第39話 スーパーへ買い物に行くだけなのに、国家元首が十四人ついてきた
翌朝。
俺は目覚ましが鳴るより先に、妙な気配で目を覚ました。
「……」
静かだ。
静かすぎる。
昨日決めた共同生活規則。
夜十時以降は静かにする。
本人の許可なく個室へ入らない。
その二つは、ちゃんと守られている。
「気のせいか」
そう思って時計を見る。
午前五時五十九分五十秒。
「……嫌な予感がする」
五十一秒。
五十二秒。
五十三秒。
扉の向こうから、何かが動く気配がした。
六時。
ぴったり。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。
「十四人同時にノックするな!」
『おはようございます、ユウト』
アルカの声。
『朝六時以降は夜間訪問禁止規則の対象外です』
「規則の穴を正面から突くな!」
『入室許可をお願いします』
「駄目!」
『理由を要求します』
「着替えてない!」
扉の外が静かになった。
数秒後。
『着替え補助を――』
「もっと駄目!」
◇
十分後。
着替えて部屋を出る。
廊下には十四人がきれいに一列で並んでいた。
「何してるの?」
「朝の挨拶です」
アルカが答える。
「十四人で?」
「共同生活初日の反省点を踏まえ、順番を決めました」
「普通は家族全員で廊下に並ばないぞ」
ベルが微笑む。
「おはようございます、ユウト様」
「おはよう」
『ベルの相互信頼度上昇』
「挨拶だけで点が入るの?」
『自然な日常会話を評価』
青い球体が天井付近に浮いている。
「こいつ、ずっといるの?」
『共同生活審査期間中は常駐』
「監視されてるみたいで落ち着かない」
『表示を最小化します』
球体が拳くらいの大きさになった。
「消えてはくれないんだな」
「ユウト」
クレアが前へ出る。
「おはよう!」
「おはよう」
「抱きついていい?」
止まった。
以前なら、もう抱きついていた。
「聞くようになったんだな」
「ルールだから!」
「軽くなら」
「やった!」
ぎゅっ。
「軽く!」
「ごめん!」
『クレアの規則遵守を評価』
「聞くだけで褒められる段階なのか……」
◇
朝食は昨日の残り物と簡単な卵料理になった。
「今日は普通ですね」
俺が言うと、ベルが少しだけ困った顔をする。
「本来でしたら、十二星系から朝採れ食材を――」
『過剰資源投入の兆候』
「用意しておりませんわ」
「学習が早い」
ノアが小さな皿を出す。
「卵焼きを製造しました」
「製造って言うと工業製品みたいだな」
「調理しました」
「そうそう」
「分子配列は誤差零点〇〇〇一パーセント以内です」
「やっぱり製造してる!」
食卓の下。
クロがじっと俺を見ている。
「お前の飯は別だぞ」
「ごはん」
「恒星は台所で出せないから」
「ちいさいのでいい」
「小さい恒星?」
「うん」
アカリが手のひらに赤い光球を作る。
「これでよいか?」
「ごはん!」
クロが飛びついた。
「アカリ。それ自分の一部じゃないよな?」
「廃熱だ」
「ならいい」
今度はシロが俺の隣へ浮いてくる。
『友達』
「何?」
『朝食という行為を試したい』
「シロは何食べるの?」
『不要』
「食べなくてもいい?」
『必要ない』
「じゃあ一緒に座るだけでもいいんじゃない?」
『それが朝食か』
「家族や友達と一緒に食卓にいるのも含むと思う」
シロは俺の横へ静かに浮いた。
『理解』
『朝食は摂取ではなく交流を含む』
「そういうこと」
未来の俺が入っている黒い球体まで、食卓の隅へ移動してきた。
「お前も食う?」
『人格データに食事は不要だ』
「じゃあ話し相手」
『……それなら可能だ』
もう一人の白い俺も通信参加している。
『私の分も席を用意する必要はない』
「画面一枚なら場所取らないだろ」
