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第64話 百四年前の俺宛ての伝言を再生したら、『全部お前が助けるな』と昔の上司に怒られました

『管理人の相良ユウトへ。もし、いつかこれを受け取れたなら――』


 そこで止まっている音声記録を前に、俺はしばらく再生ボタンを押せなかった。


 休日の終わりだったはずなのに、自然公園にいた全員が中央母艦の居間まで戻ってきている。リリィたちは先に風呂へ行かせたが、アルカたち七人と妻候補たちは誰も自室へ戻ろうとしなかった。


 記録が俺個人宛てだからだろう。


 しかも、百四年前。


 俺が事故で消えてから十三年後に残されたものだった。


「音声の劣化は?」


「ほとんどありません」


 エリスが解析結果を確認する。


「案件R-0311の中継施設は停止するまで定期的に記憶領域の自己修復を行っていました。音声自体は九十九・七パーセント復元できています」


「送った人は分かる?」


「記録上の署名はありません。ただし、声紋照合なら可能です」


「先に聞こう」


 誰なのか分かってから聞くより、そのままの方がいい気がした。


 俺が再生を許可すると、百四年前の雑音が室内へ流れる。


 数秒後。


『管理人の相良ユウトへ。もし、いつかこれを受け取れたなら――まず報告書を書け』


「……あ」


 その声を。


 俺は知っていた。


 少し低くて、いつも面倒くさそうで、怒っているのか普通に喋っているのか分かりづらい声。


 けれど忘れるはずがない。


 何度も怒鳴られた。


 工具を返せと言われた。


 飯を食えと言われた。


 寝ろと言われた。


「ダリオさんだ」


 アルカたちもすぐに気づいたらしい。


 百十七年前、俺が消えた三日後に「だから今度は、お前が残れ」と手紙を残していた、直属の主任。


 ダリオ・ウェルズ。


 十三年分だけ年を取った声が、続きを話し始めた。


『どうせ聞いているお前は、何の報告書だと思っているだろう。安心しろ。俺も分からん。十三年も無断欠勤した奴に書かせる書類なんか、もう残っていない』


「無断欠勤扱いなんだ……」


 思わず言うと、ベルが小さく笑った。


「ダリオ様らしいですわね」


『それから、先に言っておく。俺たちはまだお前を見つけていない』


 笑いが消えた。


『事故のあと、探せる場所は探した。会社も救難局も動いたし、俺たちも勝手に探した。だが船体も遺体も見つからなかった。だから俺は、お前が死んだとは決めていない』


 十三年前の俺を。


 この人は、まだ探していたのか。


『ただな。探している途中で気づいたことがある』


 ダリオさんの後ろで、古い機械音が聞こえる。


 何かの整備室で録音したらしい。


『お前だけじゃなかった』


 画面の横に、記録へ添付されていた古い一覧が開いた。


 行方不明船。


 遭難者。


 閉鎖された救難基地。


 通信途絶した作業区画。


 廃棄扱いになった無人船。


 その一つ一つに、処理済みを示す古い印が付いている。


『書類上は捜索終了。記録上は死亡推定。設備なら廃棄済み。だが、実際に最後まで確認できていないものが山ほどあった』


 俺は何も言えなかった。


『お前なら言うだろうな。「処分する前に確認したんですか」って』


「……言うな」


 小さく呟いた。


 アルカが隣で頷く。


「言います」


「うん」


『だから何人かで始めた。最初は大したものじゃない。廃止予定の救難ビーコンや、撤去する中継器の中に、未確認案件だけ残しておいた。設備が完全に死ぬまで、ときどき信号を出すようにした』


 エリスが顔を上げた。


「帰還支援網……」


 音声は続いている。


『正式な予算なんか出ない。勝手にやるなとも言われた。だから正式名称もない。俺たちは適当に「帰還支援」と呼んでいる』


 俺は思わずエリスを見る。


「同じ名前だ」


「はい」


 百四年前のこの時点で、すでに呼ばれていた。


 公文書には残っていなかった。


 正式な救難制度でもなかった。


 ただ。


 帰ってくるかもしれない誰かを、書類だけで終わらせないために。


 現場の人間たちが勝手に残した仕組みだった。


     ◇


 添付記録を開くと、始めた人数はたった十二人だった。


 廃棄船管理局の職員。


 救難局の通信担当。


 補給所の整備員。


 民間輸送会社の船員。


 所属も役職もばらばらだった。


 共通しているのは、捜索終了になった案件を見て、「本当に終わったのか」と疑ったことだけだ。


「十二人で、あれを作ったの?」


 ベルが珍しく信じられないという顔をしていた。


「現在確認されている帰還支援網は、少なくとも二百以上の旧施設を接続していますわよ」


「途中で増えたんでしょう」


 エリスが記録を解析しながら答える。


「十三年目の時点ですでに参加者は百四十七名。さらに複数の星系へ運用方法が転載されています。組織として拡大したのではなく、同じ考え方を持つ現場職員が各地で設備を追加しています」


