第46話 料理大会を中止しようとしただけなのに、三千隻の艦が家族の味を持ち寄ってきました
「中止で」
『再確認します。《第一回・最高司令官杯 七艦隊合同料理競技会》の開催中止を申請しますか?』
「する」
『中止理由を入力してください』
「俺が許可してないから」
『正当です』
「だろ?」
珍しく話が早かった。
朝食後、俺は居間の端末から、昨夜のうちに勝手に誕生していた銀河規模の料理大会を止めようとしていた。
参加希望艦は三千二百を超え、その数字は今も増え続けている。しかも優勝賞品が、なぜか俺との夕食だという。
何一つ聞いていない。
『中止処理を開始します』
「よし」
『処理できません』
「早かった安心を返して」
『主催者が複数存在します』
「誰?」
『第一艦隊福利厚生部』
『第二艦隊補給統括局』
『第三艦隊乗員生活改善委員会』
表示が流れ続ける。
「まだあるの?」
『七艦隊すべてに関連組織があります』
「七つで終わらないの!?」
「各艦隊は独立性が高いからな」
グレイスが朝の飲み物を片手に、いかにも当然という顔で言った。
「じゃあグレイスから止めてくれよ」
「断る」
「即答!?」
「乗員が楽しみにしている」
「でも俺の名前使ってるよ?」
「そこは謝る」
「謝るだけ!?」
ベルも優雅に端末を眺めている。
「経済効果もすでに発生していますわ」
「一晩で?」
「食材取引量が通常比一・八倍。調理器具関連市場は一部で三倍を超えています」
「何で軍人の料理大会で市場まで動くんだよ」
「参加対象が三千隻以上ですもの」
「だから規模がおかしいって言ってるんだよ!」
俺の隣で、ハルが黙々と朝食を食べている。
「父さん」
「何?」
「中止すると、たぶんもっと大きな問題になる」
「どんな?」
「食材を買った人が困る」
「……」
「練習を始めた人も困る」
「……」
「楽しみにしてる人も」
「分かった。そこまで言われると俺が悪者みたいになる」
「事実を並べただけ」
「その並べ方が上手くなったな……」
◇
俺が折れた結果、大会そのものは開催されることになった。
ただし条件をつけた。
第一に、高級食材の使用禁止。
第二に、軍務を圧迫しないこと。
第三に、俺との夕食を勝手に賞品にしないこと。
第四に、勝敗だけを目的にしないこと。
『では賞品を変更します』
「うん」
『相良ユウト直筆表彰状』
「それなら……」
『および記念撮影』
「まあ」
『および相良ユウトによる料理への個別講評』
「増えてる」
『以上です』
「最後いらない!」
「必要ですわ」
ベルが言った。
「誰が審査すると思っていますの?」
「俺じゃないよね?」
十四人が目を逸らした。
「おい」
「ユウト」
アルカが静かに口を開く。
「大会名をご覧ください」
「見たくない」
「最高司令官杯です」
「だから?」
「最高司令官不在では成立しません」
「じゃあ名前変えよう!」
「変更申請は参加艦艇の七割以上の同意が必要です」
「もう民主的な制度まで出来てるの!?」
開始からまだ一日も経っていない。
なぜこの銀河は、どうでもいいことほど制度化が早いのだろう。
◇
大会当日。
俺は中央母艦の巨大格納区画へ入った瞬間、足を止めた。
「……これ、料理大会だよな?」
「そうです」
アルカが答える。
「軍事博覧会じゃなく?」
「料理大会です」
広大な格納庫いっぱいに、簡易調理場が並んでいた。
第一艦隊。
第二艦隊。
第三艦隊。
さらに、それぞれの艦艇から選ばれた代表班。
軍服姿の連中が包丁を握り、鍋を振り、肉を焼き、野菜を刻んでいる。
漂ってくる匂いだけなら。
完全に祭りだった。
「最高司令官!」
俺に気づいた一人が敬礼する。
「敬礼しなくていい。包丁持ってるから危ない」
「はっ!」
「返事も普通でいいよ!」
その隣では。
「火力上げろ!」
「これ以上は焦げます!」
「敵は待ってくれんぞ!」
「料理に敵はいません!」
「正しい!」
思わず口を挟んだ。
別の調理台では、二人の軍人が鍋を囲んで揉めている。
