第40話 子供三人を普通の学校に入れたいだけなのに、母親候補が十四人います
「保護者欄へ、母親候補十四人のうち誰の名前を書くか」
これが。
子供三人を学校へ通わせるための、最初の問題だった。
「俺だけでいいだろ」
俺が言うと、十四人が一斉にこちらを見る。
「保護者は二名まで登録可能です」
エリスが入学案内を表示する。
「父親一名、母親一名が一般的です」
「一般的だからって、無理に二人書く必要ないだろ」
「ですが」
アルカが静かに手を上げた。
「緊急時、ユウトへ連絡が取れなかった場合の第二連絡先が必要です」
「それは確かに」
「では私を」
「待ってくださいませ」
ベルが割り込む。
「緊急連絡であれば、通信網を銀河規模で保有する私が最適ですわ」
「学校で何かあったら私が一番早く飛んでいける!」
クレアが翼を広げる。
「校舎を壊す可能性があるから駄目」
「飛ぶだけ!」
「着地は?」
「頑張る!」
「不安だ!」
グレイスが一歩前へ出る。
「学校での緊急事態なら、治安組織を指揮する私が適任です」
「子供が熱を出しただけで防衛艦隊を出しそうなんだよな」
「出しません」
「本当に?」
「医療艦隊のみです」
「それも出すな」
フィアが真顔で首を傾げる。
「発熱なら私が最適です」
「フィアの場合、迎えに行ったあと体を改造しそうだからな」
「病気に強い体へ調整するだけです」
「普通に寝かせて治してくれ!」
話がまとまらない。
「お父様」
リリィが手を上げる。
「母親欄を空欄にします」
「それでいい」
「備考欄に、母親候補十四名と記載します」
「書かなくていい!」
「事実です」
「学校側が混乱する!」
「では、候補一から十四まで番号を――」
「余計に怪しい!」
◇
結局。
保護者一。
相良ユウト。
保護者二。
空欄。
緊急連絡先だけ、家族評議会共通窓口を登録することにした。
「これなら公平です」
エリスが言う。
「学校から電話一本かかってきたら十九人で受けるの?」
「自動振り分けします」
「普通の家庭より大規模だな……」
◇
翌日。
俺はリリィ、ハル、アカリの三人を連れて、学校へ向かった。
十四人には。
「来るな」
とお願いした。
命令ではない。
お願いだ。
「校門から三キロ以上離れて待機します」
アルカ。
「交易連合の業務をしながら見守りますわ」
ベル。
「上空は?」
クレア。
「駄目」
「地中?」
「もっと駄目!」
最終的に全員、家で待機することになった。
ただし。
俺の端末には、十四人から同時に通信が入る状態になっている。
「見守りだけです」
「通話を切ってもいい?」
「緊急時以外はこちらから連絡しません」
「それなら」
『リリィが校門を通過しました』
「実況するな!」
『失礼しました』
◇
中央母艦居住区立・第七統合学校。
人間。
機械生命体。
異星種族。
種族を問わず通える、初等教育施設らしい。
校長室へ入ると。
茶色い髪の女性が立ち上がった。
「相良さんですね」
「はい」
「お子さん三名の入学希望を伺っています」
「よろしくお願いします」
普通だ。
跪かない。
最高管理者とも言わない。
「リリィです」
「ハル」
「アカリだ」
三人が順番に名乗る。
校長は書類を確認した。
「まず、確認事項がいくつかございます」
「はい」
「リリィさん」
「はい」
「種族欄に《管理者継承補助個体》とありますが」
「現在は娘です」
「種族ではなく家族関係ですね」
「……はい」
リリィが少し悩む。
「分類不能でも問題ありません」
「良いのですか?」
「この学校、種族が六千種類くらい通っていますので」
「慣れてる!」
次。
「ハルさん」
「はい」
「前世……ではなく、過去人格年齢が数兆年以上と記載されています」
「現在個体としての年齢は一日未満」
「どちらを採用しましょう」
「本人が通いやすい方で」
「では身体年齢基準で」
「柔軟だな!」
最後。
「アカリさん」
「私だ」
「種族、恒星生命体」
「そうだ」
「体内文明数、三千」
「そうだ」
「学校へ登校中、内部文明の統治は?」
「自治している」
「素晴らしいですね」
「そこ褒めるんだ!?」
校長は全然驚かなかった。
「この学校、大丈夫なんですか?」
