第54話 残り三十基を調べただけなのに、百十七年前の救難網が俺を管理人認証しました
旧第九十四処分宙域に残された三十基のビーコンについて、俺が出した指示は単純だった。
無理に直さない。危険なら触らない。部品取りもしない。
まず、本当に壊れているのか。それとも百年以上使われていなかっただけなのかを確認する。
百十七年前の俺なら工具箱を抱えて現地へ向かっていただろうが、今回は第三艦隊の作業用無人機に任せた。しかもアルカたちから「勤務時間内」「昼食を抜かない」「自分で現地へ行かない」という三条件まで念を押されている。
「そこまで信用ない?」
中央母艦の技術管制室でぼやくと、アルカは手元の資料から顔も上げずに答えた。
「百十七年前の勤務記録という極めて信頼性の高い資料がありますので、むしろ判断の根拠は十分です。今回はユウト自身が『明日に回す』と明言していますから、その言葉を信頼しています」
「言い方は優しいのに、逃げ道が全然ないな……」
「ダリオ・ウェルズ氏にも感謝しております」
「もう俺の上司みたいになってるじゃん」
アルカが小さく笑ったところで、《ヴァルナ》から最初の報告が届いた。
『無人機群、調査を開始します。対象三十基のうち、外観上完全破損と判断できる個体が十一基。残る十九基へ順次接触します』
「完全に壊れてる十一基は触らなくていいよ。位置だけ記録して、航路上危険なら後で撤去を検討しよう」
『了解しました』
今回の目的は、古いものを片っ端から蘇らせることではない。
使えるなら使う。
使えないなら、必要に応じて片付ける。
昨日の救難で昔の設備が役に立ったからといって、全部が宝物になったわけではない。そこを勘違いすると、今度は銀河中が巨大な物置になってしまう。
「ユウトがその判断をしてくださって安心しましたわ」
ベルが通信越しに言った。今日は市場関係の会議があるため別区画にいるらしいが、こういう時だけ妙に会話へ入ってくる。
「何で?」
『昨日から《廃棄設備保存投資》なる商品を作ろうとしている者がいますの。使えない旧設備まで値上がりし始めれば、私が潰す仕事が増えますわ』
「もう金儲けを考えてる人いるの!?」
『人類を甘く見てはいけませんわ』
「そこだけ説得力ありすぎるな……」
◇
調査は思ったより順調に進んだ。
昨日起動した十八基に加え、残る十九基のうち七基は、外部給電によって最低限の自己診断まで動かすことができた。ただし誘導精度が基準を満たしたのは三基だけで、残りは通信装置か位置補正系のどこかが壊れている。
それでも十分だった。
問題が起きたのは、十六番目の個体を調べていた時だった。
『最高司令官、確認をお願いします』
《ヴァルナ》の技術担当から呼ばれ、俺は作業映像を拡大した。
映っているのは《LB-17》ではない。形は似ているものの、明らかに一回り大きく、側面には保守用の端子が複数並んでいる。
「これ、ビーコンじゃないぞ」
俺がそう言うと、エリスが旧配置図を呼び出した。
「記録上は誘導標識九四二九です。しかし現物形状と登録情報が一致しません。後年の改修記録も確認できません」
「九四二九……」
数字を見た瞬間、何かが記憶に引っかかった。
俺自身が第九十四処分宙域の担当だったわけではない。それでも廃棄船管理局の設備は似たものを使っていたし、応援で何度か入ったこともある。
「側面をもう少し映して。反対側に古い端子盤があるはず」
無人機が回り込み、積もった細かな汚れを作業腕で払う。
現れた文字を見て、思い出した。
『局所救難網 保守中継器』
「ああ、これだ」
「ご存じなのですか?」
アルカが俺の隣へ寄ってくる。
「ビーコンをまとめて管理するやつだよ。第九十四みたいに広い処分宙域だと、一基ずつ中央設備へ繋ぐのが面倒だったから、十基とか二十基ごとに中継器を置いてた」
ビーコンが道標なら、こいつはそれらを束ねる小さな管理所みたいなものだ。
ただ、俺の記憶にある機体とは少し違う。
「何か大きくない?」
「内部構造を透過探査します」
無人機から送られてきた構造図を見たエリスが、すぐに異常へ気づいた。
「標準型と比較して記憶領域が約十二倍あります。さらに独立通信器と思われる装置が追加されています」
「十二倍?」
