第42話 子供三人に弁当を作っただけなのに、三万八千人から注文が来ました
『相良ユウト手製弁当・購入希望』
『現在、三万八千二百十四件』
「売らないよ?」
『受付を停止しますか?』
「停止してくれ」
『理由の入力を』
「俺は弁当屋じゃないから!」
翌日の夕方。
学校から帰ったリリィたちを迎えた俺は、中央母艦の青い球体に表示された数字を見て頭を抱えていた。
朝。
俺が作ったのは、本当に普通の弁当だった。
卵焼き。
野菜炒め。
小さな肉団子。
それから米に似た穀物を炊いたもの。
百十七年も経っているせいで食材は少し違ったけど、やったことは昔と同じだ。
「何で三万八千人も欲しがるんだ?」
「美味しかったからです」
リリィが答えた。
「それだけ?」
「はい」
「本当に?」
「正確には」
ハルが口を挟む。
「昼休みに友人へ一口分けた」
「うん」
「その友人が別の友人へ話した」
「まあ、そこまでは分かる」
「その会話を教室内情報端末が拾った」
「待て」
「校内交流掲示板に投稿された」
「待って」
「児童六十二名が閲覧した」
「嫌な予感がする」
「保護者へ共有された」
「止めて!」
「そこから中央母艦居住区へ拡散した」
「学校の弁当一個の話だよね!?」
「三個です」
「数の問題じゃない!」
アカリが端末を差し出した。
「父上。映像もある」
「映像?」
『今日のお弁当!』
画面には、リリィの友達らしい女の子が映っていた。
『リリィちゃんのお父さんが作ったんだって!』
ぱかっ。
弁当箱が開く。
『普通だ!』
「普通って言われてるぞ」
「そこが高評価だった」
アカリが次の映像を出す。
『最高管理者の食事なのに、普通のお弁当!?』
『本当に本人が作ったらしい』
『娘のために朝から!?』
『しかも特別な食材なし!?』
『同じもの食べてみたい!』
「……」
俺は黙った。
「何でそこに価値が出るの?」
「父上が作ったからだ」
「俺が作ったら卵焼きの味が変わるの?」
「変わらない」
「じゃあ同じだよ!」
ベルが優雅に紅茶を飲みながら微笑んだ。
「ユウト。その理屈は通用しませんわ」
「何で?」
「銀河最大の権限を持つ人物が、自ら早朝に起きて子供のために調理した品ですもの」
「父親なら普通だろ?」
十四人が一斉に俺を見る。
「何?」
「……普通」
アルカが小さく繰り返した。
「ああ」
「ユウトにとっては、そうなのですね」
「子供が弁当欲しいって言ったら作るだろ」
「はい」
アルカが少しだけ笑った。
「だから皆、欲しがるのでしょう」
「ますます分からない」
◇
『購入希望受付を停止』
『新規申請は受理されません』
「よし」
『代替申請が発生』
「……何の?」
『相良ユウト手製弁当・再現権使用申請』
「再現権?」
『レシピ販売希望』
「そんな権利作った覚えないぞ」
「今朝、ベルが登録しました」
エリス。
「ベル!」
「知的財産の保護は重要ですわ」
「家庭料理まで権利化するな!」
「では無料公開に?」
「それでいいよ」
部屋が静かになった。
「……無料?」
ベルの笑顔が消える。
「ああ」
「三万八千件の購入希望が存在する商品を?」
「商品じゃない」
「一食あたり最低でも――」
「計算しなくていい!」
「ユウト」
アルカが確認する。
「本当に公開するのですか?」
「材料と作り方くらいなら」
「銀河全域へ?」
「中央母艦だけでいいだろ」
『公開範囲を確認』
『中央母艦居住区』
「それで」
『公開者名』
「匿名で」
『拒否』
「何で!?」
『すでに映像から調理者が特定されています』
「じゃあ相良ユウトでいいよ!」
『登録』
青い球体へ簡単な料理手順が並ぶ。
俺が昔から作っていた程度のものだ。
卵焼きは少し甘め。
肉団子には細かく刻んだ野菜。
炒め物は冷めても味が濃くなりすぎないよう薄味。
特別な技術なんてない。
「これで終わり」
『公開しました』
「よし」
今度こそ終わった。
そう思った。
三秒後。
『閲覧数、一万』
「早くない?」
『三万』
「待って」
『十万』
「中央母艦に何人いるんだよ!?」
『居住人口約十二億人』
「そんなに!?」
「母艦ですから」
グレイスが当然のように答える。
『五十万』
『百二十万』
『三百万』
「止められる?」
『公開済み情報の閲覧停止には正当な理由が必要です』
「ない!」
『では継続します』
「ですよね!」
◇
翌朝。
「できた!」
俺は台所から声を上げた。
三人分の弁当。
昨日と少し内容を変えた。
「お父様」
リリィが弁当箱を受け取る。
「ありがとうございます」
「今日は友達と食べるんだろ?」
「はい」
ハルも受け取る。
「父さん」
「何?」
「昨日教わった」
「何を?」
「答えだけ教えない方法」
「おお」
「今日は友人に問題を解かせる」
「言い方がちょっと怖いけど、まあいい」
最後にアカリ。
「父上」
「はい」
「私も遊びを変更した」
「恒星フレア避けじゃなく?」
「あれは難易度が高かった」
「やっぱり普通じゃなかったんじゃないか!」
「今日は鬼ごっこにする」
「それなら安心だ」
「私が鬼だ」
「速度制限しろよ?」
「秒速三百メートルまで?」
「子供が死ぬ!」
「では三メートル」
「それで頼む!」
三人を送り出す。
玄関が閉まった。
「ふう」
朝の仕事終了。
振り返る。
十四人が並んでいた。
「……何?」
「ユウト」
アルカが弁当箱を差し出した。
