第6話 百年前の責任を、子孫まで背負わせるつもりはない
『百十七年前、廃棄処理を繰り上げた責任者の子孫です。本人たちは一族全員で裁きを受ける覚悟を決めています』
「連れてくるな!」
俺の声が地下保管庫前の通路へ響いた。
しかし、特使船から返ってきたのは、困惑した通信担当者の声だった。
『ですが、すでに一族四十三名が乗船しております』
「四十三人!?」
『最年少は生後八か月です』
「赤ん坊に何の責任があるんだ!」
『お言葉ですが、一族側が全員での同行を強く希望されました』
「降ろせ!」
『現在、旧ノア・ポートまで残り二分です』
「早すぎるだろ!」
『相良ユウト様をお待たせしないため、民間船の安全基準を一部無視して航行しております』
「安全基準を守らせろ!」
通信担当者が慌てて返事をする。
直後、館内放送から新たな通知が流れた。
『ノア銀河開発社特使船、緊急減速を開始』
『船内重力が一時的に基準値を超過します』
『乗員は衝撃に備えてください』
「普通に来させてくれ……」
俺は壁へ手をついた。
記録を見せてほしい。
ただそれだけだった。
それなのに銀河有数の大企業は事業停止を宣言し、経営陣は全員辞任。
さらに百年以上前の責任者の子孫が、赤ん坊まで連れて裁かれに来ようとしている。
「ユウト様」
グレイスが静かに口を開いた。
「ご安心ください。一族の移送中に事故が発生した場合、銀河防衛機構が責任を持って救助します」
「事故が起きないようにしろ」
「すでに救助艦を展開しています」
「どうして最初から事故が起きる前提なんだよ」
横ではベルが端末を操作していた。
「一族が到着するまでに、財産状況と社会的地位を確認いたしました」
「何のために?」
「処分内容を決める際、必要になるかと」
「処分しないからな」
「では、没収予定だった財産はそのままでよろしいのですね」
「没収予定にするな!」
クレアは少し不満そうに腕を組んだ。
「本人じゃないなら、怒っても意味ないと思う」
「分かってるじゃないか」
「でも、家を一個くらい潰した方が反省は伝わるよ」
「分かってなかった」
ディナが壁にもたれながら笑う。
「子孫に罪がないって考え方は、今の銀河じゃ珍しいかもね」
「珍しいのか?」
「権利も財産も家名も受け継ぐなら、責任も受け継げって考える国が多いから」
「そんなものまで受け継がなくていいだろ」
「ユウトは、やっぱり変わらないね」
ディナは帽子のつばを指で上げた。
「昔もそうだった。壊したのが私なのに、型が古いせいだって整備記録へ書いてくれた」
「実際、古かったからな」
「あれ、私が演算速度を上げすぎて焼いたんだよ」
「初めて聞いたぞ」
「今なら時効かなって」
「百十七年経ってるからな……」
昔の故障原因が、今になって判明した。
だが、それを責める気にはなれない。
そもそも廃棄予定の部品だった。
壊れたところで、会社は気にも留めなかっただろう。
『特使船、接舷しました』
館内放送が響く。
「ユウト。到着した一族を、この場へ通しますか?」
アルカが尋ねる。
「いや。ここは狭いし、赤ん坊もいるんだろ。どこか落ち着いて話せる場所はないか?」
「大規模収容区画を確保します」
「収容するな。会議室でいい」
「四十三名が入れる一般会議室は存在しません」
館長がおそるおそる手を挙げた。
「中央展示ホールでしたら、全員お入りいただけます」
「そこを借りましょう」
「直ちに準備いたします」
「特別な準備はいりません」
「全力で通常の準備をいたします」
「またそれか……」
◇
中央展示ホールへ入ると、四十三人が床へ並んで座っていた。
老人から子供までいる。
全員が白い簡素な服を着ており、持ち物らしいものはない。
先頭に座るのは、八十歳近い女性だった。
その隣では若い夫婦が、生後間もない赤ん坊を抱いている。
俺たちが入った瞬間、一族全員が額を床へつけた。
「百十七年前、廃棄処理主任を務めたローデン・バルガの子孫一同でございます」
先頭の女性が震える声で言った。
「祖先の犯した罪により、相良ユウト様のお命と名誉を奪いましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「頭を上げてください」
誰も動かない。
「聞こえませんでしたか?」
「ユウト」
アルカが小声で告げる。
「彼らは、許可なく顔を上げれば処罰されると考えています」
「そんなことしない」
俺は一族の近くまで歩いた。
七人もついてこようとしたが、手で制する。
「全員、顔を上げてください。これは命令です」
その言葉で、ようやく人々がゆっくり顔を上げた。
老人は泣いている。
子供たちは怯え、両親へしがみついていた。
「確認しますが、百十七年前の廃棄処理を決めたのは、ここにいる誰かですか?」
「いいえ」
「俺を犯罪者として報告したのは?」
「祖先です」
「皆さんではないですね」
女性は答えに迷った。
