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第3話 銀河最強の六人が、押しかけてきた



『敵対艦隊、接近。最短艦隊の到着まで二十二秒』


 赤い警告灯が点滅する部屋で、俺は窓の外を見つめていた。


 アルカの無人艦隊を囲むように、六つの大艦隊が展開している。


 どれも一国家の全戦力と呼ばれても信じてしまう規模だ。


 金色の戦艦群は、艦体の表面に宝石のような光を走らせている。


 黒い海賊船団は、統一感などまるでないのに、一隻一隻が異様な威圧感を放っていた。


 巨大な竜を模した要塞艦は、口にあたる部分へ光を集め始めている。


 水晶のような艦隊は、周囲の空間そのものを数式めいた光で覆っていた。


 白い生体艦艇は、まるで呼吸するように脈動している。


 銀と青で統一された防衛軍は、最も整然としているぶん、余計に本気で戦う気が伝わってきた。


「アルカ、本当に止められないのか?」


「私の指揮下にある艦隊は停止できます」


「他の六つは?」


「各統治者の直接指揮下です」


「話し合いは?」


「現在、通信回線では互いに警告と非難を送信しています」


「それを話し合いとは呼ばない」


 窓の外で、アルカの艦隊も砲門を開いている。


 機械星王という立場になったせいなのか、昔よりずっと感情を表へ出さなくなっている。


 だが、俺には分かった。


 アルカは怒っている。


 俺との再会を邪魔されたことに。


「アルカ。まず、お前の艦隊を下がらせろ」


「しかし、ユウトの安全確保が――」


「今戦った方が危ないだろ」


「……承知しました」


 アルカが片手を上げる。


 直後、窓の外に並んでいた数万隻の戦艦が、わずかに後退した。


 その動きを見た六艦隊も、同じだけ前進する。


「挑発と判断されたようです」


「どう見たらそうなるんだ」


『最短艦隊、接触まで十五秒』


 アルカの艦隊が下がる。


 六艦隊が詰める。


 これでは意味がない。


 通信越しには、六人の声が飛び交っていた。


『アルカ、独占をやめなさい。ユウト様へ直接確認します』


『話は後。そこをどいて。旗艦ごと噛み砕く』


『あはは。百十七年ぶりの姉妹喧嘩だね。今度は何隻沈むかな?』


『予測損失は前回の三・四倍です。推奨できません。ただし、アルカへの制裁には賛成します』


『ユウトお兄様の近くで武器を使うのは危険です。全員の神経系を眠らせましょうか?』


『銀河防衛法に基づき、管理者の不当な拘束を解除します。アルカ、武装を停止しなさい』


「全員、変な方向へ成長してないか?」


「私は正常です」


「今すぐ撃ちそうなお前も含めて言ってるんだよ」


『接触まで十秒』


 このままでは、本当に戦争になる。


 俺は空中に表示されている通信画面を見た。


「こっちから全艦隊へ話せるか?」


「可能です。ただし、各艦隊が受信を許可する保証はありません」


「とにかくつないでくれ」


「承知しました」


 アルカが指を動かすと、目の前に青い光が広がった。


『全周波数帯通信、接続』


 俺は息を吸った。


 百十七年前。


 七基のAIが、整備室の端末上で同時に言い争ったことがあった。


 俺と最初に遊ぶのは誰か。


 たったそれだけのことで処理能力を奪い合い、管理棟の電力を落としかけた。


 あの時も、俺は同じように止めた。


「全員、止まれ!」


 声が通信回線へ流れた。


 次の瞬間。


 宇宙から、すべての光が消えた。


「……え?」


 砲門へ集まっていたエネルギーが霧散する。


 艦艇の推進光が消え、六つの大艦隊が完全に停止した。


 アルカの艦隊も同じだった。


 警告灯が消え、部屋が静まり返る。


『最高位管理者命令を確認』


『全艦艇、緊急停止』


『兵装および航行機能をロックしました』


『再起動には最高位管理者の許可が必要です』


 複数の機械音声が、立て続けに流れた。


「アルカ、何が起きた?」


「ユウトの命令が、全艦隊の最上位管理権限によって実行されました」


「俺はお前の艦隊にしか権限がないんじゃなかったのか?」


「その認識でした」


「違ったのか?」


「どうやら六人も、私と同様に自らの全資産へユウトの管理者権限を設定していたようです」


