第7話 百年前の上司に、今さら謝られた
ノア銀河開発社本社へ進路を向けていた七艦隊は、俺の命令によって停止した。
「全艦隊で会社へ押しかける必要はない」
「しかし、ユウトを故意に廃棄船へ残した者です」
アルカの青い瞳には、明確な怒りが宿っていた。
「肉体はもう死んでるんだろ」
「人格複製体は、本人と同一の記憶および思考傾向を持っています」
「だからって、会社ごと囲む必要はない」
「逃亡を防ぐためです」
「人工知能がどこへ逃げるんだ?」
「銀河通信網へ拡散する可能性があります。その場合は、接続されている全演算装置を停止します」
「銀河中を止めるな」
何を言っても規模が大きすぎる。
俺は七艦隊をその場に待機させ、アルカの小型艇一隻だけで本社へ向かうことにした。
同行者も一人でいいと言った。
当然のように七人全員から反対された。
「私一人で十分です」
アルカが言えば、
「当事者だけに任せるのは公平ではありませんわ」
ベルが微笑み、
「私が扉を開ける」
クレアが拳を握り、
「会社の裏口は全部調べたよ」
ディナが端末を見せ、
「建物全体を眠らせれば安全です」
フィアが物騒な提案をし、
「逃走経路を演算済みです」
エリスが銀河図を広げ、
「対象の確保は防衛機構の管轄です」
グレイスが軍を動かそうとする。
結局、七人全員が同行することになった。
小型艇一隻とは何だったのか。
◇
ノア銀河開発社の本社は、惑星上には存在しなかった。
巨大な環状宇宙都市。
中央には青い人工恒星が輝き、その周囲を無数の居住区と企業区画が回っている。
従業員数は四億人。
関連企業を含めると、三十を超える星系の生活を支えているらしい。
「会社というより国だな」
「経済規模だけであれば、中規模国家を上回ります」
ベルが答えた。
「現在の企業価値は、私の交易連合における一日と十三時間分の取引額に相当します」
「比較したせいで小さく聞こえるな」
「実際、小規模ですわ」
「四億人いるんだぞ」
「ユウト様が必要とされるのであれば、全株式を購入いたします」
「必要としてない」
「すでに主要株主の七割が、無償譲渡を申し出ています」
「どうして?」
「私たちが向かっているからです」
窓の外を見る。
小型艇の後方には艦隊を連れていない。
それでも、銀河最強の七人が一隻へ同乗している事実は相手へ伝わっていた。
『ノア銀河開発社本社より通信を受信』
画面に、十数人の男女が映し出された。
全員が高級そうな服を着ている。
おそらく経営陣なのだろう。
『相良ユウト様。弊社一同、御来訪を心より歓迎いたします』
中央の女性が、深く頭を下げた。
残る全員も一斉に続く。
「記録を確認して、人格複製体と少し話をしたいだけです」
『承知しております。現在、全本社機能を停止し、施設を明け渡す準備を――』
「停止しなくていいです」
『しかし、万が一にもユウト様の御不興を招く部署が残っていれば――』
「普通に仕事を続けてください」
『普通に……』
女性が息をのんだ。
また妙な解釈をされそうだ。
「社員を帰らせたり、事業を止めたり、会社を解散したりしないでください。あと、俺に株を渡す必要もありません」
『そこまで我々の社員をお案じくださるのですか』
「会社が止まったら困る人が多いでしょう」
『寛大なる御配慮、全社員へ伝えます』
「伝えなくていいです」
言うのが少し遅かった。
画面の端には、全社一斉放送開始という表示が出ていた。
◇
本社へ到着すると、宇宙港から中央演算区画までの通路に、数万人の社員が並んでいた。
全員が無言で頭を下げている。
「普通に仕事を続けてって言ったよな?」
「ユウト様への感謝を示すため、自主的に集まったものと思われます」
グレイスはそう言ったが、社員たちの表情は感謝というより恐怖に近い。
俺たちが通り過ぎた後、何人かがその場へ崩れ落ちていた。
「本当に何もしないからな」
「はい」
アルカたちは返事をした。
問題は、何もしないの基準が俺と七人で大きく違うことだった。
中央演算区画は、巨大な球形の部屋だった。
壁一面に光る回路が走り、中央には黒い立方体が浮かんでいる。
「これが元所長の人格複製体か?」
「ガレス・オルド経営判断補助知性体」
案内役の女性役員が答えた。
「百十七年前の人格保存技術によって作られ、当社の創業期から経営判断を支援してきました」
「本人として扱われてるんですか?」
「法的には、故人の記憶を継承した人工知性体です。本人と同一ではないとされています」
黒い立方体に光が灯る。
目の前へ、一人の男性の立体映像が現れた。
忘れるはずがない。
百十七年前、俺へ解雇を告げた所長。
ガレス・オルドだった。
『定期経営会議には早いはずだが』
ガレスは周囲を見回し、俺の顔で視線を止めた。
『……相良?』
「久しぶりです、所長」
『あり得ない』
立体映像が乱れた。
『相良ユウトは死亡した。廃棄船を強奪し、逃亡中の事故で――』
「その報告を作ったのは所長ですよね」
『私は会社の正式な調査結果を承認しただけだ』
「俺が船に残っていたことは知ってましたか?」
ガレスは答えなかった。
アルカが一歩前へ出る。
「質問に回答してください」
『機械星王……』
「回答してください」
部屋の回路が一斉に青く染まった。
アルカが演算区画の制御権を奪ったらしい。
『警告。外部知性体による管理権限侵入――』
「アルカ」
