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第45話 夕飯当番を決めただけなのに、七艦隊が料理戦争を始めました



 翌朝。


 俺が起きて居間へ行くと、壁一面に巨大な表が表示されていた。


『相良ユウト夕食満足度評価週間』


「消して」


『評価項目』


「聞いてない」


『味、香り、栄養、盛り付け、再食希望度、家庭的親密度――』


「最後の項目おかしくない?」


「必要です」


 アルカが即答した。


 朝から完全に準備済みだった。


 その隣ではベルが何枚もの資料を開き、グレイスは腕を組み、エリスは料理器具らしきものを調べている。


 クレアに至ってはエプロン姿だった。


「みんな仕事は?」


「しています」


「しながら夕飯のこと考えてるよね?」


「当然ですわ」


「当然なの?」


 昨日。


 ハルの友達の家で夕食をご馳走になった俺が、何気なく「美味しい」と言った。


 ただそれだけ。


 それだけのはずだった。


 なのに帰宅後、十四人がなぜか対抗心を燃やし始めた。


 結果。


 一週間の夕食当番制。


 さらに。


「待って」


 俺は表を見直した。


「一週間しかないのに十四人いるぞ」


「二名一組です」


 アルカが説明する。


「共同調理?」


「はい」


「平和じゃん」


 ほっとした。


「ただし最終日は上位二組による決勝戦ですわ」


「平和じゃなかった!」


 ベルが微笑む。


「当然でしょう?」


「何で夕飯に決勝があるんだよ!」


     ◇


 一日目。


 担当はクレアとフィア。


「ユウト、座ってて!」


「手伝おうか?」


「ダメ!」


「皿くらい――」


「ダメ!」


 俺は台所から追い出された。


 仕方なく居間へ戻る。


 リリィたち三人も、すでに席についていた。


「今日の料理、何だろうな」


「クレアさんは朝から練習していました」


 リリィ。


「練習?」


「卵を十二個割っていた」


 ハル。


「多くない?」


「うち七個失敗」


「不安になってきた」


 やがて。


「できた!」


 クレアが大皿を抱えてやってきた。


 その後ろからフィアも続く。


「お待たせ!」


 机に並んだのは。


 肉料理。


 スープ。


 焼いた野菜。


 それから。


 少し形の崩れた卵料理。


「おお」


 見た目は普通だ。


「食べて!」


「いただきます」


 まずスープ。


「……美味しい」


「本当!?」


 クレアの顔が一気に明るくなる。


「ちゃんと美味しいよ」


「やった!」


 フィアも身を乗り出した。


「お肉は?」


「これもいいな」


「勝った!」


「まだ誰とも戦ってないだろ!」


 クレアは嬉しそうに席へ座った。


 だが。


「ユウト」


「ん?」


「卵も」


「ああ」


 一口。


「……」


「どう?」


「ちょっと塩辛い」


 クレアが固まった。


「……」


「でも食べられないほどじゃない」


「……」


「クレア?」


「負けた……」


「だから何に!?」


 フィアがクレアの肩を叩く。


「大丈夫。卵以外は勝ってる」


「何に勝ってるの?」


「昨日の家庭料理」


「人の家の夕飯を仮想敵にするな!」


     ◇


 二日目。


 ベルとエリス。


 俺は嫌な予感がしていた。


「ユウト」


「はい」


「本日の献立ですわ」


 ベルが端末を操作する。


『前菜七種』


『温製料理四種』


『主菜三種』


『副菜九種』


『デザート五種』


「宴会?」


「夕食ですわ」


「多いよ!」


「栄養学的には問題ありません」


 エリスが補足する。


「一皿あたりの分量を調整しました」


「そういう問題?」


 料理が並ぶ。


 しかも。


 全部。


 見た目が恐ろしく綺麗だった。


「ベル」


「何でしょう?」


「これ作った?」


「当然ですわ」


「機械じゃなく?」


「私が調理工程を担当し、エリスが温度管理と数値補正を」


「ほぼ研究じゃん」


「料理とは化学です」


 エリス。


「家庭料理に論文を持ち込まないで」


 味は。


 当然、美味しかった。


「うん。すごいな」


「当然ですわ」


 ベルは満足そうだ。


「でも」


「でも?」


「毎日これだったら疲れる」


 沈黙。


「……疲れる?」


「美味しいんだけどさ」


 俺は周りを見た。


「夕飯って、もうちょっと適当でもいいと思う」


「適当」


「例えば昨日のスープとパンだけとか。疲れた日はそれでも十分だろ」


 ベルが固まっている。


