第67話 百十七年遅れで上司に報告書を書いたら、銀河中の管理人から返事が届きました
俺が知らなかった出会いの前日が、全部つながった。
七人は自分たちで俺を選んだ。
宗一郎が、俺のところまで七人を逃がした。
最後の一日は、ダリオさんがつないだ。
そして翌日、俺が七人を見つけた。
百十七年前には誰一人として全体像を知らなかったのに、それぞれが少しずつやったことが重なって、今ここに七人がいる。
映像が終わった後もしばらく誰も喋らなかった。
俺も画面を見ていた。
最後に残っているのは、若い頃のダリオさんがぼやいた言葉だった。
『相良。また勝手に直したら、今度こそ報告書だからな』
「……じゃあ、書くか」
何気なく言った。
すると、七人全員が俺を見た。
「何をですの?」
「報告書」
ベルが瞬きをする。
「今から?」
「うん」
「百十七年前の?」
「うん」
「提出先は?」
「ダリオさん」
「亡くなっていますわよ」
「知ってるよ」
俺だってそこまで寝ぼけてはいない。
「でも、書けって言われたままだったから」
七人を勝手に修理した。
名前を付けた。
廃棄処理を止めた。
その結果、俺は会社をクビになった。
だから正式な報告書を提出する機会もなかった。
事故に巻き込まれて、そのまま百十七年眠った。
「たぶん提出期限は過ぎてるけど」
「過ぎているという範囲ではありません」
エリスが真顔で言う。
「百十七年です」
「延滞扱い?」
「通常の規定では想定されていません」
「じゃあ問題ないな」
「なぜそうなるのです?」
エリスが珍しく困っていた。
◇
報告書を書くと言っても、現在の最高司令官用端末を使うつもりはなかった。
あれは駄目だ。
俺が一行入力しただけで、七艦隊全部へ正式命令として配信される可能性がある。
「普通の端末ない?」
「ございます」
ベルが用意してくれた。
机の上に置かれたのは、見た目だけなら百十七年前の事務端末に近い。
ただし性能は俺が使っていたものとは比べものにならないらしい。
「これでいい」
「最高司令官公文書作成支援機能を起動しますか?」
「いらない」
「銀河標準行政文書自動整形機能は?」
「いらない」
「七艦隊機密区分判定――」
「普通に文字打たせて」
「承知しましたわ」
何で文章を書くのにここまで大変なんだ。
俺は机に座った。
すると、なぜか七人も後ろに並んだ。
「近くない?」
「私たちに関する報告書なので」
アルカが答える。
「見るの?」
「はい」
「書きづらいんだけど」
「気にしないでください」
「気になるよ」
しかも七人だけでは終わらなかった。
「お父さん、何書くの?」
リリィまで来た。
ハルとアカリも一緒だ。
「昔の仕事の報告書」
「宿題?」
「似たようなものかな」
「百十七年遅れの宿題です」
エリスが余計な説明をする。
「そんなに遅れていいの?」
「よくない」
「お父さん、怒られる?」
「怒る人がもういないんだよ」
言ってから。
少しだけ胸に引っかかった。
けれどリリィは俺の顔を見て、椅子の横へ来た。
「じゃあ、ちゃんと書いたら喜ぶかも」
「……そうかな」
「うん」
そうならいい。
◇
件名。
『廃棄予定人工知能七基の処理変更について』
昔の形式なら、これでいい。
発生日時。
百十七年前。
担当者。
相良ユウト。
所属。
そこで手が止まった。
「所属って何書けばいい?」
「七艦隊最高司令部」
アルカが答える。
「違うだろ。当時の報告書だぞ」
「では第九十八宇宙港廃棄宇宙船管理部門」
エリスが正式名称を出す。
「ああ、それ」
懐かしい。
その名前を入力する。
次。
『発生概要』
俺は少し考えてから書いた。
『廃棄予定区画を確認中、処分予定の旧式人工知能七基を発見。』
『現物確認の結果、七基とも完全故障状態ではなく、修復可能と判断した。』
『そのため廃棄処理を一時停止した。』
後ろからクレアの声がした。
「一時停止?」
「最初はそのつもりだったんだよ」
「ずっと止めたよね」
「結果的には」
続きを書く。