そんな容量を、ただのビーコン管理に使う必要はない。
俺は昔の型式番号を追ってみたが、それに該当する正式な記録は見つからなかった。
「とりあえず電源だけ入れてみよう。昨日と同じ低出力から。ただし、何か変な動きをしたらすぐ切って」
『了解しました。外部給電開始』
管制室の全員が映像を見る。
最初の十秒は何も起きなかった。
その後、内部に残っていた表示灯が一つ、また一つと点灯する。赤、黄、そして最後に緑。百年以上の眠りから目覚めるにしては、妙に滑らかな起動だった。
『自己診断開始を確認。旧規格信号を送信しています』
「昨日の周辺呼出?」
「違います」
エリスの表情が変わった。
「これは識別要求です。接続している保守端末へ、管理権限証明を要求しています」
「じゃあ無人機の整備権限を送れば?」
「現在規格では認証されません。旧連邦管理局の資格情報が必要です」
百十七年前の資格情報。
そんなもの、今の七艦隊に残っているはずがない。
そう思ったのだが。
アルカがこちらを見た。
「ユウト」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「旧廃棄船管理局職員情報の復元記録があります」
「俺の?」
「はい。歴史資料院が勤務記録を照合した際、職員番号まで確認されています」
「それ、今使えるの?」
「試す価値はあります」
使えたら使えたで怖い。
百年以上前の社員証で、今も設備が開くようなものだ。
「まあ、送るだけ送ってみようか」
エリスが俺の旧職員番号と認証形式を、現在の通信系から旧規格へ変換する。
『認証情報を送信します』
数秒間。
反応はなかった。
やっぱり無理だったかと思ったところで、中継器から一つの短い信号が返ってきた。
『照合中』
古い文字。
見覚えのある書式。
そして。
『職員番号 S-098-441』
『相良ユウト』
『第九十八廃棄船管理区画』
俺は思わず画面を見つめた。
「……本当に残ってる」
百十七年前。
毎日のように端末へ入力していた番号だ。
名前より先に手が覚えていたくらいの、どうでもいい数字。
それを。
俺より長く眠っていた機械が。
まだ覚えていた。
『資格階級確認』
『管理担当』
『臨時保守権限――』
そこで表示が一度乱れた。
「壊れた?」
「いいえ。別の記録領域を検索しています」
エリスが答えた直後。
新しい文字が浮かんだ。
『救難網管理担当者不在』
『最終管理者資格を確認』
『相良ユウト』
「待って」
俺は画面を見る。
「何で俺が最終管理者?」
「記録を検索します」
エリスが膨大な旧資料を掘り始める。
やがて一つの古い命令書が表示された。
『第九十四処分宙域 人員不足に伴う保守支援要請』
『第九十八群所属・相良ユウトを臨時保守員として登録』
「……あ」
思い出した。
「行ったことある」
「先ほどは『応援で何度か』と」
「うん。たぶん、その時」
管理担当者が足りないから。
人がいないから。
お前、機械分かるだろ。
そんな軽い理由で、一週間くらい第九十四へ放り込まれた記憶がある。
「臨時だったんだけどな」
俺が苦笑した、その瞬間だった。
『最終管理者認証完了』
『救難網管理権限を移譲します』
「いらない!」
反射的に声が出た。
「勝手に百十七年前の仕事を返してくるな!」
管制室にいた何人かが笑いを堪えている。
しかし機械は俺の抗議など無視して処理を続けた。
『管理人 相良ユウト』
『帰還支援網へ接続します』
俺は。
その言葉で笑えなくなった。
「帰還支援網?」
聞いたことがない。
ビーコンの正式名称でもない。
アルカもエリスも同じらしく、すぐに検索を始める。
「旧連邦公文書には該当名称が存在しません」
「なら、この機械の中だけ?」
「可能性が高いです」
次の瞬間。
中継器から大量の旧規格信号が放たれた。
◇
最初に反応したのは、第九十四処分宙域のビーコンだった。
昨日と今日で復旧した二十一基が、次々に信号を返す。
そこまでは予想できた。
だが。
『外部応答を検出』
エリスの声が低くなる。
「どこから?」
「第九十四処分宙域外です。距離、約〇・八光年」
「そんな遠くまで?」
さらに。
『第二応答。二・一光年』
『第三応答。五・六光年』
反応は止まらない。
