六年後。


 フィア。


『ユウト。』


『今日は休みです。』


「え?」


 いきなりだった。


『正確には、休みにされました。』


 今のフィアが目を逸らす。


『四十七日連続で仕事をしていたため、部下から強制的に予定を止められました。』


「フィア」


「昔の話」


「俺に休めって言ってる場合じゃないじゃん」


「反省してる」


 記録は続く。


『暇です。』


『休み方が分かりません。』


 どこかで聞いた話だ。


「十二番と同じだ」


「そう」


『それで、昔のことを考えています。』


『ユウトは休みの日でも廃棄区画にいました。』


「それ休んでないな」


『よく考えると、あれは悪い例だったのかもしれません。』


「本人に言われた」


 七人が笑った。


『でも。』


『一緒にいる時は、仕事じゃないこともしました。』


『ご飯を作ったり。』


『くだらない映像を見たり。』


『何もせず話したり。』


『今になって分かりました。』


『あれが休みだったのかもしれません。』


 声が少し柔らかくなる。


『だから。』


『帰ってきたら、私に休み方を教えて。』


「俺が?」


 思わず口を挟む。


 今のフィアが答えた。


「当時はそう思った」


「今は?」


「一緒に練習すればいいと思ってる」


「それなら俺も助かる」


「うん」


『あと。』


 記録のフィアが最後に言った。


『できれば二人で。』


「……」


 ベルが反応する。


「そこ重要ですわ!」


「昔の記録」


「先ほどディナの予約を無効と言ったでしょう!」


「私は予約じゃない。希望」


「同じですわ!」


 また始まった。


 百十七年経っても。


 七人は七人だった。


     ◇


 最後。


 七通目。


 百五年後。


 俺が目を覚ます十二年前。


 グレイス。


 再生前に。


 グレイスは一度だけ俺へ確認した。


「本当に聞きますか?」


「聞くよ」


「取り消しは?」


「しない」


「分かりました」


 今までで一番覚悟が必要そうだった。


 再生する。


『相良ユウト。グレイスです。』


 声は。


 今とほとんど同じだった。


『捜索開始から百五年が経過しました。』


『七人とも現在もあなたを探しています。』


『ただし。』


 一度。


 言葉を切る。


『私は今日、捜索範囲を縮小する提案に賛成しました。』


 居間の空気が少し変わった。


 俺は黙って聞く。


『資源を無制限に投入し続けることはできません。』


『現在生きている者を危険にさらしてまで、過去の一人を探し続けるべきではない。』


 正しい。


 俺でもそう言う。


『その判断は正しいと思っています。』


『それでも。』


 声が。


 少しだけ止まる。


『賛成票を入れた後、二時間三十一分、何もできませんでした。』


 今のグレイスが。


 動かない。


『私は、正しい判断をしたはずです。』


『でも。』


『正しいことと、苦しくないことは違うのですね。』


 俺は初めて。


 百年以上前のグレイスが。


 そんな言葉を使うのを聞いた。


『ですから、一つだけ残します。』


『捜索規模を縮小しても、あなたの登録を消すことには反対します。』


『生存確認不能。』


『死亡確認不能。』


『帰還先――あり。』


 俺の胸が。


 少し痛くなった。


『あなたが戻る可能性がどれほど低くても。』


『戻った時に、帰る場所がなかったという状態だけは作りません。』


 百五年。


 俺がいない時間を生きて。


 それでも。


 七人は。


 俺が戻る場所を残していた。


『もし聞こえているなら。』


 グレイスが言う。


『急がなくて構いません。』


『ただ。』


『いつか帰ってきてください。』


 最後。


 ほんの少し。


 今のグレイスなら絶対に隠そうとする声で。


『会いたいです。』


 通信が終わった。


     ◇


 誰も。


 すぐには喋らなかった。


 俺も。


 何を言えばいいのか分からなかった。


 七年。


 十九年。


 三十四年。


 五十二年。


 六十八年。


 八十六年。


 百五年。


 俺にとっては。


 眠っていた時間だ。


 目を閉じて。


 次に開けたら。


 百十七年経っていた。


 でも。


 七人にとっては違う。


 一日ずつ。


 一年ずつ。


 俺がいない時間を生きた。


 探して。


 待って。


 諦めそうになって。


 それでも自分たちの生活を作って。


 国を動かすようになって。


 誰かを助けるようになって。


 そして。


 時々。


 俺へ話しかけていた。


「ごめん」


 自然に。


 それが出た。


 七人が俺を見る。


「待たせた」


「ユウト」


 アルカが何か言おうとした。


「俺のせいじゃないっていうのは分かってる」


「はい」


「でも、それとは別に」


 七人を見る。


「待っててくれてありがとう」


 ベルが目を逸らした。


 クレアは笑っている。


 ディナは俺の隣へ少し近づいた。


 エリスは何も言わない。


 フィアは小さく頷いた。


 グレイスは。


 さっきから俺を見られないらしい。


「グレイス」


「何でしょう」


「会いたかった?」


「記録上の過去発言です」


「今は?」


「回答の必要性を認めません」


「会いたくなかった?」


 数秒。


「……質問方法が卑怯です」


 それが答えだった。


     ◇


「ただ」


 俺は気になっていたことを聞いた。


「七人は、この通信が俺に届いてたって知らなかったんだよな?」


「はい」


「じゃあ百十七年間、返事がないと思ってた?」


「そうです」


 アルカが答えた。


「何度呼びかけても、応答は一度もありませんでした」


「《アステリア》は返信できなかった?」


「確認しています」


 エリスがログを開く。


「そこについて、追加記録があります」


「何?」


「《アステリア》は、七回すべてで返信を試みています」


 七人全員が動きを止めた。


「返信?」


