第57話 九十二年ぶりに帰る場所を決めようとしたら、四千人全員から「勝手に決めないで」と言われました
《オルフェウス》帰還者生活再建支援会議。
名称だけ聞くと、俺がまた巨大な制度を立ち上げたように見える。
実際には、七艦隊と中央母艦の行政部門、それに旧セレスティア開拓圏の現政府や医療関係者が、九十二年ぶりに目覚める四千人以上をどう受け入れるか話し合うための会議だ。
俺としては、専門家がそれぞれ必要なことを決めればいいと思っていた。
問題は。
「何で俺が中央に座ってるの?」
「最高責任者だからです」
アルカが当然のように答えた。
「昨日それ変えるって話したよね?」
「名称は変更しました」
「役割も変えてほしかったんだけど」
俺の前に表示されている肩書きは、《帰還支援管理責任者》。
ほとんど変わっていない。
「ユウトが最終決定を一人で行う必要はありません。むしろ今回は、その逆です」
「逆?」
「帰還者本人の意思を守るため、各組織が勝手に処遇を決めないよう調整する役目です」
それを聞いて。
俺は少しだけ黙った。
「……それなら、やる」
アルカが小さく笑った。
「そう言うと思いました」
◇
会議が始まると。
最初から意見は割れた。
『旧セレスティア開拓圏としては、《オルフェウス》乗員乗客の受け入れを正式に表明します』
最初に発言したのは、現在のセレスティア自治圏代表だった。
九十二年前、《オルフェウス》が向かうはずだった開拓地。
当時は人口数十万人の辺境だったらしいが、今では数十億人が暮らす巨大星域になっている。
『彼らは本来、我々の祖先と共に入植する予定だった方々です。歴史的にも、法的にも、我々には受け入れる責任があります』
筋は通っている。
ただ。
「住む場所はあるんですか?」
『十分に確保できます。住宅、医療、生活費についても自治圏が負担します』
「仕事は?」
『希望者には優先的な職業訓練を提供します』
「九十二年前の資格は?」
『現行制度へ移行するための特例措置を――』
かなり準備している。
ありがたい。
でも。
俺は少し引っかかった。
「それ、本人たちに聞きました?」
相手の代表が止まった。
『……現在、覚醒済みの方はまだ少数ですので』
「じゃあ、まだ受け入れ先として準備してるだけですよね」
『はい』
「それならいいです。でも、《オルフェウス》の人たちが全員セレスティアへ行く前提にはしないでください」
会議室が少し静かになった。
『しかし、本来の目的地はセレスティアです』
「九十二年前の話です」
『ですが――』
「今のセレスティアを見て、やっぱり行きたいって思う人もいるでしょう。でも、違う場所に行きたい人もいるかもしれない。家族の子孫が別の星にいる人だっているだろうし、中央母艦に残りたい人もいるかもしれない」
俺は。
昨日ミレイから届いた文章を思い出していた。
『行く場所はありますか?』
あれは。
誰かに決めてもらいたいという意味ではなかった気がする。
「移民って、自分で行く場所を決めて出発した人たちですよね」
俺がそう言うと。
セレスティアの代表は少し考え。
『……おっしゃる通りです』
静かに頷いた。
◇
次に問題になったのは。
金だった。
『旧連邦通貨は現在使用できません』
中央母艦の財務担当が説明する。
『《オルフェウス》乗員乗客が保有していた資産については、旧金融機関の承継記録を追跡中です。ただし九十二年間の制度変更があり、単純な換算は困難です』
「つまり、起きてもお金がない人が多い?」
『現時点ではその可能性が高いです』
ベルがそこで口を開いた。
「当面の生活費は中央母艦側から無条件で支給すべきですわ。債権処理や旧口座の追跡は後からで構いません。九十二年間眠っていた人間へ、起きた翌日に金融証明を提出しろと言うつもりではないでしょう?」
財務担当が一瞬固まった。
『もちろん、そのような意図はありません』
「なら結論は簡単です。先に生活させて、帳簿は後ですわ」
「ベルがすごくまともなこと言ってる」
「ユウト?」
「いや、いつもまともだけど」
「今、何か余計な前置きがありましたわね?」
会議室の空気が少し緩んだ。
でも。
問題はまだ山ほどあった。
身分証明。
戸籍。
教育制度。
医療保険。
年齢の扱い。
結婚記録。
相続。
九十二年前の契約。
しかも、《オルフェウス》には子供もいる。
休眠時には未成年だった人間が。
暦の上では百歳を超えている。
「この人たちの年齢、どうなるんですか?」
『法律上の扱いについては前例がありません』
「じゃあ、本人が起きる前に勝手に百二十歳とかにしないでくださいね」
『もちろんです』
