第70話 俺を宇宙へ捨てた手動命令を追ったら、三百十二年後の家族会議につながりました
『投棄命令は、システムの誤作動じゃない。』
『誰かが手動で出してる。』
『しかも、お前が船内にいることを確認した後だ。』
百九年前のマルクの声が、《ミネルヴァ》の船内に残っていた。
俺は投影された映像を見ながら、すぐには何も言えなかった。
事故ではなかった。
その事実自体は、完全な初耳というわけではない。
以前、百十七年前の第九十八宇宙港へ残されていた時間介入装置を調べた時、三百十二年後の家族評議会が俺ともう一人の俺を消すため、過去へ干渉していたことはすでに分かっている。
未来の家族評議会が暗殺を行わなければ、俺は百十七年間眠らない。
七人は現在の七艦隊へ成長しない。
そして家族評議会そのものも生まれない。
訳の分からない因果の輪だった。
「これ……前に見つけた時間介入と同じじゃないのか?」
俺が言うと、エリスがすぐにマルクの記録を複製した。
「可能性は極めて高いです。ただ、百九年前のマルク・エイデンには時間介入の存在を確認する手段がありませんでした」
「だから『誰かが手動でやった』ところまでしか分からなかった?」
「はい」
マルクの映像はまだ続いている。
『処理端末の番号も残ってる。第十七廃棄区画、九番端末。』
『ただ、おかしい。』
『その時間、端末の前には誰もいなかった。監視記録を見た。入退室記録も確認した。誰も触ってない。』
「……やっぱりか」
アルカの声が低くなった。
『なのに端末は、現地で人間が操作した記録を残してる。』
『それも二段階認証だ。』
『一回目で船内生命反応を確認。』
『二回目で、それでも投棄を実行してる。』
そこまで話したところで、映像のマルクはしばらく黙った。
『誰がやったかは分からない。』
『でも、事故じゃない。』
『相良。お前は船にいると分かった上で捨てられた。』
記録が終わった。
◇
「現場作業はいったん中止しましょう」
ミレイさんが即座に判断した。
「《ミネルヴァ》の解体承認そのものは変更しません。ただし、この記録は歴史事件に関する新規資料です。機構の調査部門へ連絡します」
「船全部保存になる?」
「なりません」
「よかった」
セイルも少し安心した顔をした。
せっかく本人が船を見送ると決めたのに、俺の過去が出てきたせいで《ミネルヴァ》を丸ごと取り上げるようなことにはしたくない。
「記録媒体だけ保存すれば十分だと思う」
「同意します。原本の所有権はセイルさんにありますので、複製提供について本人確認が必要です」
ミレイさんがセイルを見る。
「提供します」
返事は早かった。
「曽祖父も、そのために残したんだと思います」
「ありがとう」
「ただ」
セイルが俺を見る。
「知って大丈夫ですか?」
「何が?」
「自分が殺されそうになった時のことを」
「ああ」
考えてみる。
「大丈夫かどうかは分からないけど、確認はしたい」
「怖くないんですか?」
「ちょっとは」
俺だって、自分が殺されかけた話を聞いて平気なわけではない。
けれど。
「誰かを犯人だって決める方が怖いから」
七人を見る。
ちょうどアルカが、百十七年前の職員名簿を開こうとしていた。
「アルカ」
「……はい」
「当時の職員全員を調べるのは禁止」
「まだ何も言っていません」
「顔に出てる」
「私はAIです」
「百年以上一緒にいたら分かるよ」
ベルまで視線を逸らした。
「ベルも」
「わたくしは何も」
「会社役員の子孫まで調べようとしてない?」
「……安全確認ですわ」
「駄目」
「しかしユウトを――」
「今生きてる子孫は関係ないだろ」
七人が静かになる。
「百十七年前に誰かがやったとしても、その人の子供や孫に責任はない。まず記録を見る。前に見つけた未来の時間介入と同じなら、なおさら昔の同僚を疑う必要はない」
アルカは数秒だけ黙って。
開きかけていた職員名簿を閉じた。
「分かりました」
「ありがとう」
「ただし、ユウトの安全に直接関係する情報が判明した場合は共有します」
「それはお願い」
そこまで止めるつもりはない。
俺一人の問題でもなくなっているからだ。
◇
エリスが中央母艦へ照合を依頼してから、答えが出るまで十五分もかからなかった。
「一致しました」
俺たちは《ミネルヴァ》の小さな居住区へ移動していた。
壁面に二つの記録が並ぶ。
一つはマルクが八年かけて調べた百十七年前の投棄処理ログ。
