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第43話 娘たちが友達を家に呼びたいと言っただけなのに、七艦隊が警備計画を提出してきました



「お父様。お願いがあります」


 夕食後。


 リリィが妙に改まった顔で、俺の前に立った。


 その左右にはハルとアカリ。


 三人とも背筋を伸ばしている。


「どうした?」


「今度のお休みに……」


 リリィが一度だけハルを見る。


 ハルが頷く。


 アカリも頷いた。


「お友達を、家に呼んでもいいですか?」


「いいよ」


 三人の顔が明るくなった。


 そして。


『緊急警戒態勢へ移行します』


「何で!?」


 天井から青い光が走った。


 さっきまで穏やかだった居間の壁面が、一瞬で戦術表示へ切り替わる。


『来訪予定者の身元確認を開始』


『中央母艦第三区画を封鎖候補に指定』


『近傍艦隊へ即応待機命令――』


「待て待て待て!」


 俺は両手を上げた。


「子供の友達が遊びに来るだけだぞ!?」


「だからこそです」


 アルカが真顔で答えた。


「どうして!?」


「ユウトの居住区域へ、外部者が複数侵入します」


「侵入じゃない。遊びに来るの」


「同義では?」


「全然違うよ!」


 ベルはすでに端末を操作していた。


「来訪者専用の臨時保険契約を用意しますわ」


「いらない!」


「死亡、負傷、精神的衝撃、国家機密への偶発的接触――」


「普通の家に遊びに来るだけだから!」


「ここは中央母艦最高管理区画ですわ」


「だったら普通に遊べる部屋を作ればいいだろ!」


 十四人が黙った。


「……あ」


 クレアが小さく呟いた。


「何?」


「その発想、なかった」


「何でないんだよ!」


     ◇


 三十分後。


 家族会議が始まった。


 議題。


『児童友人来訪時における適切な警備水準』


「そのタイトルから変えよう」


『では』


 青い球体が文字を書き換える。


『お友達が遊びに来る日の準備』


「そう。それ」


「警備の話は?」


 グレイスが聞く。


「必要最低限」


「必要最低限とは?」


「玄関で迎えて、危ない場所には入れない。それだけ」


「武装兵は?」


「いらない」


「狙撃手は?」


「もっといらない」


「護衛艦は?」


「家の中に艦隊を持ち込むな!」


 グレイスは少し不満そうだった。


 絶対本気だった。


「まず、何人来るんだ?」


 俺は三人を見る。


「私が四人です」


 リリィ。


「私も四人」


 ハル。


「私は五人だ」


 アカリ。


「十三人か」


 合計十六人。


 小さな子供が十六人。


 少し賑やかにはなりそうだけど、別に大変というほどでもない。


「じゃあお菓子と飲み物用意して、遊ぶ場所を片付けて――」


「お菓子」


 ベルが反応した。


「……何?」


「ユウトが作りますの?」


「簡単なのなら」


 十四人の視線が集まった。


「何でお前たちまで期待してるの」


「試食が必要です」


 エリスが答える。


「品質管理上」


「絶対それだけじゃないだろ」


「九割は個人的欲求です」


「正直だな!」


     ◇


 翌日。


 俺は家の一角を見回していた。


「……広すぎない?」


 昨日まで倉庫だった区画が。


 完全に子供用の遊び部屋へ変わっていた。


 柔らかい床。


 低い机。


 絵を描ける壁。


 簡単な立体映像遊具。


 本棚。


 工作台。


 休憩用のソファ。


 ここまではいい。


 問題は。


「この奥の扉、何?」


「緊急避難用地下シェルターです」


「いらない」


「直撃型対艦砲まで耐えます」


「もっといらない!」


「しかし児童が十三名――」


「遊びに来るだけだって!」


「安心してください」


 グレイスが胸を張る。


「対艦砲を受けない限り使用しません」


「そもそも家が対艦砲を受ける状況を想定するな!」


 さらに。


 部屋の天井には、小さな丸い機械がいくつも付いている。


「これは?」


「見守り装置です」


「監視カメラじゃないよな?」


「児童の転倒、衝突、体温異常、呼吸異常、アレルギー反応、急激な感情変化を検知します」


「……そこまでは、まあいい」


「加えて敵性行動、偽装、毒物、爆発物――」


「後半いらない!」


     ◇


 そして休日。


 玄関の前に。


 十三人の子供が並んだ。


「こんにちは!」


「お、お邪魔します!」


「リリィちゃんのお父さんだ!」


「本物だ……」


「管理人弁当の人!」


「その呼び方はやめようね!」


 保護者たちは子供を送り届けると、何度も頭を下げて帰っていった。


 何人かはものすごく緊張していた。


 まあ。


 中央母艦の最高管理区画。


 しかも銀河中で知られている十四人が暮らしている家。


 普通なら緊張するか。


「靴はそこで脱いで。荷物はこっちでいいよ」


「はい!」


「おじさん!」


「うん?」


「ここ、本当に家なんですか?」


「一応ね」


「宮殿じゃないんですか?」


「違うよ」


 その瞬間。


 奥の廊下からベルが出てきた。


 いつもの華美な衣装ではない。


 かなり落ち着いた服装だった。


「いらっしゃいませ」


 十三人が固まった。


「……」


「……」


「……本物?」


 一人が呟いた。


 ベルが微笑む。


「今日はリリィたちのお友達ですもの。堅苦しい挨拶は不要ですわ」


「ベルさん!」


「はい」


「教科書に載ってました!」


「……どのように?」


「銀河経済史!」


「まあ」


 ベルの笑顔が少し引きつった。


 俺は吹き出しそうになるのを堪えた。


「経済史の人」


「ユウト」