「誰かが勝手に真似した?」


「はい」


 それなら、正式な記録が残っていない理由も分かる。


 中央管理されていなかったのだ。


 誰かが古いビーコンを一基残す。


 別の誰かが、それを見て自分の担当区域でも残す。


 救難中継器が一つ増える。


 閉鎖する補給所へ記録領域を追加する。


 そうやって。


 誰にも全体像が分からないまま、網だけが広がった。


「……何か、俺が七人を残した時と似てるな」


「似ているどころではありません」


 グレイスが古い記録の一つを示した。


 そこには、参加者の短い申し送りが残っている。


『廃棄船管理区画の相良という奴が、処分前に必ず確認していたらしい。面倒だが理屈は通っている』


「待って」


 俺は表示を拡大した。


「俺の名前が広まってるんだけど」


「百四年前には、すでに一部で事例として共有されていたようです」


「何の事例?」


「捨てる前に確認する職員の事例です」


「普通じゃない?」


 七人全員から視線が来た。


「何?」


「ユウト」


 クレアが困ったように笑った。


「たぶん、普通だったらこんな仕組みは生まれてないよ」


「いや、でも確認くらいするだろ」


「その『くらい』を百年以上続けた結果が、現在の三百八十四件です」


 エリスの指摘が痛い。


 俺は別に、何かを作ろうとしたわけではない。


 まして百年後の救難制度に影響を与えるつもりなんかなかった。


 ただ。


 廃棄予定と書いてあっても、本当に壊れているか確認した。


 処分命令が出ていても、まだ動いているものがあれば理由を聞いた。


 それだけだった。


 十三年後。


 それを覚えていた人たちが、自分たちの仕事で同じことを始めた。


 さらに誰かが真似をした。


 百年以上経って。


 その仕組みが《オルフェウス》の四千人を見つけた。


 《ハーヴェスト》に残っていた絶滅原系統を拾い上げた。


 二十三年間、救助を待っていたナディアを助けた。


「……規模、おかしくない?」


 俺が言うと、ベルが深く息を吐いた。


「今さらですわ」


     ◇


 ダリオさんの音声には、まだ続きがあった。


『ここまで聞いているなら、たぶんお前はこの仕組みを見つけたんだろう。そして、お前のことだから、残っている案件を全部自分で確認しようとしている』


 反射的に画面から目を逸らした。


 アルカがこちらを見る。


「ユウト?」


「いや」


『やめろ』


「……」


 百四年前の上司に即座に止められた。


『何件残っているか知らんが、全部お前一人でやるな』


 部屋の中で。


 ベルが吹き出した。


「笑うところ?」


「申し訳ありません。でも……あまりにも正確ですわ」


『この仕組みを作った理由を勘違いするな。誰か一人が全部助けるためじゃない。一人では届かないから、次の奴へ渡すためだ』


 俺は。


 少しだけ姿勢を直した。


『ビーコンが届かなければ中継器へ渡す。中継器で無理なら救難局へ渡す。救難局で無理なら近くの船へ渡す。俺たちで駄目なら、次の世代へ渡す。それでいい』


 百四年前。


 俺が眠っている間に。


 この人はもう、答えを出していた。


『助けられる奴が助ければいい。お前しか直せない機械なら、お前が直せ。だが他の奴にできる仕事まで抱えるな』


 アルカが俺を見ている。


 何も言わない。


 ただ、少し嬉しそうだった。


 俺が最近ようやく覚え始めたことを。


 昔の上司は、とっくに言葉にしていた。


『それとな』


 音声の向こうで椅子が軋んだ。


『もし本当にお前が戻ってきたなら、今度こそちゃんと休め』


「またそれか……」


『十三年前も書いたが、どうせ読んでないだろうからもう一度言う。飯を食え。寝ろ。具合が悪ければ医者へ行け。休日に仕事場へ来るな』


 妻候補十四人の視線が一斉に俺へ集まった。


「何で俺を見るの」


「続きを」


 アルカが促す。


『あと、休みの日に工具箱を持って出かけるな』


「……」


 今度は全員が黙った。


「何?」


「昨日、自然公園へ行く際に小型工具を持参していましたね」


「何かあったら便利だろ?」


 アルカが額に手を当てた。


 百四年前から、俺は何も変わっていないらしい。


     ◇


 最後に。


 ダリオさんの声が少しだけ静かになった。


『相良』


 それまでの説教とは違った。


『十三年経った』


 短い沈黙がある。


『正直、もう会えない可能性の方が高いと思っている』


 俺の手が止まる。


『でも、見つかっていないなら、いないと決める必要もない』


 それは。


 まるで。


 俺が昔、廃棄予定の機械へ言っていたことみたいだった。


 壊れていると書いてある。


 だからといって、本当に壊れているとは限らない。


 処分予定になっている。


 だからといって、もう使えないとは限らない。


 確認してから決めればいい。


『だから記録だけ残しておく』


 ダリオさんの声が、少し笑った。


『戻ってきたら、誰かが見つけるだろ』


 百四年後。


 見つけた。


 俺自身が。


『こっちはこっちでやる。だから、お前もどこかで生きているなら、ちゃんと生きろ』


 それが最後だった。


『――ダリオ・ウェルズ』


 音声が終わる。


 居間はしばらく静かだった。