『上司への事前申請を行わず修復作業を実施。』
『七基すべての起動を確認。』
『識別番号での呼称が不便だったため、それぞれに名称を付与した。』
ここで。
ベルが俺の肩越しに画面を見た。
「不便だったから?」
「そうだけど」
「わたくしたちに名前を付けた理由が?」
「毎回A―02とか呼ぶの面倒だろ」
「ほかには?」
「ほか?」
七人全員が見ている。
「……名前あった方がいいと思ったから?」
ベルが少し不満そうだった。
「もう少しこう……ありませんの?」
「何が?」
「運命的な何かが」
「なかったよ」
「即答!」
「だって普通に考えて、名前ないと困るだろ」
アルカが笑う。
「それで十分です」
「アルカ!」
ベルが抗議する。
「私たちが欲しかったものを、ユウトは『あった方がいい』という理由だけでくれたのですから」
そう言われると、大層なことをしたみたいに聞こえる。
俺としてはやっぱり、識別番号のままは嫌だっただけだ。
◇
報告書は順調だった。
途中までは。
『修理後、七基の動作確認を実施。』
『人格応答を確認。』
『処分対象として扱うのは不適切と判断したため、再審査を申請――』
「あれ?」
手が止まる。
「どうしました?」
「再審査、出したっけ?」
エリスが百十七年前の記録を検索する。
「ありません」
「やっぱり」
「提出前にユウトが解雇されています」
「ああ」
そうだった。
七人を勝手に修理したことが先に問題になった。
俺は始末書を書かされるより早く、会社をクビになった。
「じゃあ、ここは未提出で」
『再審査を申請する予定だったが、担当者解雇のため未実施。』
書いたところで。
ディナが言った。
「原因、七人?」
「クビになった原因?」
「うん」
「まあ、そうだな」
七人が少し静かになった。
「でも別に気にしなくていいぞ」
「しかし」
グレイスが口を開く。
「私たちを修復しなければ、ユウトが職を失うことはありませんでした」
「そうかもな」
「後悔は?」
「ないよ」
考える必要もなかった。
「仕事はまた探せばよかったし」
実際には探す前に事故に遭ったけど。
「でも七人はあの日壊されたら終わりだっただろ」
七人が黙っている。
「だったら、あれでいい」
「……そうですか」
「うん」
そこで会話が終わると思った。
ところが。
「記録しました」
エリスが言った。
「何を?」
「今の発言を」
「報告書に入れなくていいぞ」
「私個人の記録です」
「それなら……まあ」
後で聞き返されそうな気はした。
◇
最後。
『再発防止策』
ここで俺はかなり悩んだ。
「何書けばいい?」
「通常なら、無許可で廃棄工程を変更しないことです」
グレイスが言う。
「それ書いたら嘘になるな」
「なぜです?」
「同じ状況なら、たぶんまた止めるから」
グレイスが黙った。
「壊れてないのに処分されそうだったら、確認するだろ」
「規則違反でも?」
「先に上司へ連絡するくらいは覚えた」
「そこだけですか?」
「大きな成長だと思うけど」
百十七年前の俺なら先に手を出していた。
今は七艦隊がいる。
俺一人でやる必要もない。
だから再発防止策には、こう書いた。
『同様の事案を発見した場合、担当者一名で判断せず、現物状態を確認した上で関係部署へ共有する。』
『廃棄命令と現物状態に不一致がある場合、処分実行前に再確認を行う。』
『修復・保全が可能な場合、その選択肢も提示する。』
そして。
『一人で全部抱えない。』
最後の一行だけ。
昔の報告書らしくなかった。
でも。
ダリオさんなら、たぶんこれが一番言いたかったんじゃないかと思う。
「完成?」
リリィが聞く。
「たぶん」
「名前書いた?」
「あ」
「宿題は名前を書くんだよ」
「そうだった」
最後に署名する。
『報告者 相良ユウト』
これで終わり。
「じゃあ保存して」
「提出しないのですか?」
アルカが聞く。
「提出先がないだろ」
ダリオさんはもういない。
会社だって百年以上前の組織だ。
「記録として残せば十分だよ」
「一か所あります」
