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第5話 博物館を見学したいだけなのに、降伏勧告を受けた


 旧ノア・ポート。


 百十七年前、俺が働いていた辺境宇宙港は、現在では銀河近代史を伝える巨大博物施設になっているらしい。


 かつて廃棄船が並んでいた区画は保存展示区域となり、管理棟や作業用通路まで当時の姿で残されている。


 俺としては、昔住んでいた町を久しぶりに見に行く程度の感覚だった。


 しかし、そのために七つの大艦隊が同時に進路を変更した。


「なあ、アルカ」


「はい」


「艦隊全部で行く必要はあるのか?」


「ユウトの移動に際し、最低限の護衛は必要です」


 窓の外には、最低限という言葉では説明できない数の戦艦が並んでいる。


 最前列だけでも、視界の端まで艦影が続いていた。


「これのどこが最低限なんだ」


「私の所有艦艇の一・二パーセントです」


「割合の話じゃない」


 アルカの艦隊だけでそれだ。


 後方にはベルたち六人の艦隊も続いている。


 銀河最強の七勢力が、一つの博物館を目指して集団移動している状況だった。


「護衛は一隻でいい」


「不可能です」


 グレイスが即答した。


「ユウト様の存在を知った国家の中には、接触を試みる勢力もあります」


「話しかけるくらいなら別にいいだろ」


「接触には、誘拐、暗殺、洗脳、複製、婚姻の強要なども含まれます」


「最後だけ種類が違わないか?」


「すべて重大な脅威です」


 ベルが深くうなずいた。


「特に婚姻の強要は危険です。先ほど婚姻候補を送り込もうとした十一か国には、私の交易連合から厳重な警告を――」


「何もしてないだろうな?」


「今のところは、主要航路の利用料金を三百倍にしただけです」


「それは警告じゃなくて制裁だ!」


「まだ軽い方ですわ」


「戻せ」


「ユウト様の命令でしたら」


 ベルは笑顔のまま、料金を元に戻した。


 その横ではクレアが、窓の外を退屈そうに眺めている。


「護衛なら私一人で十分なのに」


「あなたが最も建造物を壊す可能性が高いから問題なのです」


 グレイスが冷静に指摘した。


「今回は壊さないよ」


「前回も同じ発言をした二分後、宇宙要塞の隔壁を三百二十一枚破壊しました」


「あれは扉が開くの遅かったから」


「博物館の扉は、さらに遅いと予測されます」


「じゃあ最初から外しておけばいい」


「外すな」


 こいつらを連れて普通の見学ができる気がしない。


 俺はせめて、到着前に博物館へ連絡しておこうと思った。


「アルカ、向こうには俺たちが見学へ行くって伝えたのか?」


「まだです」


「どうして?」


「ユウトの来訪情報が漏洩すれば、警備上の危険が増加します」


「でも、これだけ艦隊が近づいたら向こうも驚くだろ」


「問題ありません。到着後、説明します」


 その直後。


 艦内に通信音が響いた。


『旧ノア・ポートより、全周波数帯緊急通信を受信』


「ほら、向こうから来た」


「再生します」


 空中に、初老の男性が映し出された。


 立派な制服を着ているが、顔は真っ青だった。


 背後では大勢の職員が慌ただしく走り回っている。


『こちらは銀河近代史保存施設、旧ノア・ポート館長のダリオ・メルクです』


 男性は一度息をのみ、震える声で続けた。


『当施設には軍事的価値はありません。収蔵品、保存艦艇、歴史記録のすべてを無条件で引き渡します。職員および見学客の生命だけは、どうかお助けください』


「降伏してるぞ!」


「賢明な判断です」


「アルカのせいだろ!」


 俺は通信画面へ近づいた。


「館長さん、違うんです。俺たちは攻撃しに来たわけじゃなくて――」


 俺の声が聞こえた瞬間、画面の向こうが静まり返った。


 館長だけでなく、背後を走っていた職員たちまで動きを止める。


『今の声は……』


「普通に見学したいだけなんです」


『し、失礼ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか』


「相良ユウトです」


 館長の顔から、残っていた血の気まで消えた。


 背後で誰かが端末を床へ落とす。


『相良……ユウト……』


「はい。昔ここで働いていました」


『まさか』


 館長は画面の外へ目を向け、何かを確認している。


 やがて、震える手で一枚の資料を表示した。


 百十七年前の俺の職員証だった。


『廃棄船強奪事件の……被疑者本人』


「それ、間違った記録らしいです」


『生きて……いらしたのですか』


「ついさっきまで寝てましたけど」


 冗談のつもりだった。


 だが館長は、その場で床へ膝をついた。


