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第47話 昔の献立を登録しただけなのに、百十七年前の俺の勤務記録が発掘されました



 翌日の夜。


「こんな感じだったかな」


 俺は鍋を覗き込みながら、首を傾げた。


 昨日言った通り、百十七年前に廃棄船でよく作っていた煮込みを再現してみたのだが、当然ながら当時と同じ食材なんてほとんど残っていない。


 保存穀物の代わりになるもの。


 乾燥肉に近いもの。


 少し傷みかけて、今日中に使った方がいい野菜。


 冷蔵庫に余っていた食材を片っ端から入れただけなので、再現料理と呼べるかはかなり怪しい。


「父さん」


 横からハルが鍋を覗いた。


「分量は?」


「適当」


「またそれか」


「昔も適当だったんだよ」


「記録できない」


「家で食べるだけなんだから、記録しなくていいだろ」


 ところが。


『食文化記録計画への登録を推奨します』


 青い球体が光った。


「お前まで?」


『歴史的価値が存在します』


「余り物煮込みに?」


『相良ユウトが百十七年前に実際に調理していた食事です』


「そんな大したものじゃないよ」


 リリィが鍋から漂う匂いを嗅ぎながら、俺を見上げた。


「でも、お父様が昔食べていたものなのでしょう?」


「似たようなものな」


「でしたら、知りたいです」


 アカリも頷く。


「父上の過去の生活資料として価値がある」


「お前まで歴史資料扱いするなよ」


 とはいえ。


 三人が興味を持ってくれるのは、悪い気はしなかった。


「じゃあ、登録するなら勝手にどうぞ」


『確認』


「うん」


『料理名は?』


「名前なんてなかったよ」


『仮称を要求します』


「じゃあ……廃棄船煮込み?」


『登録しました』


「そのまま採用するの!?」


 もう少し考えればよかった。


     ◇


 問題が起きたのは。


 登録から十二分後だった。


『関連資料を検出しました』


「関連資料?」


 食卓につこうとしていた俺は、青い球体を見る。


『《廃棄船煮込み》の食材構成と類似する記録が、旧連邦廃棄船管理局の保存資料内に存在します』


「そんな昔の資料、残ってるの?」


「一部は残っています」


 アルカが答えた。


「ただし旧形式の記録は膨大で、未整理領域も多く存在します」


「へえ」


『照合しますか?』


「料理の記録だろ?」


『不明です』


「まあ、見れば分かるか」


『照合開始』


 数秒後。


 空中に。


 古い形式の文字列が現れた。


『廃棄船管理区画 第九十八群』


『管理担当者 相良ユウト』


「……俺だ」


 十四人の動きが止まった。


「ユウト」


 アルカの声が変わる。


「これまで確認されていた勤務記録とは別系統です」


「そうなの?」


「はい」


 俺としては、そこまで興味はなかった。


 昔の勤務記録なんて。


 たぶん、壊れた配管を直したとか、使える部品を移したとか、その程度だろう。


『記録を展開します』


 表示されたのは。


 予想通り。


 地味な作業記録だった。


『第三保管船 冷却装置応急修理』


『第五保管船 電力経路変更』


『第十一保管船 生命維持系統停止確認』


『第十九保管船 自律コア保全処置』


「ああ」


 懐かしい。


「この辺、覚えてるな」


「第十九保管船」


 アルカが画面を見る。


「私です」


「そうだった?」


「はい」


「ごめん、番号までは覚えてない」


「……そうですか」


 少し寂しそうに見えたので。


「でも、お前のコアの状態は覚えてるよ」


「え?」


「冷却液が漏れてたやつだろ」


 アルカの目が見開かれる。


「あと、外部電源につなぐと演算が不安定になるから、一回全部切ってから予備電池で起動した」


「……はい」


「やっぱり」


 百十七年経っても。


 変なところだけ覚えているものだ。


「ユウト」


 今度はベルが画面を指した。


「この《第二十七保管船》は?」


「どれ?」


『中枢コア、劣化判定につき廃棄推奨』


『管理担当者判断により保留』


「ああ。それベルじゃない?」


「私ですわ」


「廃棄判定出てたんだな」


「……存じています」


「じゃあ何で聞いたの?」


「あなたが、どうして保留にしたのかと思いまして」


「直せそうだったから」


「それだけ?」


「他に何があるの?」


 ベルは何も言わなかった。


 代わりに。


 エリスが記録の続きを開いた。


「待ってください」


「何?」


「この日の勤務時間」


「勤務時間?」


『勤務開始 05:42』


『勤務終了 翌日02:17』


「……長いな」


 グレイスの声が低くなる。


「二十時間を超えている」


「そんな日もあったよ」


「休憩記録は?」


「昔のことだし覚えてない」


