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第36話 宇宙を食べる百万匹と一緒に、もっと大きな奴を追い返すことになった



「クロ、たたかう」


 小さな黒い体。


 猫ほどの大きさしかないクロが、宇宙の外側へ向き直った。


 同時に。


 百万を超える虚喰いたちが、一斉に動きを止める。


『全虚喰い個体から戦闘状態への移行を確認』


 青い球体が表示する。


『個体数、三百十二万』


「また増えてる!」


「にげてきた」


 クロが答える。


「まだ来る?」


「いっぱい」


「そのいっぱいを数字で教えてほしいんだけど」


「わからない」


 いつも通りだった。


 宇宙地図の端。


 黒く消失した領域が、少しずつ広がっている。


 星が消えているのではない。


 空間そのものがなくなっている。


「侵食速度」


 エリスが計算する。


「毎秒、約十二光年」


「速すぎない!?」


「現在加速中」


「もっと悪い!」


 未来の俺が入った黒い球体から、低い声が聞こえる。


『艦隊を近づけるな』


「理由は?」


『通常物質で接触すれば、そのまま消える可能性が高い』


「じゃあクロたちだけで戦わせる?」


『未来の記録では、虚喰いだけが外部侵食へ干渉できた可能性がある』


 クロを見る。


「本当に大丈夫?」


「おなか」


「はい?」


「すいた」


「今から戦うんだよな?」


「ごはん」


「先に飯!?」


「たたかうと、おなかすく」


 百万体以上の虚喰いが、同意するように一斉にこちらを見る。


 怖い。


 宇宙を半分食った可能性がある存在たちから、無言で飯を要求されている。


「ノア!」


「食料生成を開始します」


 生産統括個体ノアが即座に反応する。


『創造エネルギー生成炉、最大出力』


 宇宙外縁。


 無人宙域に、恒星数億個分に相当する光が生まれた。


 虚喰いたちが一斉に飛びつく。


「食事中に襲われない?」


「防衛線を構築します」


 グレイスが全艦隊へ指示する。


「ただし外部侵食領域から最低百光年以上離れます」


「攻撃できないのに?」


「文明圏への避難経路確保が目的です」


「それでいい」


 俺は全員を見る。


「虚喰いは戦闘」


「はい」


「七艦隊は避難と防衛」


「承知しました」


「管理文明側は食料供給と空間固定」


「実行します」


「ベルは?」


「避難民の生活圏と物資確保を」


「クレア」


「殴る!」


「違う」


「えっ」


「侵食で飛んでくる残骸だけ壊して」


「……殴る対象があるならいい!」


 翼が元気に広がった。


「ディナは民間船の誘導」


「任せて」


「フィアは救護」


「はい」


「アルカ」


「ユウトの護衛です」


「まだ何も言ってない」


「分かっています」


「艦隊の全体調整を頼む」


「ユウトの隣で?」


「ここからでもできるだろ」


「承知しました」


 なぜ少し嬉しそうなのか。


『家族評議会および虚喰い群体による共同防衛行動を確認』


『仮称を設定』


『第一次宇宙外縁防衛戦』


「名前つけるの早いな!」


     ◇


「ごちそうさま」


 クロが戻ってきた。


「もう食べたの?」


「うん」


「恒星何個分?」


「たくさん」


「計測値では約二万七千個分です」


 エリスが答える。


「一匹で!?」


「クロの摂取量は、他個体平均の約八千倍」


「一番強い理由が分かってきた」


 クロの体には変化がない。


 猫サイズのままだ。


「食べたエネルギーどこに入ってるの?」


「ここ」


 クロが自分のお腹を前足で指す。


「絶対そこに入る量じゃないだろ」


「いっぱい、はいる」


「便利だな……」


 宇宙外側の黒い領域が、さらに近づく。


『接触まで推定三分』


「クロ」


「うん」


「無理だと思ったら戻れよ」


「?」


「勝てなくてもいい」


「でも、たべられる」


「だからってクロまで消えたら嫌だ」


 一つ目が俺を見る。


「クロ、いなくなると」


「ああ」


「いや?」


「嫌だよ」


 クロはしばらく動かなかった。


 やがて。


「わかった」


 尻尾を一度だけ振る。


「にげる」


「それでいい」


『クロの幸福度上昇』


「虚喰いまで測ってるのか!?」


