第48話 百十七年前の職場を見に行っただけなのに、俺の落書きまで歴史遺産になりました
「観光地にはしない」
『歴史保存指定であり、観光施設化とは異なります』
「じゃあ一般公開は?」
『現時点では未定です』
「その“現時点では”が怖いんだよ」
翌朝。
俺は食卓で朝食を食べながら、昨日届いた《旧廃棄船管理区画・歴史保存指定案》と睨み合っていた。
百十七年前に俺が働いていた場所。
そこを保存したい。
話そのものは分からなくもない。
七艦隊の中枢になったコアの一部が、実際にそこに保管されていたらしいからだ。
ただ。
「俺の職場だったって部分はいらないだろ」
「最重要部分です」
アルカが即答した。
「何で?」
「私たちが現在存在している理由を説明する場所だからです」
「修理工場みたいなもんだぞ?」
「その修理工場で、私たちは廃棄を免れました」
「でも建物自体には何も――」
『未確認です』
青い球体が割り込んだ。
「未確認?」
『旧管理区画は百十七年間、閉鎖状態を維持しています』
「まだ残ってるの?」
『はい』
「とっくに解体されたと思ってた」
俺が驚いていると、グレイスが端末をこちらへ向ける。
「第九十八群は後年、航路変更によって利用価値を失った。解体費用より封鎖維持費の方が安かったため、そのまま残されたらしい」
「何か俺がいた頃と理由が変わってないな」
使わなくなったものを、処分する金がないから放置する。
妙に懐かしい。
「保存指定前に現地調査が必要です」
エリスが言った。
「構造劣化、残留物、危険物、記録媒体の状態を確認します」
「専門家に任せれば?」
「ユウトにも同行を要請します」
「何で?」
「百十七年前の配置を知る唯一の生存者だからです」
「……そう言われると断りづらいな」
それに。
少しだけ。
本当に少しだけ。
見てみたくもあった。
「じゃあ行くか」
そう言った瞬間。
十四人が一斉に立ち上がった。
「全員では行かないからな」
全員座った。
不満そうに。
◇
結局。
同行したのはアルカ、グレイス、エリス。
それに歴史資料院の調査員数名だった。
リリィたちは学校。
ベルは最後まで「私も」と主張していたが、銀河市場関係の会議があり、アルカに強制的に送り出されていた。
『接近します』
小型艇の窓から。
古い宇宙施設が見えてくる。
「……」
俺は。
思ったより長く、黙っていた。
黒い。
ただの構造物。
最新の中央母艦と比べれば、小さい。
外壁はあちこち変色している。
昔は何百隻もの廃棄船が係留されていた場所も、今はほとんど空だった。
「ユウト?」
アルカの声で我に返る。
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
懐かしい。
という感覚とも違う。
百十七年前なのだ。
普通なら。
自分が知っているものなんて、何も残っていない方が自然だろう。
でも。
「あそこ」
「はい?」
「あの外壁」
俺は窓の端を指した。
「昔、輸送船がぶつかった跡」
「事故記録があります」
エリスが確認する。
「百二十二年前。小型輸送艇による接触事故」
「やっぱり」
「覚えているのですか?」
「修理させられたから」
俺は少し笑った。
「全然直らなかったけど」
近づくにつれて。
忘れていたものが。
少しずつ戻ってきた。
◇
『気密確認完了』
『内部侵入可能』
古いエアロックが。
百十七年ぶりに開く。
空気そのものは調査艇側から供給されている。
照明も死んでいたため、携帯灯を使った。
「暗いな」
「以前も?」
「もう少し明るかったよ。半分くらい照明壊れてたけど」
「半分」
グレイスが俺を見る。
「職場環境について後ほど詳しく聞く」
「聞かなくていい」
通路。
壁。
床。
全部が。
驚くほど昔のままだった。
埃というものは宇宙施設の密閉区画では地上ほど積もらないが、使われていない機械の表面には細かな汚れが浮いている。
「ここ」
角を曲がる。
「ああ」
「何です?」
「俺の作業区画」