「塩だ!」
「いや、故郷では甘くする!」
「そんな煮込みがあるか!」
「母が作ってた!」
「……なら一回やってみるか」
「おう」
俺は少し足を止めた。
「なんか、思ってたのと違うな」
「何がです?」
「もっと勝負、勝負してると思ってた」
アルカが小さく笑う。
「最初はその予定でした」
「最初は?」
「ユウトが高級食材を禁止したため、各艦で方針が変わりました」
「どう変わったの?」
「普段食べているものを作ろう、と」
そこへグレイスがやってくる。
「航路ごとの料理も出ている。出身星系の郷土食、長期航行時の保存食、それと乗員の家で代々作られてきたもの」
「家の料理?」
「ああ」
俺は改めて会場を見た。
派手ではない。
確かに、どの皿も妙に素朴だった。
◇
「これは?」
俺が最初に足を止めたのは、第四艦隊の小型巡洋艦チームだった。
大きな鍋に、豆のような作物と肉が入っている。
「煮込みです、最高司令官」
「見れば分かるよ」
「失礼しました!」
「緊張しなくていいって」
若い兵士が、それでも背筋を伸ばした。
「私の故郷では冬になると、これを大量に作ります」
「へえ」
「母から教わりました」
「じゃあ食べていい?」
「もちろんです!」
一口。
少し辛い。
でもそのあと、野菜の甘みが来る。
「美味しい」
「ありがとうございます!」
「ただ、もう少しだけ薄味でもいいかも」
「やっぱりですか」
「分かってた?」
「母の味に近づけようとすると、いつも濃くなるんです」
「じゃあ次は母親に聞いてみたら?」
「もう亡くなっています」
「あ……」
「ですが」
兵士は笑った。
「弟なら覚えているかもしれません」
「そっか」
「次の休暇に聞いてみます」
俺は頷いた。
「それがいい」
料理の話をしただけだった。
なのに。
なぜか少しだけ胸に残った。
◇
次の卓。
「これは?」
「艦内非常食を改良しました!」
「非常食?」
見た目は焼き飯に近い。
「はい。航行中に余りがちな保存穀物と乾燥肉、それから補給後に余った野菜を使用しています」
一口食べる。
「これ好きだな」
「本当ですか!?」
「うん。廃棄船にいた頃、俺も似たことやってた」
周囲の兵士たちが一斉に振り返った。
「最高司令官も?」
「余り物を入れて焼くだけだけどな」
「レシピは!?」
「適当」
「分量は!?」
「目分量」
「温度は!?」
「焦げなければいい」
「最高司令官!」
「料理に軍規みたいな正確さを求めるなよ!」
笑いが起きる。
こういうのでいい。
そう思った。
◇
ところが。
中央付近へ進んだところで、俺は見覚えのある顔を見つけた。
「あれ?」
小さな少女。
その横に両親。
「ミナ?」
「相良おじさん!」
ハルの友達だった。
「何でここに?」
「お父さんの艦が出てるの!」
「え?」
以前、家へ遊びに行った時には普通の会社員に見えた父親が、今日は軍服姿だった。
「あの時は聞かなかったけど、軍人だったんですね」
「後方補給担当です」
「なるほど」
「そして、これが」
父親が料理を示す。
見覚えがあった。
「この前の煮込み?」
「はい」
「奥さんの?」
母親が少し恥ずかしそうに笑う。
「家で作っているものを、そのまま」
「大会なのに?」
「娘が言ったんです」
ミナが胸を張る。
「相良おじさんが美味しいって言ったから!」
「お、おう」
「だったら強いって!」
「強い弱いで料理を語らないの」
「ハルちゃんみたい?」
「誰の影響だ!」
隣でハルが目を逸らした。
◇
その後も。
いろんな料理を食べた。
故郷を出る朝に父親が作ってくれたもの。
航海中、仲間が落ち込んでいる時だけ作るスープ。
子供の頃に嫌いだったのに、大人になると懐かしくなった料理。
亡くなった妻の味を、夫が覚えている範囲で再現したもの。
同期の仲間と何十年も作り続けている鍋。
どれも。
別に高級ではない。
完璧でもない。
でも。
「……これ、順位つけられないな」
俺は途中で気づいた。
「はい」