 エリスが表示を切り替えた。


『休憩申請 なし』


『食事支給 未受領』


 空気が。


 少し変わった。


「ユウト」


 アルカが俺を見る。


「食べていないのですか?」


「いや、たぶん何か食べてるよ」


「記録上は未受領です」


「支給所まで行くの面倒な時あったし」


「では何を?」


「だから」


 俺は鍋を指差した。


「こういうの」


     ◇


 古い記録をさらに調べると。


 原因が分かった。


『管理区画備品消費記録』


『保存穀物 少量』


『乾燥肉 少量』


『廃棄予定野菜 再利用』


「ほら」


 俺は笑う。


「やっぱり作ってた」


 誰も笑わなかった。


「……何?」


 リリィが。


 悲しそうな顔をしている。


「お父様」


「うん?」


「食事を受け取れなかったのですか?」


「受け取れなかったというか、行かなかっただけだよ」


「どうして?」


「忙しかったから」


「何が?」


「お前たちの修理」


 言ってから。


 静かになった。


「あ」


 そういう意味で聞いたのか。


「いや、別に大した話じゃないぞ」


「大した話です」


 アルカの声は静かだった。


「この日の記録だけで、保全処置を行った自律コアは十一基」


「そうだっけ?」


「うち七基が現在この部屋にいます」


「そんなに?」


「はい」


 アルカ。


 ベル。


 グレイス。


 フィア。


 エリス。


 ディナ。


 そして、もう一人。


 七人が画面を見ている。


 百十七年前。


 俺にとっては。


 ただの仕事だった。


 捨てられる予定の船に残っていたコアを確認して、まだ直せそうなら直す。


「でも」


 俺は言った。


「放っておいたら壊れてたんだろ?」


「はい」


「なら直すだろ」


「食事を抜いてまで?」


「腹減ったら何か食べてたよ」


「廃棄予定の食材を」


「まだ食えたからな」


「睡眠は?」


「その話はもういいだろ」


「よくありません」


 アルカが珍しく強い口調で遮った。


     ◇


『追加関連記録を検出』


 青い球体が告げた。


「まだあるの?」


『音声記録です』


「音声?」


『当時の整備区画監督システムに残存していました』


「そんなものまで残ってるのか……」


『再生しますか?』


「俺は別に――」


「します」


 十四人。


 ほぼ同時だった。


「はい」


 逆らうのを諦めた。


 百十七年前の。


 雑音混じりの音が流れる。


『……相良』


 知らない男の声。


 いや。


 たぶん上司だ。


『十九番と二十七番、まだ触ってるのか?』


『はい』


 次に聞こえた声を聞いて。


 俺は少し変な気分になった。


 自分だ。


 百十七年前の。


 若い俺の声。


『廃棄判定出てるだろ』


『まだ動きます』


『直したところで使い道ないぞ』


『使い道は後で考えればいいでしょう』


『予算は出んぞ』


『余ってる部品でやります』


『お前なぁ……』


 雑音。


 工具の音。


『飯は?』


『後で』


『またそれか』


『これ終わったら食います』


『昨日も言ってただろ』


『昨日は食いましたよ』


『何を』


 少し間があって。


 若い俺が答えた。


『鍋』


『中身は?』


『余ってたやつ』


『……お前、一回ちゃんと休め』


『こいつら直したら』


『それ、何回目だよ』


 そこで。


 音声が切れた。


     ◇


「……」


「……」


「……何この空気」


 誰も喋らない。


「昔の俺、ちょっと仕事の段取り悪かったな」


「そこではありません」


 アルカ。


「じゃあどこ?」


「全部です」


「全部!?」


 ベルが。


 ゆっくり立ち上がった。


「ユウト」


「はい」


「あなたは以前、私たちを助けた理由を『仕事だったから』と仰いましたわね」


「仕事だったし」


「予算外ですわ」


「余り部品だから」


「廃棄判定済みです」


「まだ動いたから」


「食事と睡眠を削っています」


「若かったんだよ」


「しかも」


 ベルの笑顔が。


 怖い。


「一度ではありませんわね?」


「……」


「記録を全期間検索します」


「やめようか」


『検索開始』


「青い球体!」


『命令権限競合。十四対一です』


「多数決だったの!?」


     ◇


 結果。


 百十七年前の俺は。


 自分で思っていたより。


 だいぶ酷かった。


『連続勤務十八時間以上 百四十七回』


「そんなに?」


『食事支給未受領 四百二十一回』


「いや、それは自炊してたから」


『規定休暇中の作業記録 二百九回』


「ちょっと見に行っただけとかも入ってるだろ!」


『医療区画からの休養勧告 十七回』


「これは覚えてない」


 十四人の視線が痛い。


