第38話 宇宙を食べる側まで家族になりたがったので、まず友達からにした
『我々にも』
『名前を与えてほしい』
小さな白い球体が、俺の前でふわふわ浮いている。
「俺は付けないぞ!」
『なぜ』
「名前を付けると家族になるからだ!」
『家族とは』
『食べない対象か』
「だいたい合ってるけど!」
『なら家族になる』
「簡単に決めるな!」
アルカたち十四人が、珍しく全員そろって強くうなずいた。
「これ以上の家族増員には反対します」
「特に出会って五分以内の配偶者登録は認めませんわ」
「誰も配偶者の話してないぞ!」
リリィも俺の前へ出る。
「長女として、新規家族申請には審査を要求します」
「いつの間にそんな権限を?」
「今、提案します」
「後で!」
現在。
外宇宙を安定させる代替中枢は九十九・八パーセント。
残り、わずか零点二パーセント。
その不足分を補うと言ってきたのが、宇宙を回収――俺たちから見れば食べていた白い側の存在だ。
「名前がないと協力できないの?」
『個体識別が必要』
「自分で付ければいい」
『自己命名』
「クロもそうした」
足元のクロが尻尾を振る。
「クロ」
『その個体名は色彩情報のみ』
「本人が決めたんだからいいんだよ」
白い球体が沈黙する。
三秒。
十秒。
一分。
「長くない?」
『個体名という概念の演算に時間を要している』
「向こうには名前ないの?」
『我々は全体で一つ』
「じゃあ、お前だけ別個体になって大丈夫?」
『現在、初めて別個体となった』
「重い話をさらっと言うな!」
白い球体が少しだけ輝いた。
『決定』
「お」
『シロ』
「結局それか!」
クロが嬉しそうに近づく。
「クロ」
「シロ」
二匹――と呼んでいいのか分からないが――が向かい合う。
黒。
白。
「分かりやすすぎるだろ」
「ユウトが付けたわけではありません」
アルカが確認する。
「家族関係は?」
『発生していない』
青い球体が答えた。
「よし!」
『ただし個体シロより、新規関係登録申請』
「何?」
『友好対象』
俺は少し考えた。
「友達?」
『定義を要求』
「食べない」
『家族と同一』
「そこだけじゃない!」
「父さん」
ハルが助け船を出す。
「互いの所有権、命令権、管理権を持たず、必要な時に協力し合う関係、と定義すればいい」
「それだ!」
『解析』
『有用』
シロが俺へ少し近づく。
『相良ユウト』
『友達を要求』
「申請みたいに言うな」
『友達になれ』
「命令するな!」
『友達になってほしい』
「それなら」
俺は白い球体へ手を伸ばした。
「よろしく、シロ」
シロが手のひらへ乗る。
冷たくも熱くもない。
触れているのに、重さも感じない。
『友好関係を登録』
『相良ユウトと個体シロ』
『家族権限、なし』
『捕食権限、なし』
「捕食権限なんて最初から認めてない!」
『シロ側では重要』
「怖い文化だな!」
◇
『代替中枢接続を再開』
宇宙全体に巨大な接続網が広がる。
家族評議会。
七艦隊。
六統括個体。
三千文明。
候補者たち。
数百万の虚喰い。
第一分離人格。
未来人格。
そしてシロ。
『接続率』
『九十九・九パーセント』
「あと少し」
『百パーセント』
部屋中に歓声が上がった。
「成功?」
『代替中枢形成条件を達成』
白い目から、初めて激しい反応が返ってくる。
『創造管理者』
『帰還不要』
「本当に?」
『中心を再構築』
『回収対象から除外』
「よし!」
アルカが大きく息を吐いた。
俺より安心しているように見える。
「ユウト」
「何?」
「今後、宇宙外部へ勝手に出ないでください」
「行く予定ないよ」
「約束を」
「約束します」
「記録しました」
「そこまで?」
「重要です」
外宇宙側の巨大な白い目が、ゆっくり閉じ始める。
宇宙の外側で消えていた空間も、侵食を停止した。
『外部崩壊率低下』
『虚喰い発祥領域の安定化を確認』
「クロ」
「うん」
「家、直った?」
クロが遠くを見つめる。
しばらくして。
「なおった」
「戻れる?」
「うん」
「よかったな」
クロの尻尾が止まった。
「……」
「どうした?」
「ユウト」
「何?」
「クロ、かえる?」
「それはクロが決めていい」
「ここ、ごはんある」
「あるな」
「むこうも、ごはんある」
「なら好きな方に――」
「どっちも」
「はい?」
「クロ、どっちもいる」
「二拠点生活?」
「うん」
虚喰いの群れも同じらしい。
宇宙外へ帰る個体。
こちらへ残る個体。
行き来する個体。
全員が自分で選び始めている。
「向こうとこっちをつなぐ安全な通路って作れる?」
ルナが手を上げる。
「作れる」
「本当に?」
「シロと一緒なら」
『協力可能』
シロが答える。
「じゃあ勝手に空間を食い破って移動するのは禁止」
「うん」
『了解』
「正式な通路を使う」
「ごはん?」
「通路の近くに食事場も作る」
クロの一つ目が輝く。
「すき」
「何が?」
「ユウト」
十四人が一斉にクロを見る。
「待って!」
「捕食的な意味ではありませんか?」
アルカが確認する。
「たべない」
「好意?」
「すき」
「ペット枠なら許容できますわ」
ベルが言う。
「勝手に枠を作るな!」