でも。
何人かの法務担当が。
もう頭を抱えていた。
◇
会議の途中。
《オルフェウス》側から通信が入った。
『覚醒者、現在三十六名。うち会議参加可能者十二名』
ミレイを含む乗員代表が。
画面に映る。
まだ全員医療服だった。
「体調大丈夫?」
『会議に出るくらいなら』
ミレイが答えた。
『ただ、最初に一つ確認したいことがあります』
「どうぞ」
彼女は。
会議参加者の一覧を見ていた。
『私たちの行き先って、もう決まってますか?』
「決まってないよ」
俺がすぐ答えると。
ミレイは。
本当に分かりやすく安心した顔をした。
『よかった』
「そんなに心配してた?」
『起きたら九十二年後で、知らない政府と知らない軍隊が全部用意してくれてるんです。ありがたいんですけど……』
そこで。
彼女が少し困ったように笑う。
『そのまま「あなたたちはここに住んでください」って言われても、たぶん困ります』
「だよな」
『あと』
「まだある?」
『私たち、まだ移民途中なんです』
その言葉で。
会議室が静かになった。
『セレスティアへ行くために船に乗りました。でも、今のセレスティアは私たちが知ってる場所じゃない。だから』
ミレイは。
一度言葉を選んだ。
『行くかどうかは、今のセレスティアを見てから決めたいです』
「うん」
『それって、できますか?』
「当然」
俺が答えると。
アルカも頷いた。
「七艦隊としても、本人の意思を最優先します」
すると。
別の覚醒者が手を挙げた。
『私は、元の星へ帰りたいです。もしまだ家族の子孫がいるなら、会ってみたい』
『私はセレスティアへ行きたい』
『私はまず今の世界を見たいです』
『船の仲間と一緒がいい』
一人が話し始めると。
次々に意見が出た。
全部違う。
当たり前だ。
四千人いれば。
四千通りある。
「じゃあ、一括で行き先を決めるのやめよう」
俺が言うと。
法務担当の一人が困った顔をした。
『個別対応となると、相当な事務処理が発生します』
「四千人いるんだから、そうなるでしょう」
『効率を考えれば、一定期間は同一居住区へ集団配置する方が――』
「それは一時的な滞在場所としてならいい。でも、そのまま住む場所まで一括で決めるのは違うと思う」
俺は。
画面の向こうにいる人たちを見る。
「この人たち、荷物じゃないから」
会議室が。
静かになった。
「運びやすい場所にまとめて終わりじゃない。時間はかかっても、自分で決めてもらおう」
アルカが。
小さく頷く。
「その方針を正式案とします」
◇
結果。
支援計画は大きく組み直された。
まず。
全員が安全に覚醒し、治療を受ける。
その後、中央母艦と複数の医療居住区を一時滞在先として開放する。
そこまでは一括。
その先は。
一人ずつ。
行きたい場所。
会いたい人。
やりたい仕事。
学び直したいこと。
必要な支援。
それを聞く。
「名前、何にする?」
アルカが聞いた。
「また俺が決めるの?」
「分かりやすい名称が必要です」
「じゃあ……帰還者選択支援?」
「そのままですね」
「固い名前より分かりやすいだろ」
「採用します」
珍しく。
変な名前にならなかった。
◇
翌日。
覚醒者は百八十三名まで増えた。
その中には。
十二歳の少女もいた。
医療区画から通信に出てきた彼女は。
最初に。
母親を探した。
同じ《オルフェウス》に乗っていたので。
すぐ見つかった。
母親も。
生きていた。
まだ休眠中だった。
『お母さん、起きますか?』
少女が聞く。
『状態は安定しています。数日以内に覚醒処置を行う予定です』
『よかった……』
それだけで。
泣いた。
九十二年経っていても。
その子にとっては。
昨日の続きなのだ。
◇
別の男性は。
家族を探した。
しかし。
同船していた人はいなかった。
元の故郷に残った両親も。
当然。
もう亡くなっていた。
その代わり。
『子孫が見つかりました』
担当者が伝える。
『あなたのお兄様の家系が現在も続いています』
『兄の……?』
『はい。現在、連絡を取っています』
男性は。
長い間。
何も言わなかった。
『会ってくれますかね』
「聞いてみないと分からないよ」
なぜか俺まで通信に呼ばれていたので、そう答えた。
『怖くないですか?』
「何が?」
『九十二年前の親戚が突然出てきたら』
「俺は百十七年前の上司の子孫八百人に囲まれたけど、なんとかなった」
『……八百人?』
「特殊な例だから参考にしないで」
男性が。
少し笑った。
◇
三日目。
覚醒者五百七十二名。
帰還希望先の仮登録が始まった。
セレスティア希望。
元の故郷。
中央母艦。
未定。
そして。
『《オルフェウス》』
