第68話 百十七年前の解雇取消申請が見つかったら、銀河最大の管理機構から復職届が届きました
『相良ユウト 解雇処分取消申請書』
何度見ても、そこには俺の名前が書かれていた。
作成者はダリオ・ウェルズ。
作成日時は、俺が会社をクビになった日の夜。
そして申請理由には、
『処分対象七基の状態を再確認した結果、相良の現場判断は妥当と認められる。』
とはっきり残っている。
「……でも、これ提出されてないんだよな?」
「はい」
エリスが答えた。
「正式な申請番号は発行されていません。ダリオ・ウェルズ氏の個人業務領域に保存されたままです」
「じゃあ、俺がクビになった事実は変わらない?」
「変わりません」
「よかった」
思わずそう言うと。
七人全員が変な顔をした。
「なぜ安心するのです?」
アルカが聞く。
「いや、今さら百十七年前の経歴まで変わったらややこしいだろ」
俺は本当に会社を解雇された。
七人を勝手に修理したからだ。
その日に事故へ巻き込まれ、百十七年眠った。
そこは今さら変える必要がない。
「それに」
もう一度書類を見る。
「取り消そうとしてくれたって分かっただけで十分だよ」
ダリオさんは、俺の判断が間違っていなかったと確認した。
そのうえで。
俺を戻そうとしていた。
本人から直接聞くことはできなかったけれど、それが分かっただけでいい。
「ただ」
ベルが書類の末尾を指した。
「この部分が少々気になりますわ」
「何?」
申請本文の下。
ダリオさんの追記。
『あいつにはまだ言うな。』
『先に報告書を書かせる。』
そこまでは前にも見た。
問題は。
さらに下に、小さな補足欄があったことだ。
『報告書提出後、翌勤務日より復帰予定。』
「……翌日から働かせる気だったの?」
「そのようです」
「休ませる気ないじゃん!」
あのときは、あれだけ飯を食え、寝ろ、休日に仕事場へ来るなと言っていたのに。
「当時の勤務表を確認します」
エリスが少し調べる。
「翌日はユウトの休日です」
「じゃあ翌勤務日って、その次か」
「いいえ」
「え?」
「ダリオ氏が予定していた復帰日は、三日後です」
「何で一日増えてるの?」
エリスが記録を表示した。
『解雇取消後、二日間の特別休暇を付与』
さらにダリオさんの手書きらしい一文。
『どうせ放っておくと翌朝来る。入館権限も二日止めておけ。』
「……」
何も言えなかった。
アルカたちが俺を見る。
「何?」
「百十七年前から対策されています」
「昔の俺、そんなに信用なかった?」
「休むことに関しては、現在もありません」
グレイスに即答された。
否定できないのが悔しい。
◇
問題は。
この百十七年前の未提出書類を、どう扱うかだった。
「歴史資料として保存でいいんじゃない?」
俺はそう思った。
ところが。
「すでに銀河保全管理機構から照会が来ています」
エリスが新しい表示を開いた。
「早くない?」
「先ほどユウトの報告書を旧業務記録へ提出した結果、関連する人事記録も自動的に照合対象となりました」
「何て?」
「読み上げます」
『相良ユウト氏の旧人事記録について、未提出の解雇処分取消申請を確認しました。』
『当機構は旧第九十八宇宙港廃棄宇宙船管理部門の業務記録を承継していますが、旧法人そのものの法的承継組織ではないため、百十七年前の解雇処分を遡及して取り消す権限はありません。』
「そりゃそうだよな」
会社自体がもうない。
『ただし、当時の現場判断が後年の記録によって適切であったと確認された旨を、人事記録へ補足することは可能です。』
「それでいいよ」
俺はすぐ答えた。
「『後で再確認したら間違ってなかった』くらい残してもらえれば」
「本人同意として回答しますか?」
「うん」
「承知しました」
これで終わった。
そう思った。
最近、この考えが当たった記憶がほとんどない。
◇
「追加照会です」
「ほら来た」
五分後だった。
「今度は何?」
「銀河保全管理機構から、現在のユウトの職業登録についてです」
「最高司令官で登録しただろ?」
「はい。現在は、
前職――廃棄宇宙船管理人。
現職――七艦隊最高司令官。
となっています」
「問題ないよな?」
「機構側から質問があります」
表示される。
『相良ユウト氏は、現在も廃棄船管理業務への従事意思がありますか』
「……何で?」
『旧資格記録の復元が可能なためです』
俺は画面を見る。
「資格?」
忘れていた。
百十七年前の俺は、ただ勝手に廃棄船を触っていたわけではない。
廃棄処理設備。
宇宙船電源。
旧型生命維持。
危険物隔離。
圧力区画。
航路用通信設備。
仕事で必要だった資格をいくつか持っていた。
「まだ使えるの?」
「現在の制度とは互換性がありません」
「だよな」
「しかし、実務履歴が非常に特殊です」
「特殊?」
「百年以上前の設備を現行環境で直接扱える技術者が、銀河保全管理機構の登録者二百四十万人中、ユウト一人だけです」