『そういう問題か?』
騒がしい。
けれど。
昨日より少しだけ、普通の食卓に近づいている気がした。
◇
「今日の予定は?」
朝食後。
アルカが尋ねる。
「買い物」
「何を購入しますか?」
「食材とか日用品」
「ベルへ命令すれば、全宇宙から――」
「近所の店に行く」
全員が止まった。
「近所?」
セレスが聞き返す。
「この中央母艦にも、普通の居住区があるんだろ?」
「あります」
マリアが答える。
「管理文明の保守要員および移住希望者向け区画です」
「店も?」
「生活用品販売区画があります」
「そこに行く」
「護衛艦隊を――」
「使わない」
グレイスの口が止まった。
「最低限の護衛を」
「何人?」
「一万人」
「最低限じゃない」
「百名」
「まだ多い」
「十名」
「十四人いる時点で十分だろ」
十四人が互いを見る。
「全員同行するのですか?」
「全員?」
「共同生活審査です」
エリスが答える。
「外出時の適性も評価対象」
「買い物に十四人ついてくる方が普通じゃない気がするけど」
「では抽選を」
その瞬間。
十四人の目が変わった。
「全員でいい」
戦争が起きる前に諦めた。
◇
中央母艦居住区。
驚くほど普通だった。
人工の空。
街路樹。
集合住宅。
小さな公園。
「普通だ」
「管理文明にも日常生活は存在します」
マリアが少し誇らしそうに言う。
「もっと全部機械なのかと思ってた」
「完全自動化も可能ですが、本人が望んで自分で生活する区域も保存されています」
「いいところじゃん」
『マリアの評価上昇』
「街を作っただけで上がるの?」
『相良ユウトが好意的反応を示したため』
マリアの表情がほんの少し緩む。
「案内します」
「急にやる気出たな」
目的の店。
看板には。
《日用品・食品 ホームマート中央母艦店》
「本当に普通のスーパーだ」
自動扉が開く。
『いらっしゃいませ――』
店内AIの声が途中で止まった。
『……』
「どうした?」
『最上位管理者生体反応を確認』
「普通の客として扱って」
『了解しました』
少し間を置いて。
『いらっしゃいませ』
「よし」
買い物かごを取る。
その瞬間。
十四人が同時に買い物かごを取った。
「一個でいい!」
「私が持ちます」
「私が」
「私ですわ」
「じゃあ私がユウトを持つ!」
「俺は商品じゃない!」
結局、かごは俺が持つことになった。
『相良ユウト本人の意思を尊重』
『十四候補全員へ微加点』
「何もしてないのに点入ってない?」
『かごを奪わなかった』
「評価基準が低い!」
◇
「卵」
「あります」
アルカが棚から取る。
「牛乳」
ベル。
「野菜」
セレス。
「肉!」
クレア。
「一人で五十キロ持ってくるな!」
「少ないよ?」
「家庭用だぞ!」
「じゃあ五キロ?」
「一キロでいい!」
ディナは菓子売り場で止まった。
「ユウト、これ好き?」
「ポテトチップス?」
「うん」
「普通に好き」
ディナが一袋かごへ入れる。
「一袋でいいの?」
「一袋でいい」
「海賊船ならコンテナ単位で買うけど」
「ここでは一袋」
「普通って難しいね」
「少し分かってきただろ」
「面白いかも」
ディナが笑った。
その表情は海賊女王というより、普通に買い物を楽しむ女性に見えた。
『ディナの評価上昇』
「なるほど」
エリスが表示を見る。
「普通の行動を楽しむこと自体が高評価」
「分析しながら普通をやると普通じゃなくなるぞ」
「難易度が高い」
フィアが薬局コーナーで立ち止まる。
「家庭用救急箱」
「それなら買っていい」
「再生槽は?」
「いらない」
「人工心臓」
「いらない」
「予備脳」
「絶対いらない!」
「救急箱だけにします」
『フィアの自制を高評価』
「今日は順位上がりそうだな」