もう一つは、以前回収した三百十二年後の家族評議会製・時間介入執行装置の記録。
「どこが同じ?」
「通常の識別情報ではありません」
エリスが両方を拡大する。
「百十七年前の処理端末には、当時存在しなかった時間同期補正値が残っています」
「未来の装置が書き込んだ跡?」
「はい。現在の技術でも通常は生成されません。以前発見した時間介入執行装置と完全一致します」
ベルが息を吐いた。
「では、百十七年前の人間に犯人はいなかった?」
「少なくとも、この投棄命令を端末前で直接操作した人物はいません」
エリスが断言した。
「未来側から百十七年前の端末へ命令が挿入されています。ただし過去のシステムから見れば、現地端末で手動操作されたようにしか見えません」
「マルクさんは正しかったんですね」
セイルが言った。
「そうだな」
誰かが手動でやった。
事故ではない。
そこまでは全部正しかった。
ただ。
その「誰か」が。
百十七年前には存在しない三百十二年後の人間たちだっただけだ。
「……そんなの分かるわけないよな」
俺が呟く。
マルクは八年間も調べた。
誰もいない端末。
存在しない操作者。
手動操作なのに操作した人間がいない。
どれだけ調べても、答えなんか出るはずがなかった。
「でも残してくれた」
俺は小さな記録媒体を見る。
分からなかったから捨てるのではなく。
いつか誰かが分かるかもしれないから残した。
帰還支援網と同じだ。
自分で終わらせられないなら、次へ渡す。
「マルクらしいな」
◇
「まだ一つ問題があります」
エリスが言った。
「何?」
「未来の家族評議会が投棄命令を出したことは確認できました。しかし、ユウトが生存できた理由は別です」
「コールドスリープだろ?」
「その起動経緯です」
新しい記録が表示される。
俺が乗っていた旧式長距離輸送船。
投棄命令受信。
船体固定解除。
廃棄射出装置作動。
ここまでは知っている。
「その〇・七三秒前」
「細かいな」
「重要です」
《アステリア》側で警告が発生していた。
『外部廃棄命令受信』
『船内生命反応 一』
『無人船指定との矛盾を確認』
俺は画面を見る。
「船は俺がいるって分かってた?」
「はい」
『廃棄命令の拒否を試行』
「拒否してたのか」
「三回です」
『拒否』
『拒否』
『拒否』
しかし。
港側の強制処理権限が上だった。
四回目。
『外部強制命令により固定解除』
『船体投棄開始』
そして。
その直後。
《アステリア》は自分で処理を切り替えていた。
『船内生命保護を最優先』
『緊急救命モードへ移行』
『最寄り救命設備を検索』
『稼働可能設備――長期休眠槽 一』
俺が百十七年間入っていた装置だった。
「自動で?」
「はい」
「誰かが助ける命令を出したわけじゃない?」
「現在確認できる限りでは、違います」
アルカも記録を読む。
「《アステリア》自身の安全機構です」
「でも、廃棄船だぞ」
「だからです」
エリスが別の整備記録を出した。
「この船は廃棄予定だったため、多数の主要機能が停止されていました。しかし生命保護機能だけは、解体作業員が内部へ立ち入る可能性があるため最後まで有効化されていたようです」
「それで救命槽まで動いた?」
「通常なら動きませんでした」
「え?」
「休眠槽の生命検知センサーは、投棄日の四か月前に故障判定を受けています」
嫌な予感がした。
「修理記録があります」
「誰が?」
エリスは答えず。
表示だけを俺の前へ移動した。
『作業担当者』
『相良ユウト』
「……俺?」
◇
記憶を探した。
《アステリア》。
古い長距離輸送船。
確かに何度か触った。
でも四か月前の小さな修理なんて、ほとんど覚えていない。
「作業報告書も残っています」
「俺、ちゃんと報告書書いてたんだ」
「毎回ではありません」
「そこ言わなくていいだろ」
ミレイさんまで少し笑っている。
報告内容を読む。
『長期休眠槽三号、生命反応センサー故障。』
『船体廃棄予定のため修理不要との指示あり。』
その下。
俺の追記。
『解体まで内部作業員が入るため、誤作動すると危険。廃棄品から互換センサーを回収して交換。』
「……やりそう」
覚えてはいない。
でも間違いなく俺だ。
『動作確認完了。』
『費用――〇。』
「部品も廃棄品から取ってる」
「相変わらずですわ」
ベルが呆れたように言う。
その四か月後。
俺は《アステリア》へ私物を取りに入った。
未来の家族評議会から投棄命令が送られた。
船は俺がいることを検知した。
