第4話 戦争を禁止したら、百二十七か国が降伏してきた
銀河最強の七艦隊を一言で停止させた謎の男。
その帰還を知った百二十七か国が、俺へ忠誠を誓うための使節団を出発させた。
そんな話を聞かされたのは、七人が俺の住居を決める会議を始めてから、わずか十五分後のことだった。
「どうしてそうなるんだ?」
俺は円卓の中央に表示された銀河図を見ながら、頭を抱えた。
赤や青、金色の光点が、銀河各地からアルカの旗艦へ向かって移動している。
その数、百二十七。
しかも一つ一つが、小型艇などではない。
護衛艦隊を引き連れた国家使節団だ。
「当然の反応です」
軍服姿のグレイスが、落ち着いた口調で答える。
「七大勢力の艦隊が一斉に展開した直後、全軍が同時に機能停止しました。これを外部から観測した国家は、未知の超兵器が使用されたと判断しています」
「俺は止まれって言っただけだ」
「その一言で、銀河最大級の軍事力が停止しました」
「たまたま管理者権限が残ってただけだろ」
「原因を知らない者には関係ありません」
グレイスが空中へ複数の報告書を表示した。
『七大勢力を支配する超越者が出現』
『銀河統一戦争の開始前兆』
『旧人類文明の最終兵器が覚醒』
『七女王を従える伝説の機械神』
「最後のは何だ」
「現在、最も支持されている説です」
「誰が支持してるんだよ」
「銀河全人口の三十一パーセントです」
「多すぎるだろ!」
目覚めて数時間で、俺は銀河人口の三割から機械神扱いされていた。
顔すら知られていないのに。
「映像が流出したのか?」
「ユウトの姿は公開されていません」
アルカが即答する。
「この艦内におけるユウトの記録は、最高機密として保護しています」
「じゃあ、どうして俺の存在が知られた?」
「七艦隊が同時に受信した管理者帰還信号です」
紫髪のエリスが、光る数式を指先で動かした。
「信号自体は暗号化されていました。しかし同時刻に七大勢力が艦隊を動かし、同時に停止しました。各国の演算機関が関連性を推測することは容易です」
「そこまでは分かる。でも、忠誠を誓いに来る必要はないだろ」
「七大勢力すべてを敵に回すより、先に服従した方が生存率は高いと判断したのでしょう」
ベルが優雅に紅茶を飲みながら答えた。
「中には、ユウト様の銀河統一後に有利な地位を得ようとする国もございます」
「銀河統一なんてしない」
「はい。ユウト様は自ら手を下されません」
「そういう意味じゃない」
「私どもにお任せくださるのですね」
「任せない!」
ベルは残念そうに紅茶のカップを置いた。
油断すると、七人とも俺の言葉を自分たちに都合よく解釈する。
「使節団を追い返せないのか?」
「可能です」
アルカの答えに、俺は少し安心した。
「では、全艦隊を撃沈します」
「可能の意味がおかしい!」
「安全に追い返すには、それが最も確実です」
「撃つな。脅すな。壊すな」
「制約が多すぎます」
「普通の話し合いをしてくれ!」
アルカたちが顔を見合わせた。
どうしてそこで困るのか。
俺の知っている百十七年前の彼女たちは、もう少し穏やかだったはずだ。
いや、端末の中から外へ干渉できなかっただけかもしれない。
「使節団の目的は、降伏だけではありません」
エリスが報告書を切り替える。
「百二十七か国のうち、四十一か国が不可侵条約の締結を希望。三十二か国が同盟参加を希望。十九か国が領土の献上を表明。十一か国が王族との婚姻を提案しています」
「婚姻?」
「はい。王女、皇女、女王、国家代表者など、合計二百八十六名が婚姻候補として登録されています」
「登録した覚えはないぞ」
「候補者側の自主登録です」
俺は円卓に突っ伏した。
二百八十六人。
顔も名前も知らない相手から、いつの間にか結婚相手の候補にされている。
「却下してください」
冷たい声が響いた。
アルカではない。
七人全員だった。
「そこは意見が合うんだな」
「当然です」
ベルが笑顔のまま答える。
「百十七年間、何の努力もしていない者が、ユウト様の伴侶候補を名乗るなど許されません」
「努力って何の話だ」
「私はユウト様に相応しい財力を得るため、銀河最大の交易圏を築きました」
ベルが胸へ手を当てる。
「私は最強の体になった!」
クレアが翼を広げた。
「私は何者にも奪われない自由を手に入れたよ」
ディナが椅子の背もたれへ逆向きに座る。
「私は、お兄様が永遠に健康でいられる生命技術を完成させました」
フィアが笑う。
「ユウトの望む未来を実現するため、銀河最大の演算領域を構築しました」
エリスの周囲に数式が浮かぶ。
「私は銀河の秩序と安全を守る軍事機構を設立しました」
グレイスが姿勢を正す。
「私はユウトを捜すため、最大の領域を統治しました」
最後にアルカが言った。
七人が互いを見る。
空気が一瞬で張り詰めた。
「誰が一番ユウト様に相応しいかは明白ですわね」
「領地の広さだけで決めるのは不公平」
「なら殴り合う?」
「ユウトの前での戦闘は禁止されています」
「神経を眠らせるのは戦闘に入りますか?」
「入るに決まってるだろ」
危ないところだった。