「ごめん」


     ◇


 子供たちは、最初こそ緊張していた。


 でも。


「リリィ! これ一緒に作ろう!」


「はい!」


「ハルちゃん、ゲームしよう!」


「受けて立つ」


「アカリちゃん!」


「何だ?」


「鬼ごっこ!」


「速度制限は?」


「秒速三メートルだ!」


「ちゃんと覚えてる!」


 十分後には。


 完全に普通の子供たちだった。


 笑って。


 走って。


 失敗して。


 また笑う。


 俺は少し離れたところから眺めていた。


「よかったな」


「何がですか?」


 アルカが隣に立つ。


「三人とも」


 最初に学校へ通い始めた頃は。


 友達という言葉すら、どこか遠かった。


 能力が高すぎて。


 知識も価値観も、普通の子供とは少し違って。


 俺も心配していた。


 でも。


「ちゃんと友達できたんだな」


「はい」


 アルカが静かに答えた。


「ユウトのおかげです」


「俺は何もしてない」


「親子交流授業に参加しました」


「参加しただけだよ」


「弁当を作りました」


「普通だよ」


「友人を家へ招くことを許可しました」


「それも普通」


 アルカが俺を見る。


「その普通が、必要だったのでしょう」


「……そういうものかな」


「はい」


 俺たちが話していると。


「おじさん!」


 一人の男の子が走ってきた。


「どうした?」


「リリィちゃんたちって、すごいんですね!」


「まあ、ちょっとな」


「でも」


 男の子は笑った。


「学校だと普通ですよ!」


「……そっか」


「はい!」


 それでいい。


 いや。


 それがいいんだろう。


     ◇


 昼過ぎ。


「おやつにするぞー」


「はーい!」


 十六人が集まってくる。


 机の上には。


 俺が焼いた小さな焼き菓子。


 果物。


 飲み物。


「うわぁ!」


「これ、おじさんが作ったの!?」


「簡単なやつだけどな」


「管理人お菓子!」


「そのシリーズ化やめて!」


 子供たちが笑う。


 俺も笑った。


 すると。


 一人の女の子が首を傾げた。


「ねえ、リリィちゃん」


「はい?」


「リリィちゃんのお父さんって、一人なんだよね?」


「はい」


「でも」


 少女は室内を見回した。


 アルカ。


 ベル。


 クレア。


 グレイス。


 エリス。


 そして他の面々。


「お母さんは、誰?」


 時間が止まった。


「……」


「……」


「……」


 十四人の視線が。


 一斉にこちらへ向いた。


「え」


 俺は嫌な予感がした。


 女の子は無邪気に続ける。


「みんな一緒に住んでるから、誰かがお母さんなのかなって」


「それは――」


「私です」


 アルカ。


「私ですわ」


 ベル。


「私!」


 クレア。


「候補なら私も」


 グレイス。


「統計上、私も十分な適性があります」


 エリス。


「ちょっと待て!」


 十三人の子供たちが目を輝かせた。


「十四人いる!」


「全員!?」


「リリィちゃん、お母さん十四人!?」


「違う!」


「違いません」


 アルカが即答した。


「違うよ!」


「現時点で正式な配偶関係が成立していない、という意味ではユウトが正しいです」


 エリスが冷静に補足する。


「補足が余計!」


「では将来的には?」


 女の子が聞いた。


 十四人が。


 俺を見る。


「……」


「……」


「……」


「おやつ食べよう!」


「逃げましたわね」


「逃げてない!」


「父さん」


 ハルが焼き菓子を齧りながら言った。


「顔が赤い」


「気のせいだ!」


「父上」


 アカリ。


「心拍数も上昇している」


「測るな!」


 子供たちがまた笑った。


     ◇


 夕方。


 遊び疲れた十三人を玄関で見送る。


「またね!」


「次はうちにも来て!」


「リリィちゃん!」


「ハルちゃん!」


「アカリちゃん!」


 三人も手を振った。


「また学校で」


「次は負けない」


「秒速三メートルなら私も勝てる!」


 最後の一人が帰る。


 扉が閉まった。


「ふう」


 俺は息を吐いた。


「無事終わったな」


『来訪者十三名、全員無事帰宅を確認』


「だからそんな大げさに――」


『本日の警備費用を表示します』


「え?」


 青い球体に数字が出た。


「……」


 俺は二度見した。


「何これ」


『来訪児童安全確保費用』


「何でこんなに高いの!?」


「外周に七艦隊を待機させましたので」


 グレイス。


「待機させるなって言ったよな!?」


「艦隊側が自主的に」


「何で!?」


「司令官の家族の友人が来訪する重要行事だから、と」


「子供の遊び会だよ!」


『なお』


「まだあるの?」


『十三名の保護者から感謝の連絡が届いています』


「それは嬉しいな」


『うち十一名から』


「うん」


『次回は自宅へ相良ユウト様を招待したいとの申請が』


「俺!?」


「人気ですね、お父様」


 リリィが笑う。


「何で俺まで友達付き合いに入ってるの?」


「保護者同士の交流です」


 アルカ。


「普通です」


「……普通?」


「はい」


 俺は少し考えた。


 普通なら。


 子供の友達の家へ挨拶に行くこともある。


「じゃあ、まあ――」


『受諾候補として処理します』


「ああ」


『十一家庭の周辺警備計画を七艦隊へ――』


「送らなくていい!!」


 俺の普通の保護者生活には。


 どうやら毎回。


 七艦隊が付いてくるらしい。


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