第44話 娘の友達の家へ挨拶に行っただけなのに、星系政府が国賓訪問だと思い込みました
「父さん。明日、空いてる?」
夕食後。
ハルが珍しく端末を持ったまま俺のところへ来た。
「空いてるけど」
「ミナの家から招待が来た」
「この前遊びに来てくれた子?」
「ああ」
先日の十三人のうちの一人。
ハルと同じクラスで、最近よく一緒にいるらしい。
「じゃあ行こうか」
「私も?」
「お前が友達なんだから、お前が行かないでどうするんだよ」
「父さんだけ招待された可能性も考慮した」
「何でだよ」
「管理人弁当の件がある」
「その名前、まだ生きてるの?」
「銀河標準語辞典への登録申請が出ている」
「止めて!」
俺が頭を抱えていると。
部屋の奥で、何かが落ちた。
振り返る。
ベルがティーカップを置き損ねていた。
「……ユウト」
「何?」
「明日、どちらへ?」
「ハルの友達の家」
「お二人で?」
「その予定だけど」
静かになった。
アルカ。
クレア。
グレイス。
エリス。
その他全員。
十四人がこちらを見る。
「何?」
「警護は?」
「いらない」
グレイスの眉が動いた。
「必要です」
「子供の家に遊びに行くだけだぞ」
「だから必要です」
「またその理屈?」
「前回は相手がこちらへ来ました。今回はユウトが管理区画外へ出ます」
「学校にも行っただろ」
「あれは事前に区域封鎖を――」
「してたの!?」
知らなかった。
「一般児童へ影響を与えない範囲です」
「範囲じゃなくて、やるなよ!」
「では護衛一個中隊で」
「ゼロで」
「小隊」
「ゼロ」
「二名」
「……遠くからなら一人」
「成立しました」
「交渉だったの!?」
◇
翌朝。
俺とハルは中央母艦の居住区を歩いていた。
「普通だな」
思わず口から出た。
商店。
公園。
集合住宅。
通学中の子供。
買い物袋を持った老人。
空中を走る小型輸送機はあるけれど、そこに暮らしている人間の生活そのものは、百十七年前と大して変わらない。
「父さん」
「ん?」
「何が普通?」
「街」
「普通の居住区だから」
「そうなんだけどさ」
こういう場所を見るたびに少し安心する。
銀河国家だの七艦隊だの最高司令官だの。
でかい話ばかり聞かされていると忘れそうになるけど。
結局。
ここにも普通に暮らしている人がいる。
「あ」
ハルが前を向いた。
「あれ」
「どれ?」
建物の入口。
一人の女の子がぶんぶん手を振っている。
「ハルちゃーん!」
「ミナ」
その横には、両親らしい男女。
二人とも。
笑顔だった。
ただし。
ものすごく硬い。
「本日はようこそお越しくださいました、相良最高――」
「お父さん!」
女の子――ミナが父親の脇腹を突いた。
「そうだった!」
父親が咳払いする。
「……相良さん」
「はい」
「ようこそ」
「お邪魔します」
母親も頭を下げる。
「何もない家ですが」
「十分ですよ」
本当に普通の集合住宅だった。
玄関には小さな靴。
壁にはミナが描いたらしい絵。
棚の上には家族写真。
こういうのでいいんだよ。
「ハル! 部屋行こ!」
「ああ」
二人が奥へ走っていく。
「走らない!」
「はーい!」
母親の声。
それを聞いて。
俺は少し笑った。
「いいな」
「え?」
「いや、普通の家だなって」
「……はい?」
父親がものすごく困った顔になった。
「あ、変な意味じゃなくて」
「だ、大丈夫です!」
「本当に褒めてるんです」
「ありがとうございます!」
余計緊張させた気がする。
◇
「お茶、どうぞ」
「ありがとうございます」
俺はリビングのソファに座った。
ハルたちは隣の部屋で遊んでいる。
時々笑い声が聞こえる。
「ハルちゃんには、娘がいつもお世話になっております」
「こっちこそ」
「勉強も教えてもらっているようで」