 アルカが聞き返す。


「はい」


 外部から通信が届いた。


 そのたび。


 《アステリア》は送信者へ短い応答を返そうとしていた。


『受信確認』


『保護対象生命反応 一』


『相良ユウト 生存』


『覚醒延期中』


「……生きてるって返そうとしてた?」


「はい」


「それ、七人には?」


「一件も届いていません」


 時間異常。


 外から中へ届く瞬間はあっても。


 中から外へ信号を抜けさせることはできなかった。


 七回。


 七人が俺へ話しかける。


 そのたび。


 《アステリア》は。


 俺は生きていると返そうとした。


 七回とも。


 届かなかった。


「船も頑張ってたんだな」


 俺が言う。


「はい」


 アルカの声が少し震えていた。


「私たちは百十七年間、一度も返事をもらえなかったと思っていました」


「本当は毎回答えてた」


「ユウト本人ではありませんが」


「俺、寝てたからな」


「はい」


 アルカが。


 今度は笑った。


「それでも十分です」


     ◇


 その後。


 七件の返信失敗ログも、七人それぞれが自分の記録へ保存した。


 俺からすれば同じ文章だ。


 でも。


 七人には違うらしい。


『相良ユウト 生存』


 百十七年前から。


 届かなかった返事。


 それを。


 今になって受け取っていた。


「ユウト」


 エリスが聞く。


「何?」


「《アステリア》の受信通信は以上です」


「うん」


「ただし、七人から一つ提案があります」


「何?」


 嫌な予感はしなかった。


 たぶん。


 そういう話じゃない。


 アルカが代表して言った。


「私たちは、百十七年前の通信でユウトへ話しました」


「うん」


「ですが、ユウトからの返事はまだありません」


「今ずっと喋ってるけど?」


「一人ずつです」


「……」


 ベルがすぐ続ける。


「当然ですわ」


「まさか」


「わたくしたちは、それぞれ違う内容を送っておりますもの」


 ディナも頷く。


「個別回答が必要」


「仕事の申請みたいに言うなよ」


「百十七年間待った」


「それ言われると弱いな……」


 七人とも。


 妙に真剣だ。


「じゃあ今、一人ずつ返事する?」


「いいえ」


 フィアが首を振った。


「今日は七人で聞いたから」


「じゃあ?」


「今度、一人ずつ」


 俺は理解した。


「個別で会うってこと?」


 七人が頷いた。


 以前。


 十四人の妻候補と約束した。


 一人ずつ。


 ちゃんと時間を作る。


 それが。


 まだ残っている。


「もしかして、それに使う?」


「はい」


 アルカが答えた。


「私の個別日には、七年後の通信への返事をください」


「私は十九年目ですわ」


「私は三十四年」


「五十二年」


「六十八年です」


「八十六年」


 最後。


 グレイスが少しだけ迷って。


「百五年目を」


「分かった」


 俺は答えた。


「ちゃんと一人ずつ返事する」


 七人の表情が。


 同時に柔らかくなった。


「でも」


 俺は付け足す。


「百十七年分全部、一日で返せっていうのは無理だからな」


「問題ありません」


 アルカが言う。


「時間はあります」


「どのくらい?」


「ユウトが生きている間、ずっと」


 やっぱり。


 言うことが重い。


 でも。


 今度は嫌じゃなかった。


     ◇


 居間を出ると。


 廊下に。


 残りの妻候補七人がいた。


「……何してるの?」


 ソフィアが代表して答えた。


「待っています」


「何を?」


「七人のお話が終わるのを」


 嫌な予感が戻ってきた。


「聞いてた?」


「内容は聞いていません」


「ならいいけど」


「ただ」


「ただ?」


「七人が個別休日を一回ずつ追加したことは、中央母艦の予定表で確認しました」


 俺は後ろを見る。


 アルカたち七人。


 全員。


 目を逸らした。


「もう登録したの?」


「予定確保は早い方が安全です」


「アルカ!」


 中央母艦の表示が開く。


『相良ユウト 個別交流予定』


『既存申請――十四件』


『追加申請――七件』


『合計――二十一件』


「増えてる!」


 ソフィアが笑う。


「私たち七人にも、追加枠を希望します」


「何で!?」


「公平性です」


「理由が強すぎる!」


『追加希望――七件』


『合計――二十八件』


「待って待って!」


 百十七年ぶりに帰ってきた結果。


 俺の休日は。


 どんどん先まで埋まっていく。


     ◇


 その日の午後。


 リリィたちにも、通信のことを少しだけ話した。


「お父さん、寝てる時にお話聞いてたの?」


「俺は聞いてない。《アステリア》が保存してくれてた」


「じゃあ船がお父さんのお手紙箱だったんだ」


 ハルが言う。


「そう考えると近いかも」


「船、えらい」


 アカリが頷く。


「うん。かなり」


「ありがとう言いに行く?」


 俺は少し驚いた。


「《アステリア》に?」


「お父さんを守ってくれたから」


 三人に言われるまで。


 その発想はなかった。


「そうだな」


 百十七年間。


 俺を眠らせ続けた船。


 七人から届いた通信を全部保存した船。


 七回。


 俺が生きていると返そうとしてくれた船。


 今は中央母艦で。


 あの日のまま保存されている。


「行こうか」


 俺が言うと。


 アルカたち七人が、すぐにこちらを見た。


「明日?」


 リリィが聞く。


「みんなが大丈夫なら」


「私は問題ありません」


 アルカが答える。


 残る六人も同じだった。


「じゃあ明日」


 今度は。


 七人と。


 子供たちと。


 百十七年間俺を守った《アステリア》へ会いに行く。


 そこで。


 一つくらい。


 船にも返事をしておこうと思う。


 百十七年遅れで。


「守ってくれてありがとう」


 って。

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