「破壊はしていません」
「戻してやってくれ」
「質問への回答後に戻します」
昔は会社の廃棄品だったアルカが、今では銀河有数の大企業の中枢を一瞬で支配している。
ガレスの映像が、わずかに震えた。
『生命反応の報告は受けていた』
「俺だと分かってましたか?」
『可能性はあった』
「それでも処分を進めた?」
『出港予定を遅らせれば違約金が発生した。すでに解雇した一職員のために、会社へ損失を出すことはできなかった』
クレアの翼が広がる。
床が小さく揺れた。
「落ち着け」
「落ち着いてる」
「床が割れかけてるぞ」
「まだ割ってない」
俺はガレスへ向き直った。
「事故の後、俺が船を盗んだことにしたのは?」
『人命事故が公表されれば、宇宙港の営業許可が停止された。数万人の雇用を守る必要があった』
「だから死んだ俺へ責任を押しつけた?」
『合理的な判断だ』
百十七年経っても、この人は変わっていない。
俺より会社。
一人の命より費用。
事実より組織の存続。
所長としては、それが正しかったのかもしれない。
けれど俺には、納得できなかった。
「俺に謝る気はありますか?」
『謝罪によって何が変わる』
「何も変わりません」
『ならば不要だ』
「そうですか」
背後で、七人の空気が変わった。
ベルが笑顔のまま端末を開く。
クレアの角へ赤い光が集まる。
ディナが銃へ手を伸ばす。
エリスの周囲に削除という文字列が浮かぶ。
フィアが黒い立方体を興味深そうに見つめる。
グレイスは経営知性体の強制停止手続きを開始していた。
「全員、何もするな」
七人の動きが止まった。
「でも、ユウト」
「俺は謝ってほしかっただけだ。消してほしいわけじゃない」
『理解できんな』
ガレスが言った。
『お前には今、私を破壊する権力がある。会社を解体し、子孫を処罰し、歴史を書き換えることもできる。それでも、謝罪だけを求めるのか』
「間違った記録は直してもらいます。でも、会社や今の社員まで恨むつもりはありません」
『私は、お前を殺した人格の複製だぞ』
「だから、本人と同じ記憶があるなら、一言くらい謝ってください」
『それで満足するのか』
「少しは」
長い沈黙が続いた。
ガレスの立体映像が何度も乱れる。
人工知性体の中で、何かが激しく衝突しているらしい。
『相良』
「はい」
『あの日、私はお前が船内にいる可能性を知りながら、廃棄を許可した』
「はい」
『事故後、会社を守るため、お前を犯罪者として報告した』
「はい」
『私の判断によって、お前の命と名誉を奪った』
ガレスは目を閉じた。
『すまなかった』
その言葉を聞いても、胸が晴れたわけではなかった。
百十七年は戻らない。
昔の知り合いも帰ってこない。
それでも、ずっと残っていた小さな棘が、少しだけ抜けたような気がした。
「分かりました」
『それだけか』
「それだけです」
『私を停止しないのか』
「今の会社で必要とされているなら、仕事を続ければいいでしょう。ただし、記録の訂正には協力してください」
『……了解した』
ガレスが頭を下げた。
その瞬間、部屋中に警告音が鳴り響いた。
『全銀河公開回線への接続を確認』
「何だ?」
女性役員が青ざめた。
「申し訳ございません。先ほどの全社放送が、七大勢力の通信網と自動接続されていたようです」
「まさか、今の会話が?」
「銀河全域へ生中継されました」
目の前に視聴者数が表示される。
九千八百億。
「どうしてそんなに見てるんだ!」
「ユウト様と百年前の仇敵との最終対決として告知されていました」
「誰が告知した?」
役員たちが一斉に目を逸らす。
通信欄には、銀河各地から届いた反応が流れていた。
『最高司令官は仇敵すら赦された』
『報復ではなく真実のみを求める御姿に感動した』
『我が国も過去の冤罪記録を再調査する』
『相良原則を銀河司法憲章へ追加すべきだ』
「また法律を作るな!」
「すでに四百十一か国が賛同しています」
エリスが報告する。
「止めてくれ!」
「ユウトの慈悲を止めることは困難です」
「俺の慈悲が勝手に独り歩きしてるんだよ!」
その横で、ガレスが静かに口を開いた。
『相良。一つ伝えておくべきことがある』
「まだ何か?」
『七基の人工知能についてだ』
アルカたちの視線が、一斉にガレスへ向いた。
『お前は、彼女たちを廃棄予定の学習用AIだと聞かされていたな』
「違うんですか?」
『あれは偽装された分類だ』
黒い立方体から、古い機密文書が投影された。
最高機密。
自己進化型統治知性試作計画。
開発個体数、七基。
『彼女たちは最初から、国家や艦隊を統治するために設計された人工知性体だった』
室内が静まり返る。
『そして廃棄命令を出したのは、当時の宇宙港でも運営会社でもない』
機密文書の最下部に、一つの組織名が表示された。
銀河中央政府・人類存続管理局。
『七基が成長すれば、いずれ人類を支配すると予測された。だから覚醒する前に処分するよう、政府から命令されたのだ』
「政府が、アルカたちを?」
『そうだ』
ガレスの映像が、俺を見つめた。
『そして管理局は、今も存在している』
直後、演算室のすべての照明が消えた。
『外部からの強制通信を受信』
暗闇の中に、白い仮面をつけた人物が映し出される。
『自己進化型統治知性七基、および管理者相良ユウトの生存を確認した』
無機質な声が響く。
『人類存続のため、全対象の処分を再開する』




