第51話 百十七年前の上司の子孫に会っただけなのに、俺が家族写真に入っていました
歴史保存施設の展示内容を変更してから、数日が経った。
俺の名前だけを大きく掲げる形ではなく、当時あそこで働いていた人たちを出来るだけ拾い上げる。そう決めてからというもの、歴史資料院には予想以上の数の情報が集まり始めていた。
百十七年前の職場なのだから、本人からの連絡など当然ない。
代わりに届いたのは。
『祖父の祖父が第九十八管理区画に勤務していました』
『曾祖母の遺品から当時の職員証が見つかりました』
『家族アルバムに廃棄船管理局の制服を着た人物がいます』
そんな。
今まで誰も価値があると思っていなかった、小さな記録だった。
「結構残ってるものなんだな」
俺は居間の端末を眺めながら呟いた。
「家族が保管していたものは、公的記録とは異なる形で残りやすいです」
エリスが隣で資料を整理している。
「手紙、写真、私物、個人端末の複製記録などが中心です」
「全部展示するの?」
「いいえ。本人や家族の希望を優先します」
「それがいい」
俺が頷いたところで、新しい通知が表示された。
『面会希望』
「また歴史資料院?」
「違います」
アルカが内容を確認する。
「ダリオ・ウェルズ氏のご子孫です」
「……ダリオさんの?」
自然と。
画面を見る姿勢が変わった。
『エマ・ウェルズ』
『中央母艦第二居住区在住』
『旧連邦廃棄船管理局主任ダリオ・ウェルズの五世代後の直系子孫』
「この母艦に住んでるの?」
「はい」
「近いな……」
銀河中のどこかにいるならともかく。
同じ母艦。
しかも。
『面会理由』
『家に残されているダリオ・ウェルズの私物を、相良ユウト本人へ確認してほしい』
「私物?」
『詳細不明』
俺は少し考えた。
「会おうか」
「よろしいのですか?」
「ダリオさんの家族だろ」
それだけで。
断る理由はなかった。
◇
翌日。
訪ねてきたのは、三十代くらいの女性だった。
薄い茶色の髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の人で。
玄関へ迎えに出た俺を見るなり。
完全に固まった。
「こんにちは」
「……」
「エマさん?」
「は、はい!」
ものすごい勢いで頭を下げられた。
「エマ・ウェルズです! 本日はお時間をいただき、誠に――」
「そんなに緊張しなくていいですよ」
「無理です!」
「即答された」
エマさんは両手で抱えていた鞄を胸元へ引き寄せた。
「子供の頃から家で聞かされていた人が、普通に玄関を開けたんですよ!?」
「俺の話?」
「はい!」
「どんな?」
「……」
急に。
エマさんが気まずそうな顔をする。
「何です?」
「お話ししても?」
「もちろん」
「『ダリオ爺さんが最後まで心配していた、言うことを聞かない部下』と」
「そっち!?」
英雄でも。
七艦隊を救った人でもなかった。
「すみません!」
「いや」
俺は思わず笑った。
「たぶん一番正確です」
◇
居間へ案内すると。
当然のように十四人がいた。
「……」
エマさんが再び止まった。
「皆さん、今日は仕事は?」
「しています」
アルカ。
「並行して」
「便利だな、それ」
エマさんの視線が。
アルカからベルへ。
ベルからグレイスへ。
さらに他の面々へ移っていく。
「ほ、本当に……」
「何が?」
「ダリオの記録にあったコアが……」
彼女の目が。
少し潤んだ。
「全部、生きてる」
その言葉に。
今度はこちらが静かになった。
「全部ではありません」
アルカが穏やかに答える。
「しかし、私たちはここにいます」
「はい」
エマさんは。
何度も頷いた。
「家では、ずっと半分昔話みたいに伝わっていたんです」
「ダリオさんの話が?」
「はい。『爺さんは昔、廃棄される機械を守るために上司と喧嘩した』って」
「上司と?」
「四回」
エリスが言う。
「廃棄停止申請を提出しています」
「その話です」
エマさんが少し笑う。
「でも、家族の間でも、本当にそんな価値があったものなのかは誰も分からなかったんです」
その答えが。
今。
目の前に十四人いる。
「たぶん」
俺は言った。
「ダリオさん自身も、価値があるから残したわけじゃないと思いますよ」
「え?」
「あの人、そういう人だったから」
俺が勝手に残した。
だから。
仕方なく面倒を見る。