 エリスはすぐ端末へ入力した。


『新評価項目――継続摂食可能性』


「増やさなくていい!」


     ◇


 三日目。


 グレイスとディナ。


「ただいま」


「座れ」


「はい?」


「すぐ出る」


 グレイスの口調が完全に軍務だった。


 食卓へ置かれたのは。


 大きな鍋。


「何これ」


「煮込みだ」


「それだけ?」


「それだけだ」


「……いいな」


 グレイスの眉がわずかに動く。


「評価は食べてからにしろ」


「はい」


 一口。


 肉。


 野菜。


 穀物。


 全部一緒に煮込まれている。


 見た目は地味だが。


「美味しい」


「そうか」


 グレイスはそれだけ言った。


 でも。


 ちょっとだけ口元が緩んだ。


「これ、艦隊料理?」


「ああ」


 ディナが頷く。


「長期航行中、手に入る材料を全部鍋へ入れて作る」


「そういうの好きだな」


「本当か?」


「昔、廃棄船にいた頃も似たようなの作ってた」


 十四人がこちらを見る。


「何?」


「ユウト」


 アルカ。


「その話は初耳です」


「話すほどのことじゃないよ」


「百十七年前の食生活について、詳細を」


「今!?」


 夕食会が。


 昔話会へ変わった。


     ◇


「昔はさ」


 俺は鍋を食べながら話した。


「食材なんて選べなかったから、残ってるものを適当に使ってた」


「補給は?」


 グレイス。


「最低限」


「保存食中心?」


「ほとんど」


「栄養状態は」


 エリス。


「死なない程度」


「……」


「そんな顔するなよ」


「具体的な献立を」


「乾燥穀物と保存肉。たまに野菜」


「それだけですの?」


 ベルが眉をひそめた。


「十分だろ」


「十分ではありません」


「生きてたし」


「基準がおかしいですわ」


「でも」


 俺は鍋を見た。


「こういうのはよく作った」


「一人で?」


 リリィが聞く。


「一人で」


「寂しくありませんでしたか?」


「どうだったかな」


 当時は。


 寂しいとか。


 そういうことを考える余裕もなかった気がする。


 壊れた船を直して。


 使えそうな部品を集めて。


 まだ動くコアを管理して。


 そのコアの中にいたのが。


 今、目の前にいる十四人だった。


「まあ」


 俺は笑った。


「今は一人じゃないからいいよ」


 静かになった。


「……何?」


「父上」


 アカリが言った。


「今の発言は非常に強い」


「何が?」


「家庭的親密度評価」


「その項目消してって言ったよな!?」


     ◇


 四日目。


 アルカとリリィ。


「何でリリィが参加してるの?」


「私も作りたいです」


「学校は?」


「本日は休日です」


「ならいいけど」


 作られたのは。


 カレーに似た煮込み料理だった。


「アルカ」


「はい」


「これ」


「はい」


「俺が昔作ってたやつに似てる」


「再現しました」


「どうやって?」


「先日の会話から推定しました」


「それだけで?」


「不足分は保存されていた百十七年前の物資記録から」


「怖いくらい有能だな」


 食べる。


「……」


「どうでしょう?」


 昔の味。


 ではない。


 もっと美味しい。


 でも。


 似ている。


「懐かしいな」


 俺が言うと。


 アルカは何も答えなかった。


 ただ。


 静かに笑った。


 リリィも嬉しそうだ。


「お父様」


「ん?」


「また作ります」


「ああ」


「次は私一人で」


「楽しみにしてる」


 リリィが頷く。


 それを見て。


 なんとなく思った。


 この夕飯勝負。


 別に悪くないかもしれない。


     ◇


 五日目。


 六日目。


 料理は続いた。


 失敗もあった。


「煙!」


「換気を!」


「水かけるな! 油だ!」


 騒ぎもあった。


 妙に凝りすぎて。


 料理完成が夜十一時になった日もある。


「腹減った……」


「あと七分です!」


「もうパンでいいよ!」


「ダメです!」


 それでも。


 全員で食べる。


 美味しい時は美味しいと言う。


 失敗したら笑う。


 次はどうすればいいか話す。


 いつの間にか。


 壁の評価表は。


 誰も見なくなっていた。


     ◇


 最終日。


「で」


 俺は聞いた。


「今日が決勝なんだっけ?」


 十四人が黙った。


「あれ?」


「ユウト」


 アルカが言う。


「決勝は中止になりました」


「何で?」