古い航路。
廃止された補給所。
閉鎖された救難中継基地。
百年以上前の設備が、今もわずかに生き残っていたのか。
地図上に小さな光が増えていく。
十。
二十。
五十。
「エリス、これ全部何?」
「旧連邦時代に設置された救難設備群です。ただし現在の公的台帳上、九割以上が撤去または廃棄済み扱いになっています」
「廃棄済みなのに返事してる?」
「はい」
俺は頭を抱えた。
「台帳仕事しろよ……」
百年以上も経っているのだから仕方ないとは思う。
思うけど。
『応答数、百二十七』
まだ増える。
『百八十四』
ベルから緊急通信が入った。
『ユウト、何を起動しましたの? 複数星系の旧通信帯域が一斉に動き始めておりますわよ』
「俺にも分からない!」
『市場ではすでに旧連邦設備関連企業の株価が――』
「止めて! まだ何も分かってないから!」
『すでに取引規制をかけていますわ。昨日申し上げたでしょう? 人類を甘く見てはいけません』
「仕事早いな!」
その間にも。
応答は広がっていく。
そして。
二百十三番目。
今までのものとは違う表示が現れた。
『救難記録あり』
管制室が静かになった。
「いつの?」
「照合します」
エリスが記録を開く。
『最終更新――九十二年前』
「古いな……」
「救難はすでに終了している可能性があります」
「だよな」
九十二年前。
今さら助けに行ける人が残っているはずもない。
ところが。
次に現れた文字を見た瞬間。
エリスの手が止まった。
『救難案件状態』
『未完了』
俺も。
しばらく何も言えなかった。
「未完了って……何?」
「記録上、救助完了処理が行われていません」
「単なる入力漏れじゃない?」
「その可能性もあります。しかし」
エリスがさらに情報を展開する。
「救難対象船の最終確認記録があります」
『民間移民船』
『乗員乗客 四千八百十二名』
『航路障害により消息断絶』
『救難信号受信後、探索打ち切り』
「四千八百……」
規模が違う。
「九十二年前なら、さすがに……」
俺が言いかけると。
画面が更新された。
『帰還支援網からの照会』
『管理人へ確認』
『未帰還船情報を再照合しますか?』
その一文を。
俺は黙って見た。
九十二年前。
探索が終わった船。
普通に考えれば、もう結果は変わらない。
でも。
昨日。
百十三年間停止扱いだったビーコンが動いた。
今日も。
廃棄済みとされた設備が二百基以上返事をした。
なら。
「……調べるだけだよな」
俺がそう言った瞬間。
アルカがこちらを見る。
ただし今度は、止めようとはしなかった。
「はい。まず記録を確認するだけです。ユウト一人で背負う必要もありません」
その言葉に。
俺は頷いた。
「じゃあ再照合して」
『承認を確認』
旧式の中継器が。
百年以上前の通信網へ。
再び呼びかける。
『未帰還船』
『識別信号を照会』
長い沈黙が続いた。
三十秒。
一分。
二分。
やっぱり何もない。
当然だ。
九十二年前なのだから。
「今日はここまで――」
そう言いかけた時。
管制室の警告音が鳴った。
『微弱信号受信』
俺の声が止まる。
エリスが信号を拡大する。
「旧連邦規格。非常に弱いですが、識別符号を含んでいます」
「何の?」
エリスは。
一度だけ俺を見る。
「《オルフェウス》です」
誰も。
すぐには動けなかった。
「……生きてるの?」
「分かりません。自動装置だけが残っている可能性があります。信号源の距離も、現時点では特定できません」
それで十分だった。
まだ何も分からない。
生存者がいるとも言えない。
だからこそ。
決めつけてはいけない。
「七艦隊へ共有して。いきなり艦隊を出すんじゃなくて、まず信号源を特定する。昔の航路記録と、今の星図も全部重ねよう」
「了解しました」
アルカが答え。
エリスはすでに解析を始めていた。
俺は。
画面に残る小さな信号を見つめた。
九十二年間。
誰にも拾われなかったかもしれない声。
それが。
百十七年前の管理人認証をきっかけに。
今。
もう一度。
こちらへ届いた。
「聞こえてるよ」
俺は。
昨日の《アルメリア》へ返した時と同じように。
小さく呟いた。
今度は。
返事を待っている相手が。
九十二年前から。
帰れずにいるのかもしれなかった。




