第35話 宇宙を食べる百万匹に、まず食事のルールを教えることにした
「いっぱい、くる」
クロは嬉しそうに尻尾を振っていた。
宇宙地図の外縁部では、赤い点が増え続けている。
一万。
十万。
百万。
『虚喰い反応、百十二万三千八百二十一』
「増えてるじゃないか!」
『観測範囲外からも接近中』
「まだいるの!?」
未来の俺が入っている黒い球体から、低い声が響く。
『だから言っただろう』
「今からでも遅くない」
『何が?』
「来た奴らにもルールを教える」
『百万人以上いるんだぞ』
「匹じゃないのか?」
『分類できない』
クロを見る。
「クロ。仲間って、みんなお前くらい?」
「いろいろ」
「大きいのも?」
「いる」
「どのくらい?」
クロが少し考える。
「おおきい」
「説明になってない」
「ほし、いっぱい」
「星何個分!?」
「いっぱい」
嫌な予感しかしない。
エリスが外縁部の観測情報を拡大した。
「最大個体を確認」
「どのくらい?」
「推定全長、十二光年」
「生き物のサイズじゃないだろ!」
「最小個体は、クロより小さいです」
「幅がありすぎる!」
クレアが拳を鳴らす。
「大きいのは私が相手する?」
「しない」
「でも十二光年だよ?」
「なおさら殴るな」
「一回だけ」
「宇宙が割れる!」
グレイスが全艦隊へ警戒態勢を指示する。
「迎撃ではありません。防衛線のみ形成します」
「それで頼む」
「ただし侵入個体が文明圏へ向かった場合は?」
「まず警告」
「警告を無視した場合?」
「止める」
「攻撃は?」
「最後の最後」
アルカが俺を見る。
「ユウト」
「何?」
「百十二万体を相手に、すべて話し合うおつもりですか?」
「できれば代表だけで」
「代表者という概念が存在する保証はありません」
「クロ」
「うん」
「仲間の中で、一番偉い奴いる?」
「えらい?」
「みんなをまとめる奴」
「いない」
「やっぱり」
「みんな、おなかすいたら、たべる」
「統率ゼロか!」
「おなかいっぱいなら、ねる」
「生活が単純すぎる!」
未来の俺が呆れたように言う。
『その単純さで宇宙を半分食った』
「余計に怖い」
◇
「まず食料を準備しましょう」
ベルが巨大な資源一覧を表示した。
「廃棄予定恒星、人工太陽、不要となった反応炉、崩壊寸前のエネルギー施設」
「どのくらいある?」
「現在確保可能な総量で、恒星換算約三億六千万個」
「そんなにあるのか」
「宇宙全域ですから」
『過剰資源投入の兆候を確認』
配偶者審査システムが反応した。
ベルが眉を動かす。
「これは宇宙防衛上必要な資源投入ですわ」
『相良ユウトの生活目的ではないため、減点対象外』
「安心いたしました」
「今そこ気にする?」
「共同生活審査も重要です」
この状況でも妻候補審査は続いているらしい。
「でも恒星一個でクロが少ししか満腹にならなかったんだろ?」
「百万体だと足りない可能性があります」
ノアが計算を出す。
「平均摂取量がクロと同等なら、一回の食事で恒星一兆個以上必要です」
「全然足りない!」
「大型個体を含めれば、さらに増加」
「宇宙が先に空っぽになるだろ!」
「別方式を検討します」
ハルが青い球体へ接続する。
「虚喰いは物質だけではなく、熱、光、情報も摂取可能」
「情報は食わせたくない」
「ならエネルギーを人工生成する」
「作れる?」
「父さんが以前使っていた創造管理技術なら」
「俺は使いたくないぞ」
「家族評議会で承認すれば、限定的使用が可能」
マリアが続ける。
「恒星を新たに作るのではなく、真空エネルギーから食事用エネルギー塊を生成します」
「宇宙を壊さない?」
「出力制限すれば問題ありません」