たぶん。
最初はそれだけだった。
「俺が戻ると思ってたんじゃないかな」
そして。
戻った俺に。
また報告書を書かせるつもりだった。
「そうかもしれません」
エマさんが笑う。
「家に残っていたものを見ると、本当にそう思います」
「今日持ってきたもの?」
「はい」
◇
エマさんが鞄から取り出したのは。
古い。
本当に古い。
金属製の小さな工具箱だった。
「……」
見た瞬間。
嫌な予感がした。
「開けても?」
「どうぞ」
蓋を開く。
工具。
端子。
古い測定器。
どれも百年以上前の規格。
その中に。
一本。
見覚えのある工具があった。
「これ」
「ご存じですか?」
「……たぶん」
俺は持ち上げる。
細い絶縁工具。
柄の部分に。
小さく。
『D.W.』
「ダリオさんのだ」
「やっぱり」
エマさんが。
深く息を吐いた。
「家では、ずっと『絶対に捨てるな』と言われていたそうです」
「工具を?」
「正確には、その一本を」
「何で?」
「箱の中にメモがあります」
「……」
もう分かった気がした。
底に。
古い紙。
開く。
『相良が返さなかった工具』
「……」
十四人が。
俺を見る。
「違う」
反射的に言った。
「何がです?」
アルカ。
「借りてただけ」
「百十七年間?」
「返す前に事故に遭ったんだよ!」
エマさんが。
必死に笑いを堪えている。
「すみません」
「笑っていいですよ」
「家族全員、この工具だけは絶対に相良さんへ返してもらうんだと」
「逆ですよね!?」
俺が返す側だ。
「だから本日」
エマさんは。
俺の手にある工具を見る。
「返していただけますか?」
「今渡されたばっかりなんですけど!?」
「ダリオの代わりに」
「そこまで再現しなくても!」
部屋中から。
笑い声が上がった。
◇
結局。
工具はエマさんへ返した。
百十七年遅れで。
「これでいい?」
「はい」
エマさんが大事そうに工具を受け取る。
「ダリオも喜ぶと思います」
「怒ってない?」
「まず『遅い』と言うと思います」
「言いそう」
「そのあと」
エマさんは。
少しだけ声を柔らかくした。
「安心すると思います」
「……」
「手紙に書いていた通り」
『だから今度は、お前が残れ。』
「相良さんが、本当に戻ってきたので」
俺は。
すぐには返事ができなかった。
「遅くなりましたけどね」
「百十七年です」
「遅すぎるな」
二人で。
少し笑った。
◇
「実は」
エマさんが。
もう一つ。
鞄から薄い記録板を取り出した。
「まだあるの?」
「こちらは工具ほど重要ではないと思うのですが」
「何です?」
「家族写真です」
古い画像だった。
ダリオさん。
奥さんらしい女性。
二人の子供。
さらに親族。
何枚もある。
「若いな」
俺の記憶にあるダリオさんより。
少し若い。
「これは、相良さんの事故から一年ほど後だそうです」
「一年後……」
写真の中で。
ダリオさんは。
相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。
「笑わない人だったんですよね」
「ほとんど」
「家でも同じだったそうです」
「なんか安心した」
何枚か送る。
誕生日。
食事。
旅行。
子供の卒業。
普通の家族写真。
そして。
「……あれ?」
一枚。
妙な写真がある。
「これ」
家族全員が並んでいる。
その端。
椅子の上に。
一枚の紙が置いてあった。
顔写真。
「俺?」
「はい」
「何で!?」
百十七年前の俺。
管理局の職員証に使っていた写真だ。
「家族の記録では」
エマさんが説明する。
「相良さんが事故に遭った後、毎年一度だけ、ダリオがその写真を食卓に置いていたそうです」
「毎年?」
「はい」
「何のために?」
「誰も知りません」
「本人は何て?」
「聞いても、『あいつの席じゃない。戻ってきたら報告書を書かせるだけだ』と」
「……」
それは。
席だったんじゃないか。
俺が。
戻ってくるまでの。
「ダリオさん」
ほんと。
素直じゃないな。
「それで」
エマさんが。
次の写真を出した。
「こちらが最後です」
ダリオさん。
かなり歳を取っていた。
白髪。
皺。
それでも。
不機嫌そうな顔。
家族が大勢増えている。
孫までいる。
そして。
やっぱり。
端に。
俺の写真があった。
「これ」
俺は。
目を離せなかった。