小さな部屋だった。
中央母艦で今使っている俺の私室より。
遥かに狭い。
工具棚。
古い端末。
作業台。
部品箱。
奥には小さな流し。
「狭いですね」
アルカが呟く。
「一人だったから十分」
「ここで十四基を?」
「全部同時じゃないよ。持ってきたり移したりしてたから」
調査員たちは。
妙に緊張していた。
「普通に触っていいですよ」
「い、いえ!」
歴史資料院の男性が慌てる。
「現状保存が基本ですので!」
「これ工具箱ですよ?」
「百十七年前に相良様が使用していた工具箱です」
「ただの工具箱だよ」
「歴史資料です!」
「そういうもの?」
俺は首を傾げながら。
作業台へ近づいた。
そして。
止まった。
「……あ」
「どうしました?」
アルカが来る。
「これ」
作業台の端。
黒い文字が。
薄く残っていた。
『十九 冷却液』
『二十七 電源触るな』
『三十一 うるさい』
「……」
俺は目を逸らした。
「消そう」
「なぜです?」
「ただのメモだから」
「保存します」
「やめて」
エリスが記録を始める。
「《十九》は私ですね」
アルカ。
「そうらしいな」
「《二十七》はベル」
「うん」
グレイスが三つ目を見る。
「《三十一 うるさい》」
「……」
「誰だ?」
「お前」
「私?」
「起動試験すると警告音がずっと鳴ってたんだよ」
「……」
「三時間くらい」
「私は当時、正常に意思表示できなかった」
「分かってるよ。だから止め方分からなくて困った」
グレイスは。
しばらく文字を見つめていた。
「保存しよう」
「恥ずかしいからやめて」
「重要な記録だ」
「どこが!?」
◇
さらに悪いものを見つけた。
作業台の裏側。
「これは……」
調査員が息を呑む。
「待って」
俺は嫌な予感がした。
「何も記録しないで」
「すでに記録しています」
エリス。
「早い!」
そこには。
俺の字で。
『寝るな』
と書いてあった。
「……何ですか、これは」
アルカの声が低い。
「いや」
「ユウト」
「たぶん作業中に眠くて」
「自分へ?」
「そう」
「なぜ休まなかったのですか?」
「だから昔の俺に聞いて」
「昔のユウトは今ここにいます」
「百十七年前の俺とは考え方も違うって!」
グレイスがさらに下を照らした。
『あと二基』
『終わったら寝る』
「……」
「消そう」
「駄目だ」
「即答するな!」
歴史資料院の調査員は。
感動したような顔までしている。
「相良様が、救おうとしていたコアへの責任感を――」
「違うから!」
「しかし《あと二基》と」
「単に今日の作業ノルマ!」
「《終わったら寝る》」
「普通の独り言!」
「保存対象候補に登録します」
「落書きを文化財にするな!」
◇
俺は。
これ以上変なものが出る前に、別の場所へ移動することにした。
「こっちは保管区画」
重い扉。
当時は手動だったが。
「まだ動くかな」
俺が横のレバーへ手を伸ばすと。
「ユウト!」
三人から止められた。
「何?」
「百十七年未整備の機械を素手で操作するな」
グレイス。
「昔はよくやってた」
「今後は禁止する」
「俺の行動規則増えてない?」
調査員が安全を確認して。
扉を開いた。
その先。
広い空間に。
何もなかった。
いや。
ほとんど。
何もなかった。
昔。
ここには。
廃棄予定のコアが並んでいた。
「ここです」
アルカが。
静かに言う。
「ああ」
「私たちが置かれていた場所」
「多分ね」
「多分」
「百年以上前の配置まで覚えてないって」
俺は笑う。
でも。
歩いていくと。
床に残った固定台の跡が見えた。
「この辺かな」
アルカが隣に立つ。
「十九番」
「たぶん」
少し向こう。
「あそこがベル」
さらに。
「グレイスは……」
「三十一番」
「番号覚えたの?」
「先ほど聞いた」
「そこまで気にしなくても」
グレイスは返事をしなかった。
ただ。
昔、自分のコアが置かれていたらしい場所を見ていた。
◇
「ユウト」
アルカが。
ぽつりと聞いた。
「ここで私たちを見つけた時、どう思いましたか?」