「じゃあ、それを試そう」
『家族評議会緊急議題』
『虚喰い種への食料供給目的に限り、創造エネルギー生成機能の使用を許可』
十九人が次々と賛成する。
『全会一致』
『限定機能を開放』
ノアが早速、小さな光球を作った。
「試作品です」
「クロ」
「ごはん?」
「食べてみて」
ぱくり。
消えた。
「どう?」
クロが固まる。
「……」
「まずかった?」
黒い一つ目が大きくなる。
「おいしい」
「普通より?」
「すごく」
尻尾が高速で振られる。
「もっと」
「成功か」
未来の俺が黒い球体の中で黙っている。
「何?」
『未来では、この方法を試していない』
「なんで?」
『虚喰いを敵性存在と認定した時点で、餌を与えるという発想が消えた』
「未来の俺も完全人格寄りになってたんだな」
『否定できない』
「じゃあ歴史はもう変わってる?」
『可能性は高い』
「いいじゃないか」
『良い変化とは限らない』
「そこはこれから確かめる」
◇
一時間後。
宇宙外縁部へ、巨大な食料供給帯が作られた。
創造エネルギーを、虚喰いが摂取可能な形へ変換。
文明圏から十分に離れた無人宙域へ配置する。
「これで足りる?」
「現時点の百万体なら、継続供給可能です」
ノアが答える。
「ただし無制限に増えた場合は不可能」
「だからルールが必要だな」
クロを見る。
「仲間に伝えられる?」
「ごはん、ここ」
「それだけじゃなくて」
「?」
「文明のある星は食べない」
「うん」
「人も食べない」
「うん」
「記憶も食べない」
「がまんする」
「仲間にも頼める?」
クロが少し考えた。
「いう」
黒い体が、ほんの少し膨らむ。
次の瞬間。
音ではない何かが、宇宙全体へ広がった。
アルカたち七人が一斉に反応する。
「通信ではありません」
「情報でもない」
エリスが解析する。
「存在状態そのものを使った信号?」
宇宙地図上の赤い点が、一斉に止まった。
「止まった?」
さらに。
百万を超える反応が、文明圏を避けるように進路変更する。
すべて食料供給帯へ向かっている。
「クロ、伝わったの?」
「うん」
「何て言った?」
「ごはんある」
「それだけ?」
「そこ、たべる」
「文明を食べるなって話は?」
「いった」
「どう言った?」
「そこ、だめ」
「単純!」
だが効果は絶大だった。
『第一群、食料供給帯へ到着』
『捕食開始』
宇宙空間に、無数の黒い穴のような生き物が現れる。
猫型。
魚型。
虫に似たもの。
球体。
雲のようなもの。
そして遠くには、一つの星域を覆うほど巨大な影。
怖い。
普通に怖い。
だが。
誰一体として文明圏へ向かわない。
「食べてるだけだな」
「はい」
グレイスが監視している。
「現時点で被害なし」
「未来では戦争になった相手が」
ユリアが驚いた顔で宇宙地図を見る。
「ご飯を食べてるだけ……」
「空腹だったんじゃない?」
俺が言うと、未来の俺が答える。
『そんな単純な話だったとは思いたくない』
「でもクロは腹減ってただけだったぞ」
『三百十二年間、我々は何をしていたんだ……』
「戦争?」
『そうだ』
「まず話を聞けばよかったな」
『耳が痛い』
「未来の俺にも効くんだな、この家のルール」
◇
食事開始から十分。
問題が一つ起きた。
「足りない」
クロが言った。
「もう?」
「みんな、おおい」
供給量を増やしているのに、虚喰いの数も増えていた。
『反応数、二百八十万』
「倍以上!」
『さらに接近中』
「クロ、何体呼んだの?」
「みんな」
「みんなって何体?」
「わからない」
「未来の俺!」
『私も総数は知らない』
「宇宙半分食われた時は?」
『少なくとも数百億体』
「多すぎる!」