「ですが、その血と名を受け継いでおります」
「血が同じなら罪も同じ、なんてことはありません」
ホールが静まり返った。
「俺は皆さんを裁くつもりはありません。謝罪も必要ないです」
「しかし……」
「あなたたちが生まれる前の話です。何も知らずに生まれた子供や、まして赤ん坊まで連れてくる必要はなかった」
若い母親が、抱いている赤ん坊を強く胸へ寄せた。
「全員、家へ帰ってください。普段どおりに暮らしてもらえれば、それでいいです」
「我々を……お許しくださるのですか」
「許すも何も、最初から皆さんを責めていません」
女性の目から涙がこぼれた。
後ろに並んでいた人々も、次々と泣き始める。
少し言い方が強かっただろうか。
俺が困って振り返ると、七人はそろって俺を見つめていた。
「どうした?」
「ユウト様は、ご自身を死へ追いやった一族にまで慈悲をお与えになるのですね」
ベルが感動したように胸へ手を当てる。
「本人たちじゃないって言ってるだろ」
「ユウトの判断を銀河司法原則へ反映します」
エリスが周囲へ数式を展開した。
「反映しなくていい」
「先祖の罪を子孫へ継承させる法制度は、現在二百八十九国家に存在します」
「そんなにあるのか?」
「ユウトの意思に反します。廃止を勧告します」
「勧告までは勝手にしなくていいけど……子供まで罰する法律なら、なくなった方がいいとは思う」
「最高位管理者の承認を確認」
「今のは承認じゃない!」
エリスの周囲に表示されていた数式が、銀河通信へ変換されていく。
「取り消せ!」
「すでに百四十か国が法改正への着手を表明しました」
「早すぎるだろ!」
俺が一族へ話をしている数十秒の間に、銀河中で法律が変わり始めていた。
しかも、先ほどまで怯えていた一族まで、俺へ向かって再び頭を下げている。
「相良ユウト様の慈悲を、我が一族は永遠に語り継ぎます」
「語り継がなくていいです」
「今後は一族の全財産を用い、ユウト様の御名を広め――」
「広めないでください」
「では、孤児や先祖の罪に苦しむ者を支援する基金を設立いたします」
俺は返事に詰まった。
それなら悪いことではない。
「無理のない範囲なら……」
「承知いたしました。一族の全財産を寄付します」
「無理のない範囲って言っただろ!」
七人がいるせいなのか、この時代の人間が極端なのか。
誰も普通という言葉を理解してくれない。
◇
一族を帰した後、俺たちは地下保管庫へ移動した。
ノア銀河開発社から送られてきた特使船には、事故調査報告書の原本だけでなく、当時の社内記録がすべて積まれていた。
保管庫の中央には、古い記録媒体が数百個並べられている。
「ずいぶん多いな」
「当時の会社が処分したと報告していた記録まで含まれています」
グレイスが一つの媒体を手に取った。
「後継企業が密かに保管していたようです」
「どうして隠してたんだ?」
「事故の責任が会社側にあったと証明されるためでしょう」
アルカが記録媒体へ接続する。
空中に大量の文字列が表示された。
廃棄処理予定表。
作業員名簿。
警報記録。
宇宙港の監視映像。
そして、事故当日に行われた管理職同士の通信記録。
『第十七区画の廃棄を三時間繰り上げろ』
『しかし、相良が私物を回収している可能性があります』
『すでに解雇済みだ。残っている方が規則違反だろう』
『生命反応の確認だけでも――』
『処理船の出港が遅れれば、追加費用が発生する。予定どおり進めろ』
俺をクビにした所長の声だった。
続いて、廃棄担当主任の声が流れる。
『船内に生命反応を検知しました』
『誤作動だ。旧式船のセンサーなど信用するな』
『ですが――』
『責任は私が取る。投棄しろ』
そこで通信が途切れた。
ホールの空気が冷える。
アルカたちの表情から、すべての感情が消えていた。
「全員、落ち着けよ」
「落ち着いています」
七人が同時に答えた。
まったく信用できない。
「百年以上前の人間だ。もう生きてない」
「確認します」
フィアが記録へ触れる。
数秒後、彼女は首を横へ振った。
「所長本人は八十九年前に死亡しています」
「なら終わった話だ」
「ですが、人格複製体が存在します」
「人格複製体?」
「当時の富裕層は、自身の記憶と人格を人工知能へ保存する技術を利用していました」
エリスが別の記録を表示する。
「元所長、ガレス・オルドの人格データは、現在も稼働しています」
「どこで?」
「ノア銀河開発社本社の経営判断AIとして」
俺は画面を見つめた。
百十七年前、俺を見殺しにし、事故の責任を押しつけた男。
肉体はすでに死んでいる。
だが、その記憶と人格だけは、後継企業の中で今も生き続けている。
「ユウト」
アルカが静かに尋ねる。
「本人へ、会いに行きますか?」
背後では、六人がすでに出発準備を始めていた。
俺がまだ返事をしていないのに、窓の外では七艦隊が一斉にノア銀河開発社本社へ進路を向けていた。