 俺も何を言えばいいのか分からなかった。


 悲しいのかと聞かれれば、たぶん少し違う。


 寂しい。


 会いたかったとも思う。


 でも。


 百十七年前に別れた人が、俺の知らない十三年間をちゃんと生きていた。


 仕事をして。


 誰かと協力して。


 俺を探しながら。


 俺だけではなく、帰れない誰かのために仕組みまで残した。


「……元気だったんだな」


 口から出たのは、それだった。


 アルカが静かに答える。


「はい」


「十三年後も、相変わらず説教長いし」


「はい」


「俺のこと、まだ怒ってるし」


「とても大切にされていたのだと思います」


「それは……まあ」


 少しくらいは。


 そうだったのかもしれない。


     ◇


 その夜。


 帰還支援網について、一つだけ方針を変えた。


「この三百八十四件、最高司令官直轄案件から外そう」


 アルカたちは驚かなかった。


 むしろ、待っていたようだった。


「廃棄するって意味じゃないぞ」


「分かっています」


「七艦隊だけで抱えるのも違うと思う。救難局とか、各国の輸送会社とか、今の時代に実際に現場を持ってるところにも参加してもらえないかな」


 エリスが確認する。


「銀河規模の共同帰還支援組織を設置する、という理解でよろしいでしょうか」


「そんな大げさな……」


 言いかけて。


 やめた。


 もう大げさになるのは分かっている。


「俺の名前は付けないで」


「最優先条件として記録します」


「あと俺の許可を毎回取る必要もない。助けられるところが助ける。判断が難しい時だけ相談して」


「承知しました」


「案件は消さない。本当に終わったと確認できるまで残す」


「はい」


「それから」


 少し考える。


「今の人たちが困らない範囲でいいから、百年前の設備も急いで全部捨てないで。使えるかどうか確認してから決めよう」


 アルカが笑った。


「それも記録します」


「普通のことしか言ってないけどな」


 今度は誰も返事をしなかった。


     ◇


 翌朝。


 起きたら、中央母艦の通信量が異常なことになっていた。


「……何これ」


 朝食を食べながら表示を見る。


『銀河帰還支援協定 参加申請』


『星系国家 一八四二』


『民間救難組織 六二一』


『輸送事業者 二万七千九百四十一』


『独立航行船 参加登録処理中』


「待って」


 俺はパンを置いた。


「昨日の夜に話しただけだよな?」


「はい」


 アルカが平然と答える。


「何で一晩で協定になってるの?」


「ユウトが『助けられるところが助ければいい』と発言したため、その運用に参加したいという申し出が集中しました」


「ダリオさんが言ったんだけど!」


「発案者としてダリオ・ウェルズ氏を正式記録しています」


「そこはよかった」


 少なくとも俺の名前を付けられるよりはいい。


 安心した直後。


 ベルから通信が入った。


『ユウト。すでに複数国家から共同基金への拠出申し出がありますわ。予算規模が想定を超えていますので、一応確認を』


「いくら?」


『現時点で、恒星間救難艦隊を三個新設できる程度ですわ』


「一晩で!?」


『今も増えております』


 俺は頭を抱えた。


 百四年前。


 十二人が勝手に始めた仕組みが。


 百年後。


 銀河全体の救難制度になろうとしている。


 やっぱり規模がおかしい。


「お父さん」


 隣で朝食を食べていたリリィが聞いた。


「今日、お仕事?」


「うん。でも俺が全部やる仕事じゃなくなった」


「じゃあ早く帰ってくる?」


 少し考えてから。


 俺は頷いた。


「帰ってくるよ」


 昔なら。


 たぶん言えなかった。


     ◇


 朝食後。


 正式に共同組織へ引き継ぐため、三百八十四件の案件を分類し直していた時だった。


 エリスが一つの異常を見つけた。


「ユウト」


「今度は何?」


「案件R-0311に、ダリオ・ウェルズ氏の音声以外にも暗号化領域があります」


「まだ何か残ってる?」


「はい。ただし、これは伝言ではありません」


 表示が開く。


 百四年前。


 ダリオさんたちが使っていた帰還支援網の初期参加者名簿だった。


 十二人。


 その名前が並んでいる。


 ダリオ・ウェルズ。


 救難局職員。


 通信技師。


 整備士。


 船員。


 十一人目まで、ごく普通の人間だった。


 しかし。


「……十二人目、これ何?」


 最後だけ。


 人間の氏名ではなかった。


『参加者12』


『登録種別――人工知能』


『個体識別名――不明』


『所属――なし』


『現在状態――応答あり』


 俺は画面を見つめた。


「百四年前のAIが……今も動いてる?」


「はい」


 エリスが応答信号の発信源を表示する。


 距離は遠くない。


 そして、そのAIが百四年間送り続けていた信号には、一つだけ文章が添えられていた。


『相良ユウトの帰還を確認した場合、私へ知らせてください』


 どうやら。


 ダリオさん以外にも。


 百年以上。


 俺が帰ってくるのを待っていた奴がいるらしい。


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