投棄そのものは止められなかった。
でも。
四か月前に直したセンサーが。
俺を一人の乗員だと判断した。
そして救命槽を起動した。
「……自分で直したやつに助けられたのか」
「正確には、《アステリア》の安全機構と、ユウトが修理したセンサーです」
「同じようなもんだろ」
俺は少し笑った。
別に。
未来の自分を助けようとしたわけじゃない。
廃棄船だからと壊れたままにしておくと、解体する人が危ない。
ただそれだけで直した。
その修理が。
四か月後。
俺自身を拾った。
「ユウト」
アルカの声が妙に静かだった。
「何?」
「私たちだけではなかったのですね」
「何が?」
「あなたに捨てられなかったものが、後であなたを助けたのは」
七人もそうだった。
俺は捨てられそうだった七人を直した。
百十七年後。
七人に助けられた。
《アステリア》の安全装置も。
廃棄予定だからと放置せず直した。
そして。
俺を百十七年後まで生かした。
「そう考えると、ちょっと出来すぎじゃない?」
「ユウトが普段から直しすぎなのですわ」
ベルの結論はひどかった。
◇
ただ。
まだ一つ分からないことがあった。
「百十七年眠ったのは何で?」
長期休眠槽といっても、普通はそんなに眠らせない。
救難信号を出して。
救助可能区域まで生存させる。
それが目的だ。
「そこも記録があります」
投棄された直後。
《アステリア》は救難信号を発信した。
だが。
俺たちが以前確認したのと同じ、百十七年前の空間異常が発生する。
船の周囲で時間同期が崩れる。
『現在位置取得不能』
『救難局接続不能』
『安全宙域判定不能』
通常なら。
数日後に覚醒させる。
しかし安全な場所かどうか判断できない。
そのため。
『覚醒条件を変更』
『外部環境安定確認まで休眠継続』
結果。
百十七年。
「長すぎるよ」
「《アステリア》側も想定していません」
「そりゃそうだ」
それでも。
止めなかった。
電力を節約し。
生命維持を最低限まで落とし。
俺一人を守り続けた。
船体が壊れ。
通信が死んでも。
俺が目を覚ますまで。
「《アステリア》って、今どうなってる?」
何となく聞いた。
アルカが答える。
「中央母艦で保管されています」
「まだあるの?」
「はい」
「廃棄してない?」
七人が一斉に俺を見る。
「何?」
ベルが信じられないという顔をする。
「ユウトを百十七年間守った船を、わたくしたちが捨てると思いますの?」
「でもボロボロだったし」
「永久保存指定です」
「直せない?」
「直すことは可能です」
ディナが答えた。
「でも直してない」
「何で?」
「ユウトが起きた時のまま残したかったから」
「……そうなんだ」
知らなかった。
俺が目を覚ました後。
七人は、あの船も残していたらしい。
「今度見に行っていい?」
「もちろんです」
アルカが少し嬉しそうに答えた。
「ただし」
「何?」
「作業服で行くのは禁止です」
「見るだけだよ」
「工具も禁止です」
「何で!?」
「永久保存指定です」
「ちょっとくらい直した方が――」
「駄目です」
七人全員に止められた。
◇
今回見つかった記録について。
銀河保全管理機構と家族評議会側で、正式な再整理が行われた。
百十七年前。
《アステリア》投棄事故。
これまでの記録。
『自動廃棄処理中の誤作動による事故』
修正後。
『三百十二年後の家族評議会による時間介入に伴う人為的投棄』
「人為的って言っていいの?」
「未来の人間または知性体の決定によるため、分類上は適切です」
「百十七年前の会社の責任は?」
「投棄命令そのものについては否定されます。ただし、未来からの介入を受け入れられる旧式システム上の脆弱性について、当時予見することは不可能です」
「じゃあ昔の職員を責める理由はないな」
「はい」
それでいい。
誰かを罰するために調べたわけではない。
何が起きたのか。
それだけ分かればいい。
「マルクの記録も追加しておいて」
「歴史記録へ?」
「うん。八年かけて調べたんだろ」
「記録します」
「『犯人を見つけられなかった』じゃなくて、『事故じゃないところまで確認した』って」
答えへ届かなかったわけじゃない。
答えを受け取れる時代まで。
記録をつないだ。
それで十分だ。
◇
《ミネルヴァ》の解体予定も、そのまま維持された。
セイルが決めたことだからだ。
「本当にいいんですか?」
ミレイさんが最終確認する。