「船?」
俺はその項目を見て首を傾げた。
「住み続けたい人がいるの?」
ミレイが。
通信画面の向こうで答えた。
『そうじゃなくて。直せるなら、最後にみんなで一度だけ乗りたいって』
「何で?」
『私たち、セレスティアに着いてないから』
その言葉で。
分かった。
「最後まで航海したい?」
『はい』
《オルフェウス》は。
九十二年前に止まった。
今も。
目的地へ着いていない。
『船を降りたら、たぶんみんな別々になります。だから、その前に』
ミレイが。
少し笑う。
『移民船として、ちゃんと到着したいんです』
俺は。
すぐには返事をしなかった。
船体健全性三一%。
主機関停止。
航法中枢損傷。
普通に考えれば。
無理だ。
「エリス」
「はい」
「《オルフェウス》、動かせる?」
エリスは。
少し間を置いた。
「現状では自力航行不能です」
「修理したら?」
「完全復旧は非現実的です。ただし」
俺を見る。
「外部牽引と補助推進器を利用し、安全航路のみを移動するのであれば、船体を維持したまま目的地まで運ぶことは可能です」
「中に人を乗せて?」
「医療上許可された者だけであれば」
ミレイの表情が。
一気に明るくなった。
『本当ですか?』
「まだ決定じゃないよ。安全確認してから」
『それでも』
彼女が笑う。
『ありがとうございます』
◇
その日の夕方。
七艦隊へ。
新しい計画案が回った。
『《オルフェウス》最終航海計画』
内容は単純だった。
壊れた《オルフェウス》を完全に直す必要はない。
安全に人を乗せられる区画だけ修復する。
推進は七艦隊が補助。
航路は完全管理。
医療艦が同行。
そして。
希望する元乗員乗客を乗せ。
九十二年前に向かっていたセレスティアへ。
最後の航海をする。
「すごいことになったな」
俺が端末を見ると。
アルカが隣で言った。
「ユウトが始めました」
「俺?」
「『自分で決めてもらう』と」
「それがどうして移民船修理になるの?」
「彼らが決めた結果です」
「……なら仕方ないか」
自分で決めろと言った。
なら。
その選択を。
できる範囲で支える。
それだけだ。
◇
問題は。
さらに翌朝だった。
『《オルフェウス》最終航海計画』
『参加希望者 現在千八百二十九名』
「多いな」
『観覧希望 セレスティア自治圏内四十七億人』
「多すぎる!」
ベルから通信。
『すでに記念式典、放送権、航路観覧席、関連商品まで企画され始めていますわ』
「止めて!」
『止めています』
「ありがとう!」
『ただし、セレスティア政府より正式提案があります』
「今度は何?」
『《オルフェウス》到着日を、自治圏記念日に指定したいとのことです』
「まだ着いてないのに!?」
『九十二年遅れの初入植完了として』
「いや」
俺は。
少し考えた。
「それは、着いてから本人たちに聞いて」
ベルが。
一瞬黙った。
『承知しましたわ』
「勝手に記念日にしたら、今日の会議全部無駄になるだろ」
『その通りです』
アルカが。
少し笑った。
◇
昼。
《オルフェウス》から。
覚醒者たちの合同メッセージが届いた。
参加者は。
まだ千人にも満たない。
でも。
文章は短かった。
『私たちの行き先を、私たちに決めさせてくれてありがとうございます』
その下。
『ただし、最終航海には一つ条件があります』
「条件?」
続き。
『相良ユウト最高司令官にも乗ってほしい』
「……」
俺は。
しばらく画面を見た。
「何で?」
さらに。
理由が書かれている。
『最初に「見つけた」と返事をくれた人だから』
「……」
アルカが。
俺を見る。
「どうしますか?」
「安全なら」
少し考えて。
「乗るよ」
「自ら現地へ行くことになります」
「今回は救難じゃなくて、最後の航海だろ」
「はい」
「それに」
俺は。
画面に表示された古い《オルフェウス》を見る。
「九十二年間帰れなかった船が、ちゃんと着くところは見たい」
アルカは。
少しだけ笑った。
「では、私も同行します」
「全員来る気?」
「希望者を募ります」
「絶対十四人全員になるよね?」
「おそらく」
予想通り。
三十秒後。
『同行希望 十四名』
「早い!」
そのさらに十秒後。
『同行希望 リリィ』
『同行希望 ハル』
『同行希望 アカリ』
「子供まで!?」
こうして。
九十二年間止まっていた移民船は。
四千人の行き先を勝手に決めないようにした結果。
なぜか。
俺たち家族まで乗せて。
本来の目的地へ向かうことになった。
百十七年前。
廃棄船の管理人だった俺が。
今度は。
九十二年遅れの移民船の到着を見届けるらしい。
「……俺、本当に何の管理人なんだろうな」