エリスが言った。
「何が?」
「提出先です」
嫌な予感がする。
◇
百十七年前に俺が所属していた会社そのものは、もう存在していなかった。
だが。
廃棄船管理部門の業務記録は、組織改編を繰り返しながら現在の銀河保全管理機構へ引き継がれているらしい。
「そんなところあるの?」
「銀河各地の老朽宇宙施設、廃棄船、放棄資源設備などの管理基準を策定する機関です」
「大きそうだな」
「加盟国家一千七百二十二。登録管理技術者約二百四十万人」
「提出やめよう」
「なぜです?」
「昔の上司への報告書を二百四十万人に見せたくない」
「通常は公開されません」
「本当?」
「通常は」
「今『通常は』って言ったよな?」
そこが怖い。
それでもダリオさんへ出すつもりで書いたものだから、最後くらい当時の提出経路へ流してもいい気もした。
「じゃあ、旧記録扱いで保管だけ」
「承知しました」
エリスが送信する。
画面に受付表示が出た。
『旧第九十八宇宙港』
『未完了業務記録照合』
『文書受領』
これで。
本当に終わり。
「百十七年遅れたな」
少し笑う。
「ダリオさん、受け取ってくれるかな」
返事がないことは分かっている。
それでも。
ようやく宿題を一つ返したような気がした。
◇
三分後。
端末が鳴った。
「……早くない?」
エリスが通知を見る。
「銀河保全管理機構からです」
「何で?」
「提出された文書が、自動照合により特別保存対象へ指定されました」
「嫌な言葉が出てきた」
「百十七年前に発生し、現在の七艦隊成立へ直接つながった廃棄管理事案について、当事者本人が提出した初の正式報告書だからです」
「ただの遅刻した書類だよ」
「歴史資料としては極めて重要です」
「公開しないよな?」
「本人許可なしでは本文公開されません」
「よかった」
胸を撫で下ろす。
ところが通知は終わらなかった。
「もう一件あります」
「何?」
「銀河保全管理機構の現役管理技術者向け内部システムで、報告書の結論部分だけが共有されました」
「何で!?」
「安全管理指針に関連する内容として、自動抽出されたようです」
「どこ?」
表示される。
『廃棄命令と現物状態に不一致がある場合、処分実行前に再確認を行う。』
『修復・保全が可能な場合、その選択肢も提示する。』
『一人で全部抱えない。』
「……そこだけ?」
「はい」
それなら。
まあいいか。
特別なことは書いていない。
現場なら普通の話だ。
そう思った。
◇
一時間後。
普通では済まなかった。
「ユウト」
「今度は何?」
アルカが通信端末を見せる。
銀河保全管理機構の内部掲示板。
投稿数が。
十二万件を超えている。
「何これ」
「現役管理技術者たちからの反応です」
「俺の報告書に?」
「最後の三項目です」
内容を見る。
『廃棄判定済みだった採掘施設を再確認したところ、交換可能な制御部だけが故障していました。修復へ変更します』
『三十年間停止扱いだった農業衛星の種子庫を現物確認します』
『老朽船だからという理由だけで完全解体予定だった船について、部品再利用の再評価を始めました』
『一人で夜勤対応していた案件を班へ共有しました』
『判断に迷っていた事故記録を上司へ相談しました』
俺は画面を見た。
「……最後の二つ、物の話じゃないな」
「『一人で全部抱えない』への反応です」
アルカが言う。
さらに。
返信が増えていく。
『新人の頃、全部自分で直せと言われた。今日初めて応援を呼んだ』
『廃棄設備の担当だけど、使っている人が残っていないか確認してから止めることにした』
『部下に仕事を渡しました』
『三日ぶりに家へ帰ります』
「最後の人、大丈夫?」
「すでに管理機構から休養指示が出ています」
「それならいいけど」
俺はただ。
百十七年前の報告書を書いただけだ。
昔の上司に出せなかった一枚。
それなのに。
銀河中の現場で、何かが少しずつ変わり始めている。
「規模おかしくない?」
「いつものことですわ」
ベルが完全に慣れた顔で答えた。
