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第63話 休日を一日もらっただけなのに、妻候補十四人で争奪会議が始まりました

 最高司令官休養予定。


 同行希望申請――十四件。


 夕食後も消えずに残っていた表示を見ながら、俺は嫌な予感しかしなかった。


「確認なんだけど」


 食卓には、まだほとんど全員が残っている。


 アルカ、ベル、クレア、ディナ、エリス、フィア、グレイス。


 それから中央母艦が選んだ六人の妻候補とソフィア。


 ちょうど十四人だ。


「この同行希望申請って、明日の休みに一緒にいたいって意味?」


「そうです」


 アルカが即答した。


「一日しかないよ?」


「承知しています」


「俺は一人だよ?」


「それも承知しています」


 何一つ解決しなかった。


 向かい側ではベルが優雅に紅茶を飲んでいるが、その目だけは明らかに他の十三人を警戒していた。


「そもそも、ユウトの休養を目的としているのでしょう? でしたら静かな環境で一人だけが付き添うのが合理的ですわ」


「その一人がベルである根拠がありません」


 グレイスがすぐに返す。


「ありますわ。わたくしは静かですもの」


「昨日、ユウトの隣の席をめぐってディナと艦隊配置の優先権まで持ち出した人が?」


「それとこれとは別問題ですわ!」


 もう静かではない。


 ディナはというと、腕を組んで少し不満そうに俺を見ていた。


「私は遠出しなくていい。一緒に整備区画を歩くだけでいい」


「休日だって言ってるだろ。なんで整備区画なんだよ」


「ユウトが一番楽しそうにする場所だから」


 反論できなかった。


 俺としては普通に工具や古い機械を見ているだけなのだが、どうやらそれも観察されているらしい。


「でしたら資料室でも構いません」


 エリスが静かに続ける。


「旧式設備の記録を一緒に整理しながら過ごせます」


「それ休みじゃなくて仕事にならない?」


「ユウトは楽しむと思います」


「……否定しづらいな」


「ほら」


「嬉しそうにするな」


 クレアとフィアまで自分たちの案を出そうとしたところで、ソフィアが両手を一度だけ叩いた。


「そのまま続けると、相良さんを休ませるための会議で相良さんを疲れさせますよ」


 食卓が静かになった。


 全員が俺を見る。


「もうちょっと早く気づいてほしかった」


「ユウトは座っていただけでしょう?」


 アルカに言われた。


「十四人の視線を浴びながらな」


 それは休息に含まれないと思う。


     ◇


 結局、中央母艦が調停に入った。


 と言っても、複雑な仕組みではない。


『最高司令官の休養効率を最大化するため、同行者の選定を提案します』


 食堂の中央に表示された文章を見て、十四人が一斉に姿勢を正した。


「何でそんな緊張するんだよ」


 誰も答えなかった。


『第一案。抽選』


「却下ですわ」


 ベルが一秒で答えた。


『第二案。輪番制』


「一日を十四分割するのですか?」


 クレアが眉を寄せる。


『時間的効率が悪いため推奨しません』


「そりゃそうだ」


『第三案。最高司令官本人による選択』


 空気が変わった。


 俺へ向けられる視線が増えた気がする。


 いや、実際には全員最初から見ていたので、圧力だけ増えたのだろう。


「……俺が選ぶの?」


『はい』


「今ここで?」


『はい』


 ものすごく嫌だ。


 一人を選んだ瞬間、残り十三人がどういう顔をするのか容易に想像できた。


 しかも試験同居中だ。


 誰か一人と過ごしたいと思わないわけではない。ただ、休みを一日取っただけで十四人の中から一人だけを選ぶというのは、俺が考えていた休日とはかなり違う。


「第四案は?」


『ありません』


「作ろう」


『提案をどうぞ』


「みんなで出かければいいんじゃない?」


 今度は別の意味で静かになった。


「……全員で、ですか?」


 アルカが聞き返す。


「十四人だけじゃなくて、リリィたちも。宗一郎とユリアも来られるなら来ればいいし」


「お父さん!」


 離れた場所で話を聞いていたリリィが、真っ先に反応した。


「行く!」


「私も!」


「アカリも行く!」


 三人がこちらへ駆けてくる。


「ほら。これなら誰を選ぶとかないだろ」


 自分ではかなり平和な解決策だと思った。


 ところが十四人の反応は微妙だった。