「でも俺、生きてるよ?」


「結果論です!」


 クレアに怒られた。


「はい」


「ユウト、座って!」


「座ってるよ!」


「もっとちゃんと!」


「どういう座り方!?」


 グレイスは額を押さえている。


「私なら当時のお前を拘束して休ませていた」


「怖いな」


「必要な措置だ」


 エリスは淡々と記録を整理していたが。


 その手が。


 少しだけ止まった。


「ユウト」


「何?」


「私の初回修復日」


「うん」


「あなたはその前日から三十六時間、まともに睡眠を取っていません」


「……そうだっけ?」


「はい」


「でも直っただろ?」


「そういう話ではありません」


「じゃあ何?」


 エリスは。


 少し考えてから。


「……ありがとうございます」


 それだけ言った。


     ◇


 俺としては。


 困った。


 百十七年前のことで感謝されても、どう反応すればいいのか分からない。


「本当にさ」


 俺はみんなを見る。


「あの頃のお前たちは喋れなかったんだぞ」


「はい」


「俺のことなんて知らなかった」


「はい」


「だから恩とか考えなくていいよ」


「ユウト」


 アルカが首を振る。


「私たちは今、それを知りました」


「でも」


「知った以上、なかったことにはできません」


 俺は言葉に詰まった。


 その時。


 リリィが俺の袖を掴んだ。


「お父様」


「ん?」


「今日は、もうお仕事しませんよね?」


「まだちょっと確認するものが――」


「しませんよね?」


「……はい」


 ハルが反対側へ座る。


「父さん」


「何?」


「食事も全部食べる」


「食べるよ」


「残したら?」


「何でそんな怖い顔するの」


 アカリまで俺の正面へ来た。


「父上。睡眠時間は八時間を要求する」


「子供より厳しくない?」


「過去の実績を考慮した」


「信用ゼロ!?」


     ◇


 その日の夜。


 俺は。


 十四人と三人に監視されながら。


 廃棄船煮込みを食べた。


「どう?」


 クレアが聞く。


「昔より美味しい」


「何で?」


「食材がいいから」


「それだけ?」


「あと」


 俺は食卓を見回した。


「一人じゃないからじゃない?」


 また。


 全員が止まった。


「……しまった」


「父さん」


 ハルが端末を見る。


「記録された」


「消して」


『永久保存済みです』


「早い!」


 それでも。


 みんなが笑ったので。


 まあいいかと思った。


     ◇


 翌朝。


「何で?」


 俺は。


 端末を見ながら固まっていた。


『旧連邦廃棄船管理局・相良ユウト勤務記録、一部公開』


「誰が公開したの!?」


「私ではありません」


 アルカ。


「私でもありませんわ」


 ベル。


「俺も違う」


 グレイス。


 嫌な予感がする。


『公開元』


『旧連邦歴史資料院』


「あそこか!」


 昨日の食文化記録計画をきっかけに、旧記録の再整理が始まり。


 その過程で。


 俺の勤務記録まで正式な歴史資料として発掘されたらしい。


『反響を表示しますか?』


「表示しなくていい」


『すでに主要報道機関が報道しています』


「聞きたくない」


『七艦隊の中枢AI群が廃棄予定だった事実も確認され――』


「待って」


 俺は画面を見る。


『《最高司令官は百十七年前から七艦隊を救っていた》』


「大げさ!」


『《国家を動かす十四人、その原点に一人の廃棄船管理人》』


「やめて!」


『《廃棄判定を覆した男》』


「ただ直しただけ!」


 さらに。


『現在、七艦隊各地で勤務記録の閲覧が急増』


『相良ユウトへの支持率上昇』


『旧連邦政府に対し、当時の管理待遇について説明を求める声――』


「百十七年前の政府に怒るな!」


 グレイスが腕を組んだ。


「私は少し怒っている」


「何で!」


「当時のお前をまともに休ませなかった」


「もう誰も残ってないだろ!」


「組織記録は残っている」


「記録に喧嘩売るな!」


 ベルも笑顔だった。


「当時の給与記録も調査しましょうか」


「しなくていい!」


「未払いがあれば利息込みで――」


「百十七年分請求する気!?」


「当然ですわ」


「やめて!」


 俺が止めている間にも。


 端末には。


 新しい通知が出た。


『七艦隊合同決議案』


「……今度は何?」


『相良ユウト旧勤務区画の歴史保存指定』


「俺の職場を観光地にするな!」


 百十七年前。


 誰にも見向きもされなかった。


 廃棄宇宙船の片隅にあった俺の職場は。


 どうやら今になって。


 銀河で最も保存したい場所の一つになってしまったらしい。


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