「あいつ、教え方大丈夫です?」
「はい?」
「答えだけ渡したりしてません?」
「ああ」
母親が笑った。
「最初はそうだったみたいです」
「やっぱり!」
「でも最近は、『ここまでは自分で考えろ』って」
「よかった……」
ちゃんと成長している。
「その代わり」
「はい?」
「間違えると、問題を三問追加されるそうです」
「ハル!」
隣から声がした。
「教育的措置だ!」
「先生みたいになるな!」
「ミナは喜んでいる!」
「なら……まあいいけど!」
両親が笑う。
少し。
空気が柔らかくなった。
「相良さん」
父親が口を開いた。
「はい」
「実は、今日お招きするか迷ったんです」
「どうして?」
「だって……その」
言いにくそうに視線を泳がせる。
「相良さんですよ?」
「俺ですけど」
「中央母艦の最高権限保持者で」
「らしいですね」
「七艦隊の最高司令官で」
「本人は未だに実感ないです」
「銀河中の国家元首が面会を求めている方で」
「ほとんど断ってます」
「なのに」
父親が指差す。
そこには。
俺が持ってきた箱。
「手土産が……焼き菓子」
「昨日作った余りです」
「余り」
「はい」
「国家間贈答品ではなく?」
「子供の家に国家間贈答品持ってきたら怖いでしょ」
「……ですよね」
父親が笑った。
今度は自然だった。
「なんだ」
「何です?」
「普通の人なんですね」
「ずっとそう言ってるんですよ!」
ようやく分かってくれる人がいた。
◇
そのとき。
ピンポーン。
「あ、誰だろう」
母親が玄関へ向かう。
すぐに。
「え?」
声が聞こえた。
「どうしました?」
「あなた」
母親が戻ってくる。
「管理組合の人が」
「何かあった?」
「その……建物の外に人が集まってるって」
「人?」
父親が窓を見る。
俺も立った。
「……」
下。
道路。
公園。
通路。
確かに人がいる。
「多くない?」
「多いですね」
端末を確認したハルが隣室から出てきた。
「父さん」
「何?」
「情報が漏れたらしい」
「何の?」
「父さんがこの住宅区へ来ている」
「来てるけど」
「現在、居住区情報網の閲覧数二千八百万」
「何で!?」
「さらに」
「まだある?」
「星系政府が声明を出した」
「何の声明?」
ハルが読み上げる。
「『相良ユウト最高司令官による第七居住区への公式訪問を心より歓迎する』」
「公式じゃない!」
「『住民との直接対話を重視する姿勢に敬意を表する』」
「友達の親とお茶飲んでるだけ!」
「『視察先周辺への行政支援強化を――』」
「視察でもない!」
父親の顔が青くなる。
「ま、待ってください」
「はい?」
「うち、視察先になったんですか?」
「なってません!」
「行政支援が?」
「受けなくていいです!」
「でも今、通知が」
「早いな!」
父親の端末。
『居住設備更新補助金・特別優先区域指定』
「解除してください!」
◇
問題はそれだけではなかった。
『最高司令官が一般家庭を直接訪問』
『市民生活の実態把握か』
『中央母艦統治方針に転換の可能性』
『住宅政策改革の前触れ?』
「何でそうなる!」
俺は端末を机に置いた。
「父さんが動くと、政策だと思われる」
「友達の家にも行けないの俺!?」
「行っている」
「そういう意味じゃない!」
ハルは冷静だ。
「対策が必要」
「どうする?」
「公式に否定する」
「頼む!」
青い球体はここにはないので。
俺自身の端末から短い文章を送る。
『今日は娘の友達の家へ遊びに来ただけです。視察ではありません。特別な行政措置は不要です』
「これでいい?」
「父さん」
「ん?」
「最後に一文追加した方がいい」
「何て?」
ハルが少し考える。
「『普通に暮らせる環境をこれからも大切にしてください』」
「……いいな」
