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第49話 昔の職場が公開されたら、七艦隊の新人研修先になっていました



 歴史保存指定から三日後。


「……何これ」


 朝食を食べながら端末を開いた俺は、画面に表示された通知を二度見した。


『旧廃棄船管理区画・教育利用申請』


「教育?」


『七艦隊合同新人研修における特別見学施設としての利用を希望』


「何で?」


 アルカが紅茶を置く。


「理由は明確です」


「聞きたくない気もするけど、どうぞ」


「七艦隊の原点だからです」


「俺の職場だよ?」


「その職場で、後の七艦隊中枢となるコアが救われました」


「いや、救ったっていうか修理しただけで」


「さらに」


 エリスが端末を操作する。


『当時の相良ユウト勤務記録』


『廃棄判定済み設備への再評価』


『限られた資材による修復』


『規定外状況への現場判断』


『結果ではなく稼働可能性を優先した保全』


「なんか格好よく書き換えられてない?」


「事実の要約です」


「俺の記憶だと、使える部品を拾って直してただけなんだけど」


「それを現在の教育体系へ置き換えています」


「置き換えなくていいよ!」


 さらに下を見る。


『研修テーマ』


『価値を数字だけで決めない』


「……」


『廃棄判定は、可能性の否定ではない』


「……」


『現場にしか見えないものを見落とさない』


 俺は少し黙った。


 言っていること自体は。


 そんなに悪くない。


「これ、誰が考えたの?」


「七艦隊教育局です」


「俺じゃないよね?」


「当然です」


「ならまあ……」


 そこで止めておけばよかった。


 次の項目を見る。


『必修展示』


『相良ユウト旧作業台』


『自筆整備メモ』


『《寝るな あと二基 終わったら寝る》』


「それ必修から外して!」


     ◇


 俺は教育利用そのものには反対しなかった。


 ただし。


 条件を出した。


「俺を英雄みたいに教えない」


『了承』


「寝ないで働くのを美談にしない」


『最重要注意事項として反映済み』


「そこは徹底して」


『はい』


「あと鍋の件は」


『保存対象です』


「そこだけ頑固だな!」


 結果。


 研修内容はかなりまともになった。


『相良ユウトの行動を模倣してはならない』


『特に長時間勤務、休憩拒否、自己判断による過剰労働は禁止』


「……」


 俺は表示を見つめた。


「何か俺、悪い例になってない?」


「半分は」


 ハルが朝食を食べながら答えた。


「半分も!?」


「いい部分と悪い部分を両方使う」


「教材としては正しいです」


 リリィが頷く。


「お父様も、今はちゃんとお休みになりますから」


「監視されてるからね」


「成果が出ています」


 アカリ。


「父上の平均睡眠時間は、過去二週間で七時間五十二分」


「何でそこまで測ってるの?」


「健康管理」


「子供に管理される父親ってどうなの?」


 三人とも。


 何も問題ないという顔だった。


     ◇


 一週間後。


 第一回の新人研修が行われることになった。


 俺は行く予定ではなかった。


 本当に。


 なかった。


「何で俺も乗ってるの?」


 小型艇の中。


「現地での質問対応要員です」


 アルカ。


「専門の案内役いるんだろ?」


「います」


「じゃあ俺いらないよね?」


「新人側から強い希望がありました」


「誰が聞いたの、その希望」


「全員です」


「全員!?」


 参加者は。


 七艦隊から選ばれた新人、約二百名。


 軍人だけじゃない。


 整備員。


 補給担当。


 医療。


 航法。


 技術。


 事務。


 いろんな部署から来ているらしい。


「二百人全員が俺に会いたいって?」


「はい」


「何で?」


「生きた歴史資料だから」


 ハル。


「今日は学校だろ!」


「通信参加」


「参加しなくていい!」


     ◇


 旧管理区画へ到着すると。


 二百人が。


 整列していた。


「……」


 俺は一度止まる。


「帰っていい?」


「駄目です」


 アルカに背中を押された。


 前へ出る。


「えー」


 二百人の視線。


 重い。


「相良ユウトです」


 当然知っているという顔をされた。


「今日は」


 何を言えばいいんだ。


「……普通に見ていってください」


 教育局の担当者が横で固まった。


「以上」


「最高司令官」


「何?」


「もう少し」


「何を?」


「訓示などを」


「急に言われてもないよ」


 俺は新人たちを見る。


 緊張している。


 肩に力が入っている人間も多い。


「じゃあ」


 少し考える。


「ここにあるもの、全部ありがたい歴史資料だと思わなくていいから」


 教育局担当者の顔色が変わる。


「え」


「工具は工具だし、机は机。俺もその辺にいた管理人だった」


 何人かが。


 少しだけ表情を緩めた。


「ただ」


 俺は続ける。


「昔の俺が見落としてたことも、ここには残ってる」


 壁。


 作業台。


 あの休養勧告。


「直せるものを捨てるなって考え方は、今でも間違ってないと思う。でも、自分まで壊したら意味ないから」


 アルカが。


 横で静かにこちらを見る。


「だから、いいところだけ拾って。悪いところは真似しないで」


 一拍置いて。


「特に寝ろ」


 笑いが起きた。


 少しだけ。


 空気が軽くなった。


「あと鍋は洗え」


 今度は。


 もっと大きく笑われた。


「そこ笑うところ!?」


     ◇


 研修が始まった。


 最初の展示は。


 俺の作業区画。


「この机、本当に当時のままなんですか?」


 一人の新人整備員が聞く。


「ほぼね」


「この傷は?」


「知らない」


「歴史資料院では第五次修復作業時の――」