 嬉しそうではある。


 でも、何か違うらしい。


 ソフィアが苦笑する。


「相良さんらしい答えですね」


「駄目?」


「駄目ではありません。ただ、皆さんはたぶん二人きりの時間も欲しかったんです」


「あ」


 そう言われて、ようやく理解した。


 俺は家族で過ごす休日の話をしていたが、十四人は恋人候補としての休日を考えていたらしい。


 視線が痛い。


「……じゃあ、それは別の日にちゃんと作る」


 口にした瞬間だった。


 七人のAIだけでなく、残りの候補たちまで同時に顔を上げる。


「一人ずつ?」


 ディナが聞く。


「まあ……そうなるかな」


「十四日必要です」


 エリスが即座に計算した。


「別に十四日連続じゃなくていいだろ」


「記録しました」


「待て」


 中央母艦の表示まで切り替わる。


『最高司令官個別交流予定――十四件』


「何で予定になった!?」


 リリィが楽しそうに笑っていた。


 俺の休暇管理は、たぶん俺より周りの方が真剣だった。


     ◇


 翌朝。


 行き先は中央母艦内部の居住区にある自然公園になった。


 最初は近くの惑星へ降りる案も出たのだが、俺が却下した。


 外へ出るとなると護衛艦が付く。


 護衛艦が付けば周辺宙域の警備計画が変わる。


 七艦隊の最高司令官が妻候補十四人と子供たちを連れて降りるとなれば、現地政府まで動きかねない。


 俺は休みに行きたいだけだ。


 国家行事を始めたいわけじゃない。


 その点、中央母艦の自然公園なら話が早い。


 森林区画と小さな湖、それに芝生がある。


 元々は長期航行する乗員たちのための休養設備らしい。


「お父さん、こっち!」


 リリィたちは着いた途端に走っていった。


「転ぶぞ」


「大丈夫ー!」


 返事をした直後、アカリが芝生で足を取られて転んだ。


 慌てて近づいたが、本人はすぐに起き上がり、膝についた草を払って笑っている。


「大丈夫!」


「今度は本当に大丈夫だったな」


 軽く頭を撫でる。


 それだけだった。


 なのに振り返ると、少し離れた場所にいた七人がこちらを見ていた。


「何?」


「いえ」


 アルカが柔らかく笑う。


「昔と変わらないと思っただけです」


「百十七年前に子供なんかいなかったぞ」


「そういう意味ではありません」


 よく分からない。


     ◇


 昼は俺が作ることになった。


 本当は休みだから料理も誰かに任せる予定だったのだが、朝から走り回った子供たちが腹を空かせているのを見たら、じっとしていられなかった。


 大したものではない。


 薄切りの肉と野菜を焼いて、パンに挟む。


 あとは卵料理とスープ。


 人数が多いので、むしろこういうものの方が作りやすい。


「ユウト」


 背後からアルカの声がした。


「ん?」


「休んでください」


「料理くらいいいだろ」


「現在、二十一人分作っています」


「昔の食堂勤務より少ない」


「比較基準がおかしいです」


 俺が肉をひっくり返している間に、フィアが横から皿を並べてくれる。


 ベルは最初こそ「休日に料理をさせるわけには」と言っていたのに、いつの間にかパンを切っていた。


 ディナは火力調整を担当し、クレアは子供たちが料理場へ突っ込んでこないよう相手をしている。


 結局、全員で作ることになった。


「これなら俺も休み扱いでいいだろ?」


「理屈が分かりませんわ」


 ベルが言いながらも楽しそうなので、たぶん問題ない。


 料理が完成すると芝生に大きなシートを広げた。


 リリィたちは自分の分を持ったまま、どれが一番大きいか比べている。


「同じくらいに作ったぞ」


「リリィのが大きい!」


「ハルのも大きいよ!」


「アカリのも!」


「じゃあ全部大きいってことでいいだろ」


 三人とも納得した。


 その隣では妻候補たちが妙に静かだった。


「どうした?」


 ソフィアが自分のパンを見ながら笑う。


「相良さん、全員の好みを覚えていたんですね」


「好み?」


「ベルさんだけ辛味を少なめにして、ディナさんには肉を多め。フィアさんは酸味が強いものが好きだからソースも変えてます」


「一緒に暮らしてたら、それくらい分かるだろ」


 当たり前のことを言ったつもりだった。


 だが、ベルがパンを持ったまま動かなくなっている。


「ベル?」


「……百十七年前も、そうでしたわ」