「父さん」
ハルが言う。
「全個体を養う方式では長期維持できない」
「そうだよな」
「根本的に、なぜ彼らがこちらの宇宙へ来るか確認する必要がある」
「クロ」
「うん」
「元いた場所に食べ物ないの?」
クロの耳が下がった。
「ない」
「昔は?」
「あった」
「何があった?」
「いっぱい」
「どうしてなくなった?」
「たべた」
「自分たちで?」
「ちがう」
全員の表情が変わる。
「何か別の奴に食べられた?」
クロが頷く。
「おおきいの」
「虚喰いより?」
「うん」
「どのくらい?」
「ぜんぶ」
意味が分からない。
「全部って?」
クロは宇宙地図を見た。
そして。
地図の外側を前足で指す。
「おうち」
「虚喰いのいた宇宙?」
「うん」
「それを食べた?」
「うん」
未来の俺が、黒い球体の中で声を失っていた。
『そんな記録はない』
「未来でも知らなかった?」
『虚喰いは宇宙外部から突然侵入したとしか』
「逃げてきたんじゃないか」
『……』
俺たちは侵略だと思っていた。
でも。
自分たちの宇宙を食われ。
餌を失って。
こっちへ逃げ込んできただけなら。
「お父様」
リリィがクロへ近づく。
「その大きな存在は、こちらへ来ますか?」
クロが固まった。
尻尾が止まる。
「くる」
「いつ?」
「あと」
クロが首を傾げる。
「すこし」
「少しって、どのくらい?」
「みんな、にげる」
宇宙地図を見る。
百万体。
二百万体。
増え続ける虚喰いたちは。
こちらへ向かっているのではなかった。
何かから逃げている。
「未来で宇宙を半分食ったのも」
俺は黒い球体を見る。
「逃げ場がなくなったから?」
『可能性はある』
「じゃあ本当の敵は別にいる」
『おそらくな』
その時。
宇宙外縁の観測装置が、すべて同時に停止した。
「何が起きた?」
エリスが立ち上がる。
「観測機器の故障ではありません」
「じゃあ?」
「外側が……消えています」
宇宙地図。
端から。
少しずつ黒くなる。
星が消えたのではない。
空間そのものがなくなっている。
クロが俺の足へしがみついた。
初めて震えていた。
「きた」
「これが?」
「たべるやつ」
「虚喰いより?」
クロは俺を見上げる。
「クロたち」
「うん」
「それから?」
「ほし」
「うん」
「うちゅう」
「……うん」
「なんでも」
未来の俺が低く呟いた。
『三百十二年後にも、こんな反応はなかった』
「じゃあ未来が変わったせいで早く来た?」
『違うかもしれない』
「何?」
『三百十二年後まで、虚喰いが食い止めていた可能性がある』
俺たちは敵だと思っていた。
宇宙を食う怪物。
だが。
もしかすると彼らは三百年以上。
もっと大きな何かから、この宇宙を守る壁になっていた。
「クロ」
「うん」
「仲間の中で、一番強い奴は?」
クロが黙る。
「知らない?」
「クロ」
「え?」
「いちばん」
全員が止まった。
「お前が?」
「うん」
黒い小さな体が、ほんの少しだけ光る。
次の瞬間。
宇宙外縁に集まっていた数百万体の虚喰いが、一斉にクロへ向かって頭を下げた。
『全虚喰い個体から同一信号を確認』
『意味を翻訳』
青い球体が表示する。
『第一捕食個体』
『群体起源』
『全虚喰いの母体』
「……クロ」
「うん」
「お前、普通の猫みたいな奴じゃなかったのか?」
「ねこ?」
「そこからか」
クロは首を傾げたまま、俺へ尻尾を絡ませる。
「ごはん、くれる?」
「ああ」
「じゃあ」
宇宙の外側が、さらに大きく欠けた。
クロの一つ目が。
初めて鋭く細くなる。
「クロ、たたかう」
百万を超える虚喰いたちが。
その小さな一言だけで、一斉に宇宙の外へ向き直った。




