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第52話 昔の上司の親族会に出ただけなのに、八百人から「おかえり」と言われました



 ウェルズ家の親族会当日。


「……帰っていい?」


「まだ着いてもいません」


 小型艇の窓から目的地を見た俺は、反射的にアルカへそう聞いていた。


 中央母艦第二居住区にある公共交流施設。その中でもかなり大きな会場を借り切っているらしく、入口の周辺には朝から大勢の人が集まっている。


 八百四十一人。


 先日聞いたウェルズ家親族通信網の参加人数だ。


 もちろん全員が来るわけではないと聞いていたのだが。


『現地参加予定者、七百九十六名』


「ほぼ全員じゃないか!」


「遠隔参加を含めれば八百四十一名全員です」


 エリスが淡々と補足した。


「何でそんな出席率高いの?」


「百十七年前から家に伝わっている人物が、本人の姿で参加するからでは?」


「俺、珍獣みたいな扱いになってない?」


「それだけではありませんわ」


 向かいに座ったベルが笑う。


「長年行方不明だったダリオ・ウェルズ氏の部下が、百十七年越しに工具を返却した記念日でもありますもの」


「その説明だと、俺が工具を持ち逃げして百年以上逃亡してたみたいだろ!」


「事実関係の一部は一致します」


「事故で寝てたんだよ!」


 今日は十四人全員ではない。


 俺とリリィ、ハル、アカリ。それからアルカ、ベル、エリスの三人だけだ。


 それでも十分多い気がするのだが、ウェルズ家側から「ぜひご家族も」と言われた以上、断るのも妙だった。


「お父様」


 隣に座るリリィが、俺の服の袖を軽く引いた。


「楽しみですね」


「緊張しない?」


「少しします。でも、エマさんにまた会えますから」


 反対側ではハルが、事前に送られてきたウェルズ家の簡易系図を眺めている。


「父さん」


「何?」


「ダリオさんの子孫、七艦隊にもかなりいる」


「そうなの?」


「整備、補給、医療、航法、教育。軍務以外にも多い」


「百十七年あれば、そりゃ広がるか」


 アカリがその画面を覗き込みながら言った。


「父上の現在の部下にも十一名いる」


「え?」


「七艦隊直属だけで」


「今まで知らなかったんだけど」


「向こうも最近まで知らなかった者が多い。歴史資料院の調査で系譜が繋がった」


「世の中狭いな……」


 銀河は百十七年前より遥かに広くなったはずなのに。


 なぜか最近。


 昔との距離ばかり縮まっている気がした。


     ◇


 会場へ入った瞬間。


 俺は理解した。


 完全に逃げ道がない。


「相良さん!」


 最初に駆け寄ってきたのはエマさんだった。


 今日は前回よりずっとくだけた服装で、その後ろには年齢も姿もばらばらな大勢の人たちが並んでいる。


「本日はありがとうございます」


「こちらこそ招待してもらって」


「皆、ずっと楽しみにしていました」


「工具を返した人を見るために?」


「それもあります」


「あるんだ……」


 俺が肩を落とすと、近くにいた人たちから笑いが起きた。


 その程度で、少しだけ緊張が解ける。


「相良さん」


 一人の老人が前へ出てきた。


 かなり歳を取っているが、背筋はしっかり伸びている。


「ウェルズ家の現在の最年長、ロイド・ウェルズです」


「相良ユウトです」


「存じております」


「ですよね」


 握手。


 老人の手は大きかった。


「祖父から聞きました」


「ダリオさんの?」


「いえ。私の祖父からです。ダリオはさらに上ですな」


「ああ、そっか」


 世代が一瞬分からなくなった。


「我が家では昔から、妙な話が伝わっておりまして」


「嫌な予感しかしない」


「工具は貸したら返してもらえ」


「普通ですね」


「飯を抜いて働く部下は捕まえてでも食わせろ」


「……」


「休まない部下の『大丈夫です』は信用するな」


「完全に俺が教材じゃないですか!」


 老人が豪快に笑う。


「元を辿れば、ほぼあなたでしょうな」


「ダリオさん、百十七年後まで俺を叱ってる……」


 横でアルカが深く頷いていた。


「素晴らしい方です」


「そっちにつかないで」


     ◇


 親族会と聞いて。


 もっと堅苦しいものを想像していた。


 でも。


 始まってみれば。


 本当に普通だった。


 久しぶりに会った親戚同士が話し。


 子供たちが走り回り。


 食事が並び。


 あちこちで写真を撮る。


「リリィちゃん!」


「はい!」


「こっち一緒に食べよう!」


 同年代の子たちに誘われて、リリィが嬉しそうについていく。


 ハルはというと。


「それ、本当に七艦隊の航法訓練用?」


「うん! 叔父さんにもらった!」


「貸して」


「いいよ!」


 すでに少年たちと端末を囲んでいた。


 アカリに至っては、年下の子供たちを何人も連れて歩いている。


「アカリちゃん、鬼ごっこ!」


「速度制限を確認する」


「普通ので!」


「秒速三メートル」


「それ普通なの!?」


 ちゃんと覚えていたらしい。


「馴染むの早いな」


「子供ですから」


 アルカが隣で微笑む。


「ユウトも行ってきては?」


「どこに?」