「どうって?」
「廃棄予定のコアが並んでいるのを見て」
「壊れてるなって」
「……それだけ?」
「最初はね」
俺は。
少し考える。
「でも確認したら、完全に死んでるわけじゃなかった」
「はい」
「だったら」
俺は床の跡を見る。
「直せるなら直した方がいいだろ」
また。
アルカが静かになる。
「本当に、それだけなのですね」
「それ以上の理由いる?」
「いいえ」
アルカが笑った。
「だから、ユウトなのだと思います」
「よく分からないけど」
俺にとって。
当時の彼女たちは。
英雄でも。
艦隊司令官でも。
国家を動かす存在でもなかった。
壊れかけている。
でも。
まだ動く。
それだけだった。
◇
調査の最後。
俺たちは。
奥の小部屋へ入った。
「あれ」
そこだけ。
俺にも覚えがない。
「こんな部屋あったっけ?」
「旧図面上では職員休憩室です」
エリス。
「休憩室?」
「使用記録はほぼありません」
「だから覚えてないのか」
「なぜ使用しなかった?」
グレイス。
「作業区画から遠いから」
「徒歩三分だ」
「遠いだろ」
「……」
「そんな顔するなよ」
中には。
古い椅子。
小さな机。
壊れた飲料機。
そして。
壁に。
何か貼ってある。
「紙?」
今の銀河では珍しい。
俺が近づく。
「……」
「あ」
思い出した。
「何ですか?」
「これ俺だ」
紙には。
大きく。
『相良へ』
と書かれている。
『休め』
その下に。
何人かの署名。
「……」
グレイスが。
俺を見る。
「ユウト」
「いや」
「当時から言われているではないか」
「そうみたいだな」
「覚えていないのか?」
「全然」
アルカは紙を見て。
ゆっくり読み上げた。
『倒れる前に寝ろ』
『飯を食え』
『勝手に廃棄コアを持ち込むな』
『せめて報告しろ』
『工具を返せ』
「最後は関係ない!」
「借りたのですか?」
「たぶん!」
さらに小さく。
『あと鍋を洗え』
「……」
俺は額を押さえた。
「もう帰ろう」
「保存します」
「それも!?」
「極めて重要な資料です」
エリスが記録する。
「俺のだらしなさを保存するな!」
◇
調査終了後。
保存指定そのものには。
俺も同意した。
ただし。
「一般公開は一部だけ」
『了承』
「俺の落書きは公開しない」
『検討します』
「了承しろ!」
『歴史資料院との協議が必要です』
「俺が書いたんだぞ!?」
『資料価値があります』
「寝るな、だぞ!?」
『百十七年前の相良ユウト本人による直筆資料です』
「内容を見ろ!」
アルカは。
珍しく楽しそうだった。
「公開されてもよいのでは?」
「嫌だよ!」
「後世の人々に親しみを持たれます」
「親しまれ方が嫌だ!」
◇
翌日。
俺の主張は。
半分だけ通った。
『旧廃棄船管理区画、歴史保存指定正式決定』
一般公開は限定。
保存目的が最優先。
ここまではいい。
『展示予定資料』
「……」
『旧作業台』
『旧整備工具』
『自筆整備メモ』
「待て」
『職員から相良ユウトへ送られた休養勧告』
「待って!」
さらに。
『特別展示候補』
『《寝るな あと二基 終わったら寝る》』
「却下!」
俺は叫んだ。
『なお、七艦隊関係者から保存要望多数』
「誰だ!」
グレイスが目を逸らした。
「お前か!」
「歴史は正しく残すべきだ」
「恥ずかしい部分まで!?」
「特に」
「特にじゃない!」
ベルからも通信が届く。
『私は《電源触るな》の保存に一票ですわ』
「投票制にするな!」
クレア。
『ユウトの昔の字かわいい!』
「感想いらない!」
フィア。
『《鍋を洗え》も残そ!』
「そこは消して!」
十四人。
全員。
敵だった。
こうして。
銀河史上でも有数の重要施設として保存されることになった、旧廃棄船管理区画。
そこで後世へ伝えられるのは。
七艦隊誕生の歴史と。
廃棄判定を覆した整備記録と。
そして。
百十七年前の俺が。
ちゃんと寝ず。
鍋も洗わなかったという事実だった。
「そこまで正確に歴史を残さなくていいんだよ!」