「必要性がなくなりました」


「最初からなかったと思うけど」


 ベルが少し咳払いする。


「公平な評価が困難ですもの」


「そういう理由?」


「それに」


 クレア。


「勝つより」


「うん」


「みんなで作った方が楽しい」


 十四人が。


 珍しく同意していた。


「じゃあ今日は?」


「全員です」


「十四人で?」


「はい」


「台所入る?」


「……」


「そこ考えてなかった?」


     ◇


 結局。


 三班に分かれた。


 煮込み班。


 焼き物班。


 サラダとデザート班。


 俺も参加。


 リリィ。


 ハル。


 アカリも参加。


「父さん」


「ん?」


「これはどれくらい切る?」


「そのくらい」


「数値で」


「料理は適当でいいんだよ」


「最も苦手な指示」


「慣れろ」


「父上」


「何?」


「この肉は秒速何センチで切れば?」


「秒速で包丁振るな!」


「お父様」


「どうした?」


「卵が割れました」


「殻入った?」


「はい……」


「取ればいいよ」


「失敗では?」


「料理なら普通」


 リリィが。


 少し安心したように笑った。


「普通ですか」


「ああ」


 失敗して。


 直して。


 味見して。


 また足す。


 料理なんてそれでいい。


     ◇


 一時間半後。


「完成!」


 机いっぱい。


 見事なくらい。


 統一感がない。


 煮込み。


 肉料理。


 魚料理。


 野菜。


 卵。


 デザート。


「宴会だな」


「ベルの日より多い」


 ハル。


「聞こえていますわよ?」


「事実」


 全員が席につく。


「じゃあ」


 俺は周りを見る。


 十四人。


 三人。


 いつの間にか。


 大きな食卓が普通になっていた。


「いただきます」


「いただきます!」


 食べる。


 誰かが。


「あ、これ焦げてる」


 と言う。


「それ私です!」


 クレア。


「でも美味しいよ」


「本当!?」


 誰かが。


「塩が足りません」


 と言う。


「後からかければいい」


 誰かが。


「形が崩れていますわ」


 と言う。


「腹に入れば同じ」


「ユウト、それは雑すぎます」


 笑い声。


 騒がしい。


 でも。


 俺はこういうのが好きだった。


     ◇


 食後。


『夕食評価結果を表示しますか?』


 青い球体が聞いた。


「あれ、まだ残ってたの?」


『はい』


「じゃあ」


 十四人が俺を見る。


 ほんの少し。


 緊張している。


「全部一位で」


『順位として成立しません』


「じゃあ評価なし」


『理由を』


「家族の飯に順位いらないだろ」


 静かになった。


「……」


「何?」


「父さん」


 ハルが言う。


「その発言も保存された」


「また!?」


『永久記録へ追加』


「やめろって!」


     ◇


 ところが。


 翌朝。


 俺が起きると。


 端末へ大量の通知が届いていた。


「……何これ」


『七艦隊合同発表』


『家庭食環境改善計画』


「嫌な予感」


 読む。


『最高司令官相良ユウトの家庭方針を参考に、長期航行艦における乗員の共同食事機会を増加』


「……」


『可能な艦では週一回以上、班単位で調理または食事を共にすることを推奨』


「これは」


 思ったより。


 普通だった。


「いいんじゃない?」


「はい」


 アルカが隣へ来る。


「すでに試験導入が始まっています」


「へえ」


『第一艦隊』


『夕食時の会話量三十一パーセント増加』


『第二艦隊』


『乗員間相談件数増加』


『第三艦隊』


『勤務外トラブル減少傾向』


「……結構いい結果出てるな」


「はい」


「ならよかった」


 俺は笑った。


 だが。


 アルカが少し視線を逸らした。


「何?」


「一つだけ問題があります」


「何だ?」


 端末が切り替わる。


『七艦隊合同料理競技会』


「……」


『第一回・最高司令官杯』


「待って」


『優勝艦隊には相良ユウトとの夕食権――』


「許可してない!」


「非常に士気が高まっています」


「中止!」


「参加艦隊はすでに三千二百――」


「多すぎる!」


 こうして。


 我が家の小さな夕飯勝負は終わった。


 代わりに。


 銀河最大級の料理大会が始まった。


 原因は。


 もちろん。


 俺だったらしい。


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