 背後の職員たちも、一斉に同じ動きをする。


『お許しください』


「何をですか?」


『当施設は、百年以上にわたり、あなたを犯罪者として展示してまいりました』


「館長さんたちの責任じゃないでしょう」


『しかし、我々は記録を疑わなかった』


「普通は百年前の公式記録を疑わないと思います」


『それにもかかわらず、あなたは我々の生命を奪わず、対話の機会を与えてくださるのですね』


「だから最初から攻撃する気はありませんって」


 館長は両手を床につけ、さらに深く頭を下げた。


『寛大なるご慈悲、心より感謝いたします』


 話が通じていない。


 俺が困ってアルカたちを見ると、七人は満足そうにうなずいていた。


「ユウトの慈悲が正しく伝わりました」


「伝わってないからな」


『館長』


 グレイスが通信へ入る。


 声を聞いた館長の背筋が跳ねた。


『は、はい!』


『相良ユウト様は、一般の見学者として施設への入場を希望されています』


『一般の……見学者』


『特別な応対は不要とのことです』


 グレイスが俺の希望を正確に伝えてくれた。


 これなら大丈夫だ。


 そう思ったのだが、館長はさらに青ざめた。


『つまり、我々の誠意を秘密裏に試されると……』


「違います」


『通常営業を装い、その中で我々がどのような判断を下すかご覧になるのですね』


「そこまで深読みしなくていいです」


『承知いたしました。全力で通常営業を実施します』


「全力で通常営業って何だ」


 通信が切れた。


 嫌な予感しかしない。


     ◇


 旧ノア・ポート側では、館長から全職員へ緊急命令が出されていた。


 俺がそのことを知ったのは、到着後だった。


 七艦隊は博物館から十分な距離を取って停泊。


 俺たちはアルカの小型艇一隻で、施設の発着場へ降りた。


 小型艇といっても、百十七年前の巡洋艦より大きい。


 同行者はアルカたち七人。


 俺は一人で行くと言ったのだが、全員から却下された。


 発着場の扉が開く。


「……これが通常営業か?」


 赤い絨毯が、出口から施設の奥まで続いていた。


 通路の両脇には、礼服姿の職員が数百人。


 天井付近には無数の花びらが舞い、楽団が荘厳な音楽を演奏している。


 正面には、館長を中心とした代表者たちが並んでいた。


『相良ユウト様、御帰還』


 館内放送が響く。


『全職員、最敬礼』


 数百人が一斉に頭を下げた。


「特別な応対は不要って伝えたよな?」


「伝えました」


 グレイスも少し困惑している。


「彼らにとって、これが通常なのでしょうか」


「そんな博物館があるか」


 館長が一歩前へ出た。


「相良ユウト様。旧ノア・ポート全職員を代表し、百十七年ぶりの御帰還を歓迎いたします」


「普通にユウトでいいです」


「そのような恐れ多い呼び方はできません」


「昔はここの平社員ですよ」


「銀河最強の七女王を従えた平社員が存在するはずがありません」


「従えてないんだけどな……」


 後ろを見る。


 アルカたちは、俺の半歩後ろに整然と並んでいた。


 確かに傍から見れば、従えているように見える。


「俺は昔の職場を見たいだけです。案内してもらえますか?」


「もちろんでございます」


 館長が手を向けた。


 俺たちは赤い絨毯の上を歩き始める。


 右側には、百十七年前の作業服や工具。


 左側には、旧式輸送船の模型や宇宙港の写真。


 懐かしいものばかりだ。


「これ、俺が使っていた型と同じ工具だ」


 展示棚をのぞき込む。


「ユウト様がお使いになった現物でございます」


「現物?」


「事件後、証拠品として保管されていたものです」


 工具箱の横には、説明文が表示されていた。


 廃棄船強奪犯、相良ユウトが犯行に使用した改造工具。


「普通の修理工具だぞ」


「直ちに説明を変更します」


 館長が端末を操作する。


 表示が消え、新しい文章に切り替わった。


 銀河文明の礎を築いた相良ユウトが、七女王を救うために使用した聖なる工具。


「変えすぎです」


「では、どのように?」


「普通に作業用工具でいいです」


 館長は戸惑いながらも表示を直した。


 その後も同じことが続いた。


 俺が使っていた椅子。


 俺が書いた巡回記録。


 俺が休憩中に飲んでいた安い栄養飲料の空容器。


 そのすべてが、犯罪者の遺留品として展示されている。


 そして俺が一言言うたび、聖遺物へ変更されそうになる。


「もう説明文には触らなくていいです」


「しかし、誤った記録を残すわけには」


「後で落ち着いて調査しましょう」


「寛大なお言葉、感謝いたします」