「すでに列ができています」


「列?」


 振り返る。


「……」


 いた。


 二十人くらい。


 俺を見ていた。


「何の列です?」


「相良さんと話したい人の列です」


 エマさん。


「面会会じゃないですよね?」


「親族会です」


「俺、親族じゃないよ?」


 エマさんが少し首を傾げた。


「その認識、もうウェルズ家では少数派ですよ」


「いつ入ったの!?」


     ◇


「相良さん。私は第六艦隊の補給部門にいます」


「へえ」


「家でずっと聞かされていた『現場の人間に飯を食わせろ』を、そのまま部下にやっています」


「いいことだと思います」


「ただ最近、部下から『主任も食べてください』と言い返されまして」


「食べてください」


「相良さんまで!?」


「ダリオさんなら絶対言うでしょ」


「……食べます」


 次。


「私は民間船の整備士です。廃棄判定になった機械を何でも残すのは正しいのでしょうか?」


「何でもは駄目ですよ」


「え?」


「危ないものもあるし、直す方が資源の無駄になる場合もある。確認して、無理なら諦める。それも仕事でしょ」


「なるほど……」


「俺だって全部残してたわけじゃないですからね?」


 なぜか周囲が驚いた。


「何その顔」


「伝説では、廃棄予定品を片っ端から救ったと」


「誰がそんな伝説作ったんだよ!」


 少し離れた場所でベルが目を逸らした。


「ベル?」


「報道表現までは私の管轄外ですわ」


「絶対何か知ってるだろ!」


 次。


 また次。


 話してみれば。


 誰も俺を拝みに来たわけではなかった。


 仕事の話。


 家族の話。


 昔から聞いていたダリオさんの話。


 工具の話。


 やたら工具の話が多い。


「相良さん、今も借りた工具は――」


「返してます!」


「まだ何も聞いてません」


「質問が分かるようになったんですよ!」


     ◇


 昼過ぎ。


「集合写真を撮りまーす!」


 エマさんの声が会場に響いた。


「全員?」


「全員です!」


「七百人以上いるよ?」


「広角撮影ですから大丈夫です」


 百十七年前とは違う。


 そこは便利になった。


 大勢が階段状の広場へ移動し始める。


 俺は当然。


 端へ行こうとした。


「相良さん、こちらです」


 エマさんに呼ばれる。


「どこ?」


「中央」


「嫌です」


「即答!?」


「ウェルズ家の写真なんだから、俺は端でいいですよ」


「駄目です」


「何で?」


 エマさんは。


 少し笑った。


「昔、ダリオが相良さんの写真を置いていた場所を覚えていますか?」


「端」


「はい」


「じゃあ端で合ってるでしょ」


「違います」


 彼女が指した。


 中央。


 最前列。


 そこには。


 一脚だけ。


 空いている椅子があった。


 上に。


 小さな端末。


 表示されているのは。


 ダリオ・ウェルズ。


 あの最後の家族写真だった。


「……」


「今回は」


 エマさんが言う。


「逆にしましょう」


「逆?」


「ダリオを写真で入れます」


 そして。


 俺の方を見る。


「相良さんは、本物で入ってください」


 周りの人たちも。


 何も言わず待っていた。


「ずるいなあ」


「何がです?」


「それ言われると断れない」


 俺は。


 空いている椅子の隣へ立った。


 リリィたちがすぐに寄ってくる。


 アルカ。


 ベル。


 エリスも。


「何でお前たちまで中央に?」


「ご家族でしょう?」


 エマさん。


「……まあ」


 否定すると。


 また面倒になりそうなので。


 やめた。


     ◇


『撮影まで十秒』


 大勢が並ぶ。


 七百九十六人。


 遠隔参加者の小さな映像も、会場後方の巨大画面へ並んでいる。


『五秒』


 俺は。


 隣の端末を見る。


 不機嫌そうなダリオさん。


「笑えよ」


 思わず呟いた。


『三』


「父さん」


 ハルがこちらを見る。


「父さんも」


「え?」


「笑って」


『二』


「分かってるよ」


『一』


 光。


 写真が撮られた。


     ◇


 すぐに。


 撮影結果が表示された。


「おお……」


 俺は。


 思わず声を漏らした。


 すごい人数だ。


 どこを見ても人。


 顔。


 家族。


 その中央近く。


 昔のダリオさん。


 今の俺。


 十四人のうち三人。


 三人の子供。


「本当に入っちゃったな」


「今さらです」


 アルカが言う。


「何が?」


「ユウトはすでに、百十七年前からウェルズ家の写真に入っています」


「写真だけだろ」


「今回は本人です」


「だから今さら?」


「はい」


 俺は。


 もう一度写真を見る。


「……そっか」


 そうかもしれない。


     ◇


 問題が起きたのは。


 親族会も終盤に入った頃だった。


「相良さん」


 さっき話した第六艦隊の補給担当者が、急に立ち上がった。


 さっきまで笑っていた顔が。


 完全に仕事のものへ変わっている。


「どうしました?」


「申し訳ありません。緊急通信です」