「……一人?」
「はい」
嫌な予感しかしない。
「だから旧資格の復元と同時に、現行資格への特例認定を行いたいとのことです」
「試験は?」
「免除を提案されています」
「駄目だろ」
俺は即答した。
アルカたちが少し驚いた。
「百年前の知識しかないんだぞ。今の安全基準を知らないのに、資格だけ現行扱いにする方が危ない」
昔の設備なら分かる。
実際、《ラスティア》の手動保守口も見つけた。
でも現代の宇宙船まで同じ感覚で触っていいわけではない。
「必要なら勉強して試験受けるよ」
エリスが一瞬止まった。
「ユウト」
「何?」
「今の発言を、そのまま送信してよろしいですか?」
「いいけど」
「送信します」
◇
三十秒後。
「返信が来ました」
「早いな」
『ぜひ受験してください。』
「普通だな」
『試験実施に必要な準備は当機構が負担します。』
「それもまあ」
『試験会場について、中央母艦への試験官派遣が可能です。』
「そこまでしなくていいよ」
『また、相良ユウト氏が現行制度を学ぶ過程を、管理技術者教育資料として記録する許可を――』
「待って」
もう嫌な方向へ進んでいる。
「俺が資格取り直すだけだよな?」
「はい」
「何で教育資料になる?」
「百十七年前の実務技術者が現代規格との差異を確認する事例は、極めて希少だからだそうです」
「俺が間違えるところまで教材になるの?」
「おそらく」
「恥ずかしいな……」
ベルが笑っている。
「よろしいではありませんか。分からないことを分からないと言える最高司令官というのも」
「最高司令官関係ないだろ」
「銀河中では関係ございますわ」
俺はため息をついた。
「公開はしない。内部教材なら、まあいいよ」
「回答します」
◇
そして。
その回答を出したことが原因だった。
翌朝。
朝食を食べていると、中央母艦から通知が入った。
『銀河保全管理機構より書類到着』
「試験の日程?」
「違います」
アルカが表示を見る。
少しだけ表情が変わった。
「ユウト。あなた宛てです」
「昨日からずっと俺宛てだよ」
「文書名が」
食卓の中央へ表示される。
『復職希望届』
「……誰の?」
「ユウトのです」
「俺、希望してないけど?」
「正確には、機構側が様式を作成し、本人意思確認のため送付したようです」
「勝手に復職させるんじゃないならいいけど」
内容を見る。
『希望職種』
空欄。
『希望勤務形態』
空欄。
『希望勤務地』
空欄。
『希望勤務時間』
空欄。
全部、自分で選べる。
「これ出したら、管理機構で働くことになるの?」
「通常なら」
「最高司令官やりながら?」
「制度上は禁止されていません」
「それは働きすぎだろ」
アルカが大きく頷いた。
「私もそう思います」
「珍しく意見合った」
「珍しく?」
少し声が低くなった。
「いつも合ってる」
横からディナが入ってきた。
「そこ今やる?」
でも。
書類そのものは少し気になった。
「職種って、何がある?」
エリスが一覧を出す。
管理機構理事。
技術監督官。
特別顧問。
旧式設備保全主任。
事故調査官。
管理技術者。
現場保全員。
かなりある。
「一番普通なのどれ?」
「現場保全員です」
「それって昔の俺に近い?」
「担当設備の確認、軽微な修理、廃棄前評価、記録作成などを行いますので、最も近いでしょう」
「じゃあ、それ」
食堂が静かになった。
「何?」
アルカが慎重に聞く。
「本当に復職するのですか?」
「毎日は無理だよ」
最高司令官の仕事もある。
家族との時間もある。
帰還支援網だって、全部手放したわけではない。
「でも資格を取り直した後、月に一回とかなら現場見てもいいかなって」
「月に一回……」
「嫌?」
「逆です」
アルカの顔が少し柔らかくなる。
「ユウトが、自分でやりたい仕事を選ぶことに反対する理由はありません」
「よかった」
俺は勤務形態へ入力した。
『非常勤』
勤務日数。
『月一回程度』
勤務地。
「どこでもいい?」
「よくありません」
七人が同時に答えた。
「何で?」
「護衛上の問題があります」
「現場保全員に七艦隊の護衛付けるの?」
「ユウトですから」
「仕事にならないだろ!」
◇
結局。
勤務地は固定しないことにした。
銀河保全管理機構から「古い設備で、ユウトの知識が必要そうな場所」があった時だけ連絡してもらう。
俺が行ける日なら行く。
行けなければ別の人がやる。
「これならいいだろ」
「一人で抱えないという条件にも適合します」
エリスが確認する。
「それで出して」
「最後に希望事項があります」
「何?」
『その他、勤務上の希望』
「定時で帰りたい」
即答した。
ベルが笑う。
「百十七年前から成長なさいましたわね」
「今は子供もいるからな」
「ほかには?」
少し考える。
「昼休みはちゃんと欲しい」
「当然です」