『家族ではないが保護対象として登録済み』


「いつの間に」


「私です」


 リリィが手を上げる。


「勝手に保護対象増やしてない?」


「本人へ確認しました」


「クロ、聞かれた?」


「ごはん、くれるって」


「それで承認したのか」


「うん」


 リリィ。


 制度の使い方が上手くなっている。


     ◇


『接触まで十秒』


 宇宙外縁の映像が拡大される。


 何もない。


 黒いわけですらない。


 そこだけ。


 宇宙が存在していない。


『五』


『四』


『三』


 クロが前足を一歩出す。


 周囲の虚喰い三百十二万体も、同時に動く。


『二』


『一』


 次の瞬間。


 消失領域から、何かが伸びてきた。


「……何あれ」


 巨大な白い線。


 いや。


 線ではない。


 幅だけで数光年。


 表面には、無数の穴が開いている。


 それが宇宙空間へ触れた瞬間。


 近くにあった無人恒星系が、一つ消えた。


「食べた?」


『存在情報の消失を確認』


 未来の俺が低く言う。


『これだ』


「本体?」


『違う』


「じゃあ何?」


『おそらく、捕食器官の一部』


「これで一部!?」


 クロが低く唸った。


 初めて聞く声だった。


「みんな」


 虚喰い三百十二万体が一斉に消える。


「どこ行った!?」


「上!」


 ルナが叫ぶ。


 見る。


 白い巨大構造の周囲。


 いつの間にか虚喰いたちが取りついている。


 ぱく。


 一体が白い構造を食べる。


 ぱく。


 別の一体。


 百万。


 二百万。


 三百万。


 宇宙を食う存在たちが。


 今度は、宇宙を食べようとする何かを食べ始めた。


「食べて戦うのか!」


『虚喰いが外部侵食物質を摂取しています』


 エリスが驚いた顔で表示を見る。


「消失領域が縮小」


「効いてる?」


「はい」


 白い構造が激しく揺れる。


 空間全体へ、耳では聞こえない声が響いた。


『――――』


 頭が痛い。


「何?」


「情報圧」


 ハルが俺の前へ出る。


「意味を持たない情報を大量に流している」


 リリィが耳を押さえる。


「違います」


「分かるの?」


「意味があります」


「何て?」


 リリィの顔が青ざめる。


「返せ」


「返せ?」


「食べ物を返せ、と」


 部屋中が静かになった。


「こいつにとって、宇宙が餌?」


「おそらく」


 未来の俺が答える。


「クロたちの宇宙も?」


『食われたのだろう』


 白い捕食器官が、大きく振り払われた。


 虚喰いたちが何万体も吹き飛ばされる。


「クロ!」


 小さな黒い影が、先頭へ飛び出す。


「でかくなる」


「え?」


 次の瞬間。


 クロの体が膨張した。


 猫。


 戦艦。


 惑星。


 恒星。


「まだ大きくなる!?」


 視界を埋め尽くす。


 黒い一つ目。


 白い捕食器官と同等の大きさまで、クロの姿が拡大する。


「クロって、あんなサイズになれるのか!?」


『通常空間上の体積ではありません』


 エリスが解析する。


『存在範囲を拡大しています』


「説明聞いても分からない!」


 巨大なクロが口を開く。


「これ」


 白い構造へ噛みついた。


「クロたちの」


 さらに深く。


「ごはん」


 噛み千切った。


 宇宙全体が震える。


 白い構造の三分の一が消えた。


『外部侵食反応、急減!』


「効いてる!」


「みんな!」


 クロの声が宇宙へ広がる。


「たべる!」


 三百十二万体が一斉に飛びかかった。


「戦闘命令が『食べる』だけなの、すごいな」


「合理的」


 ハルがうなずく。


「父さんより指揮が簡潔だ」


「比較しなくていい」


     ◇


 十分後。


 外宇宙から伸びていた白い構造は、半分以下になっていた。


『侵食領域後退』


「追い返せる?」


「可能性は高い」


 グレイスが答える。


 だが。


 突然、クロが動きを止めた。


「クロ?」


「だめ」


「何が?」


「にがい」


「味の話?」


「ちがう」


 巨大なクロの一つ目が細くなる。


「これ」


 白い構造の断面。


 内部から。


 別の何かが現れた。


 黒。


 いや。


 人影?