 案内されるまま、かつての第十七管理棟へ入った。


 俺がクビを言い渡された部屋も、そのまま保存されている。


 机も椅子も、所長が使っていた端末まで当時のものだった。


 部屋の中央には、人型の立体映像が表示されている。


 若い頃の俺だった。


『相良ユウトは会社資産であるAIを不正に改造。発覚後、廃棄船アステリアを奪い、宇宙港から逃亡した』


 説明音声が流れる。


 アルカたちの表情が一斉に消えた。


「止めてください」


 俺が言うより先に、館長が展示を停止した。


「この記録の根拠は何ですか?」


 アルカが尋ねる。


 静かな声だった。


 だが室内の温度が数度下がったように感じる。


「当時の運営会社が提出した事故調査報告書です」


「原本は?」


「地下保管庫に保存されています」


「閲覧します」


 館長はためらった。


「何か問題が?」


「いえ。ただ、原本には閲覧制限が設定されています」


「誰によって?」


「旧運営会社を吸収した、現在のノア銀河開発社です」


「会社が残ってるのか?」


 俺は驚いて館長を見た。


「同じ会社ではありません。倒産後、資産と権利を複数の企業が引き継ぎ、現在は銀河でも有数の開発企業となっています」


 会社自体は消えた。


 しかし、後継企業は存在する。


「記録の公開には、ノア銀河開発社の許可が必要です」


「なら、許可を取ればいい」


 俺がそう言った瞬間、七人が同時に端末を開いた。


「待て」


「交易連合から取引停止を通知します」


「企業本社へ竜機艦隊を送る!」


「経営陣の個人情報、もう見つけたよ」


「全役員の神経系を一時停止できます」


「企業価値を演算中。買収には十一秒必要です」


「銀河防衛機構の強制捜査対象に指定します」


「アルカディア領内の全資産を凍結します」


「何もするな!」


 七人の手が止まった。


「普通に連絡して、記録を見せてほしいと頼む。それだけだ」


「拒否された場合は?」


 アルカが聞く。


「その時また考える」


「承知しました」


 館長がノア銀河開発社へ通信を送る。


 相手はすぐに応答した。


 空中へ、上等な服を着た中年男性が映し出される。


『旧ノア・ポート館長か。緊急連絡とは何事だ』


「相良ユウト様が、事故調査報告書の原本閲覧を希望されています」


『相良ユウト?』


 男性は不快そうに眉を寄せた。


『百年以上前に死んだ犯罪者ではないか』


 室内が静まり返った。


 男性は、俺たちの姿が見えていないらしい。


『そんな者を使った宣伝企画なら許可できん。あの事件については、我が社の名誉に関わる。記録の公開は永久に禁止だ』


「本人が生存しています」


『馬鹿なことを言うな』


「現在、こちらにいらっしゃいます」


 館長が通信範囲を広げる。


 俺と七人の姿が、相手側へ送信された。


 男性の顔から笑みが消えた。


 アルカが一歩前へ出る。


「初めまして。機械星王アルカです」


 ベルたちも順番に名乗った。


 銀河最大の交易連合代表。


 竜機艦隊領主。


 自由海賊星域首領。


 銀河最大演算聖域の管理者。


 生命設計共同体の主宰者。


 銀河防衛機構総司令。


 男性の顔が、名乗りのたびに青くなっていく。


 最後にアルカが、俺の肩へ手を添えた。


「そして、こちらが相良ユウト。私たち七人の最高位管理者です」


 通信相手は口を開いたまま、動かなくなった。


「記録を見せていただけますか?」


 俺はできるだけ穏やかに尋ねた。


 男性は数秒間沈黙した後、震える指で通信を切った。


「……切られたぞ」


『ノア銀河開発社より緊急放送』


 館内端末へ、自動通信が届く。


『全支社、全施設、全役員へ通達。当社は本日をもって、すべての事業活動を停止する』


「どうして会社ごと止まるんだ!?」


『続報。全経営陣が辞任を表明』


「まだ何もしてないぞ!」


『続報。事故記録原本を積載した特使船が、旧ノア・ポートへ向け出発』


 アルカたちが満足そうにうなずく。


 俺は頭を抱えた。


 普通に記録を見せてほしいと頼んだだけなのに、銀河有数の大企業が自主的に解散しようとしている。


 しかも、その直後。


 館長の端末へ、特使船から追加の通信が届いた。


『相良ユウト様へ、事故記録原本と当時の関係者一族をお連れします』


「関係者一族?」


『百十七年前、廃棄処理を繰り上げた責任者の子孫です。本人たちは一族全員で裁きを受ける覚悟を決めています』


「連れてくるな!」


 俺が止めるより先に、特使船は最大速度でこちらへ向かっていた。


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