「慣れないでほしいんだけど」
◇
夕方には。
さらに妙なことになった。
『相良ユウト報告書に対する現場返信受付』
という窓口が勝手にできている。
「待って。返信って何?」
「管理技術者が、自分たちの対応結果を報告できる仕組みです」
エリスが説明する。
「俺に?」
「厳密には管理機構へです。ただし元文書の提出者がユウトなので、閲覧権限があります」
「何件?」
「現在三十七万件」
「見られないよ!」
「分類します」
「俺一人に持ってこないでね」
「もちろんです」
第64話で決めたことが、ここでも役に立った。
一人で全部抱えない。
七艦隊にも。
帰還支援網にも。
今度は報告書にまで教えられている。
「お父さん」
リリィが隣から画面を見る。
「みんな、お返事くれたの?」
「みたいだな」
「じゃあ、お返事返す?」
「三十七万人に?」
「うん」
「無理だろ」
するとリリィは不思議そうな顔をした。
「一人ずつじゃなくていいよ」
「え?」
「みんなに『ありがとう』って言えばいい」
子供の答えは簡単だった。
「……それでいいか」
「いいと思う」
俺は短い返信を書いた。
『確認してくれてありがとうございます。』
『直すか捨てるかだけじゃなく、必要なら誰かに相談してください。』
『それから、仕事が終わったらちゃんと帰ってください。』
最後に。
『俺も今日は帰ります。』
送信。
アルカが横で笑った。
「すでに家にいます」
「気分の問題だよ」
◇
その日の夕食。
俺の端末は食卓へ持ち込まなかった。
アルカに預けた。
仕事が終わったら帰れと銀河中へ送っておいて、自分だけ通知を見ながら飯を食うわけにはいかない。
「今日はちゃんと休んでる」
「合格です」
アルカが言う。
「誰の基準?」
「家族基準です」
リリィたち三人もいる。
妻候補たちもいる。
宗一郎とユリアまで、夕食に残っていた。
「何で宗一郎まで?」
「報告書の結末を見届けただけだ」
「飯食ってるけど」
「帰る前に食えと言われた」
ユリアを指す。
「それなら仕方ないな」
「お前にだけは言われたくない」
騒がしい。
でも。
たぶんダリオさんが見たら、少しは安心すると思う。
俺は飯を食っている。
一人で仕事をしていない。
ちゃんと家にいる。
「報告書、遅くなってすみません」
誰に言うでもなく、小さく呟いた。
ベルが聞いていた。
「返事が来るかもしれませんわよ」
「ダリオさんから?」
「百年以上前の記録がこれだけ出てくるのですもの。もう何があっても驚きませんわ」
「それはさすがに――」
言いかけたところで。
食堂の外から、通知音が鳴った。
「……」
全員が止まる。
「誰も見ないで」
「しかし」
「今は夕食」
俺は箸を持ち直した。
「後で確認する」
七人が顔を見合わせる。
アルカが微笑んだ。
「分かりました」
少しは成長したと思う。
◇
夕食後。
通知を開いた。
送信元は、十二番だった。
『旧記録照合中、新規一致を確認』
「新規?」
エリスが内容を展開する。
報告書の提出によって。
百十七年前の俺の職員識別番号が、当時の未整理文書群と再照合されたらしい。
該当。
一件。
作成者。
ダリオ・ウェルズ。
作成日時。
俺が七人を修理し。
会社をクビになり。
事故に遭った。
その日の夜。
「……俺が消えた日?」
「はい」
内容種別は。
『未提出人事書類』
「人事?」
俺は首を傾げる。
ダリオさんが俺について作っていた書類。
事故が起きたため、最後まで提出されなかったものらしい。
題名が表示される。
『相良ユウト 解雇処分取消申請書』
「……え?」
七人が。
一斉に画面を見る。
申請理由。
『処分対象七基の状態を再確認した結果、相良の現場判断は妥当と認められる。』
そして。
その下には。
ダリオさん本人が書いたらしい追記が残っていた。
『あいつにはまだ言うな。』
『先に報告書を書かせる。』
俺はしばらく何も言えなかった。
どうやら。
百十七年前。
俺は。
本当はクビじゃなくなる予定だったらしい。