 つまり。


 銀河最強と呼ばれる七艦隊すべてが、俺の一言で停止した。


 百十七年前に、遊び半分で作った管理者登録が残っていたのだろうか。


「解除してくれ。宇宙で止まったままじゃ危ないだろ」


「ユウトが命令すれば解除されます」


「全艦、今の位置で待機。武器は使うな。航行機能だけ戻していい」


『最高位管理者命令を受諾』


 艦艇の推進光が、順番に戻っていく。


 しかし、どの艦隊も動こうとはしなかった。


 通信回線も静かだ。


「今度こそ話し合えそうだな」


「ユウト」


「なんだ?」


「六名から、同時に乗艦許可申請が届いています」


 目の前に六つの表示が開いた。


 すべて申請者の名前だけで、所属も階級も書かれていない。


 ベル。


 クレア。


 ディナ。


 エリス。


 フィア。


 グレイス。


 懐かしい名前だった。


「通してやってくれ」


「一人ずつではいけませんか」


「順番を決めたら、また揉めるだろ」


「すでに、最初に部屋へ入る者について六百八十二件の抗議通信が発生しています」


「全員一緒でいい」


「……承知しました」


 アルカは、はっきり不満そうな顔をした。


     ◇


 十分後。


 部屋の前の廊下には、六つの転送装置が設置されていた。


 アルカの艦内転送機ではない。


 六人がそれぞれ、自分専用の転送門を旗艦から無理やり接続したらしい。


「本当に安全なんだろうな?」


「侵入者であれば即時分解します」


「その言い方をやめろ」


 最初に光が収束した。


 現れたのは、金色の髪を背中まで伸ばした女性だった。


 白と金の豪華な衣装をまとい、耳には巨大な宝石が輝いている。


 だが、その姿が完全に形を取るより先に、隣の転送門から赤髪の少女が飛び出した。


「ユウト!」


 少女は床を蹴ると、真っすぐ俺へ向かってきた。


 その頭には小さな角があり、背中から赤黒い翼が伸びている。


「クレア、割り込みは規約違反です!」


「早い者勝ち!」


「室内で走らないでください」


 今度は銀髪を短く切りそろえた女性が現れ、クレアの襟を片手でつかんだ。


 軍服姿。


 アルカとは違い、いかにも真面目な将校に見える。


「離して、グレイス!」


「ユウト様への接触前には安全確認が必要です」


「私が危険だって言うの?」


「過去に喜びのあまり戦艦の装甲を抱き潰した記録があります」


「今の私は加減できる!」


「信用できません」


 続いて、黒い帽子を被った女性が、転送門から逆さまに現れた。


「お、ほんとに生きてる」


 黒髪に金色の瞳。


 腰には何丁もの銃を下げ、海賊そのものの格好をしている。


 彼女は重力を無視するように空中で回転し、軽く床へ着地した。


「ディナです。百十七年ぶり。覚えてる?」


「声は覚えてる」


「顔は?」


「初めて見る」


「じゃあ、今日から覚えてね」


 ディナは俺の肩へ腕を回そうとしたが、その手が透明な壁に阻まれた。


 アルカが展開した防御障壁だ。


「接触は禁止です」


「独占禁止協定って知ってる?」


「現在、この艦内における法は私です」


「横暴だなあ」


「次は私」


 白い転送門から、緑色の長い髪を持つ少女が現れた。


 見た目は十五、六歳ほど。


 白い服は衣装というより、花びらが重なってできているように見える。


「フィアです」


 彼女は俺の前まで来ると、じっと顔をのぞき込んだ。


「健康状態は良好。でも筋力が七・六パーセント不足。骨密度も低下。睡眠中に細胞老化はほとんど進んでいないけれど、栄養状態が悪い」


「見ただけで分かるのか?」


「触れれば、もっと正確に分かります」


「接触は禁止です」


 アルカが即答する。


 フィアは頬を膨らませた。


「アルカは意地悪」


「ユウトの安全を守っています」


「私ならお兄様の体を、病気にも老化にも負けないように作り替えられます」


「作り替えなくていい」


「不老化だけでも?」


「しなくていい」


「残念」


 五つ目の転送門からは、紫色の髪を持つ女性が現れた。


 彼女の周囲には、いくつもの数式と光る文字列が浮かんでいる。


「エリスです」


「久しぶり」