「何が?」


「わたくしたちがまだ廃棄予定のAIだった頃から、ユウトは好みを覚えていました」


「食べる機能なんかなかっただろ」


「データ上の嗜好ですわ!」


 そこまで覚えていない。


 俺としては、七人それぞれに違いがあったから区別していただけだ。


 同じ旧式AIでも、好きな音楽が違った。


 仕事のやり方も違う。


 話し方も、怒り方も、落ち込む理由も違った。


 だから名前を付けた。


 処分番号のまま呼ぶのが嫌だっただけだ。


 それから百十七年経って。


 その七人が国家や艦隊を率いるようになっても、俺にとっては同じだった。


「ちゃんと一人ずつ見てもらえていたから」


 アルカが静かに言った。


「私たちは、今もユウトに一人ずつ見てほしいんです」


 ようやく昨夜の十四件の意味が、少し分かった気がした。


「じゃあ約束通り、個別の休みも作るよ」


「はい」


 アルカが笑う。


 その隣でベルも満足そうに頷いた。


「公平にお願いいたしますわ」


「もちろん」


「順番は?」


「そこは十四人で決めて」


 瞬間。


 空気が変わった。


「最初はアルカで問題ありません」


 アルカが言った。


「なぜですの!?」


 ベルが立ち上がる。


「第一起動機であるためです」


「百十七年前の起動順を現在の恋愛順位へ持ち込まないでくださいませ!」


「でしたら最高司令官との累積稼働時間で決めますか?」


「それもあなたが有利でしょう!」


 俺は黙ってスープを飲んだ。


 やっぱり決め方まで考えるべきだったかもしれない。


     ◇


 午後は、本当に何もしなかった。


 子供たちと湖の周りを歩き、途中で見つけた変な形の木の実を拾い、芝生に戻って横になる。


 頭の上には人工空とは思えない青空が広がっていた。


 隣にはリリィが寝転がり、その向こうではハルとアカリがいつの間にか眠っている。


 少し離れた場所では十四人がまだ個別休日の順番について話し合っていたが、午前中ほど険悪ではない。


 これなら休みらしい。


「ユウト」


 アルカが隣へ腰を下ろした。


「何?」


「今日、楽しいですか?」


「うん」


 それだけ答えると、アルカは満足したようだった。


「なら、よかったです」


 俺は目を閉じた。


 救難案件は残り三百八十四件。


 全部が簡単に終わるとは思っていない。


 二十三年間待っていたナディアみたいに、人が残っているものもある。


 《ハーヴェスト》のように、人ではなく未来へ残すべきものが眠っている場合もある。


 たぶんこれから、もっと面倒な案件も出てくる。


 だからこそ、こういう日も必要なのだろう。


 一人で三百八十四件を背負うのではなく。


 助ける時はみんなで助ける。


 休む時も――まあ、十四人に囲まれるのが休めているかどうかは別として――みんなで休む。


 そんなことを考えているうちに、本当に少し眠ったらしい。


     ◇


 目を覚ましたのは、一時間ほど後だった。


 アルカたちは起こさなかった。


 代わりに、中央母艦から緊急ではない通知だけが俺の端末へ転送されていた。


「何かあった?」


「帰還支援網から、新しい記録が解読されました」


 エリスの声に緊張はない。


 だから救難対象の生命が危険というわけではなさそうだ。


「次の案件?」


「関連記録です。案件番号はR-0311。最終更新は百四年前」


「百四年前か」


 俺が眠りについた十三年後だ。


「対象は?」


 エリスが少しだけ間を置いた。


「旧ノア・ポート管轄区域に存在した、小型中継施設です」


 俺は体を起こした。


 懐かしい名前だった。


 そして。


「施設側に、一件の音声記録が残されています」


「誰宛て?」


 エリスは表示を開いた。


 そこには、百四年前に登録された受取人の名前が残っていた。


 相良ユウト。


 俺の名前だった。


「……俺?」


「はい」


 十三年前にいなくなったはずの、廃棄宇宙船管理人へ。


 百四年前の誰かが、メッセージを残していた。


 記録の冒頭には、短い一文だけが文字起こしされている。


『管理人の相良ユウトへ。もし、いつかこれを受け取れたなら――』


 その先は、まだ再生していない。


 休日は。


 そこで終わった。


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