# 第48話 百十七年前の職場を見に行っただけなのに、俺の落書きまで歴史遺産になりました
「観光地にはしない」
『歴史保存指定であり、観光施設化とは異なります』
「じゃあ一般公開は?」
『現時点では未定です』
「その“現時点では”が怖いんだよ」
翌朝。
俺は食卓で朝食を食べながら、昨日届いた《旧廃棄船管理区画・歴史保存指定案》と睨み合っていた。
百十七年前に俺が働いていた場所。
そこを保存したい。
話そのものは分からなくもない。
七艦隊の中枢になったコアの一部が、実際にそこに保管されていたらしいからだ。
ただ。
「俺の職場だったって部分はいらないだろ」
「最重要部分です」
アルカが即答した。
「何で?」
「私たちが現在存在している理由を説明する場所だからです」
「修理工場みたいなもんだぞ?」
「その修理工場で、私たちは廃棄を免れました」
「でも建物自体には何も――」
『未確認です』
青い球体が割り込んだ。
「未確認?」
『旧管理区画は百十七年間、閉鎖状態を維持しています』
「まだ残ってるの?」
『はい』
「とっくに解体されたと思ってた」
俺が驚いていると、グレイスが端末をこちらへ向ける。
「第九十八群は後年、航路変更によって利用価値を失った。解体費用より封鎖維持費の方が安かったため、そのまま残されたらしい」
「何か俺がいた頃と理由が変わってないな」
使わなくなったものを、処分する金がないから放置する。
妙に懐かしい。
「保存指定前に現地調査が必要です」
エリスが言った。
「構造劣化、残留物、危険物、記録媒体の状態を確認します」
「専門家に任せれば?」
「ユウトにも同行を要請します」
「何で?」
「百十七年前の配置を知る唯一の生存者だからです」
「……そう言われると断りづらいな」
それに。
少しだけ。
本当に少しだけ。
見てみたくもあった。
「じゃあ行くか」
そう言った瞬間。
十四人が一斉に立ち上がった。
「全員では行かないからな」
全員座った。
不満そうに。
◇
結局。
同行したのはアルカ、グレイス、エリス。
それに歴史資料院の調査員数名だった。
リリィたちは学校。
ベルは最後まで「私も」と主張していたが、銀河市場関係の会議があり、アルカに強制的に送り出されていた。
『接近します』
小型艇の窓から。
古い宇宙施設が見えてくる。
「……」
俺は。
思ったより長く、黙っていた。
黒い。
ただの構造物。
最新の中央母艦と比べれば、小さい。
外壁はあちこち変色している。
昔は何百隻もの廃棄船が係留されていた場所も、今はほとんど空だった。
「ユウト?」
アルカの声で我に返る。
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
懐かしい。
という感覚とも違う。
百十七年前なのだ。
普通なら。
自分が知っているものなんて、何も残っていない方が自然だろう。
でも。
「あそこ」
「はい?」
「あの外壁」
俺は窓の端を指した。
「昔、輸送船がぶつかった跡」
「事故記録があります」
エリスが確認する。
「百二十二年前。小型輸送艇による接触事故」
「やっぱり」
「覚えているのですか?」
「修理させられたから」
俺は少し笑った。
「全然直らなかったけど」
近づくにつれて。
忘れていたものが。
少しずつ戻ってきた。
◇
『気密確認完了』
『内部侵入可能』
古いエアロックが。
百十七年ぶりに開く。
空気そのものは調査艇側から供給されている。
照明も死んでいたため、携帯灯を使った。
「暗いな」
「以前も?」
「もう少し明るかったよ。半分くらい照明壊れてたけど」
「半分」
グレイスが俺を見る。
「職場環境について後ほど詳しく聞く」
「聞かなくていい」
通路。
壁。
床。
全部が。
驚くほど昔のままだった。
埃というものは宇宙施設の密閉区画では地上ほど積もらないが、使われていない機械の表面には細かな汚れが浮いている。
「ここ」
角を曲がる。
「ああ」
「何です?」
「俺の作業区画」