『関係登録申請』
「青い球体も反応するな!」
『クロより、相良ユウトへの友好対象登録』
「友達ならいい!」
『登録完了』
ようやく。
名前を付けても。
仲良くなっても。
家族を増やさずに済んだ。
俺は少し感動した。
◇
「未来人格」
『何だ』
「これで三百十二年後の戦争はどうなる?」
黒い球体がしばらく沈黙した。
『分からない』
「分からない?」
『私の持つ未来記録との一致率が急速に低下している』
「つまり?」
『少なくとも、私の知る未来には進んでいない』
「いいこと?」
『おそらく』
「未来の俺が、おそらくって言うの珍しいな」
『未来を知っていることが、判断を歪めていたのかもしれない』
黒い球体が、クロとシロを見る。
『私の時代では、虚喰いとは一度も話さなかった』
「もったいなかったな」
『ああ』
「第一分離人格は?」
通信画面に、白い服のもう一人の俺が映る。
『こちらも外宇宙からの侵食が停止した』
「家族評議会を攻撃する理由、なくなった?」
『少なくとも今はない』
「じゃあ未来の外宇宙統括者にもならない?」
『それは私次第だ』
「そうだな」
『……お前は変わったな』
「百十七年前と?」
『あの頃は、誰かを助けようとする点は同じだった』
「今は?」
『一人で全部やらなくなった』
俺の周りを見る。
七人。
六統括個体。
子供たち。
両親。
ソフィア。
クロとシロ。
確かに。
自分一人でできることなど、ほとんどなかった。
「賑やかすぎるけどな」
『それは同情する』
「お前も俺だろ!」
◇
『外宇宙危機の終息を確認』
『家族評議会緊急会議を終了』
「終わった?」
『はい』
「本当に?」
『現時点で宇宙消滅級の緊急案件はありません』
「その言い方だと、普通の緊急案件はあるのか?」
『三十二件』
「今日はもう無理!」
『宇宙相談局へ一時移管』
「できるなら最初からそうして!」
俺は椅子へ座り込んだ。
長かった。
百十七年前の事故を調べに行っただけなのに。
未来の俺に体を乗っ取られ。
宇宙を食う猫みたいな生き物へ飯を与え。
宇宙の外側まで安定させた。
「もう今日は風呂入って寝たい」
十四人が反応した。
「お風呂」
ルナ。
「一人で入るからな」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある!」
「共同生活審査において、入浴補助は――」
「不要!」
フィアが残念そうに記録を閉じる。
「では就寝前の健康診断を」
「五分なら」
「全身分解検査を五分で行います」
「普通の健康診断!」
「難しい要求です」
「そっちが難しいの!?」
クロが俺の足元を歩く。
「ごはん」
「お前、さっき恒星二万個食べたよな?」
「おやつ」
「規模がおかしい!」
シロもついてくる。
『友達』
「何?」
『友達は同じ家で生活するのか』
「場合による」
『私はどこにいればよい』
少し考える。
「シロは向こう側とこっち側、行き来できるんだよな」
『可能』
「なら好きな場所にいていい」
『ここを選択』
「ここ?」
『相良ユウトの家』
十四人の妻候補が、また一斉にシロを見る。
「友達です」
シロが先に言った。
『配偶者申請ではない』
「学習が早い!」
◇
家へ戻る。
食堂には。
出発前のカレーが、そのまま残っていた。
「まだ食べられる?」
「時間停止保存しています」
エリスが答える。
「時間停止まで使ったの?」
「食品保存です」
「冷蔵庫でよかったんだけど……」
アルカが電子加熱器へカレーを入れる。
「普通に温めます」
「偉い」
「共同生活規則を守っています」
俺たちは再び食卓へ座った。
十四人。
子供三人。
ユリア。
宗一郎。
ソフィア。
クロ。
シロ。
人数は増えているが。
「いただきます」
今度こそ。
普通の夕飯だった。
少なくとも、俺はそう思った。
『共同生活審査一日目の集計を開始』
「忘れてた!」
青い球体が食卓の上に現れる。
『配偶者候補十四名の暫定順位を発表』
全員の空気が変わった。
「順位あるの!?」
『はい』
十四人が一斉に身を乗り出す。
『第一位』
俺まで、なぜか緊張した。
『アルカ』
アルカの青い瞳が輝く。
「理由は?」
『相良ユウトの意思を確認し、包丁を取り上げなかった』
「そこ!?」
『さらに外宇宙危機において、本人の決断を尊重しつつ護衛を実施』
アルカが静かに胸を張る。
『第二位』
ベル。
『第三位』
グレイス。
次々と順位が表示される。
そして。
『第十四位』
「誰?」
『フィア』
「なぜですか?」
『相良ユウトの予備心臓を本人へ無断で製造したため』
「まだ減点されてる!」
「当然だろ!」
フィアが真剣に俺を見る。
「廃棄すれば順位は上昇しますか?」
『可能性あり』
「では廃棄します」
「やっと!?」
「その前に二個だけ保存を――」
「全部!」
「……はい」
十四人の配偶者候補が。
宇宙消滅の危機を乗り越えた直後だというのに。
今度は共同生活審査の順位表を見て、本気の作戦会議を始めた。
そして俺は。
ようやく気づいた。
宇宙を救うより。
この十四人と三十日間普通に暮らす方が。
たぶん、ずっと難しい。