「仕事なら気にしないで」


「いえ」


 男が。


 一度、俺を見る。


「最高司令官にも関係する可能性があります」


 その呼び方で。


 周囲の空気が変わった。


 アルカがすぐそばへ来る。


「内容を」


「辺境第九航路で民間輸送船から遭難信号。航法装置と主推進器が損傷した模様です」


「救助隊は?」


「現在手配中です。ただ……」


 男が端末を開いた。


「漂流先が旧廃棄船集積宙域です」


 俺の動きが。


 止まった。


「どこ?」


 表示された座標を見る。


「……ここ」


「ご存じですか?」


「昔の第九十四処分宙域」


 百十七年前。


 俺が働いていた区画とは別。


 でも。


 知っている。


 壊れた船。


 切り離された構造物。


 使われなくなった大型設備。


 それが大量に漂う場所。


「今も残ってるの?」


「大半は撤去されています。ただ、一部に旧構造物群が残存」


 エリスが情報を受け取る。


「遭難船はその内部へ流されています」


「乗ってる人は?」


「乗員四十三名。民間人二百八十六名」


「三百人以上……」


「生命維持装置は稼働中。ただし推定残存時間は――」


「そこは後でいい」


 俺は端末を拡大した。


 航路。


 漂流速度。


 障害物。


 百十七年前の記憶と。


 現在の情報を。


 頭の中で重ねる。


「普通に救助艇で入れない?」


「大型艇は危険です」


「小型艇なら?」


「旧構造物による通信障害と位置情報の誤差が――」


「誘導用ビーコンは?」


「旧式です。現在規格との互換性がありません」


「旧式」


 俺は。


 思わず画面を見直した。


「型番分かる?」


「ユウト?」


 アルカが俺を見る。


「分かるなら見せて」


 表示。


 古い規格。


 古い名称。


 俺は。


 覚えていた。


「これ、生きてるかもしれない」


「百年以上前の設備です」


「だから何?」


 エリスが黙る。


「完全に止まってるか確認した?」


「……未確認です」


「なら」


 俺は立ち上がった。


「確認しよう」


     ◇


「父さん」


 ハルがこちらを見る。


「行くの?」


「俺が?」


「現地」


「まだ分からない」


 そこは。


 ちゃんと考える。


 昔みたいに。


 何でも自分で行けばいいわけじゃない。


「まず情報を集める。俺に分かることだけ渡す。それで済むなら専門家に任せる」


 アルカが。


 少しだけ安心した顔をした。


「はい」


「ただ」


 俺は遭難船の位置を見る。


 信号は。


 まだ出ている。


「助けられる船を、手続きしてる間に沈めるのは嫌だ」


「同意します」


 アルカの声が変わった。


 最高司令官の補佐として。


 七艦隊を動かす側の声。


「救難情報を七艦隊へ共有。最寄りの救助戦力を確認します」


「うん」


「旧規格設備の資料は?」


「俺も見る」


「エリス」


「すでに収集中です」


 ベルも立ち上がる。


「周辺航路の民間船を退避させますわ。補償処理はこちらで」


「頼む」


 会場にいたウェルズ家の人たちが。


 静かに道を空けた。


 ついさっきまで。


 工具を返せと笑われていたのに。


 今は。


 誰も笑っていない。


「相良さん」


 エマさんが呼び止める。


「ごめん。途中だけど」


「違います」


 彼女は。


 ダリオさんの写真を持ち上げた。


「いってらっしゃい」


 俺は。


 少しだけ。


 言葉に詰まった。


 百十七年前。


 戻れなかった俺を。


 ずっと待っていた人の子孫。


 その家族から。


 今度は。


 送り出される。


「……うん」


 俺は頷いた。


「行ってきます」


     ◇


 会場を出た瞬間。


 端末へ新しい情報が届いた。


『遭難船より追加通信』


『船体後部で二次損傷』


『推進区画閉鎖』


『救難信号継続』


 さらに。


『乗員より音声』


 雑音の中。


 男の声。


『こちら民間輸送船アルメリア。聞こえる船がいるなら応答願う』


 その一言を聞いて。


 俺は。


 足を止めなかった。


 百十七年前。


 壊れたものを見つけた時と。


 結局。


 やることは同じだ。


 まだ動いている。


 まだ信号が出ている。


 まだ。


 帰れる人がいる。


「アルカ」


「はい」


「返事して」


「何と?」


 俺は。


 小型艇へ乗り込みながら答えた。


「聞こえてるって」


 アルカが。


 ほんの少し笑った。


「了解しました、最高司令官」


 次の瞬間。


 七艦隊の救難回線を通して。


 一つの応答が。


 辺境第九航路へ送られた。


『こちら七艦隊最高司令部』


『救難信号を受信した』


『応答を継続せよ』


『――迎えに行く』


 百十七年前の俺には。


 壊れたコアを直すための工具しかなかった。


 今は。


 七つの艦隊がある。


 だったら。


 使わない理由なんて。


 どこにもなかった。


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