「何だあれ」


 白い捕食器官の内部。


 何千。


 何万。


 小さな光が埋まっている。


 エリスが解析する。


「生命反応」


「生き物が中にいる?」


「数、推定三兆以上」


「三兆!?」


「消化されていません」


「どういうこと?」


 未来の俺が、黒い球体の中で絶句していた。


『知らない』


「未来でも?」


『こんなものは確認されていない』


 リリィが白い構造から漏れる情報を翻訳する。


「助けて」


 全員が固まった。


「誰が?」


「中の生命体です」


 クロが口を離した。


「たべられない」


「どうして?」


「いきてる」


 クロは。


 宇宙を食べる存在なのに。


 生きている者が中にいると知った瞬間、攻撃を止めた。


「クロ」


「うん」


「偉い」


「?」


「食べずに止まれた」


 巨大な尻尾が、少しだけ揺れた。


『相良ユウト』


 未来の俺が呼ぶ。


「何?」


『判断しろ』


「急に俺へ投げるな!」


『このまま攻撃を続ければ、中の生命体も消える可能性がある』


「止めれば?」


『外部侵食が再開する』


 二択。


 宇宙を守るために、中の三兆人を犠牲にする。


 あるいは攻撃を止め、宇宙を食われる。


「第三案を探す」


『時間がない』


「だからって二択にするな」


 俺は全員を見る。


「白い奴だけ切り離して、中身を助けられない?」


「空間的には可能」


 ルナ。


「でも大きすぎる」


「どのくらい?」


「今の私一人だと三千年」


「遅い!」


「十三艦隊の演算を全部使えば?」


 エリスが計算する。


「約四十七分」


「まだ長い」


 ハルが白い構造を見る。


「虚喰いなら?」


「クロ?」


「うん」


「外側だけ食べられる?」


「なか、たべない?」


「そう」


 クロが白い構造をじっと見る。


「むずかしい」


「できない?」


「ゆっくりなら」


「どのくらい?」


「いっぱい」


「時間の説明が全部いっぱいだな!」


 だが可能性はある。


「全虚喰いへ伝えて」


「そとだけ?」


「中の生き物は食べない」


「わかった」


 クロが再び信号を送る。


 三百十二万体の虚喰いが。


 今度は慎重に。


 白い外殻だけを削り始めた。


「できてる?」


「はい」


 エリスが答える。


「侵食速度は大幅に低下。ただし内部生命体の損失、現時点でゼロ」


「よし」


『非効率だ』


 未来の俺が言う。


「分かってる」


『外部侵食の再拡大確率、八十七パーセント』


「でも三兆人いる」


『未来の私は、こういう判断を繰り返した結果――』


「だから今は一人で決めてない」


 俺は家族を見る。


「みんなは?」


「救助を継続します」


 アルカ。


「三兆の生命を捨てる理由はありませんわ」


 ベル。


「守りながら殴る!」


「殴らなくていい!」


「外殻だけ!」


「それならいい!」


 残る者たちも次々とうなずく。


「全会一致」


 俺は未来の俺を見る。


「これが今の家族評議会」


『……そうか』


     ◇


 三十分後。


 白い構造の外殻が大きく剥がれた。


 内部。


 透明な膜の中に。


 無数の生命体が眠っている。


「救助できる!」


 フィアたち救護艦隊が動く。


 ルナが小型転送門を大量に開く。


 次々と生命体が救出されていく。


『救助数、一億』


『三億』


『十億』


 その時。


 白い構造が突然、激しく震えた。


「また動く!」


『外部侵食反応が急増!』


 クロが叫ぶ。


「くる!」


「何が!?」


 白い構造の向こう。


 消失していた宇宙外部に。


 巨大な何かが開いた。


 目。


 そうとしか表現できない。


 宇宙一つより大きな。


 白い目。


 その視線が。


 クロではなく。


 俺へ向いた。


『接触情報を解析』


 エリスの声が震える。


『対象から、指向性情報を受信』


「翻訳できる?」


 リリィが俺の手を握る。


「……できます」


「何て?」


 リリィの顔が強張る。


「見つけた」


「誰を?」


 巨大な白い目が、俺だけを見ている。


『創造管理者』


 宇宙を食べる何かが。


 俺を知っていた。


『逃げた餌を』


『ようやく見つけた』


 クロたちが逃げてきた理由。


 そして昔の俺が、宇宙を何度も作り直していた本当の理由。


 その中心に。


 どうやら俺自身がいたらしい。


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