「はい」
フィアが嬉しそうだった。
◇
会計。
店員は若い人間の女性だった。
「いらっしゃいませ」
普通に商品を読み取っていく。
俺の顔を見ても。
アルカを見ても。
ベルを見ても。
特に反応しない。
「こちら、袋はご利用になりますか?」
「お願いします」
「三クレジットです」
「はい」
普通だ。
最高だ。
誰も跪かない。
艦隊も来ない。
宇宙の命運も決めない。
ただスーパーで買い物している。
「お客様」
「はい?」
「奥様、多いですね」
「ぶっ!」
十四人が一斉に店員を見る。
「違います!」
「妻候補です」
アルカが即座に訂正した。
「訂正になってない!」
店員は少し驚いたが、すぐ笑った。
「仲良さそうでいいですね」
「そう見えますか?」
ベルが尋ねる。
「はい。みなさん、ずっとそちらの方を見てますから」
「監視されてるだけかもしれません」
「ユウト」
アルカが少し不満そうに言う。
「自由意思による観察です」
「余計怖い!」
店員が笑う。
俺もつられて笑った。
『相良ユウトの幸福度上昇』
「今の何?」
『一般市民から普通の客として扱われたことによる幸福反応』
「それだよ」
「ユウト」
アルカが少し真剣な顔になる。
「このような扱いを好むのですか?」
「ああ」
「最高管理者ではなく?」
「相良ユウトとして扱われる方が好き」
十四人が静かに俺を見る。
「記憶します」
アルカが言った。
「私もですわ」
ベル。
他の十二人も頷く。
今度は青い球体が何も言わなかった。
言わなくても分かることもあるらしい。
◇
帰り道。
リリィが公園の前で止まった。
子供たちが遊んでいる。
普通の人間。
機械生命体。
異星種族。
同じ遊具で走り回っていた。
「お父様」
「何?」
「あの子供たちは、何をしているのですか?」
「遊んでるんだろ」
「なぜ集まっていますか?」
「近くの学校の子じゃない?」
「学校」
リリィの目が変わった。
「ハル」
「何だ、姉さん」
「普通の子供は学校へ行くそうです」
「教育施設か」
アカリも興味を示す。
「三千文明には学校制度がある」
「アカリは中で全部知ってるだろ」
「人型個体として通った経験はない」
三人が俺を見る。
嫌な予感。
「お父様」
「父さん」
「父上」
三方向から呼ばれた。
「学校へ行きたいです」
「……三人とも?」
「はい」
「興味がある」
「普通の子供を経験したい」
俺は少し考える。
リリィは管理者継承補助個体。
ハルは元創造管理者完全人格。
アカリは三千文明を内部に抱える恒星生命体。
「普通の学校で大丈夫かな……」
「問題ありません」
リリィが即答した。
「年齢相当の演算能力へ制限できます」
「私は知識を使用しなければよい」
「恒星出力も抑える」
「体育で本気出すなよ」
「努力する」
三人とも本気だった。
普通の生活をしたいと言っているのは俺だけじゃない。
「分かった」
三人の顔が明るくなる。
「学校、探してみよう」
「はい!」
『新規家族予定を登録』
「ん?」
青い球体を見る。
「今、何て?」
『子供三名の学校入学予定』
「ああ、それなら――」
『保護者面談が必要』
「俺が行く」
『保護者は複数名参加可能』
十四人の妻候補が、一斉に止まった。
「待て」
「母親候補として」
アルカ。
「参加します」
ベル。
「私も!」
クレア。
「面談なら変装して行こうかな」
ディナ。
「教育方針の確認が必要です」
エリス。
「健康情報を提出します」
フィア。
「学校警備を確認します」
グレイス。
六統括個体とソフィアまで、同時に手を上げた。
「全員で行くな!」
ただ子供三人を学校へ入れたいだけなのに。
次の問題は。
保護者欄へ、母親候補十四人のうち誰の名前を書くか。
だった。