「工具は自分の使っていい?」
「そこは勤務先と相談してください」
「じゃあ書かなくていいか」
「報酬については?」
「あ」
完全に忘れていた。
「普通で」
「普通とは?」
「同じ仕事してる人と同じでいいよ」
エリスが入力する。
「最高司令官特別手当は?」
「いらない」
「危険手当は必要に応じて支給されます」
「それは普通の制度ならもらう」
「承知しました」
これで完成。
『希望職種――現場保全員』
『勤務形態――非常勤』
『勤務頻度――月一回程度』
『希望――定時勤務』
見れば見るほど。
七艦隊最高司令官の履歴書には見えない。
「送るぞ」
「はい」
申請。
◇
一分後。
「採用されました」
「早すぎない!?」
審査したのか。
『銀河保全管理機構 非常勤現場保全員』
『相良ユウト』
正式な職員証まで発行されている。
ただし。
『資格再認定完了まで、単独作業禁止』
「うん。それは正しい」
『現場責任者の指示に従うこと』
「それも普通」
『勤務中、七艦隊最高司令官権限の業務利用を原則禁止』
「それ一番大事だな」
少し安心した。
「ちゃんとしてるじゃん」
「はい」
「じゃあ現場では、俺も普通の新人みたいなものか」
「百十七年ぶりの復職者です」
「新人でいいよ」
そこで。
アカリが俺の職員証を覗き込んだ。
「お父さん、またお仕事増えたの?」
「月一回だけ」
「お休み減る?」
「減らさないよ」
「ほんと?」
「約束」
俺が小指を出すと、アカリが絡めた。
リリィとハルまで続く。
「三人分?」
「三人分です」
リリィが真面目に答える。
「分かった」
月一回働くために。
休みを三人へ保証させられた。
でも。
悪くないと思う。
◇
採用通知から二時間後。
最初の勤務依頼が来た。
「もう?」
「緊急案件ではありません」
エリスが内容を開く。
「ユウトの初回勤務に適した案件として、機構側が選定したそうです」
「どんな設備?」
「廃棄予定の小型宇宙船です」
俺は少し笑った。
「最初の仕事としてはちょうどいいな」
「船齢は?」
「百三十九年」
「俺より古い」
興味が出てきた。
「故障?」
「航行不能。現行規格への改修費が高額であり、廃棄判定を受けています」
「じゃあ状態確認して、無理なら普通に廃棄だな」
何でも残せばいいわけじゃない。
直せない物もある。
直せても、維持することで誰かが危険になるなら処分した方がいい。
そこを確認するのが仕事だ。
「所有者は?」
「個人です」
「本人も来る?」
「はい」
資料を開く。
船名。
《ミネルヴァ》。
小型長距離艇。
百三十九年前に建造。
現在所有者。
十八歳。
「若いな」
「祖父から相続したそうです」
「本人は直したい?」
「いいえ」
意外な答えだった。
「廃棄を希望しています」
「じゃあ何を確認するの?」
「所有者から、一点だけ依頼があります」
エリスが依頼文を表示した。
『船は捨てて構いません。』
『ただ、祖父が「最後に管理人へ確認してもらえ」と遺言に残していました。』
「管理人?」
嫌な予感がした。
『可能なら、相良ユウトという人に見てもらってほしい。』
俺は黙った。
「……何で俺?」
「所有者の祖父の氏名を確認します」
表示が切り替わる。
俺はその名前を知らなかった。
だが。
祖父の生年月日。
百十三年前。
「俺が消えた後に生まれてるよな?」
「はい」
「じゃあ会ったことない」
「その人物の父親を確認します」
さらに一世代遡る。
俺の手が止まった。
知っている名前だった。
百十七年前。
第九十八宇宙港。
廃棄船管理部門。
当時二十七歳。
ダリオさんと同じ職場で働いていた、若い整備員。
「……マルク?」
何度か一緒に廃棄船を直した。
俺より慎重で。
俺が勝手に機械を開けるたび、
『せめて電源切ってから触れ』
と怒っていた奴。
「この船」
エリスが静かに答える。
「マルク・エイデンが、退職後に購入した船です」
百十七年前の同僚。
その息子。
その孫。
そして今。
ひ孫にあたる十八歳の所有者が、船を処分しようとしている。
「遺言に、俺の名前が?」
「正確には」
古い遺言記録が開いた。
『もし、あいつが本当にいつか帰ってきたら。』
『ミネルヴァを捨てる前に、一度だけ見せてやってくれ。』
さらに。
一行。
『相良なら、捨てていい時はちゃんと捨てる。』
俺は少し笑った。
「……分かってるじゃん」
直すだけが管理人じゃない。
残すだけでもない。
最後まで確認して。
もう役目を終えているなら。
ちゃんと見送る。
それも仕事だ。
「受けるよ」
「初勤務として登録します」
「うん」
百十七年ぶりの。
俺の現場仕事が決まった。
七艦隊最高司令官としてではない。
銀河を救うためでもない。
ただの非常勤現場保全員。
相良ユウトとして。
古い一隻の船が、本当に捨ててもいい船なのか。
それを確認しに行く。