「この船から歴史的に重要な記録が発見されています。保存指定の再申請も可能です」
セイルは《ミネルヴァ》を見上げる。
少しだけ寂しそうだった。
それでも。
「解体してください」
答えは変わらなかった。
「箱だけ、もらっていいですか?」
「もちろんです。あなたの家族の所有物です」
マルクが記録を残した金属箱。
写真。
家族の記録。
それだけはセイルが持ち帰ることになった。
「船を残さなくても」
セイルが箱を抱えながら言う。
「曽祖父がいたことは残りますよね」
「残るよ」
「祖父も」
「うん」
「じゃあ十分です」
俺もそう思う。
全部を物として残す必要はない。
終わっていいものもある。
大事なのは。
終わらせる前に、一度ちゃんと見ることだ。
◇
俺の百十七年ぶりの初勤務は。
予定よりかなり長くなった。
「定時十五分前です」
ミレイさんが端末を見る。
「相良さんの担当作業は終了しています」
「まだ記録整理が少し――」
「こちらで行います」
「でも俺の案件だし」
「今日は現場確認担当です。調査報告の整理は専門部署の仕事です」
「手伝った方が早くない?」
ミレイさんが俺を見る。
「勤務希望欄」
「え?」
「『定時勤務』と書いたそうですね」
「……はい」
「帰ってください」
百十七年ぶりに。
上司から帰れと言われた。
「分かりました」
「素直ですね」
「家でも怒られるから」
「七艦隊に?」
「子供に」
「そちらですか」
ミレイさんが初めて普通に笑った。
◇
中央母艦へ帰ると。
リリィたち三人が、本当に入口で待っていた。
「お父さん!」
「ただいま」
アカリがすぐ時計を見る。
「間に合った!」
「何に?」
「ご飯!」
「そこ基準なんだ」
ハルが俺の作業服を見る。
「お仕事どうだった?」
「ちゃんと捨てていい船だった」
「直さなかったの?」
「うん」
「お父さんでも?」
「俺でも」
リリィが少し考える。
「じゃあ、その船は悲しくない?」
難しい質問だった。
「分からない」
正直に答える。
「でも、ずっと大事に使ってもらった船だったよ」
「なら、よかった?」
「たぶん」
それで納得したのか、リリィは頷いた。
「お父さんは?」
「何が?」
「今日、お仕事してよかった?」
今度はすぐ答えられた。
「よかったよ」
昔の仲間が。
俺が消えた後も生きていたことを知れた。
家族を作ったことも。
俺の事故を調べ続けてくれたことも。
そして。
昔の俺が何となく直した小さなセンサーに、自分が助けられたことも。
全部。
今日あの船を確認しなければ分からなかった。
「じゃあ次のお仕事も行く?」
「月一回だから、まだ先」
三人が安心した。
◇
夕食後。
アルカから一つだけ報告があった。
「ユウト。《アステリア》の保存記録を確認していたエリスから、追加情報があります」
「まだあるの?」
「今回の投棄経緯とは直接関係ありません」
「なら明日でもいい?」
アルカが少し驚いた顔をした。
俺は時計を見る。
「今日は仕事終わったから」
一瞬。
静かになった。
それからアルカが笑った。
「明日で構いません」
「うん」
「成長しましたね」
「子供みたいに言うなよ」
今日はもう終わり。
そう思って食器を片付けようとすると。
エリス本人が食堂へ入ってきた。
「ユウト」
「明日って聞いたけど」
「はい。詳細確認は明日で構いません」
「じゃあ何?」
「一つだけ、先に伝えておく必要があります」
表情が少し違う。
「《アステリア》の百十七年間の休眠記録を確認しました」
「うん」
「その間、船は完全な無通信状態ではありませんでした」
俺の手が止まる。
「救難信号?」
「違います」
「じゃあ何?」
「百十七年間で、七回だけ」
エリスが答えた。
「外部から《アステリア》へ通信が届いています」
「誰から?」
エリスは。
俺ではなく。
アルカたち七人を見た。
「送信者は七件すべて異なります」
七人も何も言わない。
「識別情報を照合しました」
エリスが静かに続ける。
「アルカ」
「ベル」
「クレア」
「ディナ」
「エリス」
「フィア」
「グレイス」
俺は。
七人を見る。
「……七人?」
「はい」
俺が眠っていた百十七年間。
七人はそれぞれ別の時代に。
一度ずつ。
宇宙のどこかへ消えた俺に向けて。
通信を送っていた。
「内容は?」
エリスが少しだけ目を伏せた。
「すべて残っています」
どうやら。
俺が眠っていた百十七年間に。
七人が俺へ何を話していたのか。
ようやく聞けるらしい。