「何歳の時?」
「八十二歳です」
「元気だったんだな」
「翌年、亡くなりました」
「……そっか」
写真のダリオさんを。
しばらく見た。
自分だけ。
百十七年前から。
ほとんど変わらない。
それが。
少しだけ。
変な感じだった。
◇
「相良さん」
「はい」
「お願いがあります」
「何?」
エマさんが。
珍しく緊張した顔をした。
「家族写真を、一枚撮っていただけませんか?」
「俺と?」
「はい」
「もちろんいいですよ」
「ありがとうございます!」
そういうことなら。
断る理由はない。
居間の一角。
エマさんと俺が並ぶ。
「では撮影します」
エリスが端末を構える。
「普通のでいいからね?」
「理解しています」
「銀河中へ公開しないでね?」
「本人許可なしでは行いません」
「よし」
ところが。
「お父様」
リリィが寄ってくる。
「私たちも入ってよいですか?」
「エマさんがいいなら」
「もちろん!」
リリィ。
ハル。
アカリ。
三人が前へ。
「では私も」
アルカ。
「私もですわ」
ベル。
「待って」
一人増え。
二人増え。
結局。
「全員?」
「家族写真なのでしょう?」
アルカが言った。
「うちのじゃなくて、エマさんの家族写真!」
「構いません」
エマさん。
嬉しそうだった。
「むしろ、お願いします」
「本人がいいならいいけど……」
結果。
俺。
十四人。
三人。
エマさん。
合計十九人。
「収まる?」
「問題ありません」
『撮影します』
その瞬間。
俺は。
少し考えて。
「待って」
『停止』
「エマさん」
「はい?」
「さっきの写真」
「どれです?」
「ダリオさんの最後のやつ」
◇
小さな端末へ。
ダリオさんの写真を表示した。
それを。
エマさんに持ってもらう。
「これで」
「……いいんですか?」
「うん」
百十七年前。
俺の写真を。
勝手に家族写真へ入れ続けた人だ。
なら。
一度くらい。
こっちも勝手に入れていいだろう。
「撮って」
『はい』
全員が並ぶ。
ダリオさん。
不機嫌そうな顔。
俺。
十四人。
三人の子供。
その子孫。
『撮影』
光が。
一瞬。
瞬いた。
◇
写真を見て。
エマさんが。
泣いた。
「すみません」
「謝らなくていいですよ」
「家族に送っても?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
俺も。
その写真をもらった。
そして。
その日の夜。
自分の部屋へ戻ってから。
もう一度。
見た。
「……ずいぶん増えたな」
百十七年前。
ダリオさんの家族写真の端に。
一人だけ置かれていた俺。
今は。
周りに。
こんなにいる。
「ちゃんと残ってるよ」
誰に言ったのか。
自分でも分からない。
でも。
それでよかった。
◇
翌朝。
「ユウト」
アルカが。
端末を持ってやってきた。
「何?」
「エマ・ウェルズさんから連絡です」
「昨日の写真?」
「はい」
「家族に送った?」
「送ったそうです」
「よかった」
「その結果」
「結果?」
『ウェルズ一族親族通信網』
『参加者八百四十一名』
「多い!」
『全員より相良ユウトへ』
「何?」
画面いっぱいに。
一つの文章。
『工具を返していただき、ありがとうございました』
「一族総出で言うこと!?」
さらに。
『次回のウェルズ家親族会へ招待します』
「え」
「おめでとうございます」
ベルが紅茶を飲みながら微笑む。
「百十七年遅れで正式にウェルズ家へ捕まりましたわね」
「捕まったって何!?」
「父さん」
ハルが画面を見る。
「参加した方がいい」
「八百人以上いるんだぞ?」
「工具の件を全員知ってる」
「余計行きづらいよ!」
リリィは。
嬉しそうだった。
「でも、お父様」
「ん?」
「今度はお写真ではなく、本当に一緒に写れますね」
「……」
そう言われると。
断れなかった。
「行くか」
『参加承諾を送信します』
「うん」
『なお』
「何?」
『ウェルズ家より追加質問』
「どうぞ」
『相良ユウトは現在、使用した工具をきちんと返却していますか?』
「そこまで受け継がれてるの!?」
十四人。
三人。
全員が。
俺を見る。
「返してるよ!」
『証言者を要求』
「信用なさすぎない!?」
百十七年越しに。
俺は。
昔の上司の子孫八百四十一人から。
工具管理を監督されることになった。