「たぶん工具落としただけ」


 案内役が黙った。


「最高司令官」


「はい」


「記録上の解釈が」


「格好いい理由つけすぎなんだよ」


 別の新人が。


 作業台の文字を見る。


『二十七 電源触るな』


「これは?」


「ベル」


「ベル総帥に?」


「当時は喋らないコアだけど」


「なぜ電源を?」


「勝手に不安定になるから」


「現在のベル総帥が?」


「昔はね」


 新人たちが。


 ものすごい顔をしている。


「本人の前で言うなよ?」


「もう聞いていますわ」


「うわっ!」


 通信画面にベルがいた。


「何で見てるの!?」


『教育事業ですもの』


「仕事しろ!」


『していますわ。並行処理です』


「便利だな!」


     ◇


 次は。


 旧保管区画。


 ここでは。


 さすがに全員静かだった。


 何もない床。


 固定台の跡。


 そこに。


 十四基のコアが置かれていた。


「この場所から」


 案内役が説明する。


「後に七艦隊中枢となる存在が――」


「そこまで言わなくていいよ」


 俺は口を挟む。


「最高司令官?」


「当時はただの壊れた機械だった。それでいい」


「しかし」


「後から何になったかで、昔の価値まで決めると変になるだろ」


 新人たちがこちらを見る。


「もしこいつらが今、七艦隊を率いてなかったら。直した意味がなかったことになるの?」


 誰も答えない。


「ならないだろ」


 一人の若い整備員が。


 小さく頷いた。


「動くようになった。それだけで十分だった」


 俺は床を見る。


「たぶん、そういう話だよ」


 しばらく。


 静かだった。


     ◇


 その後。


 質問時間になった。


「最高司令官!」


「はい」


「当時、最も修理が難しかったコアはどなたですか?」


「覚えてない」


 アルカたちが一斉にこちらを見る。


「いや、本当に順位つけてないから!」


「では一番手がかかった方は?」


「グレイスかな」


「私か」


「警告音うるさかったから」


「そこか」


「次!」


「ベル総帥の廃棄判定を覆した時、将来性を予測していたのですか?」


「してない」


「では何を基準に?」


「直るかどうか」


「それだけ?」


「それだけ」


「次!」


「当時の自分へ一言送れるなら?」


「寝ろ」


 即答。


 また笑われた。


「他には?」


「飯食え」


「他には?」


「工具返せ」


「最高司令官!」


「大事だよ!」


     ◇


 最後。


 一人の新人が。


 少し迷いながら手を挙げた。


「どうぞ」


「……自分は」


 若い男だった。


 制服を見る限り。


 整備部門。


「昨日、訓練で失敗しました」


「うん」


「同じ班の中で、一番成績が悪いです」


 周囲が静かになる。


「配属後も、自分だけ足を引っ張るんじゃないかって」


 彼は。


 作業台を見る。


「ここへ来れば、何か答えがあると思っていました」


「なかった?」


「分かりません」


「なら普通だよ」


「え?」


「俺にも分からないから」


 彼が顔を上げる。


「成績が悪いなら、今は悪いんだろ。それは事実」


「はい」


「でも、それで廃棄?」


 男が目を瞬いた。


「違うだろ」


「……はい」


「直せるところがあるなら直せばいいし、向いてないなら別の場所探せばいい。今の数字だけで全部決める必要ないよ」


 俺は少し笑う。


「ここに置いてあった連中なんて、全員廃棄判定だったんだから」


 背後。


 三人。


 通信先を含めれば十四人。


 妙に圧がある。


「今は俺より偉そうだけど」


「ユウト」


 アルカ。


「事実でしょう?」


「否定はしません」


 新人たちが笑った。


 さっきの男も。


 少しだけ笑った。


     ◇


 研修終了後。


「今日はありがとうございました!」


 二百人が頭を下げる。


「こちらこそ」


 俺は。


 ちょっと疲れた。


 でも。


 悪くなかった。


「ユウト」


 帰りの艇でアルカが言う。


「新人研修への正式導入が決定しました」


「年一回くらい?」


「毎月」


「多い!」


「七艦隊全体ですので」


「俺は毎回来ないよ?」


「映像教材を使用します」


「ならいい」


「本日の映像を」


「……」


「何ですか?」


「嫌な予感」


     ◇


 翌朝。


 俺の予感は当たった。


『七艦隊新人研修・必修映像』


『講師 相良ユウト最高司令官』


「講師になってる!」


『第一章 価値を数字だけで決めるな』


「そこはまあいい」


『第二章 直せるなら直せ』


「言い方!」


『第三章 自分まで壊れるな』


「……」


『第四章 寝ろ』


「章にするな!」


『第五章 鍋を洗え』


「最後いらない!」


 ハルが端末を見る。


「父さん」


「何?」


「第五章、評価が一番高い」


「何で!?」


「分かりやすいから」


「新人教育だよね!?」


『なお』


 青い球体が続ける。


『七艦隊各部署より、研修標語への採用申請が届いています』


「どれ?」


 表示。


『壊れる前に休め』


『分からなければ確認しろ』


『使った工具は返せ』


「そこまではいい」


『鍋は洗え』


「それだけ私生活!」


 こうして。


 百十七年前の俺の職場は。


 歴史遺産になっただけではなく。


 七艦隊の新人が最初に訪れる研修施設の一つになった。


 そこで彼らが最初に教えられるのは。


 どれほど価値がないと判断されたものでも、まだ可能性が残っていること。


 そして。


 どれほど忙しくても。


 ちゃんと寝て。


 ちゃんと食べて。


 使った鍋は洗うことだった。


「……最後だけ俺じゃなくても教えられるだろ」


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