アルカは最初から分かっていたように答えた。
「何で黙ってた?」
「ユウト自身で気づいた方がいいと思いました」
「ずるいな」
「学習しました」
「誰から?」
「ユウトから」
「俺そんな教え方した?」
「ハルには」
「ああ……」
最近、答えだけ渡さないようにしていた。
まさか自分に返ってくるとは。
◇
審査時間。
三千以上の参加艦から予選を通過した料理が、最終卓へ並んでいた。
司会役の士官が俺を見る。
『最高司令官。優勝料理の発表をお願いします』
「ない」
会場が静かになった。
「優勝は決めない」
ざわめきが起こる。
俺は続けた。
「最初は料理の上手さを競う大会だと思ってた。でも途中から違うなって思った」
俺の前には。
何十もの皿。
「家族の料理とか、故郷の料理とか、仲間との料理とか。それを俺が一番とか二番とか決めるの、変だろ」
誰も喋らない。
「だから順位なし」
司会の士官が困った顔をした。
『しかし大会規定では――』
「代わりに全部記録しよう」
『記録?』
「作り方と、その料理の話」
ベルが眉を上げる。
「ユウト」
「料理だけじゃなくてさ」
俺は周りを見る。
「誰に教えてもらったとか、いつ食べたとか、何で今も作ってるとか。そういうのも一緒に残せばいい」
少し間があった。
「百年経ったら、料理だけ残って理由が消えてることもあるだろ?」
俺は。
百十七年前の人間だ。
だから。
それが少しだけ分かる。
「残せるなら、残した方がいい」
◇
『七艦隊食文化記録計画』
「名前固いな」
大会は。
その日のうちに、別のものへ変わった。
各艦から料理と由来を集める。
乗員が望めば、家族の話も記録する。
出身地の歴史。
航海中の思い出。
亡くなった人から教わった味。
いつか故郷へ帰った時、もう作る人がいなくても。
記録を見れば。
もう一度作れるように。
「申請数が百二十万件を超えました」
帰宅後。
エリスが報告してきた。
「料理そんなにあるの?」
「同一料理でも家庭ごとに異なります」
「そりゃそうか」
「さらに一般市民からも参加希望が」
「軍だけじゃなく?」
「はい」
「じゃあ受け付ければ?」
「容量は十分です」
「ならいいじゃん」
俺はソファへ座った。
今日一日。
食べ過ぎた。
「もう晩飯いらない……」
「ユウト」
アルカが言う。
「本日の夕食は?」
「食べられない」
十四人が止まった。
「……」
「何?」
「せっかく作ったのですが」
「え」
見る。
食卓。
大きな鍋。
「何作ったの?」
「昨日の残り物です」
グレイスが蓋を開ける。
野菜。
肉。
穀物。
いろんなものが入った煮込み。
「余り物?」
「ユウトが昔よく作っていたと聞いたので」
「……一口だけ」
◇
結局。
三杯食べた。
「もう無理」
「三杯目ですわ」
ベルが呆れている。
「一口のつもりだったんだよ」
「美味しかった?」
クレアが聞く。
「うん」
「何点?」
「また点数つけるの?」
「冗談!」
笑い声が上がる。
俺は椅子にもたれた。
そして。
ふと思う。
百十七年前。
一人で食べていた煮込みと。
今日のものは。
材料も。
味も。
多分まるで違う。
でも。
なぜか。
こっちの方が懐かしい気がした。
「ユウト?」
「何でもない」
俺は鍋を見る。
「今度、俺も作るよ」
「何をですか?」
「昔のやつ」
「再現できますか?」
「無理」
「では?」
「今ある材料で作る」
リリィが首を傾げた。
「それでは昔のお料理ではないのでは?」
「それでいいんだよ」
昔と同じものを作る必要なんてない。
今いる人間と。
今あるもので。
また作ればいい。
「家の料理なんて、多分そういうもんだろ」
翌朝。
その言葉まで。
『最高司令官が語る、食文化継承の理念』
として銀河全域へ流れていた。
「そこまで記録しなくていいって!」
食文化記録計画の初回登録者数。
一億八千万人。
俺が中止しようとした料理大会は。
結局。
銀河中の家族の味を保存する巨大事業へ変わってしまった。