俺は追加した。
送信。
三十秒後。
『最高司令官、一般市民の生活環境維持を最優先と表明』
「違う!」
「父さん」
「何?」
「解釈は間違ってない」
「規模が違うんだよ!」
◇
騒ぎが落ち着くまで。
結局、一時間かかった。
集まった人たちは管理組合が散らしてくれた。
補助金も通常手続きへ戻された。
星系政府の歓迎声明も訂正。
『私的訪問でした』
と。
小さく。
かなり小さく。
追記された。
「申し訳ないです」
俺は両親へ頭を下げる。
「せっかく呼んでもらったのに」
「いえ!」
父親が慌てる。
「こちらこそ、貴重な経験を……」
「普通の経験でよかったんですけど」
「それは、まあ」
二人で笑った。
そのとき。
「父さん」
ハル。
「帰る?」
「もうそんな時間?」
「まだ」
「じゃあ何?」
ハルは。
少しだけ視線を逸らした。
「ミナが」
「うん」
「夕食も一緒にどうか、と」
奥からミナが飛び出す。
「食べていって!」
「いいの?」
「うん!」
俺は両親を見る。
「ご迷惑でなければ」
母親が笑った。
「ぜひ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ただ」
「はい?」
「ものすごく普通の夕食ですよ?」
「それがいいんです」
◇
出てきたのは。
煮込み料理。
パン。
野菜。
少し焦げた卵料理。
本当に普通だった。
「美味しい」
「本当ですか?」
「はい」
「銀河最高級の料理人とかと比べてません?」
「そんな人の料理、ほとんど食べたことないですよ」
俺は煮込みをもう一口食べる。
「こういうの好きです」
すると。
隣でハルも頷いた。
「美味しい」
「本当!?」
ミナが嬉しそうに笑った。
「ああ」
「じゃあ今度、私もハルちゃんの家でご飯食べる!」
「歓迎する」
「お父さんの料理!」
「俺が作るの確定!?」
「管理人弁当!」
「それやめよう!」
全員が笑った。
何でもない夕食だった。
でも。
俺はそれが。
妙に嬉しかった。
◇
帰宅。
「ただいま」
扉が開く。
十四人がいた。
「……何で全員玄関にいるの?」
「お帰りなさい」
アルカ。
笑顔。
だけど。
少し圧がある。
「楽しかったですか?」
「うん」
「夕食も?」
「美味しかったよ」
「そうですか」
「何?」
「別に」
ベルが一歩出る。
「一般家庭で手料理をご馳走になったそうですわね」
「情報早くない?」
「公開情報ですもの」
「夕食まで公開されてるの!?」
エリス。
「料理内容も推定されています」
「怖いよ!」
クレアが俺の袖を引いた。
「ユウト」
「何?」
「明日は私が作る」
「夕食?」
「うん」
「急にどうした?」
「別に」
「さっきから別に多くない?」
グレイス。
「明後日は私が」
「何で順番制になってるの?」
フィア。
「その次は私!」
「ちょっと待って!」
十四人が一斉に話し始めた。
「誰の料理が一番か公平に――」
「栄養価では――」
「ユウトの嗜好を再調査すべきですわ」
「昔の食生活データなら私が――」
「競争しなくていい!」
ハルが。
俺の横で小さく呟いた。
「父さん」
「何?」
「ミナの母親の料理を褒めすぎた」
「美味しかったから言っただけだよ!」
「原因はそれ」
「褒めただけで!?」
十四人を見る。
全員。
妙にやる気だった。
「……一週間」
「はい?」
「一週間、夕飯当番を交代制にしましょう」
「アルカまで!?」
「異論は?」
「あります!」
「却下します」
「俺の家なのに!?」
その夜。
『最高司令官、一般家庭を私的訪問』
という小さなニュースよりも。
我が家では。
『ユウトに一番「美味しい」と言わせる者は誰か』
という。
遥かに重大らしい戦いが。
開幕していた。