「私も希望します」
「え?」
「昨日、子供三名の希望が最優先されました」
「ああ」
「本日は私の希望です」
「何の?」
「お弁当を作ってください」
ベルが弁当箱を出す。
「私もお願いしますわ」
クレアも。
「私も!」
フィア。
「栄養配分の検証を」
エリス。
「調理工程の最適化ではなく、ユウトが作ったものを希望します」
グレイス。
「警護任務用携行食として」
「ただ食べたいって言え!」
「……食べたいです」
「素直!」
ディナまで無言で弁当箱を差し出した。
「十四人分!?」
『本人の希望を確認』
青い球体が光る。
『相良ユウトによる介入を推奨』
「この場合の介入って料理すること!?」
『はい』
「便利に使うな!」
十四人が俺を見る。
期待した目だった。
百十七年前。
まだ小さなコアだった頃。
彼女たちに食事なんて必要なかった。
味覚も。
身体もなかった。
だから。
「……そういえば」
「はい?」
アルカが首を傾げる。
「お前たちに弁当作ったこと、一度もなかったな」
「ありません」
「今は食べられる?」
「はい」
即答だった。
「味覚機能も正常です」
「じゃあ」
俺は十四個の弁当箱を見る。
「作るか」
空気が止まった。
「ユウト」
「何?」
「今の発言を記録しました」
「しなくていい!」
「永久保存します」
「やめろ!」
◇
その日の昼。
中央母艦。
十四の国家、艦隊、企業、軍事組織で。
異常事態が発生した。
『アルカ様、本日の最高戦略会議は――』
「延期します」
『理由をお伺いしても?』
「昼食です」
『……昼食?』
「はい」
アルカの前には、小さな弁当箱。
『ベル総帥、銀河市場の緊急報告が――』
「三十分後にしてくださいませ」
『市場規模数兆クレジットの案件です!』
「こちらの方が重要ですわ」
『何が!?』
「お弁当です」
クレアの艦隊。
「全艦、昼休み!」
『現在警戒航行中です!』
「攻撃されてないでしょ?」
『はい』
「じゃあ食べる!」
グレイスの司令部。
『司令、敵性勢力の動向分析を――』
「十三分待て」
『緊急です』
「八分」
『何があるのですか?』
「ユウトの卵焼き」
『了解しました。十五分確保します』
「理解が早いな!?」
そして。
十四人がほぼ同時に。
弁当箱を開いた。
中身は。
普通だった。
本当に普通。
特別製の高級食材も。
希少な恒星産作物も。
分子調理装置も使っていない。
ただ。
昔。
まだ何も持っていなかった管理人が。
家族のために作った。
それだけの弁当。
「……」
アルカが卵焼きを一口食べる。
しばらく動かなかった。
『アルカ様?』
「……甘い」
『問題が?』
「いいえ」
彼女は。
ほんの少し笑った。
「とても、美味しいです」
◇
夕方。
全員帰宅した。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
アルカが空の弁当箱を渡してくる。
「完食?」
「はい」
「口に合った?」
「最高でした」
「普通の卵焼きだぞ」
「はい」
ベルも空。
クレアも。
十四人全員。
綺麗に空だった。
「また作ってください」
「毎日は無理だよ?」
「週七回で構いません」
「毎日だよ!」
「では六回」
「ほぼ毎日!」
リリィたちも帰ってくる。
「お父様」
「今日はどうだった?」
「友達が増えました」
「何人?」
「十一人です」
「増えたな」
「全員、お父様のお弁当を食べたいそうです」
「増やさないで!」
ハル。
「私も六人になった」
「友達?」
「ああ」
「よかった」
「全員、父さんの料理を再現していた」
「もう広まってるの!?」
アカリが端末を見せる。
「父上」
「今度は何?」
「公開したレシピ」
「うん」
「中央母艦外へ流出した」
「はい?」
『現在の推定閲覧数』
青い球体が表示する。
『四十八億二千万人』
「何で!?」
『中央母艦住民が家族、友人、取引先へ共有』
『さらに各国家料理情報網へ転載』
『現在、十三万二千店舗が同一料理を提供』
「昨日の朝に作った弁当だよ!?」
『名称も定着しつつあります』
「嫌な予感しかしない」
『通称』
『管理人弁当』
「……」
十四人。
三人の子供。
青い球体。
全員が俺を見る。
「その名前だけは変えない?」
『支持率九十八・七パーセント』
「もう無理なの!?」
『追加情報』
「まだあるの!?」
『銀河標準教育委員会より申請』
『児童向け家庭科教材として《管理人弁当》を採用したいとのことです』
「家庭科なら……まあ」
『教材説明』
『銀河最高管理者・相良ユウトが示した――』
「そこ消して!」
『――身近な食材を無駄なく利用し、大切な者のために自ら作る食事』
俺は止まった。
「……そこだけ?」
『はい』
少し考える。
「それなら」
リリィが俺を見る。
ハルも。
アカリも。
アルカたちも。
「別にいいか」
『承認しますか?』
「ああ」
『承認』
俺は知らなかった。
この日から。
銀河中の学校で。
「高いものじゃなくていい」
「自分で作ってみる」
「食べる相手のことを考える」
そんな授業が始まったことを。
そして。
三日後。
『相良ユウト様』
「今度は何?」
『銀河料理文化協会より』
「うん」
『《管理人弁当》考案者として、最高位料理人認定を――』
「いらない!」
廃棄宇宙船の管理人だった俺の肩書きが。
また一つ。
増えかけていた。