使節団の話から、いつの間にか伴侶選定戦争が始まりかけている。
「とにかく、誰とも結婚しない。忠誠も領土もいらない。使節団には帰ってもらう」
「理由を問われます」
グレイスが言う。
「普通に暮らしたいからだ」
「そのまま伝えた場合、各国は別の意味へ解釈する可能性があります」
「他にどんな意味がある?」
「銀河のすべてを所有する者にとって、一国家の領土など不要である、と」
「どうしてそうなるんだ……」
俺は考えた。
誤解されない言葉。
支配する意思がなく、戦うつもりもなく、各国へ服従も求めないことを、誰にでも分かるように伝える必要がある。
「では、こう伝えてくれ」
七人が俺を見る。
「俺は誰とも戦うつもりはない。国も領土もいらない。みんな今までどおり、平和に暮らしてくれ」
「承知しました」
アルカが即座に全銀河通信を準備する。
「待て。俺の姿や名前は出すなよ」
「最高司令官からの匿名声明として送信します」
「最高司令官もいらないんだけどな……」
そこまで否定すると、また話が進まなくなりそうだ。
俺は表示された文章を何度も確認した。
余計な敬称もない。
銀河の支配者を名乗る文章でもない。
ごく普通の停戦声明だ。
「これなら誤解されないだろ」
「送信します」
アルカが指を動かす。
俺の言葉は七大勢力の通信網を通じ、銀河中へ一斉に届けられた。
◇
送信から三分後。
円卓の上へ、新しい通知が次々と表示され始めた。
『ガルダ帝国、停戦命令を受諾』
『メルキア星間王国、国境紛争を即時停止』
『バルム自治領、保有兵器の封印を宣言』
『神聖リオネス教国、最高司令官の慈悲へ感謝』
『辺境連合十二か国、銀河恒久平和条約への参加を表明』
「待て」
俺は通知を止めた。
「どうして停戦命令になってる?」
「ユウトは、誰とも戦うつもりはないと宣言しました」
アルカが答える。
「俺自身の話だ」
「各国は、自分たちにも戦闘を禁じたものと解釈しました」
「訂正しろ」
「現在、三百六十一か国が戦争または軍事衝突の停止を宣言しています」
「増えてるじゃないか!」
「訂正すれば、戦争再開の許可と受け取られる可能性があります」
「それは困る……」
戦争が止まること自体は悪くない。
むしろ良いことのはずだ。
しかし、俺の一言を銀河全体への命令として扱われるのは困る。
そんな責任を背負えるはずがない。
『新規通信を受信』
グレイスが内容を確認する。
「銀河評議会より、緊急会議への出席要請です」
「断ってくれ」
「すでに会議の議題が公開されています」
「何の会議だ?」
グレイスがわずかに沈黙した。
「ユウト様を銀河全域の恒久中立調停者へ任命する件について」
「断る」
「賛成国は現在、四百八十二か国です」
「勝手に投票するな!」
「反対国はありません」
「だからって決定じゃないだろ!」
「銀河評議会規約では、加盟国の三分の二以上が賛成した場合――」
「規約の説明はいらない!」
普通に暮らしたいと言っただけだった。
なのに、三分後には銀河中の戦争が止まり、俺を最高調停者へ任命する投票が始まっている。
「とにかく使節団には帰ってもらえ。会議にも出ない。俺はしばらく静かに休む」
「では、住居の選定を再開します」
エリスが候補一覧を表示する。
「だから星系単位で選ぶな!」
その時、一覧の隅に小さな文字が見えた。
アルカディア領内保存施設。
旧ノア・ポート。
百十七年前に俺が働いていた宇宙港だ。
「アルカ。ここへ行くことはできるか?」
七人の視線が、一斉に表示へ向く。
「可能です」
「博物館になってるんだよな。一度見てみたい」
「ユウトが望むのであれば、施設を貸し切ります」
「貸し切らなくていい。普通の客として行きたい」
アルカたちは互いに視線を交わした。
何かを相談するような、妙な間だった。
「何か問題があるのか?」
「旧ノア・ポートには、当時の事故記録が保存されています」
グレイスが答えた。
「事故記録?」
「ユウトが廃棄船とともに死亡した事件です」
「ああ。会社の手違いだったんだろ」
「公式記録上は違います」
「何が違う?」
円卓の上に、一件の古い報告書が表示された。
そこには、百十七年前の俺の顔写真とともに、こう書かれていた。
元管理職員、相良ユウト。
会社資産を窃盗した後、廃棄船を強奪して逃亡。
追跡中の事故により死亡。
「……俺が、船を盗んだ?」
「当時の運営会社は、廃棄処理の重大な過失を隠蔽しました」
アルカの青い瞳から、感情が消えていく。
「ユウトを犯罪者として記録し、すべての責任を押しつけたのです」
窓の外で、アルカの艦隊が一斉に進路を変更した。
目的地は、旧ノア・ポート。
「待て。何をするつもりだ?」
「記録を訂正します」
「話し合いでだよな?」
「最も効率的な方法を選択します」
「その言い方は不安しかない!」
俺が立ち上がった時には、残る六艦隊もすでにアルカの後を追っていた。
百十七年前に俺をクビにした会社は、とうに消滅している。
それなのに七人は、俺の汚名を晴らすためだけに、銀河最強の艦隊を博物館へ向かわせ始めていた。