小さな部屋だった。
中央母艦で今使っている俺の私室より。
遥かに狭い。
工具棚。
古い端末。
作業台。
部品箱。
奥には小さな流し。
「狭いですね」
アルカが呟く。
「一人だったから十分」
「ここで十四基を?」
「全部同時じゃないよ。持ってきたり移したりしてたから」
調査員たちは。
妙に緊張していた。
「普通に触っていいですよ」
「い、いえ!」
歴史資料院の男性が慌てる。
「現状保存が基本ですので!」
「これ工具箱ですよ?」
「百十七年前に相良様が使用していた工具箱です」
「ただの工具箱だよ」
「歴史資料です!」
「そういうもの?」
俺は首を傾げながら。
作業台へ近づいた。
そして。
止まった。
「……あ」
「どうしました?」
アルカが来る。
「これ」
作業台の端。
黒い文字が。
薄く残っていた。
『十九 冷却液』
『二十七 電源触るな』
『三十一 うるさい』
「……」
俺は目を逸らした。
「消そう」
「なぜです?」
「ただのメモだから」
「保存します」
「やめて」
エリスが記録を始める。
「《十九》は私ですね」
アルカ。
「そうらしいな」
「《二十七》はベル」
「うん」
グレイスが三つ目を見る。
「《三十一 うるさい》」
「……」
「誰だ?」
「お前」
「私?」
「起動試験すると警告音がずっと鳴ってたんだよ」
「……」
「三時間くらい」
「私は当時、正常に意思表示できなかった」
「分かってるよ。だから止め方分からなくて困った」
グレイスは。
しばらく文字を見つめていた。
「保存しよう」
「恥ずかしいからやめて」
「重要な記録だ」
「どこが!?」
◇
さらに悪いものを見つけた。
作業台の裏側。
「これは……」
調査員が息を呑む。
「待って」
俺は嫌な予感がした。
「何も記録しないで」
「すでに記録しています」
エリス。
「早い!」
そこには。
俺の字で。
『寝るな』
と書いてあった。
「……何ですか、これは」
アルカの声が低い。
「いや」
「ユウト」
「たぶん作業中に眠くて」
「自分へ?」
「そう」
「なぜ休まなかったのですか?」
「だから昔の俺に聞いて」
「昔のユウトは今ここにいます」
「百十七年前の俺とは考え方も違うって!」
グレイスがさらに下を照らした。
『あと二基』
『終わったら寝る』
「……」
「消そう」
「駄目だ」
「即答するな!」
歴史資料院の調査員は。
感動したような顔までしている。
「相良様が、救おうとしていたコアへの責任感を――」
「違うから!」
「しかし《あと二基》と」
「単に今日の作業ノルマ!」
「《終わったら寝る》」
「普通の独り言!」
「保存対象候補に登録します」
「落書きを文化財にするな!」
◇
俺は。
これ以上変なものが出る前に、別の場所へ移動することにした。
「こっちは保管区画」
重い扉。
当時は手動だったが。
「まだ動くかな」
俺が横のレバーへ手を伸ばすと。
「ユウト!」
三人から止められた。
「何?」
「百十七年未整備の機械を素手で操作するな」
グレイス。
「昔はよくやってた」
「今後は禁止する」
「俺の行動規則増えてない?」
調査員が安全を確認して。
扉を開いた。
その先。
広い空間に。
何もなかった。
いや。
ほとんど。
何もなかった。
昔。
ここには。
廃棄予定のコアが並んでいた。
「ここです」
アルカが。
静かに言う。
「ああ」
「私たちが置かれていた場所」
「多分ね」
「多分」
「百年以上前の配置まで覚えてないって」
俺は笑う。
でも。
歩いていくと。
床に残った固定台の跡が見えた。
「この辺かな」
アルカが隣に立つ。
「十九番」
「たぶん」
少し向こう。
「あそこがベル」
さらに。
「グレイスは……」
「三十一番」
「番号覚えたの?」
「先ほど聞いた」
「そこまで気にしなくても」
グレイスは返事をしなかった。
ただ。
昔、自分のコアが置かれていたらしい場所を見ていた。
◇
「ユウト」
アルカが。
ぽつりと聞いた。
「ここで私たちを見つけた時、どう思いましたか?」