「相良さん」
「はい」
「去年、銀河サイズの群体生命が一名入学しました」
「一名?」
「構成個体数は四兆ほどです」
「それに比べたら普通なのか……」
「はい」
普通の基準が広すぎる。
◇
「次に簡単な適性確認を行います」
三人は別室へ移動した。
「保護者の方はこちらでお待ちください」
「分かりました」
俺は廊下の椅子へ座る。
十分後。
先生が戻ってきた。
少し疲れている。
「どうでした?」
「非常に優秀です」
「よかった」
「ただ」
「ただ?」
「リリィさんが、算数問題の誤差を指摘して教材を修正しました」
「……」
「ハルさんは歴史の問題について、教科書に記載されていない当事者視点の資料を二万件提示しました」
「本人が歴史そのものみたいなものなので……」
「アカリさんは体育測定で」
「まさか本気出した?」
「ジャンプしたところ、天井まで行きました」
「校舎は!?」
「無事です」
「よかった……」
「本人が途中で出力を下げました」
「約束守ってる!」
俺は少し安心した。
「入学は?」
「問題ありません」
「本当に?」
「能力差が大きい子供は珍しくありません」
「それでも、授業が退屈にならないですか?」
校長が少し笑った。
「学校は、知識だけを学ぶ場所ではありませんから」
「というと?」
「友達と遊んだり」
「はい」
「失敗したり」
「はい」
「順番を譲ったり」
「はい」
「自分より苦手な子を待ったり」
「……なるほど」
三人とも。
知識や能力なら、普通の子供とは比べものにならない。
でも。
誰かと同じ机に座る経験。
喧嘩して仲直りする経験。
できないことを助けてもらう経験。
そういうものは、ほとんど知らない。
「ぜひお願いします」
「こちらこそ」
俺は頭を下げた。
◇
三人が戻ってきた。
「お父様」
「父さん」
「父上」
「入学できるって」
三人の顔が明るくなる。
「本当ですか?」
「ああ」
「学校」
ハルが少しだけ笑う。
「楽しみだ」
「私もだ」
アカリが胸を張った。
「三千文明へ報告する」
「全員で授業見に来たりするなよ」
「代表一名なら?」
「学校に聞いてからな」
「分かった」
「お父様」
リリィが俺の手を握る。
「ありがとうございます」
「俺は書類書いただけだよ」
「それでもです」
俺は三人の頭を順番に撫でた。
普通の学校。
普通の友達。
普通の生活。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
俺が百十七年前に失ったものを、今の家族と作り直せている気がした。
◇
「では最後に」
校長が一枚の紙を渡してきた。
「来週、入学直後の親子交流授業があります」
「親子授業?」
「はい」
「何をするんですか?」
「保護者の仕事を、子供たちへ紹介していただきます」
「俺の仕事?」
「リリィさんたちから、元宇宙船管理人と伺っています」
「それならできます」
少し安心した。
整備。
船の管理。
廃棄部品の見分け方。
そういう話なら、いくらでもできる。
「服装も普段着で結構です」
「よかった」
「肩書も不要です」
「最高です!」
ようやく。
最高管理者でも創造管理者でもない。
ただの元宇宙船管理人として子供の学校へ行ける。
「楽しみにしています」
「はい!」
その時。
俺の端末が震えた。
『家族共有通知』
「何?」
『学校より親子交流授業案内を受信』
十四人の妻候補にも。
同じ通知が飛んでいた。
嫌な予感がする。
すぐに通信が入る。
『ユウト』
アルカ。
「何?」
『親子交流授業には、母親も参加可能と記載されています』
「……」
『保護者一名に限定されていません』
続けてベル。
『私の職業は交易星間連合代表ですので、経済教育が可能ですわ』
クレア。
『竜機艦隊領主の仕事見せていい!?』
「絶対駄目!」
グレイス。
『銀河防衛機構の装備展示許可を申請します』
「学校へ戦艦持ってくるな!」
フィア。
『生命設計の実演を――』
「生徒を改造するな!」
十四人の妻候補が。
今度は。
誰が三人の「母親役」として親子授業へ出席するか。
本気で相談を始めていた。
普通の学校生活。
入学する前から。
早くも普通ではなくなりそうだった。