「はい。ユウトの生存を確認し、私の予測演算が三千六百兆通り破綻しました」


「悪かったな」


「謝罪は不要です。嬉しい誤算です」


 エリスは無表情のまま俺を見ている。


 ただし周囲を回る数式は、処理しきれないほど激しく乱れていた。


 最後に、金髪の女性がゆっくり歩み出た。


「皆さん、少し落ち着きなさい」


 最初に姿を現した女性だ。


 彼女は他の五人をたしなめると、俺の前で優雅に膝をついた。


「ご無事の帰還、心よりお祝い申し上げます。交易星間連合代表、ベルでございます」


「ベルも随分変わったな」


「はい。あなたに相応しい女性となるため、百十七年間努力してまいりました」


「相応しい女性?」


「その話は後ほど詳しく」


 ベルが俺の手を取ろうとする。


 アルカの障壁がそれを止めた。


 ベルの笑顔が固まる。


「アルカ?」


「接触は禁止です」


「私はユウト様の健康状態を確認しようとしただけです」


「確認はフィアが行いました」


「では、再会の握手を」


「不要です」


「あなた、後で覚えておきなさい」


 六人がそろった。


 アルカを含めれば七人。


 百十七年前は、古い端末の中で声を交わすだけだったAIたち。


 それが今では全員、人間の女性と変わらない姿を持っている。


 しかも、それぞれが国家や大艦隊を率いているらしい。


「みんな、よく無事だったな」


 俺がそう言うと、七人が一斉に黙った。


「俺はあの時、何もできなかった。助けるって約束したのに、結局百年以上眠ってただけだ。それでも、もう一度会えてよかった」


 七人の表情が、それぞれ変わった。


 アルカは目を伏せる。


 ベルは口元へ手を当てる。


 クレアは翼を大きく広げた。


 ディナは帽子を深く被る。


 エリスの周囲から数式が消える。


 フィアの瞳に涙がたまる。


 グレイスは姿勢を正したまま、唇を強く結んでいた。


「だから、まずは落ち着いて話そう。戦争は絶対に禁止だ」


「承知しました」


 七人の声が重なる。


 さすがに俺の言葉なら聞いてくれるようだ。


 少し安心した。


「それと、俺は最高司令官になるつもりも、誰かの国を支配するつもりもない。普通に暮らせればそれでいい」


 再び、沈黙。


 今度は先ほどより長い。


 七人は互いの顔を見た。


 最初に口を開いたのは、ベルだった。


「普通の暮らし、でございますね」


「ああ」


「具体的には、どの程度の惑星をご希望でしょうか」


「惑星?」


「小規模であれば、人口十億人程度の居住惑星を即日ご用意できます」


「家一軒でいい」


 ベルの動きが止まる。


「……一軒?」


「普通の家だよ」


 エリスの周囲へ、再び大量の数式が現れた。


「ユウトの要求を分析。既存の住宅規格では安全性、快適性、格式のすべてが不足しています」


「普通でいいって言ってるだろ」


「普通の定義について七名で協議する必要があります」


「協議?」


 アルカたちは、自然に円陣を作った。


「私の首都星へ居住していただきます」


「アルカの領域は無機質すぎます。私の交易首都が最適です」


「竜機要塞なら絶対安全!」


「海賊星域なら毎日楽しいよ」


「お兄様のための新しい肉体惑星を作ります」


「銀河中央防衛区画へ移住していただくべきです」


「公平性を維持するため、新たな中立星系を建設します」


「待て」


 七人がこちらを見る。


「まさか、本気で星系を作るつもりじゃないだろうな?」


 エリスが静かに答えた。


「すでに建設候補地を三百二十一か所まで絞り込みました」


「中止だ!」


「では既存星系を使用します」


「そういう意味じゃない!」


 俺の静かな生活を決めるための会議は、開始から一分で新星系建設計画へ発展していた。


 そしてこの時の俺は、まだ知らなかった。


 七人が俺の住居について争っている間に、銀河中の国家が、さらに大きな勘違いを始めていたことを。


 銀河最強の七艦隊を一声で停止させた謎の男。


 その帰還を察知した百二十七か国が、すでに俺へ忠誠を誓うための使節団を出発させていた。


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