「どうって?」
「廃棄予定のコアが並んでいるのを見て」
「壊れてるなって」
「……それだけ?」
「最初はね」
俺は。
少し考える。
「でも確認したら、完全に死んでるわけじゃなかった」
「はい」
「だったら」
俺は床の跡を見る。
「直せるなら直した方がいいだろ」
また。
アルカが静かになる。
「本当に、それだけなのですね」
「それ以上の理由いる?」
「いいえ」
アルカが笑った。
「だから、ユウトなのだと思います」
「よく分からないけど」
俺にとって。
当時の彼女たちは。
英雄でも。
艦隊司令官でも。
国家を動かす存在でもなかった。
壊れかけている。
でも。
まだ動く。
それだけだった。
◇
調査の最後。
俺たちは。
奥の小部屋へ入った。
「あれ」
そこだけ。
俺にも覚えがない。
「こんな部屋あったっけ?」
「旧図面上では職員休憩室です」
エリス。
「休憩室?」
「使用記録はほぼありません」
「だから覚えてないのか」
「なぜ使用しなかった?」
グレイス。
「作業区画から遠いから」
「徒歩三分だ」
「遠いだろ」
「……」
「そんな顔するなよ」
中には。
古い椅子。
小さな机。
壊れた飲料機。
そして。
壁に。
何か貼ってある。
「紙?」
今の銀河では珍しい。
俺が近づく。
「……」
「あ」
思い出した。
「何ですか?」
「これ俺だ」
紙には。
大きく。
『相良へ』
と書かれている。
『休め』
その下に。
何人かの署名。
「……」
グレイスが。
俺を見る。
「ユウト」
「いや」
「当時から言われているではないか」
「そうみたいだな」
「覚えていないのか?」
「全然」
アルカは紙を見て。
ゆっくり読み上げた。
『倒れる前に寝ろ』
『飯を食え』
『勝手に廃棄コアを持ち込むな』
『せめて報告しろ』
『工具を返せ』
「最後は関係ない!」
「借りたのですか?」
「たぶん!」
さらに小さく。
『あと鍋を洗え』
「……」
俺は額を押さえた。
「もう帰ろう」
「保存します」
「それも!?」
「極めて重要な資料です」
エリスが記録する。
「俺のだらしなさを保存するな!」
◇
調査終了後。
保存指定そのものには。
俺も同意した。
ただし。
「一般公開は一部だけ」
『了承』
「俺の落書きは公開しない」
『検討します』
「了承しろ!」
『歴史資料院との協議が必要です』
「俺が書いたんだぞ!?」
『資料価値があります』
「寝るな、だぞ!?」
『百十七年前の相良ユウト本人による直筆資料です』
「内容を見ろ!」
アルカは。
珍しく楽しそうだった。
「公開されてもよいのでは?」
「嫌だよ!」
「後世の人々に親しみを持たれます」
「親しまれ方が嫌だ!」
◇
翌日。
俺の主張は。
半分だけ通った。
『旧廃棄船管理区画、歴史保存指定正式決定』
一般公開は限定。
保存目的が最優先。
ここまではいい。
『展示予定資料』
「……」
『旧作業台』
『旧整備工具』
『自筆整備メモ』
「待て」
『職員から相良ユウトへ送られた休養勧告』
「待って!」
さらに。
『特別展示候補』
『《寝るな あと二基 終わったら寝る》』
「却下!」
俺は叫んだ。
『なお、七艦隊関係者から保存要望多数』
「誰だ!」
グレイスが目を逸らした。
「お前か!」
「歴史は正しく残すべきだ」
「恥ずかしい部分まで!?」
「特に」
「特にじゃない!」
ベルからも通信が届く。
『私は《電源触るな》の保存に一票ですわ』
「投票制にするな!」
クレア。
『ユウトの昔の字かわいい!』
「感想いらない!」
フィア。
『《鍋を洗え》も残そ!』
「そこは消して!」
十四人。
全員。
敵だった。
こうして。
銀河史上でも有数の重要施設として保存されることになった、旧廃棄船管理区画。
そこで後世へ伝えられるのは。
七艦隊誕生の歴史と。
廃棄判定を覆した整備記録と。
そして。
百十七年前の俺が。
ちゃんと寝ず。
鍋も洗わなかったという事実だった。
「そこまで正確に歴史を残さなくていいんだよ!」




